第37話

3-37.mp3 「昨日午後9時頃、新宿駅近くの混み合う路上で男が突然刃物をもって、無差別に通りの人たちに切りかかりました。警察の発表によるとけが人は6名。内3名が重症ですが、幸い3名とも命に別状はない状態のようです。当時の事件現場は通行人でごった返す場所でしたが、偶然別件で警戒にあたっていた警察官がその場に居合わせたため、速やかに容疑者の逮捕となりました。現在容疑者の男は警察で取調べ中ですが、男は逮捕直後から日本をぶっ壊せなどと意味不明なことを呟いており、警察では精神鑑定を含む慎重な捜査を行っていく予定です。」 「ぶっ壊せ…ぶっ殺せ…。」 不意に椎名の口から言葉が出てしまった。 「この車の中だけさ。気が許せる場所は…。」 スマートフォンの上部に目をやると時刻は7時10分だった。 「はぁ…あと40分で会社。ほんとこの8時間って拘束はなんとかなんねぇかな。1日24時間。内3分の1は労働。6時間は睡眠。残り10時間だ。通勤で往復2時間。すると8時間。8時間しか自由になる時間ねぇのかよ…。あいかわらず(゚⊿゚)ツマンネシステムさ。」 車は信号で止まった。 「どいつもこいつも死んだ魚みたいな目ぇして運転してやがる。憂鬱なんだろうな。いや、退屈なだけかもしれない。日常が退屈すぎて、憂鬱な気持ちになってんのかも。」 ポツポツと雨がフロントガラスに落ちてきた。 「憂鬱な月曜、それに拍車をかける雨。ご心配なく。その気分吹っ飛ばせてやるよ。きっと生きている…

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第36話

3-36.mp3 月曜早朝。 報道フロアにはデスクに突っ伏して仮眠を取るスタッフたちの姿があった。 週末に起こった東京の東倉病院での化学テロ、池袋での車両暴走、都内繁華街での無差別傷害事件、ウ・ダバによるものと思われる池袋事件の犯行声明。どれもが社会的に大きな影響を与える事件であるため、東京の話題でありながらも石川のネットメディアであるちゃんねるフリーダムも特番を組んでそれを伝えた。 自由かつ明敏な分析の上に、過激な発言も厭わない論客が、当意即妙の発言を展開する。 これがちゃんフリの魅力でもある。 魅力的な発言をする論客は得てして個性的であり、その手綱さばきには相応の負担を強いられる。 時として単なるワガママとしてしか受け止められない無理な要求を番組に求めてくることもある。 彼らはその対応翻弄されながらも、立て続けに舞い込んでくる重大ニュースの交通整理に心血を注いで当たった。 ニュースの波がひとまず収まったちゃんフリの報道フロアは、戦場におとずれた束の間の休息といった空気が漂っていた。 コーヒーを啜る音 「あ、デスク。おはようございます。」 「あーおはよ。」 三波がフロア内に静かに入ってきた。 「随分早いじゃん。キャップ。」 「まぁ、一応現場が気になって。」 「…見ての通りさ、みんな死んだように寝てる。」 「帰る気力もないって感じですか。」 「そうだね。」 「デスクもですか。」 「まぁね。」 「まさか完徹…。」 「流石にそんな…

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第35話

3-35.mp3 「ムツ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「取り押さえた男が妙なことを口走っています。」 「指揮所からムツ番。妙なこととは具体的にどういうことか どうぞ。」 「えーファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと言っています。」  33 「ふぅ…。」 咥えていたタバコを備え付けの灰皿に押し付けて、その火を消した。 「誰のものかわからないこちらを見つめる両目の映像。画面の天地にfuckin jap destroy jap。金沢の犀川河川敷のテロデマ騒ぎの映像の内容を思い起こさせるね。これ。」 百目鬼は大型スーパーの立体駐車場に止めた車の中で、アイドリングをしたままイヤホンから流れてくる音声を聞いていた。 「いまさらあのテロデマ映像の影響で犯行が…?いや…そんな馬鹿なことがあるもんか…。」 金沢犀川のテロデマ事件が発生して、ずいぶんと日が経っている。もうすでにあの事件自体、過去のこととなりつつあるのに、いまさらあのサブリミナル映像の影響が出たとは考えにくい。 「あり得ん。」 「可能性は限りなく排除する。業務の一環です。」20 「可能性は限りなく排除…。」 そうつぶやいた彼は目を瞑った。 「もしも…もしもだ。あのサブリミナル映像が、いまの刃物振り回し野郎を作り出したとしたら、あの映像を、あの金沢の映像を何度も何度も見て、メッセージを刷り込まれ、犯行に及んだ…。」 「…あり得ん。あれはそんなに惹きつけられ…

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第34話

3-34.mp3 「どうしたんだよ。こんな遅くに。しかも週末だぜ。」 カウンターの隣に男の気配を感じて安井はそれとなく話した。 「こっちはこっちで大変さ。東倉病院のやつとか池袋のやつとか…。もうシッチャカメッチャカだわ。」 「それ全部あなたが抱え込んでるんですか。」 「下に振ってるけど、結局最後は俺の方で確認しないといけない。」 「確認ね…。」 「安井さんは本業の方頑張ってください。」 「うん?」 「忙しくなりますよ。」 「え?なに?…もうすでに忙しいんだけど。」 「金にならない忙しさ。」  15 「ったく…本当に金にならねぇよ。あいつが言ったとおりだ。」 「まぁまぁ…その分こっちはあなたに支払ってますよ。」 隣の男はカウンターテーブルにカードを置いた。 安井はそれをさり気なくポケットにしまった。 「10万チャージしてあります。好きに使ってください。」 「助かるよ。大川さん。」 「金があれば人生の大半の問題は解決できます。」 「あぁ…。」 「でも問題の大半ですから。」 「…。」 「本当に金で解決しない問題もありますからね。」 「…わかってる。」 続いて大川は小さな封筒をテーブルに置いた。 「これは?」 「次はこいつを流し込んでください。」 「待てよ。この間から椎名からもらったデータ挟み込んでるが。」 「あれはあれ。」 「…どうすんだ。あんたら。」 「それは聞かないことになってるでしょ。」 「れ…

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