第71話
3-71.mp3
「普段はしょっちゅう鼻啜ってて、言葉に支えるようなところがある医者。でも別に吃音だとかじゃない。とにかく喋りがとろい。そしてどこかオドオドしてる。そんな医者が人が変わったように流暢に喋り、かつ乱暴な言動が目につく。」
「はい。人格の豹変ぶりはまさにマンガとかに出てくる二重人格といった具合でした。」
「それがこの世のものとは思えない情景だった…。」
「はい。」
「…木下さんはその二重人格の人って今までに見たことあるんですか?」
「ありません。今回が初めてです。」
相馬は自分の顎を掴んだ。
「うーん。」
「にわかに信じがたいと思います。けど本当なんです。とにかく本当に普段と別の人格が現れたんです。」
「で、その別人格が医学生に何を?」
「ある先生のところに行って調べ物をしてこいって。」
「ある先生?え?」
木下の説明はある先生とか医学生といった抽象的な人物が出てくるため、頭の中の整理が付きづらい。
できれば固有名詞を出して順を追って説明してくれたほうが全体像が掴みやすいと、相馬は木下に提案した。
「じゃあAさんとかBさんでいいですか?」
「いや…それだと何だか直感的にわかりにくいので、できれば実際のお名前で。」
「でも…。」
「大丈夫ですよ。誰もこんなところで聞いてません。」
木下は店の中を見回した。
店内の誰もが他の客には何の関心も示していない様子だ。
銘々が自分の世界に入り込んでいる。
彼女は相馬の提案を受け…