第15話 後半

3-15-2.mp3 帰国当初は日本語をほとんど話すことができず、卓は碌な仕事につくことができなかった。 これではとても生活していけない。そこで卓は裏稼業に手を出した。マフィアの小間使いをしてその日暮らしの金をなんとか手に入れた。 地べたを這いつくばる生活をする中、彼は尚美と出会う。恋に落ちた二人は駆け落ちした。 流れ流れてここ石川県にたどり着いたころ、尚美の妊娠が発覚。 周が生まれた。 この子だけは残留孤児という生まれながらの不遇を理由に、自分と同じ目に合わすことはできない。 そう考えた卓はこの地でゼロからのスタートを尚美とともに切った。 だが事はうまく運ばなかった。 残留孤児二世ということで世間の同情を買うことはできたが、それと仕事につくことは別。 彼を積極的に雇い入れるほど、世間は寛容ではなかった。 結果、ここでも卓は仕事に恵まれなかった。 朝晩、アルバイトを掛け持ちし寝る間を惜しんで働いた。 尚美もパートと自宅でできる内職仕事をこなすことで、相馬家の生計はなんとか成り立っていた。 周が10歳の頃、一家の大黒柱である卓が倒れた。 無理が祟ったのだ。 とたんに相馬家は資金繰りに窮する。 経済的救済を求めて尚美は駆けずり回った。 ありとあらゆるツテを頼ったが、それは徒労に終わった。 万策尽きすべてを諦めかけた、そのときのこと。 相馬の窮状を聞きつけてある男が家を訪ねてきた。 本多喜幸の元で書生生活を送っていた28歳の村上隆二である。 残留孤児問…

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第15話 前半

3-15-1-1.mp3 内線電話の音 「はい。あぁそう。通して。そのまま部屋に入ってきてって言って。」 電話を切る音 ノック音 ドアが開く 「お久しぶりです安井さん。」 「久しぶりだね椎名くん。」 編集機材の数々が並ぶこの部屋の様子を椎名はまじまじと見た。 「あ、はじめて?こういうの。」 「ええ。」 「あ、そう。いろんな機材あるけど、君がやってることと基本的に一緒だよ。ここでやってることは。」 「いえ、自分は専門的な勉強をしてないので、いわゆるその波形の味方とか知らないし、音響の関係については本当に素人です。」 「いいんだよそれで。見るに耐えるクオリティのものさえできればそれで良いんだ。」 「そうですか?」 「変に凝りすぎても、その凝ったところが視聴者に伝わらないとただの自己満足だからね。」 「そうともいいますね。」 「まぁかけて。」 安いは自分の隣のオフィスチェアに座るよう促した。 「俺は君にこの編集機材を使わせてくれって言われてる。」 「僕には専門的すぎて使えません。」 「え…。」 椎名は安井に向かって微笑んだ。 「じゃあ…。」 「これ。」 おもむろに椎名は一枚の牛丼チェーン店の食券の切れ端をとりだして、それを安井に手渡した。 「なに…これ。」 「食券です。390円の。」 「…見りゃわかるさ。」 「こいつを大川さんに渡してください。」 「大川さんに?」 「はい。」 食券を…

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第14話

3-14.mp3 都内某病院。 病棟ナースセンターにひとりの男が姿を表した。 手元の用紙に面会先と自分の名前を記入した彼は、近くの看護師にそれを渡した。 ノック音 部屋から何の音も聞こえない。 彼はそっと扉を開いた。 医療機器の音 カーテンを開けると ベッドの上でパソコンの画面を覗く患者がそこにいた。 「最上さん。」 ちらりと訪問者の方をみた彼はそのまま画面を見る。 「あぁ君か。」 「どうですか。」 「良くないね。」 「そうですか…。」 「非常に良くない。」 「そんなに…ですか…。」 「ああ。」 「先生はなんと…。」 「え?」 「え?」 「あ…。」 「あ…。」 最上はくすりと笑った。 「すまないね。心配懸けてしまって。体の方は別になんともない。」 「あぁ…そうですか。よかった。」 「ただ喉が渇くんだよ。最近。」 ベッドテーブルには500ミリリットルのミネラルウォーターが置いてあった。 「喉ですか…。」 「まぁ入院するくらいだから、どこかぶっ壊れてるさ。」 「ふっ…。」 「僕が良くないって言ったのはこっちのほうだ。」 そう言うと最上は手招きをした。 そばに寄った彼は最上が指すパソコンの画面を覗き込んだ。 「これは…。」 「例のSNSコミニュティ。」 「立憲自由クラブですか。」 「ここの論調が過激化してるね。」 「先日の国会前でも動員に相当の影響力を行使したと報告を受けています。」 「ここが呼びかけするだけで全国各地か…

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第13話

3-13.mp3 「お疲れ様でーす。」 昼、外から帰ってきた京子は担いでいたバッグパックを雑に床において、椅子に座った。 パソコンのスリープモードを解除したときのことである。 京子はちゃんフリ報道部の様子がいつもと違うことに気がついた。 「あれ?」 平日午前のフロア内にはキャップである三波ひとりを除いて誰もいなかった。 「キャップ。」 「うん?」 「どうしたんですか。みんな出払っとるみたいですけど。」 「あぁたまたまじゃないの?」 彼女は社内行事や各社員のスケジュールを一元管理するツール「プロツェス」にアクセスした。 今日は特別な行事や会議もない。 「片倉。」 「はい。」 「噂で聞いたぜ。」 「…え?」 「なんだか自腹で外注使ってネタあげようとしてるらしいじゃん。」 「…三波さんには関係のない話です。」 京子はキャップである三波につっけんどんな対応をした。 「あのさ…片倉…なに警戒してんの?別に俺、お前のネタいっちょ噛みさせてくれって言ってんじゃないよ…。」 「…じゃあ何なんですか。」 「お前がデスクからどんな話聞いてるのか知らないけど…あのときの俺と今の俺は違うの。」 「…。」 「北陸新聞テレビのポジション蹴って、こんな小さな所帯に来たんだぜ。」 「はい…。」 「それに俺の働き評価されてなかったら、キャップなんてポジションもらえないだろ。」 「…まぁ。」 はっきりとしない返事をする彼女は明らかに自分を信用していない。ネタであれ本気であれ…

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第12話

3-12.mp3 充電ケーブルに繋がれた枕元のスマートフォンを軽くタッチすると時刻が表示された。 午前5時である。 椎名はそれを手にしてベッドから身を起こした。 そのまま彼は部屋の電気をつけることなく、着替えを手にして風呂場に向かった。 シャワーの音 ー新幹線のあれが何者かによる何かの実験のようなものって線はだれだって思いつくし、実際それっぽいこと言ってる奴は既にいる…。だがどれもがざっくりとした観念的なもんだ。そんなものは別に問題じゃない。 ーだがKの見立ては違う。 ー今回撒き散らされたのは人糞。その量は一度の排便によるものとは思えない量だった。これが示すのは2つの可能性。ひとつははじめから撒き散らすつもりで外部からそれを持ち込んだ可能性。もうひとつは二人以上の人間が別々の場所で排便した可能性。後者の場合、便所じゃない場所で排便をすることになる。排便には一定の時間を要する。そのため人目に触れないようにそういった行為をするのは、他人から目撃されやすくリスクが大きい。できることなら避けたいはずだ。となると前者の外部から持ち込んだ説をとるのが有力だ。 ー外部から持ち込んだとすると、これは重要な意味を持つことになる。少なくとも現在の日本の鉄道においては基本的にどんなものでもノーチェックで持ち込みが可能であるということだ。 ー正解だよ。正解。人糞ってのは臭いがする。俺らはこの臭いに対する周囲の反応を知りたかったんだ。無臭の神経剤は周囲のどれだけの人間に影響を及ぼすか、出たとこ勝負さ…

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