第24話

3-24.mp3 「予約した椎名です。」 こう言って椎名はボストークの店主である髭面の男にメモ用紙の切れ端を手渡した。 「急げ。」 店主は黙ってうなずき、それをポケットの中にしまった。 「お連れ様は先に奥の席にいます。」 「もう?」 「はい。10分ほど前に。」 店の奥を見るとショートカットの女性がうつむき加減で座っていた。 「寝てます。」 「寝てる?」 「ええ。ほら。」 座ったまま体を時折前後する船を漕ぐ状態である。 「片倉さん。片倉さん。」 近づいて名前を呼ぶも返事がない。 「困ったな…。」 相手が男なら肩をさすったり、叩いてみたりして物理的接触で起こすことはできるだろう。 しかし目の前の人間は女性だ。しかもこの間仕事で初めて会った程度の付き合いの女性。触れて起こそうものなら、下手をするとセクハラ事案に発展しかねない。 ふと椎名は足元に目をやった。 彼女はスニーカーを履いていた。 ーちょいとゴメンよ。 椎名は彼女のつま先を強めに蹴った。 「うあ?」 「片倉さん。」 頭を上げた彼女は寝ぼけなまこだった。 「椎名です。」 「あ?」 店の照明の影響か彼女の頬はなにやら光っている。 椎名は目を細めてその部位を凝視した。 「片倉さん…よだれ…。」 「へ?」 「よだれ垂れてます…。」 「え?」 素手で自分の頬を拭うと何かを悟ったのか、彼女は顔を赤らめた。 そ…

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第23話

3-23.mp3 土曜あさ。 ベッドから身を起こした椎名はいつものようにシャワーを浴びていた。 ー今日は京子と接触。 ーナイトのフォローもしないと…。 ーそれにしてもどうしたもんか…。公安のやつ俺の部屋になにをした…。 ー迂闊に動けないぞ…。 ールーク。早くしろ…。 シャワーを終えて体を拭き、彼は携帯を手にした。 画面には1件のメッセージ表示があった。 壁を背にした相馬はそれを開いた。 「けゆれへえうそておくか めおさへとおせおくぬよぬをわ みらでへかごさね」 ー暗号…。 冷蔵庫の中を一旦確認する動きをして、彼はそのままジャージ姿で部屋を出た。 時刻は午前6時。 4月早朝の空気は体を引き締める。 彼は身をかがめながら歩みを進める。 徒歩で5分のところにコンビニエンスストアがある。 その中のトイレに入ると椎名は携帯を取り出した。 先程の暗号文に続いて写真が送られてきていた。 メモ用のような紙に数字で「3」とだけ書かれていた。 ーシーザーか…。 椎名は先程のひらがな文字を携帯のメモ帳に貼り付ける。 続いてその文字の下に五十音の3つ前の文字を考えながら打ち始めた。 けゆれへえうそておくか かめらはあんしたいおう めおさへとおせおくぬよぬをわ まいくはちいさいおともとれる みらでへかごさね へやではうごくな 「カメラは暗視対応。マイクは小さい音も録れる。部屋では動くな。」 彼は即座にそ…

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第22話

3-22.mp3 電気がつけられると畳敷きの部屋の様子が明らかになった。 「ここはワシの頭ん中。」 「頭の中…。」 「アナログやけど、ワシはパソコンとかよりもこのほうがしっくり来る。」 足の踏み場もないほど紙の資料がある。 かと言って散らかってはいるわけではない。資料が整然とうず高く積まれ、この六条間に天井に向かって何本かの柱が立っているようにも見えた。 「ここは大声ださんときゃ大丈夫。誰も聞き耳立てとらん。ここで話すことはワシとあんただけの秘密や。」 「でも…古田さん。いくら顧問捜査官っていっても捜査情報の外部持ち出しはコンプラ的にまずいですよ。」 「はっ…片倉のやつも昔おんなじこと言っとったわ。」 「いやまずいです。」 「あのなこれはワシの趣味。」 「趣味?」 「おう。ワシが個人的に興味があって調べたいろんなネタ。公文書でも何でもない。」 「でも警察という立場だからこそ知り得た情報でしょう。」 「まぁね。」 相馬は手近なところのペラ紙を手にした。 A4サイズのコピー用紙にびっしりとメモが書かれている。 目がチカチカするほどだ。 「ワシにしかどこにどんなネタが有るかわからんようになっとる。おまえさんが手にしたその紙は30年前のある背任事件に関するメモ。それだけ見てもなにがどうなっとるかわからんやろ。」 「…はい。」 「まぁその最近よく聞くコンプラとかってもんは放っておいて、本題に入ろうか。こうやって時間を過ごす間にまたなんかやばい…

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第21話

3-21.mp3 県庁19階。 ここは四方をガラス窓で囲われた展望室となっている。 夜の帳が下りたこの時間に金沢港を望むと、普段は暗闇しかないそこに煌々と輝くものがあった。 巨大なクルーズ船である。 「まるで一夜城。」 隣に座った男がつぶやいた。 「始めて見ました。こんなに大きいんですね。」 「何の建造物もない金沢港に突如として横に長い高層ビルのような建物が出現する。ぎょっとしますわ。」 金沢港から金沢市中心地には車で10分程度。 能登方面に行くためののと里山海道乗り口、富山、福井方面へ向かう北陸自動車道にも10分程度。 このような北陸の陸路のハブ的な立地をウリに、近年石川県は金沢港へのクルーズ船の誘致に力を入れている。 男は缶コーヒーを差し出した。 「班長から聞いとりますよ。無糖がお好みやって。」 「そんな微妙な情報を…。」 「信頼関係を築くには大事な情報ですよ。」 「まぁ…。」 相馬は謝意を示してそれを受け取った。 缶を開ける音 「ケントクにぶらり来られると、その時点であんたがマルトク関係者やって他の連中にばれるから場所はここにさせてもらいました。」 「そうですね。」 「身内の人間さえも疑ってかからなならんのがこの商売。ウチの課長の配慮です。」 「お心遣い感謝します。」 コーヒーを飲む音 「あれから6年。まさかあんたとこうやって今再び会うことになるとはね…。」 「その節はありがとうございました。」…

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第20話

3-20.mp3 相馬周は金沢駅近くのビジネスホテルにいた。 自分が帰郷していることは両親には告げていない。 両親にはやりたい仕事にめぐりあうまで、しばらくバイトを掛け持ちすると告げてある。 思う仕事に就くまで実家には帰らないとも言っている。 これらの事情は京子も知っている。 「そうですか…。」 「あぁ。ここでお前がこっちの方にとんぼ返りしても、やることなんかない。当初の予定通りヤドルチェンコの令状待ちや。ほやから当初の予定通りお前はそっちで過ごせ。」 「でも…。」 「相馬。過ごすんや。予定通りに。」 「過ごす?」 「わりぃけど休暇ってのは無しや。」 「…。」 「これからケントクと合流してくれ。」 「ケントク…ですか。」 「おう。あそこの課長には俺から話通しておく。」 「わかりました。」 片倉との電話を切った相馬は携帯のメッセージを確認した。 2時間前に「ごめんなさい 今日は無理になっちゃった 本当にごめん」 というメッセージがあってから何の連絡もない。 ーバタバタしとれんろうな…。 そう言うと相馬は「おやすみ無理しないで また明日」とだけ送った。 ベッドに横たわる音 急に睡魔が彼を襲ってきた。 このまま10分だけ仮眠をとろう、県警と合流するのはそれからだ。 相馬は目を瞑った。 金沢駅近くのビジネスホテルにチェックインした鍋島はシャワーを浴びていた。 備え付けのボディソープを手で泡立て、彼は全身にそれを塗りたぐっ…

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