第66話
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石川大学病院の職員通用口。日勤を終えた看護師たちが続々と出てきた。
開放感溢れた表情で出てくる者もいれば、疲れ果てた様子のものもいる。仲の良い看護師同士で愚痴めいたことを話している者もいれば、それらとは距離をとっている者もいる。
その一団が病院から出て、人気がなくなった頃に木下すずが現れた。
一度空を見上げて降り注ぐ雨の様子を確認した彼女は、傘を差しうつむき加減で歩き出した。
「木下さん。」
雨の音に混じって自分の名前が呼ばれた気がして彼女は足を止めた。
「木下さん。相馬です。」
声は自分の後ろ側から聞こえた。
振り返ると、日中外来にいた患者の男が立っていた。
「あ…。」
「ごめんなさい。待ってました。」
「…。」
「ミリ恋の話がしたくて、木下さんからの連絡待ってたんですけど、何も動きがなかったんで、どうにもならなくって出待ちしてしまいました。」
「…そうですか。」
「迷惑でしたか?」
木下はうなずいた。
「すいません…。」
「あ…いや…ミリ恋の話はそれはそれで全然、私いいんですけど…。」
「え?…じゃあ…。」
「ただ…いまはそんな気にならなくて。」
このときの木下は『ミリアニ好きが恋しちゃだめですか』という本の存在を見ただけで食いつきが良かった日中の様子とは打って変わって距離を感じさせるものだった。
ひょっとしてあれから仕事の上でなにかのトラブルが発生し、思い悩んでいるのか。それとも単に疲れただけな…