138 第127話

3-127.mp3 「え?ノビチョク事件のホシ?」 「はい。」 「…名前は。」 「朝戸慶太。1977年東京生まれです。」 「なんで古田さんがそのホシを抑えてんですか。」 「わかりませんよ。とにかくマルトクには秘密にしてほしいって依頼なんです。」 神谷がタバコをくわえると、側に居た若い者がすかさず彼のそれに火を付けた。 「ふぅー…。で、野本さん。あなたの役回りは。」 「この朝戸慶太の身の回りを洗う。2日間で。」 「わかった。こっちでやりましょう。」 「助かります。」 「この件はこちらで預かります。報告の是非はこちらで判断します。」 電話を切った神谷はタバコの火を消した。 「おい一郎。」 「はい。」 スキンヘッドの顔に傷跡がある大男が返事をした。 「この男、江國に調べさせてくれ。写真はあとでおまえのほうに送る。」 「かしこまりました。」 「リミットは24時間。24時間であるだけのネタをこっちまで送ってくれ。」 一郎と呼ばれる大男は数名の手下を従えて部屋から出て行った。 「あれ?どうしたの。もう少し楽にしてよ。」 目の前の雨澤がずいぶんと小さくなっているのを神谷は指摘した。 「あ…自分、これが普通なんで。」 神谷と雨澤を取り囲むように先ほどの辰巳のような強面の男たちがずらりと立ち並んでいる。 そうここは仁熊会。 熊崎仁がこの部屋のかつての主だった場所だ。 「オヤジは長い間不在でね。その留守を俺が預か…

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137 第126話

3-126.mp3 トイレに行くと言って席を立った古田は、奥にいるセバストポリの店主、野本と接触した。 「どういった男ですか。」 「最上さんのホシと目される男や。」 「えぇっ!」 「しーっ。」 普段感情を表に出さない野本であるが、この古田の発言には流石に驚かされた。 「ただ今はパクるタイミングじゃない。」 「逃亡の危険性は。」 「いろいろ話してみたところただの素人や。」 「素人がノビチョクなんて物騒なものを手に入れられるんですか。」 「そこが気になるところ。ほんで野上さん、あんたに頼みたい。」 「なんでしょう。」 「朝戸慶太。昨日東京からここ金沢に来た。奴の過去と交友関係を洗ってほしい。」 古田はメモを野本に手渡す。 「朝戸慶太ですね。わかりました。これ、特高の片倉さんの協力を仰いでもいいでしょうか。」 「特高か…。」 古田は難しそうな顔をした。 「なにか不具合でも?」 「時間の使い方は古田さんの勝手ですが、それにこちらを巻き込むようなことはお控えください。」117 「…いや、それはやめておけ。」 「ですが東京の人間を調べるには、現場、特高の力を借りるのが一番手っ取り早いですよ。」 「うーん…。」 「奴がホシだってのは、特高は知ってるんでしょう?」 「知らん。」 「あ…そういうことですか…。」 野本は古田が表に出せない動きをしているのを察した。 「しかしホシを前にして悠長なこともしてられませんし。…

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136 第125話

3-125.mp3 「どうされました?」 背後から声をかけられた古田は振り返った。 黒衣をまとった住職らしき男性が立っていた。 「あ、どうも。」 古田は彼に向かって頭を下げる。 「あたながご覧になっていたこの銀杏の木は、藩政期に植えられたものと言われています。」 住職は銀杏の巨木を仰ぎ見る。 「はぁー…んでこんなに大きいんですな。この辺りを歩いとってら、ずいぶん立派な木があるなって思って、ついふらっと境内の中に入り込んでしましました。」 「あぁいいんですよ。どなたでも自由にお参りいただければいいんです。ご縁ですから。」 「あ、はい…。」 「どちらから?」 「駅の方からです。地元の人間です。」 「あぁそうなんですか。」 「仕事もリタイヤして、地元のことをちょっと見つめ直してみようかとこの通りをぶらぶらしとるんです。」 「どうです?」 「近すぎて当たり前すぎて何が良いのかわからんかった地元の景色。あらためてそれと向き合うとその良さを感じることができます。」 「それは結構なことです。」 銀杏の巨木の下にある木製のベンチに住職はよっこらしょっと言って腰をかけた。 「私のような人、結構いらっしゃるでしょう。」 「まぁポツポツですかね。なにせ観光地からはすこし離れてますから。」 「たしか私の先にも若い男性がこちらに入ったような気がしたんですが。」 「あぁあの方はお墓参りです。」 「お墓参り?」 「えぇ。奥に墓地があります。そち…

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135 第124話

3-124.mp3 金沢郊外のパチンコ店。 駐車場に車を止めていた佐々木の胸元が震えた。 「…はい。」 「光定を消してください。」 「…。」 「至急でお願いします。」 「何があったんですか。」 「奴が転びました。」 「奴?」 「光定です。」 「石大のセンセですか。」 「はい。」 「転んだ…。」 「そうです。」 「じゃああの研究はどうするんですか。」 「知りません。もうそんなことは言ってられません。」 「いけません。」 「…。」 「いままでどれだけの労力と時間、予算をかけあの研究をしてきたとお思いなんですか。」 「んな事言ってられます!?当の研究員が転んだんですよ。」 「天宮憲行をはじめ鍋島研究に携わる人間が皆殺され、生き残るものは光定公信ただ一人。その光定公信は未だ我々の手中にあります。現在のところ奴らには鍋島能力を手に入れられる可能性が見いだせない。」 「うむ。」 「となれば、鍋島能力、それ自体を消滅させるという方法もあるのでは。」 「能力の存在そのものを消し去る?」」 「はい。鍋島能力に関係するすべてのモノを潰すんです。」116 「専門官は承知してらっしゃるのですか。」 「…。」 「やっぱり…。」 「もうだめだ…。」 「光定を消すというのは紀伊主任の発案ですか。」 「…。」 紀伊の無言はすべてを語っていた。 「仲間割れですか?」 「そうなりたくない。そのための措置です。」 「とにかく専門官の了…

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134 第123話

3-123.mp3 「なに?駅に現れた?」 「はい。古田さんから電話があってすぐです。」 「で。」 「山県の店の様子を覗ってたんですが、対象が休みだとわかったんでしょう。すぐに引き返しました。」 「どこに向かった。」 「武蔵が辻の方に歩いて行きました。」 「歩いて…。」 「アシないんでしょうか。」 「かもな。」 「付けますか。今ならまだ間に合うかと。」 「時間の使い方は古田さんの勝手ですが、それにこちらを巻き込むようなことはお控えください。」117 「いや、いい。」 「わかりました。」 電話を切った古田はたばこの火を消し、宿がある東山から武蔵が辻の方面に向かって歩き出した。 向かって右側に先ほど婦人が言っていた、ロシア系の人間が多数宿泊するアパートがある。 築50年のプレハブアパート。見た目こそ昭和感満載のアパートであるが、手入れは行き届いているようだ。 たしかに物音ひとつ聞こえない。 外国人が大勢住んでいるのに、話し声のひとつの聞こえない。 ーあれか…リノベーションとかして防音関係もがっつり対策しとるんかな…。 アパートと反対側には民家が建ち並んでいる。 これらの戸建ても築40年から50年程度と古いものが多い。 こちらからはテレビの音が聞こえたり、お茶の間で話す声が聞こえる。 ずいぶん大声で独り言を言ってるなと思ってふとそちらを見ると、窓の隙間から電話をしている老人が見えたりもする。 日中に生活音がよく聞こえる。 そうこの…

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133 第122話

3-122.mp3 「まいど。」ドア閉まる音タクシー走り出す金沢の観光PR映像の中に必ず入り込む風景がある。格子と石畳が続くひがし茶屋の町並みだ。古田が降り立ったのは、そのひがし茶屋街から少し離れた昭和の風情が色濃く残った住宅地。そこにある築40年程度のプレハブ住宅を今風に改造した民泊施設があった。「お姉さん。」買い物帰りと思われる婦人が通りを歩いていたので、古田は彼女に声をかけた。「なんけ?」「いやぁ久しぶりにここらへん来てんけど、こんな宿みたいなの昔あったけ?」「あーあれね。あれ最近流行りの民泊やわいね。ここらへん結構あの手のやつあるげんよ。」「あ、ほうなんけ。」「え?あんたどんだけぶりなんけ。」「ほうやねぇ10年ぶりくらいかぁ。」「ここらへんに住んどったん?」「あ、いや、住まいは駅の近くねんわ。」「あれまぁ、いま一番キラキラしとるところやがいね。」「おいね久しぶりに帰ってきたえらいことになっとるんやね。ほんでどれどれって感じで、観光気分でここらへん歩いてみたって感じねんわ。」「まぁ喋り聞いたら完全に地元の人やもんね。」「ほっけ。」「ほうやわいね。」「…やっぱ、この手の宿って観光客ばっかなんけ、利用者。」「基本的にはね。」「え?基本的?」「そう。」婦人は古田が指していた宿とは違うアパートを指した。「あんまり大きな声出せんげんけど、あそこの民泊はちょっと違うみたい。」「まぁアパートやしね。」「いやそういうことじゃなくて。」「ちょっと違う?」「なんか外人多いげんわ、あそこ。」「外人?」「…

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132 第121話

3-121.mp3 交差点で信号待ちをする男の横に何者かが気配を消すように立った。 「よくやった。」 男は彼にそっと何かを手渡した。 「頼むぞ。」 受け取った彼はなんの返事もしない。 信号が青になると同時に二人は自然と距離をとり、別々の方に向かった。 「やっぱり内調だと、公安のグリップは効かせにくいって事かねぇ…。」 矢高の目の前に短く刈り込んだ髪型の老人が、背を丸める姿勢で歩いている。 姿勢は悪いが彼の足取りは確かだ。見た目とは違い、その体力は未だ衰えを見せていないといったところか。 ー古田登志夫…。齢70を過ぎて公安特課のハブ役を担うバケモノ。 矢高は自分の気配を消し、古田の後を追い始めた。 ースッポンのトシと言われたその執念の捜査姿勢。俺がいた能登署まで噂されてたよ。あれから何年だ…。あんたのような昔気質のサツカンってのはずいぶん減ったような気がする。 時折頭を指でかきながら、古田は大通りを進む。 ーこれも時代の要請…。でも俺はあんたのやり方は否定しない。空中戦だけじゃ絶対に相手を制圧できないからな。最終的には地上軍投入で押さえ込まないことには制圧できない。あんたのような存在は絶対的に必要だ。ただ…。 辻を曲がった古田は彼の前から姿を消した。 矢高はそのまままっすぐ進んで、古田が曲がった通りの方を横目で見た。 先ほど交差点で何かを手渡した男が古田と接触していた。 「あんたは年を取り過ぎた。」 ポ…

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131 第120話

3-120.mp3 「おはようさん。」 この軽い挨拶に特高部屋内のスタッフ全員が立ち上がって応えた。 「おはようございます。」 自分の席に着くと同時に、主任である紀伊が側にやってきた。 「片倉班長。」 「なんや。」 「ヤドルチェンコ、ロストしました。」 「は?」 「申し訳ございません。」 「え?なに?また?」 「はい…。」 「え?張りついとってんろ。」 「はい。」 「それがなんで?」 「例のマンションに帰ったのを最後に、行方をくらましました。」 「マンションに帰ったんに行方不明?」 「はい。」 「んなだらなことあっかいや。」 片倉の言葉遣いに苛立ちが見える。 「管理会社の協力の下、部屋の立ち入りをしました。しかし、奴の姿を確認できませんでした。」 「…。」 「班長?」 「ってことはあの会社もグルか…。」 片倉は立ち上がった。 「やってくれたなぁ…。」 「え?しかしこのマンションの管理会社はヤドルチェンコとは何の関係もないことは確認済みですが。」 「どこでどうあいつらと繋がっとるか…んなもん結局の所わからんやろ。」 「は、はぁ…。」 「なんか気になるところなかったか。部屋ン中。」 「いえ、ピンク系のフィギュアとかコンテンツが大事にしまってある以外は特に。」 肩を落とした片倉は力なく席に座る。 「はぁー…かつてはロシアの情報部で腕を鳴らした強者が、いまは雑貨商という仮面をかぶったただのピンクの横…

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130 第119話

3-119.mp3 「はあ!?」 「ま、そういうことで雨澤君は神谷君の言うこと聞いて。ね。」 「ねっ…て…。」 「その分手当弾むからさ。」 「そらぁ現にいま、新幹線で金沢に向かってるんですから出張手当ぐらいは…。」 「出張手当だけでいいの?」 「え?」 「さすが雨澤君。自分を犠牲にしてまで社の利益に貢献する。日本人独特の自己犠牲の精神。僕は好きだなぁ。」 「いや、ちょ…ちょっと。」 「心配しないで、今回の仕事が終わったらちゃんと報いるから。」 「あ、はぁ…。」 「だから仕事が終わるまでは神谷君の指示に従ってね。」 電話は切られた。 「社長なんて言ってた?」 「今回の仕事終わるまでは神谷さんの指示に従えって。」 「そう。」 神谷は雨澤に缶コーヒーを差し出した。 「よろしくな。雨澤君。」 「あ、はぁ…。」 「盃を交わすとしようじゃないか。」 「盃?これコーヒーですよ。」 「あ、ごめん俺、酒飲めないんだ。」 ではと言って神谷はそれに口をつける。 「刑事みたいに張り込みしたり、変な奴に追っかけられたり、なんなんすかこの2日間は。」 「何なんだろうね。」 「あの連中、また俺らのこと追っかけるとか無いんでしょうか。」 「無いとは言い切れんな。」 「マジっすか…。」 「うん。」 「なんなんすかあの連中。」 「わかんね。でもヤバい連中だってのはわかる。」 「それは俺でもわかります。だって曽我を殺したのはあいつらなんでしょ。…

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129 第118話

3-118.mp3 10年前  警視庁捜査第一課の管理官として赴任早々、3件の捜査本部の指揮を執る羽目になった陶の疲労は極限に達していた。 「管理官。ひどく疲れた様子です。さすがにお休みになった方が良いかと思います。」 ある係長が気を利かせて声をかけてきてくれた。 「そら休みたいさ…。けど不眠不休で動いてる現場を尻目に俺だけスヤーってわけにいかないだろ。」 「いやいや、管理官は捜査本部の頭脳。頭脳が疲弊してしまっては、正常な判断ができなくなります。半日でもいいですから休んでください。」 「そんなに俺ヤバい?」 「はい。顔に疲れたって書いてあります。」 陶は窓ガラスに映り込んだ自分の顔を見た。 ぼんやりと映り込む自分の目は充血し、その下にははっきりとクマのようなものが見える。 「ヤバいね…。」 「はい。その外見、現場の士気に影響します。」 「わかった。少し休む。」 陶は係長の進言通り、半日だけ自宅で休息をとることとした。 都会の雑踏 携帯電話の着信 ー休むって言ったろ…。 表示されるそれを見ると電話帳未登録の番号からだった。 一時的とはいえ仕事から解放されたことで気が緩んでいたのだろうか。 陶は警戒することもなくそれに出た。 「はい。」 「陶晴宗さんですね。」 「どちらさまですか。」 「朝倉と申します。」 「朝倉?」 「はい。」 「なぜこの電話を。」 「そんなことはたいした問題じゃありませんよ。む…

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128 第117話

3-117.mp3 「こんな時間になんです?」 突如かかってきた古田からの電話だった。 「石大の井戸村の背後で糸を引く男がおる。井戸村はどうやらそいつと決別するようや。」 「…。」 「どうした?マサさん。」 「古田さん…。」 「なんや。」 「休みでしょ。休みの時は仕事のことは一切考えん方がいいです。」 「なんやその言い方。」 「いいですか。古田さんは岡田課長から休めと言われとるんです。いまのあなたの仕事は休むこと。んなんにそれせんと仕事しとる。」 「いいがいや。わしはわしでフリーの立場でやれるだけのことやろうとしとるんや。休みの間の時間の使い方ぐらいワシの勝手にさせてくれ。」 「時間の使い方は古田さんの勝手ですが、それにこちらを巻き込むようなことはお控えください。」 突き放したようにもとられるこの富樫の言い方に、古田はショックを受けた。 「いま古田さんから報告いただいた件は、すでに相馬さんが把握しとります。」 「相馬が?」 「はい。」 「…。」 「なんで古田さん。あなたは岡田課長に言われたとおりお休みください。休めば気力も体力も復活する。そうすればかつてのスッポンのトシの復活です。」 「かつての…。」 「はい。」 「マサさん。」 「なんです。」 「ワシ、そんなにおかしいか。」 「え…。」 「ワシ、ほんなに妙なこと言っとるか?」 ここで「はい」なんて言えるわけがない。富樫は黙った。 「ほうか…やっぱりほうなんやな…。」…

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127 第116話

3-116.mp3 熨子山 天宮ゆかりの現場にいる佐々木の胸元が震えた。 新着メッセージの通知のようである。 「ちょい俺便所。」 こういって佐々木はその場を外した。 「陶専門官。こちら佐々木です。」 「天宮憲行のコロシの現場にあった洗面器。ここから採取されたのが天宮ゆかりの指紋。で、土の中から掘り出されたゆかりの側には憲行の財布。しかし犯行時刻にゆかりが憲行と接触した形跡はない。」 「はいそうです。」 「曽我の時と似ている。」 「曽我殺し?曽我殺しは石川実行部隊による粛正と専門官から聞きましたが。」 「いや粛正の実行犯が殺された件だ。」 「え?それは初耳です。」 「だろうな。」 「なんかややっこしいですね。」 「とにかくその曽我を殺した人間が発見された状況と、天宮ゆかりが発見された状況が酷似してるんだ。」 佐々木は驚きも何もなく淡々と受け答えした。 「天宮ゆかりにせよ曽我殺しのホシにせよ、我々のあずかり知らないところで、こうもわかりやすい形でやられるとな…。」 「何らかの意図を感じますね。」 「だろう。」 「ゆかりの件も見つけてくださいと言わんばかりでしたから。」 「ゆかりが憲行の研究の手綱を引いていたわけだが、奴が死んでしまった今、ゆかりの存在意義はなくなった。それを我々に見せつける。」 「我々に対抗する意思を持つ連中によるものか。」 「人民軍派。」 「必然的にそうなるか。」 佐々木は顎に手をやった。 「奴らの動…

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126 第115話

3-115.mp3 冷蔵庫を開くと、いつもそこにあるはずの牛乳がないことに気がついた。 「しまった…。」 ジャージ姿のまま椎名は外に出た。 部屋を出て徒歩三分。横断歩道の先にコンビニエンスストアがあった。 信号が青になり歩き出すタイミングで、コンビニから客が出てきた。 その客と横断歩道上ですれ違いざまに椎名は口を開いた。 「Мы готовы.」 「Спросите в туалете.便所で聞く」 コンビニに入った椎名はそのまま店のトイレに入った。 そしてその備品棚に手を伸ばす。 そこには一台の携帯電話が置かれていた。 「Офрана начинает терять свою популярность. オフラーナは仲間割れが始まっています。」 「В частности. 具体的に。」  「Главнокомандующий настроен скептически.Никому нельзя доверять. 司令塔が疑心暗鬼になっている。誰も信用できない状態です。」 「Как они могут сделать это послезавтра? そんな状態で明後日決行できるのか?」 「Они должны это сделать. Они никак не могут повернуть назад после того, что они сделали. 奴らはやらざるを得ない。ここまでやって引き返すなんてできるわけがありません。」…

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125 第114話

3-114.mp3 「内紛でしょうか。」 「小寺三佐、それは私も考えていた。天宮憲行はオフラーナ派のツヴァイスタンシンパ。一方、妻の天宮ゆかりは人民軍派のツヴァイスタンシンパ。同じシンパといえど出自が違う。このふたつ、犬猿の仲だ。」 「その通りです、赤石隊長。オフラーナ派の下間芳夫の影響からツヴァイスタンにのめり込んでいった憲行と違って、ゆかりは生粋の活動家。しかも過激派です。ゆかりは夫を隠れ蓑にして活動に明け暮れていました。」 「そうだ。あの二人は見せかけの夫婦。その証拠にゆかりはしょっちゅう外出していたと聞く。」 「警察が聞き込みに行ったときも、ゆかりはいなかったと情報が入っています。」 「うん。」 「大方、活動のための外出でしょう。遺体が発見された熨子山ですが、ここの中腹にある住宅地の中に人民軍派のアジトがあります。」 「以前から金沢の特務機関がマークしていたやつか。」 「はい。ヤメ警の矢高慎吾も出入りする場所です。」 「人民軍派の日本での主な活動目的は鍋島能力の軍事転用。その管理をしているのが天宮憲行の妻である天宮ゆかり。」 「今回、公安特課が天宮の家に乗り込んで聞き込みをしました。天宮憲行は鍋島能力研究の本丸。完全に天宮は疑いがかけられています。それを知ったゆかりは即座に夫を消した。人民軍派のネットワークをもって。」 「殺しの手口が慣れている。プロの仕業と見て間違いない。」 「はい。人民軍派といえばアルミヤプラボスディアあたりの仕業の可能性が高いでしょう。」…

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124.2 第113話【後編】

3-113-2.mp3 ツヴァイスタンから亡命してきた拉致被害者、仁川征爾。 報告書によれば拉致された仁川はあの国の秘密警察オフラーナの厳重な管理の下、秘密警察要員として育成された。 仁川の主な任務は日本語教育、亡命・移民者の管理監督だった。 一方的に人生を狂わされた仁川だったが、彼は彼なりの努力をもって、ツヴァイスタン労働党員の党籍を得るまでになった。 労働党員となった彼の生活水準は貧困にあえぐあの国の中にあっては比較的良い部類であり、食うには事欠かない生活を送っていたようである。 そんな彼が命がけであの国から脱出してきた。 なぜか。 理由は二つ考えられる。 ひとつは純粋にツヴァイスタンに嫌気がさして逃げてきた。 もうひとつは亡命を偽装し、何らかの目的をもって日本にやってきた。 この二つの論調は日本政府を二分した。 しかしツヴァイスタンに関する情報が極端に少ないことから、この議論に決着をつけることはできない。 どちらも可能性がある。 したがって政府は仁川征爾を警察管理の下、厳重にその動向を監視することとした。 「仮に仁川がツヴァイスタンの工作員だったとしても、警察の厳重な管理下にあれば何もできない。」 百目鬼は後ろ手に組んで、室内を歩く。 「問題はその厳重な管理がザルだった場合…なんだよな…。」 高橋勇介こと陶晴宗。山田正良こと矢高慎吾。 この二人が仁川征爾の東京での聴取に最後まで関わった。 陶は現在、内閣情報調査室の専…

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124.1 第113話【前編】

3-113-1.mp3 熨子山山頂の展望台に続く遊歩道。 愛犬を連れ立って歩く男がいる。 木々が生い茂る地形のためか、薄明(はくめい)時のこの場所はまだ暗い。 帽子の上から装着されたLEDライトの光が、暗がりに漂う自分の白い吐息を照らす。 気温は11度。 「ワンッワンッ!!」 めったに鳴くことのない愛犬が突如立ち止まり吠えだした。 「どしたぁペロ。」 犬が吠える先には雑木林。もちろんその先には人気がない。 嫌な予感しかしない。 LEDライトを手にした彼は恐る恐るペロが吠える方を照らす。 彼の予感は的中した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「なに?天宮の奥方が遺体で見つかった?」 「はい。先程熨子山で発見されたと報告が入りました。現在所轄と本部の捜一が現場に入っています。」 石川の公安特課、富樫からの報告だった。 「状況は。」 「なんでも土の中に埋まっとったとのこと。」 「埋まっていた?」 「はい。第一発見者は犬です。」 「犬?」 「ほとんど吠えることがない犬が突然吠えだし、何事かとその飼主が犬が吠える方を見た。そしたら土の中から手ぇみたいなもんが出とった。んで通報って感じです。」 「ふうむ…。」 「ただ理事官。ちょっとおかしな点がありまして。」 「なんだ。」 「発見されたのは熨子山の遊歩道からちょっと入った雑木林の中なんです。」 「それがどうした?」 「山に埋めるとなると、普通は人の目に触…

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123.2 第112話【後編】

3-112-2.mp3 「私は上司に報告しました。医者がタレこんだ写真はなかったと。すると数日後、警察はその家に抜き打ちの持ち物検査に入りました。」 「で…。」 「彼女は毅然としてそんな写真はありませんって言い通しました。まさか窓の木枠にそれが入ってるとは警察も思わず、結果はセーフでした。」 「同朋意識があなたの心を動かした結果…ですか。」 「いいえ。そんな高尚な意識は私は持っていません。それまでに私は数々の日本人移民、亡命者を通報し、検挙してきました。その任務遂行能力の高さを買われて私は秘密警察の管理下に置かれたようなものですから。」 「ではなぜその家族だけにそのようなリスクをとった?」 「写真が美しかった…。」 「はい?」 「私にはその家族に思い入れも何もありません。ただ単純純粋に写真が美しかった。それが警察の手に渡ると燃やされる。それは私には耐え難いことだったんです。」 「は、はぁ…。」 「先生もわかるでしょう。理屈抜きに美しいものってこの世に存在するんです。」 「まぁ…。」 「あの写真。また見てみたい…。」 「ちなみにそのご家族のその後は。」 「知りません。」 「そのご家族の名前は。」 「思い出せません…。」 ここで仁川は頭痛を訴えたため、その日の小早川研究所での催眠聴取は終了した。 「さぁ仁川さん、今日は帰りましょう。」 高橋という担当者が仁川にこう声をかけると、彼を担いで車まで運んだ。 「田中、仁川さんお疲れだ。このまま…

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123.1 第112話【前編】

3-112-1.mp3 5年前 都内マンションの一室。 仁川征爾はここに3ヶ月の間、軟禁状態で警察からの聴取を受けることとなった。 聴取係は山田、高橋、田中の3名。 見るからに偽名とわかるこの3名の担当官、彼ら2名がペアとなり、交代で仁川と向き合った。 取調べは過酷だった。 下間によって連れ去られた当時の詳細から始まって、ツヴァイスタンに入ってからどういう人間と出会ったか。朝目覚めてから夜眠るまでどう言った毎日を過ごしていたのか。待遇は。価値観は。生活環境は。食事は。 どういった統治機構で国は治められているのか。どういった連中が力を持っているのか。軍の状況は。警察の状況は。経済状態は。衛生状態はどうか。微に入り細に入り聴取された。 人間の記憶には限界がある。 仁川は彼らの聴取の全てに答えることはできなかった。 そこで彼らは仁川の潜在的な意識にアプローチする方法を取り入れることとした。 ある日仁川はある場所に連れられることとなる。 それが東京第一大学第2小早川研究所だった。 警察の聴取では自分の記憶をたどることで、彼らの問いかけに応えていたが、ここでの聴取は別物だった。 小早川を前にして目を瞑り、彼の問いかけに自然に答える。 すると次第に当時のあの場所が鮮明な映像となって蘇ってきた。 砂埃まみれの街。近代的とは決して言えない煉瓦造りの低層の家々。舗装もろくにされていない道路にジープのような軍用車が荒っぽい運転で駆け抜ける。遠くから怒鳴り声のようなもの…

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122 第111話

3-111.mp3 深夜のちゃんねるフリーダム。報道以外のほとんどのフロアの電気は消えている。そのなかで社長室の電気だけは煌々と灯っていた。 「ま、かけて。」 「あ、自分外します。」 「いやいい。デスクも一緒にいてくれ。」 「あ、はい。」 安井と黒田がソファに座るのを見届けて、加賀は立ち上がった。 そして二人の前まで来て、なんの予告もなく安井の顔面を拳で殴りつけた。 殴打音 「あ…が…。」 「社長!」 「デスクは黙ってろ。」 自分の拳をハンカチで拭いながら、加賀は安井と向かい合いようにソファに腰を掛けた。 「ひとりでなんでもかんでも背負うんじゃねぇよ。バカが。」 「…。」 「安井君。なんで俺に相談してくれなかったんだ。なんで黒田君にも相談してくれなかったんだ。俺ら三人はちゃんフリ立ち上げのメンバーだろ。」 「…。」 「言いたくないのか。」 安井は加賀の問いかけに答える様子はない。ただうつむいて加賀とも黒田とも目を合わせないようにしている。 「言いたくないなら聞かない。ただし黙秘をするということは君の考えは俺の解釈に一任するってことでいいんだな。」 「…。」 「反論の余地はなくなるぞ。」 「…。」 「いいだろう。」 こう言うと加賀は立ち上がった。 「原因究明はひとまず置いておいて、まずは原状回復だ。安井君。マスターデータをどこに保管している。」 安井は持っていた自分のリュックから外付ハードディスクを数…

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121 第110話

3-110.mp3 部屋から顔を覗かせたのは年老いた男だった。 まばらな白髪頭。老眼鏡なのか鼻メガネをかけている。 上目遣いでこちらの方を注意深い様子で見る。 「言っとったお客さん連れてきた。」 三好がこう言うと老人は目を細めて、彼の後ろに立つ岡田を見る。 頭から足の爪先までを舐めるように。 「入んな。」 人ひとりの出入りしか出来ないほど狭い玄関口。 三好と岡田が靴を脱ぐと、それだけでそこは埋まった。 上り框のところには灯油のポリタンクが二つ積み重ねられ、それが狭小さに拍車をかける。 二人は身を捩りながら奥に進んだ。 部屋に入ると壁の至る所にポスターが貼られている。 「憲法9条を殺すな」「原発反対」「男女平等共同参画」「日米安保反対」「消費税反対」といったものだ。 ポスターが貼られている他は、以外にも小綺麗に片付けられており、老人は部屋の畳によっこらしょっと言って座った。 「まさかポリ公をウチの中に入れることになるとはね。」 「ゲンさん。今日は本当にありがとう。」 「岡田と申します。この度は貴重な機会を頂戴しまして本当にありがとうございます。」 二人とも彼に頭を下げて改めて謝意を示した。 「警察に頭を下げられるようになるなんか思っとらんかったわw」 「玄蕃さん。私の頭は下げるためにあるようなもんです。頭を下げて何とかなるんでしたら、いくらでも下げます。」 「やめてくれ。ゲンさんでいい。」 「はい。」 「事情は三好から聞い…

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121 第109話

3-109.mp3 ー瞬間催眠なんか誰がどう考えてもただのオカルト話だ。誰も取り合ってくれない。 ーだが相馬周。あの男なら話を聞いてくれるはずだ。 ーいや...。そもそもあの男はこの事を調べるために俺に接近してきた。 ーそれをうっすらと感じていたから、俺はあの男のオファーに乗った。 ーそう。縋る思いで。 井戸村は石大病院に向かうタクシーにあった。 窓からは流れゆく金沢の夜の街並みが見える。 ーあのときの俺は目標を失っていたんだ。 ー生きる糧を失っていただけなんだ。 ーぽっかりと空いてしまった心の穴。それを埋めることができればそれで良かった。 石大病院の病院部長のポストを斡旋した男の姿が、井戸村の頭から離れない。 ー別に金が欲しかったんじゃない。 ー寂しかったわけでもない。 ーただ理由が欲しかった。 ー生きる理由。働く理由が欲しかったんだ。 タクシーを降り職員通用口から再び医学部に戻った彼は暗い廊下を進んだ。 ー自分が生きている証拠として、金という数字がただ銀行口座に貯まる。 ー貯まったところで何をするわけでもない。 ー俺には資産を託す子供がいるわけでもないからな。 自販機でコーヒーを買う音 「井戸村さん。僕に話って何ですか。」 背後から声をかけられた。 「その声は相馬さんですね」 「はい。」 「瞬間催眠…。」 「坊山さんから聞いたんですか。」 「はい。」 井戸村は振り返った。相馬が立っていた。 …

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120.2 第108話【後編】

3-108-2.mp3 「だけど事実はオカルト研究だった。そう言う事ですね。」 「結局あの時もあいつは俺にブラフをかけていたって訳だ。」 「利用されましたね。」 井戸村はため息をつく。 「そう言うことを俺は言ってるんじゃ無いんだ坊山。」 「はい?」 「別に俺はいいんだよ。コロコロ手の内で転がされても。」 「じゃあ…。」 「許せんのだよ。その男が。あいつこう言っただろう。『もしもそれがそんなオカルト研究だとしたら、この国は滅ぶでしょうね。間違いなく』ってよ。」 「はい。」 「これって裏返したら国を滅ぼす研究をしてますよって宣言だろ。」 「あ…。」 「俺は許せんのだよ。国立大学って名の下で国を滅ぼす研究をしてる輩が。そして知らなかったとはいえその片棒を担いで、今まで人より良い生活をしてきた自分がよ。」 井戸村の顔は紅潮している。 酒によるものではない。怒りによるものか、それとも恥によるものか。とにかく彼のプライドがそうさせているのだろう。 「坊山。」 「はい。」 「お前も楠冨も光定に近づきすぎた。距離をとるためにしばらく仕事は休め。」 「え?楠冨もですか。」 「そうだよ。気づけよ鈍いぞ。」 坊山は井戸村の言葉の真意がわからない。 「とにかく俺は俺なりのやり方で事態の収拾を図る。その間はお前ら2人に危険が及ぶ恐れがある。だから休むんだ。有給とか欠勤とか言ってられん。とにかく俺との接点を消せ。わかったな。」 こう言った井戸村は坊…

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120.1 第108話【前編】

3-108-1.mp3 「ちょっくら外で煙草吸ってきてもいいけ?」 「どうぞごゆっくり。」 古田は店から出た。 「はいもしもし。」 煙草を咥え火を付ける音 「井戸村ってまだそこにいるの?」 「おう。おる。」 「もうしばらくしたら坊山って男が合流するみたいよ。」 「坊山?」 「ええ。そいつの部下。病院の人事課長。」 「部下が何しに。」 「わかんない。」 「ふうむ…。」 「井戸村。何でも随分ヤバいことに首突っ込んでたみたいよ。」 「ヤバいこと?なんや?」 「それもわかんないの。とにかく周りを巻き込みたくないからってウチの楠冨帰らせたみたい。」 「…何や…ひょっとしてその坊山ってやつがヤバいんか。」 「違う。坊山も楠冨と一緒よ。巻き込みたくないんだって。」 「待て待て。巻き込みたくないげんに、楠冨は家に帰らせて、何で坊山は呼び出しなんや。」 「わかんないわよ。私、井戸村じゃないんだし。」 煙をゆっくりと吐き出した古田は空を見上げた。 数時間前まで雲に覆われていた空だったが、月明かりによってその切れ間が見えるほどになっていた。 「トシさん?」 「あ…うん…。」 「で、私はどうすればいいの?」 「そうやな…楠冨については一旦これで離脱してもらうとしようか。せっかく井戸村が気を利かせてくれたんや。」 「そうね。」 「痕跡は消したい。楠冨を離脱させたらマスターも離脱してくれ。」 「わかったわ。」 「何度も言うが山県久美子のス…

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119.2 第107話【後編】

3-107-2.mp3 個人が警察組織を打倒する。そんなものどう考えても無理だ。 ただでさえ非正規雇用の身分で経済的に不安定。それが故に精神状態も不安定。 そこに妹の仇を討つために警察組織を打倒するという壮大な野望を植え付けられた彼は、自身の現実と目標との果てしない距離に絶望し、社会に対する怨みを増幅させる。 この状態が続けば朝戸の精神は消耗しきる。 それが光定には見えていた。 だから鍋島の複製を作り出すための実験を、朝戸に行った。 もしも鍋島能力を朝戸が手に入れることができたとしたら、彼なりの復讐を成し遂げることができるだろう。 なぜなら対象を意のままに操ることができるようになるのだから。 警察のお偉方が処罰されるよう鍋島能力を使えばいい。 自分が直接的な手を下すことなく、相手を絶望のそこに突き落とすことができる。足がつくことなど考えなくていい。 そして警察からは然るべき謝罪と賠償を得ればいい。 そうすれば心の安寧は取り戻せるはずだ。 しかし結果は失敗だった。 朝戸には鍋島のような力を与えることはできなかった。 彼に残ったのは記憶障害と猛烈な頭痛だけ。 東一の患者へのテストから、朝戸の末路は見えている。 耐え難い頭痛、記憶障害から開放されるために自死するのみだ。 結果的に光定は朝戸を死もたらす死神となったのだ。 「ナイトを救う方法を探してたんじゃないのか。クイーン。」 「…。」 「ナイトが催眠の副反応に悶え苦しむ姿。それを作り出し…

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119.1 第107話【前編】

3-107-1.mp3 「大体のことは掴めました。」 「…。」 「改めて聞きます。あなたは本当のところどうしたいんですか。」 「…。」 「このまま朝戸と空閑の様子を観察…もとい、ナイトとビショップを観察し、その実験結果を見て次なる研究へ繋げていく。という道もありますよ。」 「…。」 「やめるのは簡単です。ですが天宮先生も小早川先生も曽我先生も、みんな居なくなった。もうあなたしか居ないんです。この研究を担う人材は。」 「…。」 光定は沈黙を保った。 3日後の5月1日金曜。 金沢駅において何らかのテロ行為が予定されている。なにも昨日、今日決まった話ではない。この日に決定的なアクションを起こす。これは空閑によって以前から予定されていた。光定は催眠用の写真を用意したまでだ。彼はこのテロ自体には正直さほど興味はない。そしてその全体像も知らない。知っているのは朝戸がその実行をになっている。それぐらいだ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1年前… キーボードの打鍵音 「これ使って。」 光定は一枚のJPGファイルを添付してメッセージを送った。 すると少し間をおいて空閑から返信があった。 「グロ画像。マジふざけんな。」 光定が送ったのは両目の写真。突然このようなものを送りつけられる。この空閑の怒りは当たり前だ。 「速攻消したわ。」 「君が催促していたアレなんだけど。」 「俺が催促?舐めたこと言ってるとクィーン、テ…

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118.2 第106話【後編】

3-106-2.mp3 二人は声を出して笑った。 携帯バイブの音 「うん?」 椅子の背もたれにかけたスーツの上着から携帯を取り出した井戸村はその表示を見ると不愉快な表情になった。 「部長?」 「ちょっと席を外す。すぐに戻るから。」 井戸村は店の外に出た。 「なんだ。こんな時間に。」 「病院部長。至急ご報告があります。」 「なに…坊山まさかお前、東一のお客さんに無礼でも…。」 「それどころじゃありません。」 かぶせてくる坊山の物言いに、井戸村はただごとではないことを察した。 「なにがあった。」 「光定先生。ヤバいですよ。」 「光定先生がヤバい?」 「はい。」 「先生がヤバいのは今に始まったことじゃない。」 「確かに…ってかそういう時限の話じゃないんです。」 「具体的には。」 「写真送ります。とりあえずそれ見てください。」 すぐに何枚かの画像が送られてきた。 それを見た瞬間、猛烈な吐き気をもよおした井戸村は足元のドブに構わずそれを吐き出した。 「おえっ!おええぇっ!」 食堂と口の中に充満した吐瀉物の酸味を帯びた香りが、鼻腔を伝ってくる。アルコール、そして強めのニンニク臭が混じったそれは井戸村の意識を朦朧とさせた。 「この写真が光定先生の机から出てきたんです。」 「ま…まて…なんでこんなもんが…。」 「わかりませんよ…とにかくこんなもんを持っとる事自体がおかしいんです。んで。」 「んで…なんだ。」 …

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118.1 第106話【前編】

3-106-1.mp3 Wi-Fiスポットである一階ロビーにいるはずの相馬。その彼の姿が見えない。 このまま応接に戻っても光定しかいないとなると、これまた自分が叱られる。 一応、探すだけ探したというアリバイは作らねばなるまいと坊山は周辺を探った。 といってもここには暗くなった2件の喫茶店。郵便局、受付、外来の一部など限られたものしかない。 お客人の姿はどこにも見当たらなかった。 バイブ音(短い) 「うん?」 坊山は足を止めた。 妙な音が聞こえた気がする。 ここは外来の廊下。その長い廊下先は暗闇が待ち構えている。 ー勘弁してくれ…。夜の病院、そんなに得意じゃないんやって…。 と心のなかでつぶやいた瞬間、その廊下の先に二人の幼女が手をつないでこちら見て立っている。 なんてどこかで見た映画の1シーンが頭をよぎり、更に彼の恐怖心を増幅させた。 バイブ音(短い) 「はっ!」 確かに聞こえた。 短いバイブレーションの音だ。 ーマジかいや…。これ、俺その音の出どころを調べる展開じゃないんけ…。 またもバイブ音(短い) 自分はいま外来の長い廊下にいる。バイブ音はどうやらこの外来診察室のなかのどこかから聞こえるようだ。 坊山は音の聞こえたほうを見た。 「心療内科…。なんや…光定先生、スマホ外来に置きっぱなしやってんな…。」 バイブ音(短い) 「あぁ…でもこの暗い病院に不気味に鳴るバイブ音…マジで気味悪い…。」…

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117 第105話

3-105.mp3 ノックする音 「失礼いたします。」 ドア開く 「あれ?」 坊山が立ち止まったため、光定は彼の背中にぶつかった。 「あの…坊山さん?」 「あーそうやった…。」 「はい?」 「Wi-Fiスポットどこやって言っとったんでした。お客さん。」 「Wi-Fi?」 「ひょっとしたら一階のロビーに居るんかも。」 「はぁ…。」 「ちょっと呼んできます。先生はこちらでお待ち下さい。ついでにお茶も用意しますんで。」 ただひたすらに呆れた顔を見せる光定には目もくれず、坊山はその場から姿を消した。 「ダラなこと言っとんなや!それのどこが報道ねんて!結局洗脳して上書きしとるだけやろうが!」 「…。」 「自分の思うようにいかんくなったら他人の記憶を催眠で上書き。なんちゅうご都合主義なんや。ひとを変える前に自分変えれまこのボケ。」103 「自分がなんとかしろよ。」 「え?」 「人ばっかり頼るんじゃないよ。自分がそのナイトを引っ張り出してやれよ。」104 「言いたいこと言ってくれるよ…。」 三波の言うことは最もだ。 しかしそんなことぐらいわかっている。 わかった上で理性的な行動が取れない自分があるのだ。 「自分を変えるなんてかんたんなこと言うけどさ、そんなことできるんだったら僕みたいな医者なんてこの世に必要ないんだよ。」 「…なんとかしたい。なんとか朝戸を止めたいんだ。けど、あいつとはもう関わりたくない自分がいる…

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116 第104話

3-104 .mp3 金沢郊外のとあるテナントビル。 その中のひとつの扉には一枚の紙が貼られていた。 「体調不良のためしばらくの間休講とさせていただきます。」 この貼り紙をみた塾生たちは皆、それをスマホで撮りどこかに送っている。 その場で親に電話で連絡を取るものもいるし、これ幸いと友達と遊びに行く連中もいる。 その行動は人それぞれだ。 事前に案内が出ていなかったのだろう。皆、驚きを隠せない様子だった。 「千種の死を受けて急の休み。(゚ν゚)クセェな。」 踵を返した古田は外に出た。 ここ数日振りっぱなしだった雨がようやく上がったようだ。 濡れた地面に街灯の明かりが反射して、キラキラと輝いて見える。 こころなしか空気もいつもより澄んでいるようだ。 しかし彼の心はそれとは対照的に晴れない。 「っても、今のワシには空閑を追う術がない…。」 携帯が鳴る。 ちゃんねるフリーダムの加賀からだ。 「すまんな…。いまは電話に出る気になれんわ。」 着信音が切れる 近くに止めてあった自分の車に乗り込んだ古田はため息をついた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「しばらく休暇をとれ?」 「はい。」 「なんですか突然。」 「業務に支障が出てまして。」 「なんで?」 「古田さんお疲れでしょう。」 「いいえ。疲れてなんかいません。」 「いや疲れとる。」 「なにが。」 「あの、さっきも同じやり取りしてるん…

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115 第103話

3-103.mp3 「どうしたんですかヤスさん。」 「三波の居場所がわかったぞ黒田。」 「え!?どこですか。」 「家だよ。」 「家?」 「自宅で引きこもってる。」 「は?」 「なぁあいつの住所ってどこだよ。俺行くから。」 突然の電話と三波の情報、黒田は状況を飲み込めないでいた。 彼の前に座る加賀はそのまま続けろと合図をする。 「住所って言われても俺もあいつの家なんて知りません。調べて俺が行きます。」 「いや俺が行く。」 「何言ってんですか三波は俺の部下です。俺が行きます。ヤスさんは会社に戻ってください。」 「なんでだよ。俺が引っ張ってきたネタだ。俺がやる。」 「ヤスさんはヤスさんの仕事があるでしょう!」 「…。」 「ヤスさんは制作の頭なんだから。そこを仕切るのが本文じゃないですか!」 「なんだよ!俺が突き止めたんだぞ!」 「三波は家になんかいませんよ。」 「は?」 「あいつはいま大学病院です。」 「だ…い…がく病院?」 「はい。救急車で搬送されたみたいです。さっき石大病院から会社に連絡ありました。」 安井は言葉を失った。 「命に別状はない状態のようですが、しばらくは入院しないといけないようです。」 「…なにがあった。」 「わかりません。詳しい様子を聞いていませんので。」 「お前はいま病院にいるのか。」 「いや。病院からは来られても困るということで、会社で待機しています。一応、三波の親御さんにも連絡はしました。」 「いつ…

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114 第102話

3-102.mp3 「どうです。気分が悪いとかありませんか。」 「まぁ…。」 「頭痛はまだあると聞きましたが。」 「はい。」 「どんな感じの頭痛ですか?」 「…突然、頭の奥深くからズキンと来る感じです。」 「あぁ…。」 ーなんだこのやり取り。無表情だけど普通じゃん。片倉さんから聞いているコミュ障って話と違うぞ。 「詳しい検査をしないことには頭痛の原因はわかりません。明日、検査しましょうか。」 「はぁ。」 「いまは検査できる人間がいませんので、明日MRI撮りましょう。それまで三波さん。こちらでお休みください。」 「あ…でも…。」 「お仕事ですか?」 「はい。」 「死にたいんだったら行ってもいいですよ。」 「はい?」 「死にたければこのまま退院してもいいですよ。」 「え?それ…どういうことですか。」 「殺されるってことです。」 突拍子もないこの光定の発言に三波は唖然とした。 「あなた妙な男と接触したでしょう。」 なぜそのことを知っている。 背筋が寒くなった。 「…はい。」 「そこでその男の目を見た。」 なんだ。まさか現場を見たというのかこの男は。 「…なんでそのことを。」 光定はふうっと息をついた。 「何を隠そう私も、その男にあなたと同じことをされたんで。」 「え?」 「ついさっきですよ。」 「だから私もあなたと同じ。頭がズキンって痛くなる。」 そう言うと光定はしかめっ面になり、自分の頭に…

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113 第101話

3-101.mp3 目を開くと白い天井が見える。 ここはどこだ。自分の家の部屋ではないことは明らかだ。 彼はとっさに身を起こす。 「痛っ…。」 右側頭部にズキンとした痛みを覚え、彼はゆっくりと体を倒した。 「すいません…。頭が割れそうなんで救急車、お願いできませんか…。」100 「そっか…俺、救急車呼んだんだった…。病院か…ここ…。」 目を瞑り眠りにつこうとした。 「はっ!」 飛び起きた彼はベッド右側にあるカーテンを開いた。 眼下には山側環状線が見える。 瞬間、三波の背筋が寒くなった。 「とにかく、石大に近づくのはやめろ。」89 「ここ、石大だ…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 数時間前 北陸新幹線内 彼はネットで光定公信に関する情報を情報を漁っていた。 かれこれ一時間。 彼の表情は冴えなかった。 「なぜだ…。」 光定に関連するキーワードを片っ端から検索をかけた。 東京第一大学 医学部 曽我 小早川 天宮 瞬間催眠 MKウルトラ 石大病院 心療内科 論文 学会など思いつくものを手当り次第当たった。 しかしなんの収穫もない。 「研究論文もヒットしないし、交友関係らしきものも見えない。曽我、小早川、天宮それらの人間を調べても光定のみの字もヒットしない。なんだこれ…。」 ふと窓の方を見るとトンネルの中を走っている。自分の姿がそこに映し出されていた。 「こ…

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112.2 第100話【後編】

3-100.2.mp3 5年前 「にわかには信じがたい話です。」 「正常な感想だ。」 「ですが他ならぬ陶課長のお話です。」 「ということは?」 「信じます。信じますが…なかなか受け入れられません。」 「いいんだ。そう言ってくれるだけで十分だ。」 「しかしどうしてそんな大事なことを自分に。」 「俺は苦労人をリスペクトしている。」 「…それは自分のことですか。」 「そうだ。」 都内駅構内の某コーヒーチェーン店。 入れ代わり立ち代わり人が出入りする店の奥に向かい合って座る中年男性ふたり。 彼らの存在を気に留めるものはいない。 「調べさせてもらったよ。随分ハードな生き方を強いられてきたみたいじゃないか。」 「なぜ自分なんかに関心をお示しに?」 「なんだろう…。なんでかな。」 「こう言ってはなんですが、裏があると思ってしまいます。」 「正直でよろしい。」 陶はコーヒーに口をつけて、ふうっと息を吐いた。 「氷河期世代ね。」 「は?」 「失われた20年って口じゃ簡単に言うけど、そのただ中にある当人にとってはたまったもんじゃないよな。」 「…。」 「紀伊。君はその氷河期世代の中でもこうやって警視庁に入り公務員という地位を勝ち取った。氷河期世代の中で見ればいわゆる勝ち組だ。世間的に、な。」 「…。」 「公務員。なってしまえばこっちのモン。そうそうクビになることもないしな。生涯安泰。あとは結婚し家庭を持ち、子を育て、そこそこのポジションに行…

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112.1 第100話【前編】

3-100.1.mp3 自宅に帰ってきた三波はベッドに倒れ込んだ。 「痛ぇ…。頭痛ぇぞ…。なんだこれ。」 「今日手に入れた情報はすべてデタラメだ。小早川は気が狂っていた。お前は疲れている。このままおとなしく家に帰るんだ。そこでじっとしていろ。」94 「何しやがったあいつ…。さっきまではそこまでじゃなかったのに、ここに来て何だこの頭痛…。おとなしくしてろって、このまま寝てろってのかよ。」 身を起こそうとすると自身の後頭部に鈍い痛みが走る。 「あ、痛っ!」 彼は突っ伏した。 「やべ…これあれかな…。脳梗塞とかかな…。だったら洒落になんねぇぞ…。」 三波は携帯を手にした。 「すいません…。頭が割れそうなんで救急車、お願いできませんか…。」 電話を切った三波は薄っすらと目を開く。 自分の部屋の天井がぼんやりと見える。 白いそれにカーテンの隙間からわずかに差し込む日差しが影をつける。 瞬間、彼の意識はとんだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「なんでこのタイミングであなたがそんなことを。」 「ちゃんフリの中の協力者が、自分の身内から被害者を出すことは許さんって鼻息荒くしてるんだ。」 「その手の管理はあなた自身で完結してください。大川さん。」 「自分の手に負えない状況だからビショップ。あんたにこうやって報告してるんだ。今までの動画をすべて元の状態のものに差し替えるって言い出している。」 携帯を持つ方…

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111 第99話

3-99.mp3 東京都と埼玉県にまたがるように自衛隊の駐屯地がある。 リュックを担いだ男がひとり、そこに歩いて入っていった。 「なるほど。今川は心当たりがあると。」 「はい。我が国のツヴァイスタンシンパに鍋島能力の研究を委託した可能性があると言っています。」 「しかしそれはあくまで今川の個人的な予想。」 「その個人的な予想の裏を取るのは警察の仕事です。」 「ツヴァイスタンによる重大犯罪に加担した男の見過ごせない発言。事件の真相を明らかにすることを職務とする警察は動かざるを得なくなる。」 「普通ならば。」 「そう。普通ならば。」 肘を付き、両手を口の前で組む彼の表情の細かな様子は2メートル離れたここからは窺いしれない。 「今回は法務省の方にも手を回しています。おそらくそこからもNSSに報告が入るでしょう。」 「ならば今度ばかりは警察は普通の対応を取らざるを得ないか。」 「はっ。」 「なにかと足を引っ張るな、警察は。」 「組織自体は職務をまっとうする意志があるのですが…。」 「が?」 「その中にはいろいろと拗らせた奴がいるみたいでして。」 「朝倉みたいなやつか。」 「はい。」 「そいつが足を引っ張っていると…。」 「引っ張るだけなら良いのですが。」 「無能な働き者か。」 「はい。」 「我々の世界では部隊の全滅を招きかねない、問題のある人間。」 「しかもその人間が中枢にいる。」 「せっかくの予算も人事とセットでなければ、有効たりえんか…

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110 第98話

3-98.mp3 「古田の様子がおかしい?」 「はい。」 「何が。」 「同じこと何度も言うんですよ。」 「何度も同じことを?」 「はい。」 警察庁警備局公安特課。 松永専用の公安特課課長室で百目鬼は足を机の上に乗せて何者かと電話をしていた。 「具体的には?」 「空閑ですよ空閑。」 「…あぁ、千種が光定の書類を渡したと思われるやつか。そいつがどうかしたか。」 「古田さん。自分にその空閑を調べてくれって電話かけてきたんです。百目鬼理事官から自分を使えって言われたんでって。」 「うん。俺が神谷くんを紹介した。」 「で、空閑教室って塾をやってるってのを聞いたんで、すぐに下のモンに調べさせたんです。」 「うん。ってかその下のモンって言い方、ちょっとマズくない?組のモン的で。」 「でも一応自分、今は仁熊会の若頭ってことになってますんで。サツカンとして振る舞うと下のモンが良い顔しません。」 「あ…そう…。」 「で、ものの10分してですよ。また古田さんから同じ電話かかってくるんです。」 「同じ電話?」 「はい。空閑教室の主を調べろって。空閑は空気の空に閑散の閑。門構えって。」 「あらら。」 「えっとさっきも電話もらいましたがって言ったんですが、それはワシを語った別のモンやって言うんです。」 「で。」 「で、これがあと2回繰り返されました。」 百目鬼の表情が険しくなった。 机の上に乗せていた足を降ろし、彼は座り直した。 「ぱたっと電話が止んで…

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109 第97話

3-97.mp3 「話が違うだろうが。」 「電話かけてくるのは止めてくれって言ったはずだが。」 「緊急事態に馬鹿丁寧にSNSでクレームつけるバカが居るか!」 声を荒げて電話をかけるのはちゃんねるフリーダムカメラデスクの安井隆道だ。 彼は犀川の河川敷に立ち、雨音と川の流れの音によって自分の声が他人に聞かれないよう配慮をしていた。 「身内には被害者は出さないって約束だっただろうが。」 「出さない。そういう事になっている。」 「そういう事になってないから電話してんだよ!」 「なんだって?」 「その反応…。まさかあんた…。」 「え?何?何があったんだ。」 安井は深くため息をつく。 「はぁー…。」 「何が…。」 「三波が行方不明になった。」 「え!?」 「理由はわからん。でも察しはつく。俺らのことを探ったんだろうさ。」 「我々のことを探る…。」 「そろそろ潮時だってのは、俺から椎名には伝えた。三波とか黒田とかが俺の周辺を探り出しているってな。」 「ってことは、まさかキングが…。」 「ふぅ…あのさ、そのキングとかってニックネームか何かは知らねぇけどさ。話がややこしくなるから俺の前では椎名って名前でアイツのこと呼んでくれないかな。」 「あ…あぁ。」 「で、なんでその椎名が三波を巻き込むんだ?」 「いや待って。この件は私もいま初めて知ったんだ。」 「いやいや、あんたが初めて知ったとかそんなことはどうでもいいの。大川さん、とにかく俺があんたや椎名…

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お便り 8

お便り3-7.mp3 今回はhachinohoyaさん 林進さんからのお便り紹介です ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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108 第96話

3-96.mp3 スリッパを引きずるような音が聞こえたため、楠冨はそちらの方を見た。 力なくスツールに腰を掛ける検査着姿の光定がそこにあった。 「先生…。」 うつむいたまま反応を示さない光定を見て彼女はそっと湯呑を差し出した。。 「ささ、熱いお茶でもお召し上がってください。体が温まりますよ。」 「うん…。」 茶をすする音 静寂の中、ただ光定の茶を啜る音だけがこの空間に響く。 二人の間に無言の時間がどれだけ流れただろうか。 このいつまで続くかわからない沈黙を破ったのは光定だった。 「何も聞かないんですね。」 「何のことですか。」 「僕が急にいなくなったこと。」 ーなんだ…随分流暢に話すじゃないの。 「私が聞いてどうなるんですか。」 「何言ってんですか。病院長から僕の様子を見てこいって言われたんでしょ。」 「様子を見るだけです。先生がどこに行っていたとか、何をしていたとかを探ってこいと言われていませんので。」 「で、本当に僕の様子を見ているだけ…。」 「はい。」 「マジですか…。」 光定は呆れ顔だ。 「まるでロボットですね。君は。」 「私がここにいるのは仕事の一環です。仕事に私情を挟み込むほうがむしろ良くないことだと思いますが。」 「訂正。軍人みたいだ。」 「それは褒めてらっしゃるので?」 「そう受け止めてもらって結構です。」 「普通の人は絶対にそう受け止めませんよ先生。」 クスリと笑った楠冨を見て…

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107 第95話

3-95.mp3 「あぁ。ご報告ありがとうございました。え?それはもう…ええ。東京のとある財団の専務理事に空席が出るらしくてですね。話しはすでについていますからご心配なく。え?あぁ…勿論、東一出身者の特別ポストですよ。理事長さんはただの飾りですから、井戸村さん。そこならあなたの予てからの希望の通り、石川なんて田舎じゃなく、東京でやりたいようにやれますよ。」 石大病院の外、バスのりばのベンチに腰を掛けて電話をする相馬の姿があった。 「私ですか?私はこのとおりしがない人材コンサルタントです。これが私の仕事ですので仕事をしたまでですよ。」 「いや、突然電話をかけてきたかと思えば、どうしてこうも私の心情の内幕までも全て知ってるんですかね。此処ってところにズバッと提案を投げてくる。すごい人ですねあなたは。あなたのような人材が側にいれば、その組織はまさに百人力。」 「お褒めに預かり光栄です。あの、ところで小早川先生の後任人事の件は?」 「わかりませんよ。東一とのパイプは光定先生だけになってしまったんで。」 「東一出身は井戸村さん、あなたもそうだし他にも職員でも複数いるでしょう。」 「いや、なんだかんだ言って事務方は影響力はありません。あくまでも教授や医師側がこの病院では力をもっていますから。」 「そうなんですか。」 「はい。御存知の通り光定先生はあんな感じです。こうなった今、このままこの病院にいても東一出身として大きな顔していられるとは思えません。何せ東一に冷ややかな目を向ける…

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106 第94話

3-94.mp3 「死んだ!?小早川が?」 「おいや。自殺。あんたがさっきまでおった研究室から飛び降りた。」 「なんで?」 「わからん。」 「本当ですか…。」 「本当。いよいよヤバい感じや。三波あんた、今どこや。」 「まさにいま新幹線降りたところです。金沢駅です。」 「よしわかった。んならそのまま駅におってくれ。迎え寄越す。」 「迎えですか?」 「あぁこの手際の良さ、マジもんの仕業や。このままやとあんたの身に危険が及ぶのは時間の問題。」 三波はとっさに壁を背にした。そしてあたりを見回す。制服姿の学生、スーツを着た仕事上がりの男。携帯の液晶画面を巧みな指使いでなぞるOL風の女性。 ここを行き来すす殆どの人間が、束縛から開放されたような感じを受ける。 「駅の中ですか…。今の時間帯は人多いですよ。」 「人が多いんやったらなお結構。少ないより安全や。すぐに迎え寄越す。金沢駅のどこにおるんや。」 「あーゆうたろうのところです。」 「ゆうたろう?」 「ええ。」 「あれ?あの人形の。」 「はい。」 「わかった。待っとれ。」 新幹線乗り場から出てきた三波の姿を追っていた空閑は、駅の金沢港口で壁を背にする彼の姿を見て歯噛みした。 ーだよな…。 ー東京から金沢まで2時間半。そんだけ時間があれば携帯ひとつでちゃんフリにひと通りの状況を伝えることができる。 ー要はその状況をここでどう挽回するかということだ。 一旦外に出てしまった情報。事後に出本の蛇…

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105.2 第93話【後編】

3-93-2.mp3 「それが朝戸を鍋島にするってやつだったってか。」 「そう。」 「でも、すでにその実験は失敗に終わっている。その失敗続きのそれを、なんで朝戸にもって思ったんだ。」 「可能性をみたんだ。」 「可能性を見た?」 「うん。鍋島能力の発動の条件には膨大な負のエレルギーの蓄積ってのがあるんだけど、そのときの朝戸の感情の爆発は凄まじくってね。いままでに経験したことがないほどのものだったんだ。鍋島自身が抱えていた負のエレルギーも凄いけど、これも相当なもんだ。だから今度はうまくいくかもしれないって思ったんだ瞬間的に。」 「負のエネルギーか…。」 「ビショップ。君は当時の朝戸ほどの負のエネルギーは持ち合わせていない。東京で施術した対象の誰よりも負の感情を持っていない。」 「…。」 「そんな君に施術する…。いったいどういう結果がでるだろうね?ひひひ…。」 光定は不気味に笑い出した。 「あぁ…鍋島さん…僕に力を与えてください…。あなたはかつてこの場所にいた。ここで2人を殺した。そして同級生2人の人生をぶっ壊した。ここは聖地だ!お願いします…僕に、ビショップに、力を与えてください。」 急に宗教儀式めいてきた場の雰囲気と、狂乱ともいえる光定の様子に空閑は言葉を失った。 ーいいのか…俺…。 ー本当にこいつに自分のすべてを委ねていいのか…。 ーその術とやらが失敗したら俺はどうなる? ー自我を保っていられるのか? ーでも…ここで引き下がれるわけがない…。…

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105.1 第93話【前編】

3-93-1.mp3 5年前… 「はい。」 「光定先生ですか。外来に先生を訪ねてきた方がいらっしゃってまして。」 「だ…れ?」 「あの…朝戸さんとかおっしゃっています。」 「朝戸?」 「はい。どうします。」 「あ…じゃあ…僕の部屋まで案内してあげて…。」 「え、いいんですか。」 「う…ん…。」 「でも第2小早川研究所の立ち入りは小早川先生から厳重に管理せよと言われているんですが。」 「問題ない。その人は信頼できる人だ。」 ドアが開く音 「よう。」 「どうしたの。」 「どうもこうもない。」 そう言うと朝戸は1枚の写真を写真を光定に見せた。 「なにこれ?」 「犯人。」 「え!?」 「紗季を殺した犯人さ。」 「…本当なのか。」 朝戸は首を縦に振る。 「じゃあさっそく警察に…。」 「ダメだった。」 「え?なんで?」 「もう行ってきた。何回も。でも警察として捜査は十分に行っているってさ。」 「どういうこと?それ。」 「俺の訴えは却下ってこと。」 「はぁ!?何いってんの!?警察の捜査が不十分だから朝戸、君が個人的に調べたんだろ。」 「そう。」 「なに?その写真の奴の証拠が…とか?」 「証拠はある。」 「じゃあ。」 「とにかく警察としては十分に捜査をしている。警察に任せてほしいってさ。」 「ってことは…。」 「体の良いお断りさ。」 「バカか!」 光定は声を荒げて机を叩いた。 「お前…そんな怒る…

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104.2 第92話【後編】

3-92-2.mp3 「鍋島!?」 「ええ。研究対象の鍋島能力。その保持者であった本人です。」 「な…なんで…こんなものが…こんなところに…。」 「天宮先生の手配です。ちょっと警察の方面に手を回してこういうことにしてくださったんです。」 「ば…ばかな…わたしはこんなこと聞いていない。」 腰を抜かしたまま小早川はホルマリン漬けになっている人間を仰ぎ見る。 筋肉質な体型を保ったままのシルエットは美しかった。 彼の視線は体の全体的なシルエットから各部へと移動する。 すると特徴的なものに気がついた。 「なんですかこの体は…。」 体のいたる所に縫合の後が見える。 「体だけじゃなくて顔も色々いじってたみたいですよ。」 「え…顔?」 そういうと小早川は鍋島の顔を見た。 「ひいっ!」 彼が驚くのも無理もない。 髪の毛ひとつないつるっぱげ状態の頭皮には無数の縫合の跡。 そしてぱっとみた感じきれいな顔立ちであるそれにも至るところに縫合の跡があった。 しかし彼を驚かせたのはこれではなかった。 鍋島の目は上瞼と下瞼が縫い合わされた状態だったのだ。 「な…なんで…目が縫い合わされているんですか…。」 「あぁそれはあれです。」 そう言うと光定は同じくホルマリン漬けされている別のガラス製の容器を指差した。 そこには2つの眼球があった。 「目…?」 「はい。鍋島の眼球です。それとその隣にある脳。これらが得意な能力、いわゆる瞬間催眠の発…

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104.1 第92話【前編】

3-92-1.mp3 「なんだってこんなところなんだ…。」 車一台がやっと通れるくらいの舗装されていない狭い道。 雨によってそれは泥濘んでいた。 ひょっとするとタイヤがスタックするかもしれない。 自身のない空閑は車を止め、その道を徒歩で進んでいた。 歩くこと数分。ようやく開けた場所に出た。 朽ちた小屋がある。 その側には車が止まっていた。 「四駆か…。」 扉を開く音 「遅かったね。」 暗がりに白いシルエットが見える。 白衣姿の光定だった。 「まぁ…。」 木床の軋む音 「ここは?」 「あぁ塩島一郎って爺さんの持ち物さ。ちょっと拝借したんだ。」 「いや、そういうことじゃなくて。なんでこんな熨子山の小屋なんかで。」 「熨子山って言ったら思い出さない?」 「え?」 「鍋島になるんだよ。君はこれから。」 「あ…。」 「そう。ここは9年前に起こった熨子山連続殺人事件のまさに現場さ。」 「ここが…。」 「ほら。いま立っているそこ。まさにそこで二人の被害者が鍋島によって殺された。ひとりはハンマーで撲殺。もうひとりはナイフで頸部をかっさばかれてね。ひひひ…。」 「おい…。クイーン…おまえどうしたんだ?」 「どうもこうもないよ。残念なんだ。君がどうしても鍋島になりたいっていうもんだからさ。」 「え?だって…おまえさっきあれほど嫌がってたのに。」 「嫌だよ。いまでも。またひとりナイトを誕生させてしまうかもしれないしね。」 …

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103 第91話

3-91.mp3 石川大学病院部総務人事課。 人事課長の坊山に耳打ちする者がいた。 「え?光定先生が?」 「はい。急用が入ったっておっしゃって席を外してそのままなんです。」 「何?帰ったん?」 「わかりません。」 「はぁ…。で、診療の方は?」 「代わりの先生にまわしてもらっていますが、患者の待ち時間が…。」 「んなもん仕方ない。患者には事情を説明してなんとかしてもらえ。」 「はい。」 ーまずいことになった…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1時間前。 「は?ウチの中村になりすまして小早川教授と面会?」 「そうだ。」 「え?今朝、部長にも電話でお伝えしたでしょう。中村は今日は休みです。中村本人じゃなくてですか?」 「だからお前をここに呼び出したんだ!」 机叩く 「坊山!なんで外部の人間がウチの人間に成りすますことができるんだ!個人情報ダダ漏れじゃないか!」 「申し訳ございません…。」 「どういう管理をしてる。」 「は?」 「だから!なにをどうすればこんなヘマが起こるんだ!」 「原因究明はこれから行います。」 「くそっ!」 荒ぶる病院部長を前にこの坊山はただ静かにそれに応えるしか方法を見い出せなかった。 「ところで光定先生は大丈夫か。」 「は?」 「光定先生には変わりはないか。」 「光定先生?え?はぁ、まぁいつもどおり今頃外来で診療していると思いますが。」 「小早川先生は…

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お便り 7

おたより3-6.mp3 今回は左甚五郎さんからお寄せいただいたお便りです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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お便り 6

おたより3-5.mp3 今回お便りをお寄せくださったのは笹木雅貴さんと肉団子さんです ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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102.2 第90話【後編】

3-90-2.mp3 「え?直接投与する?」 「うん。」 「でも…まだ実用化できてないよ。」 「実験で構わない。今すぐ試したいんだ。」 「でも僕はいま手が離せない。」 「俺がやる。」 「ビショップ。君が?」 「ああ。俺がやる。」 「でも方法を君は知らない。」 「教えてくれ。」 「教えても無理だ。」 「なぜ。」 「物理的な理由さ。」 「なんだそれは。」 「こんな意味のないことをここで君に開陳する意味を僕は見いだせない。」 「じゃあ聞く、仮にその物理的な問題を克服したら瞬間催眠は実用化できるのか。」 「今よりは実用化に近づく。」 「どの程度。」 「完成が100とすれば80まで一気に進むだろう。」 「教えてくれ。」 「だから無理なものを議論するのは科学的じゃないし、時間の無駄だ。やめようこの話は。」 「どうして無理と言える。無理と言える根拠は。」 「無理なものは無理だ。」 「そうやって合理性を持ったふりして、進化の歩みをこの国は幾度となく止めてきた。」 「…。」 「どうして議論しない。なぜ無理と決め付ける。試してみろよ。実験によって証明を果たすのが科学だろうが。はなから無価値と決めつけることほど科学的でない思考は無いぜ。」 「どうしてそこまで。」 「他ならないルークの頼みだ。」 「ルークの…。」 「今すぐある人間の口を止めなければならない。かといって拉致るわけにも行かない人間だ。」 「なるほど…そういうことか…。」 二人の間にしばら…

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102.1 第90話【前編】

3-90-1.mp3 「素早い仕事ごくろうさん。」 「ありがとうございます。」 「これなら自殺ってことで大事にもならないだろう。」 「はい。」 「続いてもう一件頼む。」 「はっ。」 紀伊の携帯にPDFが送られてきた。 「これは?」 「ちゃんねるフリーダムというネットメディアの記者、三波宣明(のぶあき)だ。」 紀伊はちゃんねるフリーダムという言葉を聞いて表情が固くなった。 「この男が何を。」 「石川大学の総務の中村であると偽って、今朝小早川と接触をしていた事が判明した。」 「なんと…。」 「この三波を消すんだ。」 「え?」 「身分を偽ってまで小早川と接触をする奴だ。普通の取材じゃない。」 「あの…專門官。待ってください。それだけで消すんですか。」 「なんだ?」 「あの、この三波という男、石川のネットメディアの記者でしょう。石川といえば天宮の死亡があります。天宮から小早川にたどり着くのは普通の流れです。」 「ではなんで身分を偽ってまで、この段階で小早川と接触する必要があるんだ。」 「その本意はわかりませんが、なんとかして他社に先駆けて話を聞き出したかったのでは。」 「紀伊。」 「はい。」 「甘い。」 「甘い?」 「俺がなんの考えもなくこの三波を消せと言ってると思うのか?」 「い、いえ…。」 「お前、最近俺によく意見するな。」 陶の声に凄みを感じた。 「あ…あの…。」 「ま、俺の取り巻きがただのイエスマンだけだとい…

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101 第89話【後編】

3-89-2.mp3 電子鍵が開かれる音が聞こえたため、窓から外を見つめていた小早川はそちらの方を見た。 そこには警備員姿の男が立っていた。 一介の警備員がなんの断りもなく研究室の鍵を勝手に開けて入ってくる事自体がありえない。 あまりもの想定外の状況を目の当たりにして、小早川は反応に困った。 「なんだ…君…。」 小早川がこういった瞬間、突如として警備員は小早川の背後に回り込んだ。そしてハンカチのような布で彼の口元を抑える。 まもなく小早川は気を失った。 「小早川先生!守衛室です!応答願います!小早川先生大丈夫ですか!」 どうやらとっさに小早川は非常通報装置のボタンを押していたようだ。 「チッ。」 警備員姿の男は窓から外の様子を見る。 今の所まだ研究棟全体が騒ぎになっていないようだ。 彼は窓を開けた。 そして横たわる小早川の靴を脱がせる。 「っしょっと…。ってか重めぇよ。こいつ。」 男は小早川を担ぐとなんのためらいもなく、それを5階の窓から真っ逆さまに突き落とした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「そうか。早いな。」Понятно. Ты рано. タバコの火をつける音 吸い込みそして吐き出す 「すでに一回やらかしてるからな。」Он уже сделал это один раз. 「曽我コロシの件か。」Дело убийцы Со…

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第89話【後編】

3-89-2.mp3 電子鍵が開かれる音が聞こえたため、窓から外を見つめていた小早川はそちらの方を見た。 そこには警備員姿の男が立っていた。 一介の警備員がなんの断りもなく研究室の鍵を勝手に開けて入ってくる事自体がありえない。 あまりもの想定外の状況を目の当たりにして、小早川は反応に困った。 「なんだ…君…。」 小早川がこういった瞬間、突如として警備員は小早川の背後に回り込んだ。そしてハンカチのような布で彼の口元を抑える。 まもなく小早川は気を失った。 「小早川先生!守衛室です!応答願います!小早川先生大丈夫ですか!」 どうやらとっさに小早川は非常通報装置のボタンを押していたようだ。 「チッ。」 警備員姿の男は窓から外の様子を見る。 今の所まだ研究棟全体が騒ぎになっていないようだ。 彼は窓を開けた。 そして横たわる小早川の靴を脱がせる。 「っしょっと…。ってか重めぇよ。こいつ。」 男は小早川を担ぐとなんのためらいもなく、それを5階の窓から真っ逆さまに突き落とした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「そうか。早いな。」Понятно. Ты рано. タバコの火をつける音 吸い込みそして吐き出す 「すでに一回やらかしてるからな。」Он уже сделал это один раз. 「曽我コロシの件か。」Дело убийцы Со…

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第89話【前編】

3-89-1.mp3 「わかった。とりあえずあんたはすぐに石川に戻ってくれ。」 「すぐって?」 「今すぐ。この手のことはぼやぼやしとると、気がついたらもう逃げられん状況に追い込まれとるなんてよくある。小早川はうまく騙せたとしても、その先のやつがあんたを放っておくことは考えにくい。」 「その先…。」 「ああ。」 「…片倉さんは、その先の奴ってなにか情報持ってるんですか?」 片倉はしばし黙った。 「心当たりありそうですね。」 「…あくまでも心当たりやけどな。」 「それを聞くわけにはいきませんか。」 「…いまの段階では。」 三波はポケットの中からイヤホンを取り出してそれを装着した。 「じゃあ、また連絡するわ。」 「待ってください。」 「あん?」 「いまイヤホンつけました。いま自分、駅まで歩いています。駅までの道中もうちょっとだけ付き合ってください。」 「…。」 「たぶん5分程度です。」 「(ため息)…イヤホンをつけるのは正解や。黒田から教えてもらったんか?」 「ええ。この手の話、少しでも通話音量大きかったら外に会話の内容ダダ漏れですから。」 「わかった…。そのまま駅に向かってくれ。」 「はい。」 「でなんや。」 「自由を得たいという願望もあるみたいなんです。」 「自由を得る?なんのこと?」 「小早川です。」 「どういうことや。」 「なんでも、学内の異常なまでの忖度に疲れ切っているらしいです。この忖度に耐えきれずに彼は教授の道を捨…

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第88話【後編】

3-88-2.mp3 携帯に通知が届いた。 即座に岡田はそれを開く。 「確かに残念な具合にハゲ散らかしてるな…。」 そう言うと彼はその画像を側にいた捜査員に転送した。 「いま画像送った。そいつをすぐに照会してくれ。」 「はい。」 マウスの音 「うん?」 「どした?」 「課長…この人…。」 「なんや。」 「自分知っとります。」 「は?」 「そっくりです…昔、自分、能登署におったときの相勤に。」 「サツカン?」 「いえ。今はヤメ警のはずです。」 「ヤメ警…。」 「念の為特高にでも照会とってみましょうか。あそこならすぐ対応できるはずです。」 捜査員は連絡を取ろうと電話の受話器をとった。 「待て。」 「えっ。」 「ワシをすっ飛ばして頭越しに直でやり取りする警察の誰かさんもさることながら、身近で世話してきたワシに悟られんように特高とコンタクトとっとった椎名にもがっくり来ました。」59 ー特高の片倉班長とは古田さんを介してしか俺らは基本連絡を取り合っていない。けど片倉班長とは意識の共有化ができとる。そん中で俺の部下であるマサさんをすっとばして椎名と直でコンタクトをとっとる特高の誰かが居る。その可能性が出てきた今、特高の中で妙な動きをしとる奴がおる…。 ーつまり特高にもモグラがおる。その中でいまここでこのハゲを特高に照会取るってのはどういう意味を持つんや…。 「課長?」 ー俺らがいま特高に照会しようとしとるこの行…

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第88話【前編】

3-88-1.mp3 「そうなんです…。目を離した一瞬をつかれました。」 「走る車に自分から突っ込んでいった…。」 「はい。」 「…古田さん。」 「はい。」 「天宮にしろ千種にしろ、古田さんが話を聞きに行った相手が、即効で死んどる。」 「…はい。」 「これなにかの偶然?」 「そうとしか…。」 「天宮は他殺。千種は自殺やしな。」 「はい。」 さすがの古田の声にも力がなかった。 それはそうだ。こうも立て続けについ先程までやり取りしていた人間が直後に死亡したのだ。 ショックを受けて当然だ。 「しかし…こうも調べの対象が即死亡ってのは具合が悪い…。」 「はい。」 「他部署が捜査を仕切るから、ウチら弾かれる。」 「はい。」 「もうここまできたら、そのあたりを見越しての相手側の処理かもしれないって感じを受けるね。」 「はい。」 「古田さん。今回の千種の件も天宮の件もあんたが悪いわけじゃない。気にするな。」 「はい…。」 先程から古田に発言らしい発言がない。 岡田の言葉に基本的に「はい」と応えるばかりだ。 岡田は何かを察したようだ。 「どうした。」 古田視点 「あやしい男がおります。」 「なに?」 「電話しながらこっちの方をチラチラ見とる。」 「野次馬じゃなくて?」 「ワシの勘が何か言っとります。」 「念の為抑えておいてくれないか。」 「了解。」 電話を切った古田はすぐさま電話をかけ直した。 「もしもし?…

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第87話

3-87.mp3 石川大学医学部の駐車場。ここの車で人の往来を観察する古田がいた。 「ふーっ…石大の医学部とか病院とか、なんやかんやでワシここにべったりじゃないですか。」 「んなこと言わんと。」 「せっかく母屋でコチーって座って仕事できるかと思ったら、また現場。しかも雨。ねぇ岡田課長。」 「人手が足りないんですよ。」 「あ、出てきた。んじゃまた後で。」 そう言って古田は電話を切った。 「千種さん。」 傘を指しているその背後から声をかけられた彼は振り向いた。 「千種賢哉さんですね。」 「…。」 「あの、千種賢哉さんですね。」 「違います。」 「え?」 背を向けて付近のコンビニに向かって歩き出したため、古田はそれを追った。 「ちょ…ちょっとまってください。」 「人違いです。」 「じゃあなんで名前読んだらこっち向いたんですか。」 彼は足を止めた。 「だって僕は千種ですもん。」 「はい?」 「千種錬です。」 「レン?」 「はい。じゃあ。」 「チョット待って。」 「何なんですか。昼メシくらい買わせてくださいよ。」 「あなた千種賢哉でしょうが。」 「だから違うって。」 「おい。誂うなま。」 古田の声色が変わった。 「なんですか…。脅しですか。」 「脅しでもなんでもないわい。ジジイやと思って舐めとるとシバくぞ。」 「何やって?」 今度は千種は古田にガンを飛ばした。 「石大医学部には千種っ…

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第86話

3-86.mp3 「はい。間違いなく中村文也は石川大学病院部総務人事課の人間です。」 「わかった。スクリーンショットでいい。送ってくれ。」 「はい。」 紀伊は言われたとおり、画面に表示されるそれを送った。 「ところで百目鬼はどうだ。」 「班長をよく思っていない様子です。」 「そうか。」 「はい。自分に班長の代わりを担わせたい的なことをほのめかしてらっしゃいました。」 「それは良かったじゃないか。」 「…いえ。」 「どうした?あまりパッとしない様子だな。」 「…そこで相談したいことがありまして。」 「何だ。」 「あの…ここではちょっと…。」 「わかった。あれで。」 「了解。」 席を外した紀伊はトイレの個室に移動し、SNSを立ち上げた。 「何かと目障りな片倉班長を排斥する動きを見せる百目鬼理事官はこちら側の人間なんでしょうか?」 「わからん。」 「じゃあ…なんで…。」 「どうした。何があった。」 「理事官は新宿のマル被の記憶がおかしいことについて、捜一はすでに手がかりを掴んでいるはず。なのに捜査は一向に進展していないのはおかしいといっています。」 「なに?捜一はすでに手がかりを掴んでいるだと。」 「はい。」 「まさか奴はすでに鍋島能力のことを知っていると?」 「おそらくそうではないかと…。石川のやつとか言ってましたんで。」 「いつそれを…。」 「我々のような一部の人間しか未だ知らないはずのあれを理事官は知っている。となると百目…

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第85話

3-85.mp3 ベッドに横になったまま空閑はスマホの画面に指を滑らしていた。 「あれ?」 ちゃんねるフリーダムのアーカイブ動画の一つをタップすると「諸般の事情で配信を一時的に停止します。再開の目処がたった段階で改めてお知らせします。」との表示が出た。 「なんだこれ…どうしたんだ。」 ベッドから身を起こした空閑は他の動画を確認した。 普通に再生されるものもあれば、今ほどのテキストが表示され、動画が再生されないものもある。 「メンテナンスでも入ったのか…。」 彼は歯噛みした。 「糞が…よりによってなんでこのタイミングで…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 車内の音 ーやっぱりだ…。 ルームミラーに目をやった椎名は心のなかでつぶやいた。 ー昨日から急に俺への監視が強化されてる。公安特課の連中、何を知った…。 ミラー越しに見えるのはどこにでもいるような白の商用車。 ワイシャツにネクタイときっちりとした格好の中年男性が、姿勢良く運転している。 ーこの監視体制。もうウチの会社とかちゃんフリの方まで聞き取り入ってるかもな。 ハンドルを切った椎名は通りに面した駐車場に車を滑り込ませた。 ーま、時間の問題か。 携帯のSIMを入れ替えた彼は鞄を担いで車から降りた。 瞬間、前方20m先に妙な気配を感じた。 さり気なくそちらの方に目をやると競技用のものと思われる自転車にま…

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第84話

3-84.mp3 No.2の扉が開かれ中から男二人が出てきた。 「おはようございます!椎名さん。」 「えっ。」 不意に大きな声をかけられた椎名はあたりをキョロキョロと見回した。 廊下の向こう側にリックを担いだ見覚えのある女性が立ってこちらに手を振っていた。 「あ、片倉さん。」 「お、京子のやつ来てたんだ。」 彼女はこちらに駆け寄ってきた。 「どうしたんですか椎名さん。こんな朝早くに弊社にお越しだなんて聞いてませんよ。」 「あぁ…実はちょっと本業の方で安井さんに用がありまして。」 「本業?」 「ええ。印刷の方で。」 京子は安井を見る。 「記念誌。」 「記念誌?」 「ああ。創業5周年の記念誌製作。」 「え?そんな話聞いてません。」 「俺は聞いてるの。」 「京子。心配ない俺も聞いてる。」 黒田がどこからともなく3人の中に入ってきた。 「安井さん社長に一任されてるんだ。」 「え…まさか、それで密かにいっぱいいっぱいになって、私の仕事断って椎名さんに紹介したとか…。」 安井は京子と目を合わせない。 「図星?」 「…否定できない。」 「まじですか。」 目をそらしたまま安井はうなずいた。 「キャパせまっ。」 「なにぃっ!?」 「10年20年の話なら資料集めたり取材したりで結構大変やと思うけど、5年でしょ。そんなんチャッチャッってできません?」 「あほ。俺は制作畑なんだよ。記者畑の人間と一緒にしな…

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第83話

3-83.mp3 「全部ですか?」 「うん。ここのリストにある動画全部止めてくれない?」 「そんな…。」 「社長命令。」 「本当ですか!?」 「ああ本当。」 「わかりました…。」 編成責任の彼は黒田に言われたとおり、パソコンを操作してそれらの配信を止めだした。 「全部手作業です。ある程度時間かかります。」 「いい。いっぺんに全部消えるより自然でいい。」 「でもユーザー対応どうします?」 「諸般の事情で配信を一時的に停止します。再開の目処がたった段階で改めてお知らせします。この文章を配信停止コンテンツに表示できるようにできない?」 「できます。」 「じゃあそんな感じでお願い。」 「わかりました。」 「このこと社内で知ってるのは俺と君だけだから。バレたらその段階で社長から社内にアナウンスするらしいから心配しないで。」 「今までの分はそうやって対応するにして、これから制作から上がってくるコンテンツはどうします?」 「それはそれでそのまま上げて。あとで必要に応じて対応するから。」 「了解です。」 編成責任者の肩を軽く叩いた黒田は、その部屋から退出した。 そしてそのままトイレに向かい、その個室に入った。 そこで彼は携帯を手にしてアプリを起動する。 画面には部屋の様子が俯瞰で捉えられていた。 ー戻ってきた…。 安井がエナジードリンクを手にして部屋に入ってきた。 編集機材の前に座り、彼はその蓋を開く。 ごくごくと喉を鳴らしてそれを飲み…

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第82話【後編】

3-82-2.mp3 「はい小早川です。あぁ部長。…そうですね。まぁ一ヶ月程度はやはり見てもらわないと。それにしても部長も人が悪い。私のことをヒアリングする人間をよこすならよこすで、事前に言ってくれればそれなりに対応したのに。…え?そんな人間派遣していない?」 小早川の顔つきが変わった。 「じゃあ、いま私の目の前にいる中村って誰なんですか。」 「…。」 「…ええ。はい。いま私の研究室に居ます。」 「…。」 「休み?はぁ…ほう…。あぁなるほど…そうなんですか。仕事熱心な人材なんですね。ええ、わかりましたよ。いえ、無礼ではありません。むしろ優秀じゃないですか。」 電話を切る音 「部長びっくりしてましたよ。」 「え…。」 「あなたが有給休暇使ってまで秘密裏に動いているって知って。」 「あ、あぁ、そうですか。」 「プロパー組を説得させる材料を私から得るために、わざわざ有給使ってここに来たんでしょう。」 「はい。」 「やはりあなたは只者じゃないですね。石川に赴任した際は悪くしません。」 「ありがとうございます。」 小早川の表情を見る限り、彼はすっかり三波に心を開いたように受け止められた。 これからもこの男との関係を良くしたい。それは今後の人生にプラスになるはずだ。 石川大学の中村であればそう思うだろう。 だが三波は中村ではない。 「先生。」 「なんです。」 「個人的な関心事なんですが聞いてもよろしいでしょうか。」 「どうぞ。」 「…

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第82話【前編】

3-82-1.mp3 「愚民ね…。ホッホッホッ…。」 ー何だこいつ…。本気でやばい奴なんじゃねぇの…。人が二人死んでんだぞ。なのにここで笑うか? 「どうぞ。」 三波の前にコーヒーが出された。 「大したものではありませんが。」 「いえいえ…先生直々にとはもったいない。ありがたく頂戴します。」 こう言って三波は出されたそれに早速口をつけた。 「はぁー。うまい。」 「それは結構なことです。」 小早川もまた自身が手にするコーヒーカップに口をつけた。 三波は周囲を目だけでさっと見回した。 書架には学術書のようなものが整然と並び、机にはラップトップのパソコンが配され、必要最小限の書類しかない。 何度か大学の研究室なるものを訪問したことがあるが、この空間は研究者の性格が出る。 この小早川のように本当に研究をしているのかと疑いたくなるほど整理された部屋もあれば、その逆に一体どこで作業をすればいいのかと首を傾げてしまうような散らかり具合の部屋もある。 小早川の部屋はあるべきところにあるものがあるといった感じを受け取られる空間だった。 ーん? 奥のデスクの上にもコーヒーカップのようなものがラップトップパソコンに隠れて置かれていることに気がついた。 ーじゃあ、いま目の前でこいつが飲んでるコーヒーってさっきの客の…。 ーとすると先客もいまの俺同様、お気に入りの人間だったってことか…。 「なんです?」 「あ、いえ。あまりに美味しい…

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お便り5

お便り20200813.mp3 今回お便りをくださったのはテナガエビさんです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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第81話

3-81.mp3 時刻は7時50分。椎名の勤務する印刷会社の始業時刻は8時15分。始業25分前の到着。余裕のある朝だ。 制作フロアには椎名以外のスタッフはまだ出社していない。 彼は自席パソコンの電源を入れ、次いで各種端末を立ち上げた。 いつもの通りならあと10分ほどでこの部署の課長が出社する。 それまでは彼を邪魔するものはない。 人の気配を確認した椎名はおもむろに携帯のSIMカードを入れ替えた。 しばらくして通知が画面に表示された。 「ルークか…。」 こうつぶやくと椎名はそれをタップした。 「よくわからないことが起きている…だと…。」 会社の自販機で買った缶コーヒーの蓋を開けた椎名はそれにレスポンスする。 「具体的に教えてくれ。」 間もなく紀伊からの返信があった。 「キング。お前は天宮の死は他殺だって知ってたか。」 「あぁビショップから聞いてる。クイーンの病院に搬送されたんだろう。たまたまそれをクイーンが目撃、曽我の処分を速やかに実行させた。」 「俺は天宮の他殺も曽我処分のことも知らなかった。」 「おいおい待てよ。お前サツだろうが。」 「…おそらくサツの中で情報を隠匿している奴がいる。」 「待てよ。天下の特高を欺こうなんてそんな大それた奴がいるのか?冗談はよせよ。」 「冗談なんかじゃない。事実だ。」 紀伊の穏やかならぬ様子が文面から伝わって来ていた。 「曽我の処分はそれはそれでいいとしよう。しかし俺が預かり知ら…

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第80話

3-80.mp3 「え?サブリミナル?」 携帯のマイク部分を手で覆って、周囲の人間に聞こえないように黒田は小声で通話を続ける。 「うん。そのリスト送ったからちょっと見てくれんけ。」 「は、はい…。」 メールを確認した黒田はそこに添付されているファイルを開いた。 「本当ですか…これ…。」 「面食らうやろ。その多さに。」 「は、はい…。」 「ちょいその中のどれかを一回確認してみてくれんけって言いたいのは山々ねんけど、それはせんといて欲しいんや。」 「なんでですか。」 「確認するお前がそのサブリミナルの餌食になる。」 「あ…。」 「このリストは人の手で作っとらん。所謂AI的なあれに抽出してもらった。こいつの影響を最小限にするためにな。」 「その…サブリミナルなんですが、どういった内容のもので?」 「すでに結果が出とる。」 「結果?」 「おう。ほら最近全国でやたらテロまがいの事件起こっとるやろ。」 「はい。」 「その被疑者のほぼ全てがぶっ壊せとかぶっ潰せって言っとるのは知っとるか。」 「はい。」 「それや。」 「まさか…。テロを誘発させる内容のものなんですか。」 「こいつが直接的な原因なんかは科学的に証明はできん。でも結果が出とるんや。」 「でも…。」 「黒田。」 「はい。」 「科学とかは正直今の所どうでもいいんや。そんなもんこの段階ではただ自分の考えを正当化するための呪いみたいなもんやからな。」 「はぁ…。」 「いいか、もう有…

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第79話

3-79.mp3 スマートフォンを手にして公園のベンチに腰を掛けている男がいる。 ノーネクタイのスーツ姿。傍らにはブリーフケースもある。装いは明らかに会社員。 鞄と一緒においてあったコンビニ袋に手を突っ込んでパンを取り出した彼は、それを齧った。 いまは平日の出勤時間。 この公園を一歩出ると、すぐそこにあるのが霞が関。そこには彼と同じような姿形の人間が重苦しい顔をして忙しなく出勤中。 いまのここと向こうでは明らかに時間の流れ方が違う。そして聞こえる物音も。 彼はときおり聞こえる小鳥のさえずりを耳にし、全身で朝の清らかな空気を感じていた。 携帯電話が震えた。 パンを頬張った彼の口の動きは止まった。 画面を指でスクロールしながら彼の口から声が漏れた。 「これ…マジかいや…。」 パンを飲み込んで彼はしばらく呆然とした。そして天を仰いだ。 「どうする…マジでやばいぞ…。」 ふと向こう側に男の姿が見えた。 キョロキョロとあたりを見回しながら、何かを確かめるような足取りで進む彼の手には雨傘がある。 本日の東京の天気は晴れ。降水確率は10%。大気中の湿気も少なく、その空気は澄んでいる。 男の持ち物はこの場に似つかわしくない。 「丁度いい。ぶつけるか。」 ベンチにかけていた彼は咳払いをした。 「ごほん。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あ。」 ベンチに掛け、何かを齧っている男の姿が三波の目に入…

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第78話

3-78.mp3 金沢市郊外の鄙びた外観の喫茶店セバストポリ。この店の中のカウンター席に加賀と黒田が隣り合うように座っていた。 「え?退職金の前借りですか。」 「うん。」 「で。」 「もちろんそんな制度はうちの会社にはない。丁重にお断りした。」 「社長はそのことを。」 「今回始めて知ったさ。宮崎さんは宮崎さんなりに安井君に気を使ってね、俺のところまで報告上げなかったみたい。彼女、謝ってきたよ。」 「そうだったんですか。」 「で、退職金の前借りの理由は息子の病気の治療費の工面だったってわけ。」 「急性骨髄性白血病(AML)ですね。」 「うん。俺、医療関係のことは専門外だからさ、詳しくはわからないけど、安井君の息子さん、結構重い状態みたいなんだ。」 「と言いますと。」 「なんか造血幹細胞移植って治療受けたらしいんだ。けど予後が良くないらしい。」 「造血幹細胞移植…。」 「キャップ知ってる?」 「自分もよくは知りませんが、たしか輸血みたいに、その幹細胞を投与する治療法だったと思います。AMLを完治させる可能性が高い一方、副作用が酷いハイリスク・ハイリターン型のものだったような。」 「そう。そのハイリスク・ハイリターンが悪い方に行ってる。で、安井君はその資金繰りに困ってそういう相談を宮崎さんにした。」 「え、でも社長、高額医療費の制度で戻ってくるじゃないですか。」 「そうなんだ。そこなんだ。俺が言うのも何だけど、ウチは意外と給料もいいし、安井君の家共働きだろ。…

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第77話

3-77.mp3 「あ、ヤスさん。」 缶コーヒーを手にした安井と偶然、廊下で遭遇した黒田は彼に声をかけた。 「なんだ。」 「なんだって、気になりますよ。」 「なんで?」 「だってその顔。」 黒田は安井の顔を指差した。 「顔?」 「ええ。酷いクマですよ。」 安井は携帯のインカメラを起動して自分の顔を様子を確認した。 「本当だ…。やべぇな…。」 「ヤスさん。酒は?」 「飲んでねぇよ。」 「じゃあ何なんでしょうね。心配になるくらいです。」 「確かに…。」 「寝不足とかですか?」 「あぁ…確かに最近、寝れてないか…。」 スマホの画面に映し出される自分の顔をまじまじと見ていた安井はそれをしまった。 「仕事、振ったほうがいいですよ。」 「振ってるよ。」 「京子に外注使わせたのは、あいつの成長から考えていいタイミングでしたね。」 「あ、そう。」 「あいつもそろそろリスクの取りどころを覚えて欲しいお年頃なんで。」 「進捗はどうよ。」 「いい感じです。」 「そっか。じゃあ結構だ。」 「どこの業者使ってるんですか。あいつ。」 「フリーランス。」 「フリー?」 「うん。」 「いい腕してますね。冗長な感じを受けさせない簡潔明瞭な編集です。」 「そう?」 「ええ。よかったら自分にも紹介してくれませんか。」 「あぁまた今度な。」 「え?今度?今度と言わず教えて下さいよ。」 「近いうちにここの会社に来るだろうから、そのと…

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第76話

3-76.mp3 夜の海は恐ろしく闇だ。 そこに立ち、しばらく経って目が慣れてきてもせいぜいが砂浜と海の境が分かる程度。 空と海の境目は闇によって判別できにくい。雨が降る状況ならばなおさらのこと。 漆黒の闇が視界を覆い、激しい雨音の中わずかに聞こえる一定のリズム、波の音。これを聞いているうちに知らず知らず目の前の闇の中に引きずり込まれるような錯覚すら覚えてしまう。 闇は人を寄せ付けない。 視覚という人間にとって最も重要な感覚をそれが削ぎ落とすからだろうか。読んで字の如し、闇によって感覚の手がかりは音に制限される。 人の存在を拒絶する闇の中から、あろうことか人形(ひとがた)のものが這い上がってきた。 ひとつではない。続いてふたつ、みっつ、よっつ。 真っ黒な人形(ひとがた)が海から這い上がり砂浜に立つ。 真っ先にそこに立った人形がシュノーケルを取り外したと判別できた瞬間、それらはウェットスーツを纏った屈強な体つきの男であると確信した。 男は合計5名。 皆両膝に手をついて前かがみになり、息が上がっているようだった。 相当疲労しているように見受けられる。 1分ほど彼らは同じ体勢だった。 落ち着いたのか一人の男が右手を自分の肩の辺りで握った。 そしてそれを開く。 すると彼に付いてきた他の4名は散り散りに別の闇に消えていった。 拳を開いた男もまたそこから別の闇の中に足を踏み出そうをしたときのことである。 彼は動きを止めた。 そしてゆっくりとこちら…

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第75話【後編】

3-75-2.mp3 「ヒェ~すげぇ雨…。なんなんだよ、昨日から全然止まないじゃん…。えっと…確か保険屋から粗品でタオルもらってたよな…。」 グローブボックスの中を弄るも、お目当てのものは見つからない。どうやら彼の思い違いのようだったようだ。エンジンをかけた三波はエアコンを付け、その風で自分の濡れた服と髪の毛を乾かすことにした。 「小早川干城(たてき)…か。」 三波の手の内には雨で濡れてしまったメモ用紙があった。彼はそれをエアコンの吹出口にあてがって乾かす。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あの…ちょっと初歩的なことを聞いていいですか。」 「なんです?」 「その、名誉教授って一体どんな役職なんです?」 石川大学病院の非常階段。 この踊り場で三波は看護師と落ち合った。 二人は人目を忍ぶようにそこで会話を続けた。 「名誉教授っていうのはうちの病院にとって功績があったと認められた人に与えられる称号です。名誉教授っていう役職があるわけじゃなくて、あくまでも飾り的なものです。」 「え?て言うと天宮先生は今はここで教鞭をとったりとかしていないってことですか。」 「はい。昨年の引退と同時に名誉教授の称号をもらったって感じです。」 「あぁ…そうなんですか。あ、でもやっぱり今回の事件については結構騒動になってるんでしょう、ここの病院。」 「はい。なにせ引退しても時々顔だしてましたからここに。」 「引退後も…ですか。」…

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第75話【前編】

3-75-1.mp3 「ビショップ。お前曽我の実行部隊が殺されたことは知ってるか。」 「え?何だそれ。」 「現場の近くで遺体で発見されたらしい。」 「なんだって…。」 「俺の近くで死人が出るのは困るんだよ。」 「すまない…。」 「すぐにヤドルチェンコに確認とってくれ。」 「わかった。」 ホームに背をもたれた紀伊はため息を付いた。 ーなんだ…俺らの知らないところで何が起こっている…。 しばらくして電車がホームに入ってきた。それに乗り込んで車両の一番隅の席につくと同時に男が隣りに座ってきた。 「捜一は何をやってる。」 「何の事言ってるんだ。」 「曽我という男が殺されただろう。」 「ああ。あれか。」 「通報の無線も捜査の進捗も一切こっちに入ってきていない。」 「必要なしと認めたんだろう。」 「なに?」 「殺人事件は特高のシマじゃない。お前らはあくまでも政治警察だ。」 「そうだが…。」 「政権肝いりで創設された部署ってことでいろいろ配慮してるにも関わらず、目立った成果が得られないどころかここに来て失態続き。いい加減頭にきた感じなんだろう。」 「お前もそう思ってるのか。」 男は首を振る。 「犯罪を未然に防ぐのがお前らの仕事。目に見える成果なんか得られるわけもないだろう。上の理解が足りないだけさ。」 「上って?」 「さぁ…。誰だろう。」 「捜査一課の課長か。」 「上の方の考えてることは俺はわからんよ。その上かも知れん。」 「…

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第74話

3-74.mp3 公安特課機動捜査班のフロアには常時20名程度の人員が詰めている。部屋の中央には大きなセンターテーブルが置かれ、それを囲むように各捜査員のためのパーテーションで仕切られたスペースがある。 ここに戻ってきた紀伊は部屋の主である片倉の席の方を見た。そこはまだ空席だ。 「班長はまだ?」 紀伊は近くの捜査員に声をかけた。 彼は片倉の席をちらっと見て応える。 「ええ。ごらんのとおりです。今日は殆ど空けてますね班長。何かあったんですかね。」 「そうだな…。」 「主任ご存じないですか。」 「あぁ、何も聞いてない。」 「あの…それってどうなんですかね。」 「うん?」 「仕事柄秘密裏に動くのは仕方ないですけど、少しは部下の俺らにも言ってくれないと、正直不信感が募りますよ。」 「やめろ。そんなネガティブな事言うな。」 部下の愚痴を注意した紀伊は自分の席に移動した。 「主任の自己犠牲の精神は立派だ。部下の鏡だよ。けどね。人間、班長みたいな人間ばっかりじゃないんだよ。現に、君の部下から僕は片倉班長に関する苦情を聞いている。あぁご心配なく。君がいま思い浮かべている人物以外からも。」 「上司を思いすぎるために部下をないがしろにするのは良くないよ。紀伊主任。」 「いい?僕は困ってるの。片倉班長に。」 「だから君にヒントをあげたんだ。特高を頼むよ。」60 ーもしかして俺が思ってる以上に、特高内の不満は高まってるのか…。 椅子の背もたれに上着を…

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第73話

3-73.mp3 「帰ってきたか…。」 部屋に返ってきた椎名の行動はいつもと変わらない。 台所の隅の定位置に手にしていた鞄を置き、一旦洗面所の方に移動。手洗いうがいをし、ふたたび台所に戻ってきた。 床に置かれた鞄からラップトップを取り出し、壁を背にしていつもの席に座る。 「お、さっそく何するんけ。」 椎名がUSBメモリをパソコンに刺すのを見て富樫は手元のキーボードに手をやった。 「ちっ…椎名のやつWi-Fi切っとるがいや…。」 ネットワークを経由して椎名のパソコンに侵入し、彼がなにをしているのかを探ろうとした富樫だった。 しかしその方法を取ることができないことを知り、彼は両腕を組んだ。 「ほうや…京子から貰ったデータやろあれ。本人に何のデータ渡したんか聞いてみれば椎名が何やっとるんかわかるがいや。」 富樫はBluetoothヘッドフォンを利用して、その場で電話をかけた。 「課長。富樫です。」 「なんだ。」 「椎名帰宅しました。」 「そうか。」 「いま京子から貰ったと思われるUSBを自分のPCにぶっ刺しとります。けどWi-Fi切ってあるんであの中にはいれません。」 「そうか…。」 「あの…自分思ったんですけど、これ直で京子にあたるっちゅうのはいかんがですか?」 「直で?京子に?」 「はい。」 「だめや。」 「なんでですか。」 「だめなもんはだめ。」 「でも手っ取り早いですよ。椎名のやつが何やっとるんか知るには。」 …

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第72話

3-72.mp3 「わかった。木下の周辺には警護をつけさせる。」 「お願いします。」 トイレの音 トイレの水を流してそこから出ようとした時、相馬はこの空間にも貼られているポスターに目が行った。 ユニフォーム姿の女性がオフィスで出たゴミと一緒に腹の出た不潔な男たちを束ねてゴミ箱に捨てるという、若干ジョークめいた内容のデザインだ。画面の下部には白色の文字に赤色の枠で縁取りされたキリル文字が大きく配されている。 「Давай очистим…。掃除をしよう。」 相馬は苦笑いした。 「あれ?」 彼の視線はそのキリル文字の枠線に止まった。 キリル文字の枠線となる赤色を作り出している箇所は網点の集合体のようなもので色を作り出しているようだった。しかし、その網点の形状がどうも変だ。彼は顔を近づけてそこをよく見た。 「え…。」 日銀券の地模様がローマ字のNIPPON GINKOで構成されているように、この文字の赤の枠線もマイクロ文字で構成されているではないか。そこに書かれている文字が何なのかを知り、相馬は戦慄した。 「KILL JAP…。」 この無数の文字の集合体が掃除をしようという言葉の縁を型どっている。 動けなかった。 さっきまでコミカルにさえ見えたこのデザインの意味は180度変わってしまった。 「どういうことや…。まさか店の中に貼られとるやつも全部そうなんけ…。」 そう考えた瞬間、寒気立った。 彼は静かにボストークのトイレ…

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第71話

3-71.mp3 「普段はしょっちゅう鼻啜ってて、言葉に支えるようなところがある医者。でも別に吃音だとかじゃない。とにかく喋りがとろい。そしてどこかオドオドしてる。そんな医者が人が変わったように流暢に喋り、かつ乱暴な言動が目につく。」 「はい。人格の豹変ぶりはまさにマンガとかに出てくる二重人格といった具合でした。」 「それがこの世のものとは思えない情景だった…。」 「はい。」 「…木下さんはその二重人格の人って今までに見たことあるんですか?」 「ありません。今回が初めてです。」 相馬は自分の顎を掴んだ。 「うーん。」 「にわかに信じがたいと思います。けど本当なんです。とにかく本当に普段と別の人格が現れたんです。」 「で、その別人格が医学生に何を?」 「ある先生のところに行って調べ物をしてこいって。」 「ある先生?え?」 木下の説明はある先生とか医学生といった抽象的な人物が出てくるため、頭の中の整理が付きづらい。 できれば固有名詞を出して順を追って説明してくれたほうが全体像が掴みやすいと、相馬は木下に提案した。 「じゃあAさんとかBさんでいいですか?」 「いや…それだと何だか直感的にわかりにくいので、できれば実際のお名前で。」 「でも…。」 「大丈夫ですよ。誰もこんなところで聞いてません。」 木下は店の中を見回した。 店内の誰もが他の客には何の関心も示していない様子だ。 銘々が自分の世界に入り込んでいる。 彼女は相馬の提案を受け…

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第70話

3-70.mp3 東京六本木。 夜のここを行き交う人々は多国籍であり、外国かと錯覚させる程である。 この雑踏をひとりあるく白人男性がいた。 「Вы все сделали?」 全部終わった? 「Сога закончилась.」曽我の件は終わりました 「Только сога?」曽我の件だけ? 「Да.」 「Что ты имеешь ввиду.」だけって…どういうことだ 「У меня проблема.」問題が発生しました 「Проблема?」問題? 「Кажется, наше существование известно. За мной следили.」我々の存在は察知されているようです。尾行されました。 「Стереть это.」消せ。 「Он не смог.」失敗しました。 「Неудача?」失敗? 「Да да」はいそうです 「Что это за человек?」どんなやつだ。 「Я думаю это полиция.」警察関係でしょう。 「Ты прячешься.」お前は身を潜めろ。 「Да.」 携帯を切ったこの白人男性はコンビニに入った。 そしてそのままトイレに向かった。 中に入ると洋式便所がある。その上部には据え付けの棚があり、予備のトイレットペーパーや消臭剤が置かれている。 彼はその棚の底のあたりを手で弄ると、指に何かが引っかかった。 テープで貼り付けられているそれを剥がし取ると、それはSI…

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第69話

3-69.mp3 天宮憲之の住まいの前には黄色の規制線が張り巡らされ、あたりは騒然としていた。 鑑識と思われる警官がマンションの通路に這いつくばって、事件の手がかりを探しているかと思えば、無線でなにかのやりとりをしている私服警官もいる。 同じマンションの住人たちが心配そうな顔でその様子を遠巻きに見つめていた。 その住人の一団を割って男が現れた。 彼は張り巡らされていてる規制線を潜り、その中に入ろうとした。 「こら!何だ君は。」 警官がとっさに彼を止めた。しかし彼は警官を振り払って先に進もうとする。 「おい!待て!」 「離して…。」 彼の声には力がない。 しかしそれとは裏腹に警官の静止を振り切ろうとする力は凄まじい。 「離して…。天宮先生はどこ?」 「待て…君は天宮先生の何なんや…。」 「いわゆる愛人ですよ。」 「え?」 羽交い締めにしていた警官の力が緩んだスキを突いて、それをすり抜けた彼は扉の中に入った。 下足類が散乱する玄関に立つとそこにいた私服警官と目があった。 「何だ君。」 「千種です。天宮先生に用事があってきました。」 「千種?用事?家族でもない人間が何の用や。部外者は立入禁止や。とっとと出てって。しっしっ。」 「部外者じゃありません。」 「は?」 「先生とは特別な関係です。」 靴を脱いだ千種は部屋に上がろうとしたところを、再び静止された。 「おい待て。いまは立入禁止や。」 「離せって。」 「おい…

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第68話

3-68.mp3 「ねぇ。本当に曽我のやつ、マンションの中に入ったの?」 「入りましたよ。この目でちゃんと見ました。」 「だったらヤバいかも。」 「え?ヤバいって?」 パンを食べていた神谷はそれをコーヒーで流し込んだ。 「すいません。なんでヤバいんですか。」 「だって電気つかないし。」 「寝てるのかもしれませんよ。」 「そうだと良いんだ。そうだと。」 神谷は双眼鏡を覗き込んだ。街灯の明かりが曽我が住む部屋のベランダを辛うじて照らしている。 部屋には明かりがついていない。 「マンションの中に入るときの曽我の表情とか覚えてる?」 「表情ですか?」 「うん。例えばなんか落ち着きがなかったとか、ソワソワしてたとか、顔色が悪かったとか。」 「そんなこと言われてみると…それ全部該当するような気がするんですけど。」 「そう…。」 「あの…ヤバいってどうヤバいんですか?」 「曽我、後ろ見たりとかしてた?」 「え?後ろですか。」 「うん。誰かが付けてるんじゃないかとか気にしてたようなことは。」 「えっと…付けてるかどうかは知りませんけど、たしかにそういう素振りは見せていました。」 「よし。ちょっと俺行ってくる。」 そう言うと神谷は車から降りた。 「ちょ…神谷さん。俺はどうすれば。」 窓を開けた雨澤は神谷に声をかける。 「雨澤くんはここで今まで通り曽我の家見張ってて。で、なにか気になることがあったらすぐに俺に連絡くれるかな。」 …

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第67話

3-67.mp3 「え?ちょっと困ります。」 男がこう言ったのを耳にした相馬は、声のするカウンター席の方を見たが、スーツを纏った男の後ろ姿が見えたただけだった。 「どうしたんですか。」 木下が相馬に声をかけた。彼女はすでに席に着いていた。 「あ、いや…。何でもありません。」 相馬は彼女と向かい合って席についた。 すぐさまおしぼりと水が二人の間に出された。 「この店は…。」 「なんだか最近SNSで話題のお店で、一回行ってみたかったんです。」 「あぁそうなんだ。木下さんも初めてなんですか。」 「はい。」 おしぼりで手を拭きながら相馬は店の中に貼られているロシア・アヴァンギャルド的ポスター類を眺めた。 ー見た目だけか…。よかった…。これで労働とか連帯とか共産主義彷彿させるコピーが入ってたらかなりガチでヤバめなんやけど…。 「変わってますね。このポスター。」 「そうですね。」 「これってロシア語ですかね。」 「多分そうだと思いますよ。キリル文字って言うんだったと思います。ネットで見たことあります。」 「なんかこの店が話題になるのもわかるなぁ…。」 木下の表情がどこか明るく見えた。 「どうしてですか?」 「妙に惹かれるんですよね。わたし。東側の兵器とか雰囲気。」 「あぁ…わかります。それ。」 「わかります?」 「ええ。言葉になかなかできないんですけど、例えば武器とかだったら何ていうか機能性だけを追い求めたらこうな…

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第66話

3-66.mp3 石川大学病院の職員通用口。日勤を終えた看護師たちが続々と出てきた。 開放感溢れた表情で出てくる者もいれば、疲れ果てた様子のものもいる。仲の良い看護師同士で愚痴めいたことを話している者もいれば、それらとは距離をとっている者もいる。 その一団が病院から出て、人気がなくなった頃に木下すずが現れた。 一度空を見上げて降り注ぐ雨の様子を確認した彼女は、傘を差しうつむき加減で歩き出した。 「木下さん。」 雨の音に混じって自分の名前が呼ばれた気がして彼女は足を止めた。 「木下さん。相馬です。」 声は自分の後ろ側から聞こえた。 振り返ると、日中外来にいた患者の男が立っていた。 「あ…。」 「ごめんなさい。待ってました。」 「…。」 「ミリ恋の話がしたくて、木下さんからの連絡待ってたんですけど、何も動きがなかったんで、どうにもならなくって出待ちしてしまいました。」 「…そうですか。」 「迷惑でしたか?」 木下はうなずいた。 「すいません…。」 「あ…いや…ミリ恋の話はそれはそれで全然、私いいんですけど…。」 「え?…じゃあ…。」 「ただ…いまはそんな気にならなくて。」 このときの木下は『ミリアニ好きが恋しちゃだめですか』という本の存在を見ただけで食いつきが良かった日中の様子とは打って変わって距離を感じさせるものだった。 ひょっとしてあれから仕事の上でなにかのトラブルが発生し、思い悩んでいるのか。それとも単に疲れただけな…

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第65話

3-65.mp3 東京第一大学附属病院の外来診療棟と隣接して設置されている臨床研究棟。 ICチップ入りの入館証を持つものだけが、この建物の中に入ることが許される。 インターホンの音 このセキュアな建物の外でブリーフケースを手にして立っている男がいた。 片倉である。 濃紺の仕立ての良いスーツを着用した彼の外見は、どこか品の良さを感じさせるものだった。 第三者が見ていわゆる刑事(デカ)であると判断される出で立ちではない。 警視庁公安特課機動捜査班を指揮する立場にありながらも、普段は現場を駆けずり回るため、彼の足元には底のすり減った革靴があるのが常なのだが、今の彼の両足には鏡のように光る手入れの行き届いたものがあった。 白衣姿の男が鍵のかかったガラス製のドア越しに見えた。彼は壁側に設置されているなにかの端末を操作している。 鍵が開かれ、白衣の男がドアを開いた。 「どうぞ。」 「ありがとうございます。」 「ここで靴を脱いで内履きに履き替えてください。」 「はい。」 スーツ姿の彼は言われたとおりに靴を履き替えた。 「とりあえず何も言わずに私についてきてください。」 「わかりました。」 男はスタスタと歩きだした。 中に入ってすぐのところに守衛の詰め所のようなものがあった。 制服姿の守衛は白衣の男を見て敬礼した。 「すいません。私の客人なんです。」 「そうですか。それでしたらここにお客さんの名前、住所、連絡先、勤務先を書いてください。」…

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第64話

3-64.mp3 椎名は片倉を後ろ姿を見送って駐車場の方に移動した。 ーなんだ…領収書切るって…。 ーあ…そうか。俺が仕事を請け負って、その見返りに金を貰う。確かに受け取りましたって証拠が、ちゃんフリにいるってことか。じゃないと金の動きがわかんないもんな。なるほど、買い物のたびに貰うあの紙ペラを俺が発行しないとこの手の副業も成立しないってことか。全く几帳面な商習慣だよ。 ーまさか今日の俺、京子に怪しまれてないだろうな…。いい歳こいてそんな商習慣も知らないのはおかしいって思われてないだろうな…。 車に乗り込んだ椎名はため息を付いた。 「やっぱり俺が誰かと接触するとどこかでボロがでる可能性がある。やっぱりプランC(エス)に切り替えよう。とにかくぐちゃぐちゃにすれば良いんだ。」 携帯でSNSをチェックすると、大学立てこもり事件の話題は収束し、今度は神奈川県で銃の乱射事件があったとの話題で持ちきりだった。ここ数日の立て続けの凶悪事件の発生で世論はなにかの異変を感じ取ったのか、SNS上で混乱を感じとることができた。椎名がSNSを開いてものの3分も経たないうちに、今度は大阪でも自家用車の暴走、続いて福岡で異臭騒ぎと凶悪事件の連鎖が起こっていた。 「足りない。」 SNSのタイムラインを眺めるも、凶悪事件は連鎖的に多発しているが被害者が出たという報道には未だ触れていない。どれもが犯人逃亡もしくは自殺である。 「あと一歩足りない。」 エンジンを掛けるとダッシ…

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第63話

3-63.mp3 椎名が店に吸い込まれて行く様子を見届けた富樫は、その看板に書かれている文字を見てつぶやいた。 「ボストーク…。」 築60年のリノベーション物件。今どきの洒落た外観は富樫のような老人を快く受け入れてくれそうな雰囲気を持っていない。彼はため息を付いた。 携帯操作音 「岡田課長。」 「なんだ。」 「椎名のやつ駅の近くのボストークっちゅう店に入りました。中に入るとワシの面が割れてしまいます。」 「分かった。交代を派遣する。」 「あの、けっこう洒落た今どきの店ですので、その手のいい感じの人間をお願いします。」 「ああ任せてくれ。」 電話を切ってしばらくするとスーツ姿の紳士風の男が小綺麗な出で立ちで現れた。左手に革製の鞄。右手で傘を指している。 白髪頭に黒の太い縁のメガネをかけた彼は、物陰に隠れてこっそりと店の様子を観察しているはずの富樫の瞬時に発見して目を合わせてきた。 瞬間、富樫は思わず声を出した。 「え?」 白髪黒縁ネガネの男は富樫に不敵な笑みを見せてボストークの中に入っていった。 それを見届けた富樫は肩をすくめた。 「おいおい…。そうきたけ。」 店に入る 「いらっしゃいませ。」 店に入ってすぐのカウンター席に立つ店主らしき髭面の男がこちらを見た。 「カウンターでもいいですか。」 「うん。ここ座っていいですか?」 客は店内を見渡せる位置にあるカウンターの席を指差すと、店主はうなずいてそ…

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第62話

3-62.mp3 警視庁公安特課機動捜査班。 そのセンターテーブルに過去の捜査資料を広げて何かを調べる男がいた。 「紀伊主任。」 「うん?」 「時間ですよ。」 「あ?」 紀伊は壁にかけられている時計に目をやった。時刻は18時15分だった。 「どうした?」 「何いってんですか。主任言ったでしょ。15分後声かけてくれって。」 部下を見つめた紀伊は固まった。 「…え?」 「遅っ…。」 「そんなこと言った?」 「あの…ちょっとまって下さいよ。大丈夫ですか主任?百目鬼理事官見送って15分後に俺に声かけてくれって言ったじゃないですか。」 今度は自分の腕時計に目を落とす。 5秒ほどして紀伊は突然慌てた様子でテーブルの上を片付けだした。 「あぁいいですよ。自分やっておきますから。」 自分の予定を完全に忘れ去るほど仕事に没頭しているのか、それとも疲れがピークに来ているのか。 上司である紀伊の様子を見かねた彼は代わりに片付けだした。 「悪ぃ。」 「どこ行くんですか主任。」 「ちょっと待ち合わせしてたの思い出した。」 「女ですか。」 「いや。」 「なんだ…仕事ですか…。」 「うん。」 「はぁ…相勤はどうです?」 「いやいい。俺だけでいい。」 「留守どうします。」 部下は空席である班長席を指差しながら紀伊に言った。 紀伊は特高部屋を見回した。ここには自分と目の前の部下、そして他に5名程度の人員が詰めている。 「…

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お便り4

おたより3-4.mp3 今回お便りくださったのは塩肉さんです ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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第61話

3-61.mp3 時刻は17時半。外来診療は終了し東京第一大学附属病院の様子は昼間と打って変わって落ち着いた空気に包まれていた。 診療科ごとに設けられた受付窓口で、事務員がパソコンを操作し何かの入力作業をしていると思えば、その奥から時々談笑が漏れ聞こえる。 片倉はその中の一つの心療内科の前に立った。 「何か用ですか。」 受付の女性が片倉に声をかけた。 「あの曽我先生はいらっしゃいますか。」 「失礼ですが、どちら様ですか。」 「ドットメディカルと申します。」 そう言って片倉は名刺を彼女に渡した。 「ドットメディカル?」 「はい。」 女性は聞き覚えのない社名であるといった顔つきである。 「お約束か何かですか。」 「いえ。」 「先生はお忙しいので、約束のない方とお会いにはなりません。」 「約束はありませんがついこの間も先生とお話してまして。」 「でも今日はアポ無いんでしょ。」 「はい。」 女性は困ったような表情を見せて一旦席を外した。そして奥の方で誰かと何かを話して戻ってきた。 「先生は本日から3日間お休みを頂いています。」 「え?お休み?」 「はい。」 「あ。あぁ…そうですか…。」 「なので日を改めてください。」 「今日から3日ってことは、火、水、木…。金曜ですね。先生がいらっしゃるのは。」 「はい。」 「ご親切にありがとうございます。」 片倉は女性に向かって丁寧に頭を下げた。 携帯操作音 …

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お便り3

おたより3-3.mp3 今回お便りくださったのは前原一人さんです ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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第60話

3-60.mp3 「お客さん…警視庁の正面って、本当に正面ですか?」 「本当に正面ってどういうこと?」 「ほらあすこ正面に鉄柵してあったり警官が立ってたりで中に入れない感じになってるじゃないですか。」 「あったりまえじゃん。帝都の治安を司る警視庁だよ。警備は厳重さ。」 タクシー運転手は右手に見えてきた皇居外苑の姿に目をやった。 「そんなガチガチんところに俺が運転するタクシーなんかがしれっと横付けなんて本当にできるんですかい?」 「なに言ってんの?俺の勤め先だよ。会社だよ会社。従業員がやむなくタクシーで通勤することになっただけ。」 「はぁ…。」 「ビビってないで堂々とズザーッって突っ込んで。重役の到着って感じでさ。」 築地方面から走ってきたタクシーは桜田門の交差点前まで来た。テレビなどでよく見る台形の警視庁の建物がそびえ立っている。その正面では鉄柵をいそいそと動かして通路を開けている警察官の姿があった。 「そのまま左に曲がって。」 言われたとおりタクシーは交差点を曲がる。 「赤レンガの前でUしてそのままその通路から入って。」 運転手は言われたとおりに車を操り、警官が立つ通路に滑り込んだ。 百目鬼は窓を開け鉄柵は開いた警官に敬礼する。すると彼もそれに敬礼で応えた。 ーこのあんちゃん…いったい何者… 正面玄関前に到着するとそこには3名の背広姿の男たちが立っていた。 「ありがとさん。そこに立ってる奴からタクシーチケットもらって…

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第59話

3-59.mp3 朝から振り続ける雨は、いつもよりも早い夕闇が訪れていた。 前照灯を灯した彼は携帯電話を操作し電話をかけた。Bluetoothヘッドホンを装着する彼はハンドルを握ったまま口を開く。 「三好。」 「なんや。」 「ちゃちゃ入ったわ。」 「え?もう?」 「岡田課長から椎名のマークを一旦やめろって。」 「課長から?」 「ああ。」 「どいや…ってか課長ねんろ。椎名つけろっていったんは。」 「おう。椎名の尾行バレたらワシか課長のどっちかがモグラの可能性があるって言っとった本人がやっぱやめろって。」 「その言いっぷり真に受けると、どっちがモグラか課長には分かったってことか。」 「…そうなるな。」 「なんやワケワカランな。」 Bluetoothヘッドホンを装着したまま富樫はそのまま車を運転する。 「まぁお前は一旦離脱してくれ。」 「わかった。」 「こっからはワシがやる。」 「頼む。」 さっきからずっと椎名の車のルームミラーに映っていた白いバンは、 ウィンカーを出し交差点を曲がって姿を消した。 「早い…。」 椎名は再び携帯を通話の状態にし、その受話器に指をあてがった。 「消えた。」 -・-・・ -・--- -・  「よし。」 -- --・-・  「早い対応助かる。」 -・・・ ・-- ・- -・ ・- ・-・・・ ・・-   -・ ---・- ・-・・ -・--・  「礼には及ばん。」 --- ・- -・…

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第58話

3-58.mp3 「おい聞いたけ。今度は目黒の大学で立てこもりやって。」 「マジけ。」 「こうも立て続けってどうかしとると思わんけ。」 「あれけ、ツヴァイスタンとかの…。」 「さぁ分からんけど、ほれやったら大事やぞ。」 「連続テロ事件みたいな?」 喫煙ルームから漏れ聞こえる会話を耳にしながら椎名は鞄を担いで会社を後にした。 「現在MHK第一放送では東京目黒区で起こった人質事件の中継を地上波テレビ放送と同じ音声でお届けしてます。」 「社会部の氏家さん。犯人はなにやら妙なことを口走っているとかと聞いていますが。」 「はい。人質をとって立てこもっている犯人は当初から【日本を壊せとか潰せ】と何度も叫んでいるようです。」 「え?それは我々に向かって言ってるんですか?」 「わかりません。警察では犯人が極度の興奮状態にあるため口走っている言葉ではないかと考えているようです。」 「…はい…えーたった今人質事件に動きがあったようです。事件現場の大学キャンパス付近からお伝えします。」 「はい。先程、犯人に人質の解放を呼びかけていた警官が建物の中に単身で乗り込みました。現在現場はその様子を見守っている状況です。あ!女性です!人質と思われる女性が開放された模様です!女性が走って外に出てきました!ひとまず人質は開放されたようです!」 「伏木(ふせぎ)さん。中には犯人と説得にあたっていた警察官が居たと思いますが、その二人はどうなんでしょうか。」 「はい。二人の姿はまだここからは確認…

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第57話

3-57.mp3 「あ、俺だよ。トシさん。」 「理事官ですか…。どうしたんですかこの番号。」 「いろいろ人間不信でね。これからは今までとは別の番号からそっちにかけることにする。」 「え…となると、こっちはいちいち見慣れん番号に警戒して電話に出んといかんことになるじゃないですか…。」 「そうだね。」 「わかりました別の機種を用意しましょう。」 「あ、頼める?」 「はい。」 「助かるよ。」 「…で、どうでした?」 「課長、知らなかったよ。池袋も新宿も。」 「え?」 「外からの情報は遮断されてるみたい。監視の目も厳しいから本当に簡単に課長に説明した。車が群衆に突っ込んだとか、ヤドルチェンコ警戒中に一般人がが刃物を持って暴れだしたとかって。…もちろんウ・ダバとかツヴァイスタンの影がちらちらしてるって敢えて言ったけどね。」 「で課長は。」 「俺の目を見てすぐに分かったみたい。適当に合わせてくれたよ。」 「流石。」 「東倉病院、池袋、新宿。こいつらがウ・ダバとツヴァイスタンの共同戦線ってのはどうも弱いんじゃないかって。」 「どうして。」 「具体的な理由は聞き出せていない。なにせ監視が厳しいからね。でも雰囲気的には俺らの見立てと同じじゃないかな。我が国と友好関係を築こうとしてるツヴァイスタンが、いまこの日本にテロまがいのことをしても何の得もない。ウ・ダバにしてもそのリーダー格であるヤドルチェンコを特高が常時監視中。今のところ変な動きは見せていない。この現状を知ってて一連…

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第56話

3-56.mp3 東京駅の新幹線のりば。その改札近くの柱に寄りかかって、ひとり佇む男がいた。 多くの人が行き交う場所で一箇所にじっと立つのは、何かの目的があってのこと。 大事な人の到着を待つであるとか、出発までの時間が妙にあるため、とりあえず足を止めて時間を調整しているかのどちらかの理由が考えられる状況だが、彼はどちらでもなかった。 彼は敢えてこの人混みの中にその身を置いていた。 「はい。」 「俺だ。」 「あっ情報官。」 雑踏の音が電話越しに聞こえる 「肩書はやめろ。他に聞こえる。」 「はい。すいません。」 「ったく…百目鬼…どこまでお前はうっかりさんなんだ…。よくそんなで理事になれたもんだ。」 「これだけ雑だから生き残ってるのかもしれませんね。」 「お前いまどこに居るんだ。」 「東京駅です。」 「なんでそんなところにいるんだ。」 「ちょっと野暮用がありまして。」 「あのなぁ…。」 「わかっています。目黒の件でしょ。」 「わかってんだったら、なんとかしろ…。」 「何とかって…人質事件は刑事部と機動隊のヤマです。え?陶さん。まさか目黒の人質、ウ・ダバとかと何か関係あるんですか?」 「いや…そんな話はこっちに入っていない。」 「だったら畑違いです。素人が首突っ込む話じゃありません。」 「ふぅ…。」 電話の向こう側からため息が聞こえた。 「あ、ありがとうございました。」 「いや別に。」 「おかげで松永課長と会えました。」 「…

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第55話

3-55.mp3 「たった今入ったニュースです。」 テレビの人物がこう言うと、画面下に「大学キャンパスで立てこもり事件」の文字が表示された。 「今日、正午ごろ東京目黒区の大学キャンパスで男が人質をとって立てこもる事件が発生しました。現在警察は犯人の説得を試みていますが負傷者がでているようです。今日正午ごろ、東京目黒区にある大学キャンパスで、突然男が騒ぎ出し、刃物をもって暴れだしました。大学関係者がその場に駆けつけ、男を取り押さえようとしたところ、男はそれを振り切り、女性を人質にとって教室内に立てこもったようです。取り押さえようとした際、大学関係者の中に数名の負傷者が出ており、内、一名が現在重体であるとの情報も入ってきています。男が立てこもる教室内には人質に取られた女性以外に複数名の男女が閉じ込められているようで、現在警察では人質の解放を犯人に呼びかけています。」 「おいおい…なんだこれ…。」 テレビを見ていた黒田が唖然とした表情で呟いた。 それに側にいた三波が応える。 「…病院の中でノビチョク巻かれたり、車が群衆に突っ込んだり、無差別通り魔事件があったり、今度は大学で人質事件…。この立て続けっぷりは異常ですね…。」 「ノビチョクも車が突っ込むのも、通り魔もド級の事件。それが連発。どうなってんだよ東京は…。」 「それにしてもこうも次から次ですと、報道する側もその整理が大変ですね。」 「俺らみたいなネットメディアならニュース別に少数で随時更新で対応できる…

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第54話

3-54.mp3 「なんで…嘘でしょ…。」 物陰に身を潜めた木下は体の震えが止まらなかった。 ー千草ってあの子、学生でしょ…。光定先生、あの子に何やってんの…。 ー曽我を消せって…。曽我ってあの曽我先生? ービショップってなに?天宮先生が死んだ?証拠隠滅? ーってか光定先生、様子が変だよ。普通に喋れるじゃん…。 「あれ?」 「ひいぃぃぃ!」 木下は手にしていた封筒が入っている段ボール箱を落としてしまった。 「はぁはぁはぁ…。」 「き…木下くん?」 「み…光定先生…。」 「ど…うしたの?様子…変だよ…。」 「あ…あぁ…ははは…。ちょちょっとあの、書類保存用の封筒が切れちゃって、備品庫に用があって。」 「あの…それは見ればわかるけど…。」 「あ…あぁ…そうですね。」 「なんでそんなにビビってるんだって聞いてるの。」 光定の声色が変わった。 「あの…その…。」 「何にビビってんのさ。」 「せ…先生!」 急に大きな声を出した木下に光定は一瞬怯んだ。 「な…なに…。」 「普通に喋れるんだったら普通にしてください。」 「え?」 「いま先生、なにビビってんだって私に行った時、普通でした。かなり怖かったけど。」 「あ…あ、そう。」 「こんなところで電話するなんて誰だろうって思ったら光定先生で、でも言葉に詰まる感じもなくて鼻もすするわけじゃなくて普通に話してて意味わかんなくて、混乱してました。そこで急に先生に声かけられて…

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第53話

3-53.mp3 昼食を終え、裏口から病院内に入ろうとしたとき、寝袋のようなものに包まれたものがストレッチャーに乗せられて運ばれている事に気がついた。 ー検死…。 「痛っ…。」 結構な勢いで肩がぶつかったため、光定はよろけた。 「あ!すいません。」 彼は咄嗟によろめく光定の体を受け止めた。 「おっとっと…すいません。ちょっと急いでて…。」 「い…え…。」 お互いが胸につけているネームプレートを見る。 光定に体当たりをしてきたのは法医学の助教だった。 「あ、光定先生ですか。」 「あ…はい…。」 彼は改めて光定と正対した。 「残念です…。」 「え?」 「そうですか…先生は…まだご存じないんですね。」 「なん…のこ…と?」 「天宮先生です。」 「え…?」 「いま運ばれていったの天宮先生のですよ。」 「え…ちょっとまって…。どういうこと?」 「わかりません。いまから自分が検死しますんで。」 光定はとっさに彼の手を掴んだ。 「ちょ…先生。本当に自分今すぐ行かないと。」 「なんで先生が?」 「だからわからないんです。まぁ警察からの話ですと自宅で洗面器に顔を突っ込んで死んでたそうです。」 「え…それって自分で?」 「普通に考えたらそんな死に方できません。」 「…まさか。」 「だからそれを調べるんですよ。」 光定の手を振り払った彼は、駆け足でその場から立ち去った。 ー天宮先生が…殺された…だ…

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第52話 後半

3-52-2.mp3 おもわず空閑は車のブレーキを踏んでしまった。 「ツヴァイスタンって…社長…。」 「日本とは国交もない中央アジアの未開の国。ありえんだろ。」 ミラー越しに自分を見つめている仁川に気がついた。 後部座席から向けられる視線は圧倒的な殺気をまとっていた。 空閑は思わず身震いした。 「そのまま車を走らせるんだ。」 明らかに仁川の声色が違う。 空閑は言われた通りアクセルを踏んだ。 「妙な動きをした瞬間、君の脳みそがフロントガラスに飛び散るからね。」 撃鉄を引く音 「つ…着きました…。」 恐る恐るルームミラーで仁川の様子を伺うと、彼は窓の外を眺めていた。 空閑が運転する車は美川の小舞子海岸にあった。 外の雨は止む気配がない。 時刻は19時半。もちろん日は沈みきっており、あたりは漆黒の闇。波の音を遮るほどの雨の振り様だ。 「真っ暗だな。」 「は、はい。」 「これだけ雨降ってれば、誰にもバレずに上陸できたんだがな…。」 「な、何言ってるんですか?」 「あのときも僕のヘマで二人殺してしまった。」 「え?」 手にしていた拳銃のようなものを仁川は懐にしまった。 「しゃ、社長…いま、なんて?」 「殺した。二人。」 「こ、ころした?」 「ああ。」 ついさっきまで仁川は銃口をこちらに向けていた。 その行動が仁川の言葉の信憑性を補完した。 「僕は無益な殺生は好まない。妙な行動をしなければ俺は何…

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第52話 前半

3-52-1.mp3 8年前 雨音 車が走る 「空閑くん。今週末のコミュの参加者は?」 後部座席に座る男がハンドルを握る空閑に尋ねた。 「10名程度と聞いています。」 「村井が言ってたの?」 「はい。」 「そう…じゃあ7名だね。」 「え?社長どういうことですか?」 「彼はちょっと数字を盛る癖があるから。」 「…確かに。」 「まぁでも着実に定着してきてるからいいんだけど。」 「はい。まだまだ小さな所帯ですが、定期的に開かれるコミュは安定的な参加者を確保しています。時間が経てばそのうち大きくなりますよ。」 「そうだね。」 「なんてったってこっちには社長とバギーニャが居ますから。」 「僕はどうってことはないさ。バギーニャの力によるところが大きいよ。」 携帯電話が鳴った。 「おつかれさまです。仁川です。」 「やっちまったぞ。」 「なんですか?」 「おまえんところから派遣されてるSE。石大病院のシステム開発中にバックレた。」 「え…。」 「うちの主力チームの一員なんだよ。優秀なやつだったから結構な割合で仕事任せてたらこれだ。」 「申し訳ございません。」 「…いいよ。とにかくすぐ代役を派遣してくれないか。」 「代役ですか…。わかりました。とにかく私が現場に入ります。」 「え?そんなことはしなくていいよ。」 「代役はそんなに簡単に用意できません。それまでは私がつなぎで行きます。」 「お前が現場に入ったら会社が回らない。それは…

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第51話

3-51.mp3 「でも朝戸は僕の友人でもある。最後にもう一度だけクイーンとナイトではなく光定と朝戸で会わせてくれないか。」 この文面を見て空閑は動きを止めた。 「どうしたんだ。険しい顔してさ。」 「あ…あぁ…。」 「だれだよ。さっっきから。」 「あ…いや、塾生の保護者。」 「へぇ。お客さんのフォローってわけ?」 「まぁそんなところ。」 「どうなの?お前ンところの業界。」 「ん〜…厳しい。競争がきつくってさ。」 「あれか?値下げ競争的な。」 「一時期はそうでもなかったけど、最近はその傾向が如実に出てきてる。」 「デフレ再突入か。」 「そうだろうな。」 「ふぅ…また俺らみたいな連中が大量生産されるってわけか。」 「このままいけばそうなる可能性は高い。」 「ぶっ殺せばいいさ。」 「うん?」 「ビショップ、お前の競争相手も、デフレを引き起こす連中もみんな殺してしまえばいい。そうすりゃ問題解決さ。」 「まぁ…な。」 「まずは手始めにお前んところの競争相手を消そう。」 「まてよ。そんなことするとあっという間に足がつく。」 「あ…そうか。」 空閑と朝戸は郊外のコーヒーチェーン店にいた。 仕切りによってプライベートスペースが保たれる親切設計の空間。 周囲は適度に騒がしく、よほど注意して耳を澄ませないと会話は漏れ聞こえない。 「しっかし金沢に来てまでこの店に入るとはね。」 「こういう何の変哲もない場所が俺らみたいな人間にとって一番くつろげ…

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第50話

3-50.mp3 時刻は14時。 外来患者の診察をひと通り終えた彼は、自分の車の中で昼食をとっていた。 パンを齧りながら彼は器用に携帯電話を操作する。 「一時はどうなることかと思った。けど流石だなクイーン。君が処方してくれた強めの薬が効いたみたい。」 「副作用は。」 「それも心配ない。直接その目で見てもらった。金沢自分癒やしの旅って当初の目的は果たされつつあるよ。」 「そう。よかった。」 「今日はこれからナイトが言ってた自分のルーツを探る的な場所一緒に巡って宿へ届けることにするよ。」 「宿はどこ?」 「それは言えない。」 「どうして。」 「直接会うだろ。」 「だめか。」 「何度も言うように、君とナイトが直接接触するにはリスクが有る。公安が嗅ぎつける可能性は排除したい。」 「ビショップ。」 「なんだい。」 「時間の問題なんだ。」 「え?どういうこと?」 「ナイトはもう長くない。すでに脳の状態は限界まで来てる。」 「ということは…。」 「自分で死を選ぶ。」 「まじかよ…。」 「ナイトには山県という特別な安定剤があったからここまでもった。」 「まて、今回わざわざ直接投与したんだ。効き目はあるんだろ。」 「朝戸慶太という人格の洗脳という行為自体が人為的なもの。それを制御、維持するためにさらに人為的な投薬。その副産物である記憶障害、人格障害をさらに人為的に制御。心のすべてを人の手で制御するというのは到底無理なもの。いずれ破滅はやってくる。」 「リミ…

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第49話

3-49.mp3 「は?天宮が殺された?ついさっきトシさん直接調べとったんに?」 「おう。相馬が第一発見者や。」 「なんや…それ…。」 片倉は頭を抱えた。 「細かいことはあとでそっちに報告入るやろうし、そこらへんは置いとく。」 「あぁ…そうしてくれ…。」 「ひとつ興味深いことがあった。」 「なんや。」 「目の写真。」 「なに…。」 「目の写真が天宮んちの隠れたところの壁に貼られとったらしい。」 「なんじゃいや…それ…。」 通を歩いていた片倉は目の前に偶然飛び込んできた教会の姿を見つめた。 「あの目、そのものが神言うとったからな。天宮。」 「ふっ…隠れキリシタンって感じやな。」 「ほやな。ところで曽我の方はどうや。」 「一応会った。」 「どうやった。」 「なんや余裕のない感じやったぞ、あいつ。トシさんから聞いとった謙虚で正直な奴ってイメージはちょっと違うようやった。」 「ふうん…東一って環境が人をそうするんかな。」 「なんやそれ。」 「いや気にすんな。で曽我なんかおもろいこと言っとったか。」 「別に大したことは言っとらん。例のブツについては日頃の感謝の気持ちを定期的に形にしただけやって。」 「どういうこと?」 「天宮に世界各地の名産品とかを送っとったってさ。」 「はぁ?そんなもん今どき欲しいもんがありゃネットかなんかですぐに手にはいるがいや。」 「天宮はネットとかその手のことはとんとだめでいや。世界各地の名産品をマメに上納して…

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