第5話

3-5.mp3 2015年8月。 鍋島事件から1年後の都内某所。 通報を受けて現場である路地裏に駆けつけた交番勤務の警官二人は、そこから天を仰ぎ見た。 「おい…何だあれ…。」 視線の先にあるマンション屋上から張り出した鉄骨の先。そこからロープのようなもので何かが吊るされている。 「おい。あの吊られてるあれ…。」 「はい…。」 「あれって…あれだよな…。」 「た、多分…。」 こう答えた警官は思わずその場で嘔吐しだした。 「何だよ…あんなの…見たことねぇぞ…。」 「どうした。何が見える。」 無線から所轄署の音声が聞こえた。 「首…。」 「え?」 「生首がマンションの屋上から吊るされてる…。」 「なに…。」 「しかも…。」 「しかも?」 「顔の形が判別できないくらいに痛めつけられている…。」 「…。」 「なに?顔がぐちゃぐちゃやって?」 片倉肇は、部下からもたらされた事件の概要を聞いて思わず声を上げてしまった。 「はい。」 「またか…。」 「ええ…またです。」 「んなら、あれか。」 「はい。ホシは出頭済み。いまは留置所です。」 「…今度は大丈夫ねんろ。」 「わかりません。念には念を入れた対応をしているそうですが…。」 電話が鳴る音 「はい。マルトク。はい。…ええ…はい。…そうですか。」 元気のない声で受け答えすると、男は電話を切った。 「死にました。」 この報告に片倉は口をつぐんだ。 「留置所から取調室へ移動する際に…

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第4話

3-4.mp3 「今日はこれまでです。皆さん気をつけて帰りましょう。それじゃあおつかれさまでした。」 30名ほどいた教室内の塾生たちは一斉に片付け始めた。 「先生。」 白板を消していた空閑(くが)は後ろから声をかけられたため振り向いた。 「おー千種(ちぐさ)くん。久しぶりですねぇ」 「どうも。」 振り向いた空閑はずり落ちた少し色の入ったメガネを指でクンッと押し上げた。 「どうですか大学は。」 「いや…やっとこついて行ってます…。」 「あ…そうだ。」 そう言うと空閑は帰路につこうとする生徒たちを呼び止めた。 「みんなー聞いてー。彼は千種くんです。以前ここで一緒に勉強していたみんなの仲間です。」 ほらと言って千種に挨拶をするように促す。 「どうも。こんばんわ。千種賢哉(ちぐさけんや)です。」 「千種くんはいまは石大医学部の三年生…でしたっけ?」 「はい。」 カバンを担いだ状態の生徒たちから「すげぇ」という驚嘆の声があがった。 「いまは医学部生の千種くん。実はこの塾に来たとき彼はどこの大学にもいけませんって状態だったんですよね。」 「は…はい…。」 生徒たちから「嘘だろ」とか「冗談だろ」との声が聞こえる。 「でも千種くんは頑張りました。このままじゃ駄目だって一念発起したんです。先生は特別なことはしていない。千種くん自身がひたすら頑張ったんです。頑張るうちに彼はコツを掴みました。コツを掴んでしまえば今まで嫌いで仕方なかった勉強も、むしろ楽しくなりました。高…

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第3話

3-3.mp3 「今月も変わりなし…と。」 手慣れた様子でキーボードをカタカタと操作した富樫はそのエンターキーを押下した。 「ふぅー。」 ブラウザを立ち上げた彼はニュースサイトを表示させた。 トップを飾るのは国会議事堂前に集結した10万人規模のデモ行動を讃える記事だった。 ツヴァイスタン絡みのあの事件から6年。 事件後、下間芳夫の証言から仁川征爾の生存が明らかになった。 彼の証言によるとツヴァイスタンに拉致されたのは仁川征爾だけではなかった。 少なくとも300名ほどの日本人があの国に不法に拉致されているとのことだった。  政府はこの情報をすぐさま官房長官記者会見で発表。 国民はツヴァイスタンの非道に激怒した。 拉致被害者を実力行使で奪還せよとの世論が盛り上がった。 ときの政府はこの沸騰する国民感情を受けて、拉致被害者奪還を公約に掲げた。 公約実現に必要なのは先ずは予算だ。 政府は国債の発行によって財源を捻出した。そして安全保障関係予算の大幅な拡充を行った。 予算は国家の意思と言う。 具体的な政府の政策に国民は喝采を送った。 しかしあれから6年。未だ拉致被害者奪還はなされていない。 遅々として進展しない状況にいよいよ国民から抗議の声が上がった。 それが今回のデモだ。 しかしこの間、政府は無為無策であったわけではない。 事実、安全保障関係の予算は倍増した。 装備・組織・人員などの強化充実は確実に図られていた。 防諜体制の整備においては念願のスパイ防止…

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第2話

3-2.mp3 「消防によると昨日、金沢の犀川河川敷で起こったガス爆発は、使用されていたガス器具が何らかの不具合を起こしたために引き起こされた事故であるとのことです。警察は当時ガス器具を使用していた人物の回復を待って詳しい事情を聞くこととしています。」 ベッドから身を起こしてテレビを付けると、昨日の犀川での爆発事件の様子が全国ニュースで報じられていた。 「同時に警察は、自爆テロとしてSNSでデマが流布されたことに重大な関心を示し、当時の投稿動画などの分析を行っています。」 テレビを背にした椎名はノートパソコンを開いた。 そしてデスクトップ上のとあるフォルダを丸ごとゴミ箱に入れてそれを空にした。 続いて動画編集ソフトをアンインストールした。 パソコンの下部に表示されている時刻は8時半だった。 「さてと…。」 寝癖頭をボリボリと掻いて、彼は洗面所に向かった。 水を流す音 歯を磨く音 顔を洗う音 ふと鏡に映り込む自分の顔を見ると、目の下にくまが出ていた。 鏡に顔を近づけると自分の顔にシワらしきものの片鱗が現れていることに気がついた。 携帯のバイブの音 携帯を手にした彼はそれに出た。 「おはようございます。」 「あれ。今日はなんか元気ですね。」 「いえ…そんなことありません。」 「今日もよろしくおねがいします。」 「ええ。いつも通り伺います。」 「じゃあよろしくおねがいします。」 「はい。よろしくおねがいします。」 携帯をテーブルの上においた彼はクロ…

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第1話

3-1.mp3 車に乗り込む音 エンジンを掛ける音 発進する音 ジングルが流れ、それっぽいテイストのニュースに仕上げる 「ちゃんねるフリーダムを御覧の皆さんこんにちは。「ニュースを読む」のコーナーです。今日も気になるニュースをゲストコメンテータの方と、深く掘り下げてお届けしようと思います。今日も司会を務めさせていただくのは小野原教行(おのはらのりゆき)です。」 「本日のゲストは毎週金曜担当の評論家の大川尚道(おおかわなおみち)さんです。大川さん本日もよろしくおねがいします。」 「大川です。よろしくお願いします。」 「今日、大川さんと掘り下げるニュースは「拉致問題」です。」 小野原ニュースを読む 「先ごろ政府のもとで行われた有識者会議では、自国民保護の名のもとに自衛隊を派遣し、拉致被害者の奪還作戦を実行するのは自衛権の範疇にある行為であり、現行憲法下で可能であるとの見解が示されました。この見解を下に、政府は今後米国と連携して、該当国にさらなる圧力をかけていく方針です。一方、国民の間にはこの政府の方針は軟弱であると不満が上がっています。先日も首相官邸前で早期の実力行使を求める1万人規模のデモが行われました。しかし政府は時期尚早であるとして今すぐの実力行使をするつもりはないとのことです。」 「大川さん。大川さんはこの動きをどう捉えられますか。」 「国際社会を説き伏せるための下準備がまだだってことです。ほら勝手に作戦行動なんか起こしてみなさいよ。日本をよく思っていない国から…

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