第33話

3-33.mp3 都内某所。 ある喫茶店の中をハンティングスコープで覗き込む者がいた。 「しっかしヤドルチェンコの奴、ひとりでこんな夜に誰に会うでもなく、携帯使って何やってるんでしょうかね。」 「しかも喫茶店。わかんねぇわ。俺だったら家で引きこもってるか、せめて居酒屋だけどな。」 「あ、動いた。…会計している。…ん?…あれ?何か渡した?」 「なに?」 「現金を払うときに店員になにか渡したように見えました。」 「店員の動き追ってくれ。」 「はい。」 「指揮所からフタ番。」 「こちらフタ番。」 「対象が店から出たら入れ違いで入店し、店員の持ち物を改めてくれ。対象からなにか小さなものを手渡された可能性がある。」 「了解。」 「店から出ます。」 背広姿の男二人が店から出てきた白人男性とすれ違うように入店した。 ドアがカランカランと鳴る 「いらっしゃいませ。」 「警察です。」 対応の店員の目の前に警察手帳が見せられる。 「公安特課です。あなたの持ち物を改めさせてもらいます。」 「え?公安特課?」 「お店に迷惑はかけません。すぐに終わります。」 「いま、ここでですか?」 「はい。ポケットの中見せてもらいますか。」 「…。」 「もしもあなたが我々の依頼を拒否されるようでしたら、お店の責任者の方に事情を説明して、ご協力を仰ぎます。」 「ま、待って…。」 店員はポケットからUSBメモリを取り出してみせた。 「それだけですか…

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第32話

3-32.mp3 「え?記憶が戻ってきている?」 「うん断片的に。」 「どの程度戻ってるの。」 「駅のコインロッカーとか、病院の売店とか、病室に届けたとかは思い出してる。」 「核心部分は思い出せていないってわけだね。」 「うん。」 「ちょっと待って。すぐに戻る。」 こう書いてクイーンと名乗る人物はチャットルームから退出した。 「ふぅ。」 ネットカフェの一室に空閑は居た。 1畳程度のスペースに安物の机と椅子が置かれ、そこにハイスペックのパソコンが設置されている。 調度品とパソコンのスペックのアンバランスさがなんとも言えない空間だが、実用性を追求すればこれもひとつの正解だろう。 紙コップに入った温かいコーヒーを口に含んで、空閑はブラウザのタブ機能を使って最新のニュースをチェックした。 トップは「高齢者運転車両事故はウ・ダバの犯行か?」との見出しだった。 「ウ・ダバとツヴァイスタンは密接な関係がある。東倉病院の事件と池袋の事件は同時多発テロの可能性もある…。」 空閑の口角が上がった。 ーふっ…。よくそんな憶測で記事になんかできるな。この国の人間はいつからこんなに阿呆になったんだ。 ニュース一覧の画面に戻り、彼はその他のニュースを流し読みした。 ーあ…。 ある記事を前に彼はその手を止めた。  空閑はチャット画面に戻った。 クイーンからの書き込みがあった。 「ひょっとしたら術の耐性ができてきたのかもしれない…

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第31話

3-31.mp3 金沢市郊外のとあるスーパーマーケット。 惣菜コーナーでは割引のシールが貼られ出し、どこからともなく客が吸い寄せられていた。 ーお、こいつはいい。 嬉々とした表情で3割引きのシールが貼られた握り寿司の詰め合わせに手を伸ばした。 しかしそれはタッチの差で30前後の金髪頭の女性にかすめ取られた。 ーたまの贅沢やと思ったんやけどなぁ…。 軽く息をついて彼は周囲を見回す。 ー揚げもんばっか…。見とるだけで胃がムカムカしてくる。 彼の目に「焼き鮭弁当」の文字が飛び込んできた。 ーまたこれか…。 店を出て車に乗り込むと、彼はタブレットのスリープを解除した。 画面には立憲自由クラブに関する話題のタイムラインが表示されている。 リアルタイムにSNSでの発言がそこに流れていた。 彼はそのタブレットを車載ホルダーに装着し、そのまま車を発進させた。 「いい加減ガキみたいなことやめろよ…クソ国家が…。」 「絶対に許さねぇ…。」 ホルダーに固定されているタブレットには、ツヴァイスタン排撃のコメントが充満していた。 「あれ…結構ボルテージ上がっとるがいや。」 ひとたび火がつけば、その拡散のスピードたるや想像を絶するものだが、反面冷めやすいのがSNSの特徴。 東倉病院の事件については犯行声明がまだ出されていない。 ネット上ではツヴァイスタンの犯行だとの意見が大半を占めているが、それは憶測の域を脱しない。 治安当局は捜…

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第30話

3-30.mp3 「ウ・ダバが声明…。」 「はい。この間の池袋で信号待ちの群衆に高齢者が運転する車が突っ込んだ件で声明を出しました。」 「具体的な内容は。」 「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。」 「…抽象的だな。」 「はい。」 「またあれか。合成映像みたいなやつでか。」 「はい。」 「東倉病院のやつはまだ出てないのか、犯行声明。」 「ええ、そうなんです。」 「…わかった。下がってくれ。」 「はい。」 空席になっている公安特課課長の席を見つめて、百目鬼は腕を組んだ。 ーどうして東倉病院のやつには触れない…。 ー実験から行動に移すといえばむしろこの化学テロだろうに、どうしてウ・ダバはこの件には言及しない…。 ー以前起こった北陸新幹線内の人糞散布は化学テロの予行演習だ…。それを実際実行に移したのが今回の東倉病院の事件だろうが…。 電話が鳴り、それを取る 「はい。百目鬼です。」 「また起こったぞ。」 「はい…。」 「今度は交差点に来るまで突っ込んで無差別殺人。どうなってるんだマルトクは。」 「申し訳ございません。」 「国民から予算泥棒だと非難の声が上がっている。」 「承知しております。」 「それにマルトクトップがいまだ拘束中と来たもんだ。」 「はい。」 「百目鬼。お前、松永の代わりに課長をやらないか。」 「は?」 「課長補佐か…

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第29話

3-29.mp3 カウンター席に置かれたメニューを開くと、この店のイチオシは自家製麺のつけ麺のようだった。 椎名はそれを指さしてオーダーした。 「大中小のサイズ選べますが。」 「え?」 「サイズの指定がなければ中になります。ちなみに中は二玉です。」 「え、そんなに。」 「どのサイズも同じ値段なんで、皆さん普通は大を選びます。」 「大ってどんだけあるんですか。」 「三玉です。」 ふと先客の様子を見るとこんもりと盛られたつけ麺を一心不乱に食べているではないか。あれが大サイズのつけ麺か。 はたして自分にあれと同じものが食べられるだろうか。 「どうされます?」 「じゃあ…大で。」 「大ですね。ありがとうございます。」 店員はつけ麺大を厨房に叫んだ。 ー普通は三玉って…どんだけ食えばこいつら気が済むんだよ…。 「すいません。」 横に座ってきた男がメニューも見ずに店員を呼んだ。 「つけ麺大で。」 「つけ麺大ですね。」 「はい。」 備え付けのグラスに水を注ぎ、彼は携帯を触りだした。 「ここ良く来るのか。」 「まあな。」 「三玉デフォってどういうことだよ。」 「こういうもんなんだよつけ麺って。」 「考えられない。」 「って言っておきながら、大頼んだんだろ。」 「…。」 「まぁこいつは食事っていうかドラッグみたいなもんだ。」 「ドラッグ…。」 「よく噛んで食べるとか忘れて、ひたすらのどごしを楽しむ。それがつけ…

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