第75話【後編】

3-75-2.mp3 「ヒェ~すげぇ雨…。なんなんだよ、昨日から全然止まないじゃん…。えっと…確か保険屋から粗品でタオルもらってたよな…。」 グローブボックスの中を弄るも、お目当てのものは見つからない。どうやら彼の思い違いのようだったようだ。エンジンをかけた三波はエアコンを付け、その風で自分の濡れた服と髪の毛を乾かすことにした。 「小早川干城(たてき)…か。」 三波の手の内には雨で濡れてしまったメモ用紙があった。彼はそれをエアコンの吹出口にあてがって乾かす。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あの…ちょっと初歩的なことを聞いていいですか。」 「なんです?」 「その、名誉教授って一体どんな役職なんです?」 石川大学病院の非常階段。 この踊り場で三波は看護師と落ち合った。 二人は人目を忍ぶようにそこで会話を続けた。 「名誉教授っていうのはうちの病院にとって功績があったと認められた人に与えられる称号です。名誉教授っていう役職があるわけじゃなくて、あくまでも飾り的なものです。」 「え?て言うと天宮先生は今はここで教鞭をとったりとかしていないってことですか。」 「はい。昨年の引退と同時に名誉教授の称号をもらったって感じです。」 「あぁ…そうなんですか。あ、でもやっぱり今回の事件については結構騒動になってるんでしょう、ここの病院。」 「はい。なにせ引退しても時々顔だしてましたからここに。」 「引退後も…ですか。」…

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第75話【前編】

3-75-1.mp3 「ビショップ。お前曽我の実行部隊が殺されたことは知ってるか。」 「え?何だそれ。」 「現場の近くで遺体で発見されたらしい。」 「なんだって…。」 「俺の近くで死人が出るのは困るんだよ。」 「すまない…。」 「すぐにヤドルチェンコに確認とってくれ。」 「わかった。」 ホームに背をもたれた紀伊はため息を付いた。 ーなんだ…俺らの知らないところで何が起こっている…。 しばらくして電車がホームに入ってきた。それに乗り込んで車両の一番隅の席につくと同時に男が隣りに座ってきた。 「捜一は何をやってる。」 「何の事言ってるんだ。」 「曽我という男が殺されただろう。」 「ああ。あれか。」 「通報の無線も捜査の進捗も一切こっちに入ってきていない。」 「必要なしと認めたんだろう。」 「なに?」 「殺人事件は特高のシマじゃない。お前らはあくまでも政治警察だ。」 「そうだが…。」 「政権肝いりで創設された部署ってことでいろいろ配慮してるにも関わらず、目立った成果が得られないどころかここに来て失態続き。いい加減頭にきた感じなんだろう。」 「お前もそう思ってるのか。」 男は首を振る。 「犯罪を未然に防ぐのがお前らの仕事。目に見える成果なんか得られるわけもないだろう。上の理解が足りないだけさ。」 「上って?」 「さぁ…。誰だろう。」 「捜査一課の課長か。」 「上の方の考えてることは俺はわからんよ。その上かも知れん。」 「…

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第74話

3-74.mp3 公安特課機動捜査班のフロアには常時20名程度の人員が詰めている。部屋の中央には大きなセンターテーブルが置かれ、それを囲むように各捜査員のためのパーテーションで仕切られたスペースがある。 ここに戻ってきた紀伊は部屋の主である片倉の席の方を見た。そこはまだ空席だ。 「班長はまだ?」 紀伊は近くの捜査員に声をかけた。 彼は片倉の席をちらっと見て応える。 「ええ。ごらんのとおりです。今日は殆ど空けてますね班長。何かあったんですかね。」 「そうだな…。」 「主任ご存じないですか。」 「あぁ、何も聞いてない。」 「あの…それってどうなんですかね。」 「うん?」 「仕事柄秘密裏に動くのは仕方ないですけど、少しは部下の俺らにも言ってくれないと、正直不信感が募りますよ。」 「やめろ。そんなネガティブな事言うな。」 部下の愚痴を注意した紀伊は自分の席に移動した。 「主任の自己犠牲の精神は立派だ。部下の鏡だよ。けどね。人間、班長みたいな人間ばっかりじゃないんだよ。現に、君の部下から僕は片倉班長に関する苦情を聞いている。あぁご心配なく。君がいま思い浮かべている人物以外からも。」 「上司を思いすぎるために部下をないがしろにするのは良くないよ。紀伊主任。」 「いい?僕は困ってるの。片倉班長に。」 「だから君にヒントをあげたんだ。特高を頼むよ。」60 ーもしかして俺が思ってる以上に、特高内の不満は高まってるのか…。 椅子の背もたれに上着を…

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第73話

3-73.mp3 「帰ってきたか…。」 部屋に返ってきた椎名の行動はいつもと変わらない。 台所の隅の定位置に手にしていた鞄を置き、一旦洗面所の方に移動。手洗いうがいをし、ふたたび台所に戻ってきた。 床に置かれた鞄からラップトップを取り出し、壁を背にしていつもの席に座る。 「お、さっそく何するんけ。」 椎名がUSBメモリをパソコンに刺すのを見て富樫は手元のキーボードに手をやった。 「ちっ…椎名のやつWi-Fi切っとるがいや…。」 ネットワークを経由して椎名のパソコンに侵入し、彼がなにをしているのかを探ろうとした富樫だった。 しかしその方法を取ることができないことを知り、彼は両腕を組んだ。 「ほうや…京子から貰ったデータやろあれ。本人に何のデータ渡したんか聞いてみれば椎名が何やっとるんかわかるがいや。」 富樫はBluetoothヘッドフォンを利用して、その場で電話をかけた。 「課長。富樫です。」 「なんだ。」 「椎名帰宅しました。」 「そうか。」 「いま京子から貰ったと思われるUSBを自分のPCにぶっ刺しとります。けどWi-Fi切ってあるんであの中にはいれません。」 「そうか…。」 「あの…自分思ったんですけど、これ直で京子にあたるっちゅうのはいかんがですか?」 「直で?京子に?」 「はい。」 「だめや。」 「なんでですか。」 「だめなもんはだめ。」 「でも手っ取り早いですよ。椎名のやつが何やっとるんか知るには。」 …

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第72話

3-72.mp3 「わかった。木下の周辺には警護をつけさせる。」 「お願いします。」 トイレの音 トイレの水を流してそこから出ようとした時、相馬はこの空間にも貼られているポスターに目が行った。 ユニフォーム姿の女性がオフィスで出たゴミと一緒に腹の出た不潔な男たちを束ねてゴミ箱に捨てるという、若干ジョークめいた内容のデザインだ。画面の下部には白色の文字に赤色の枠で縁取りされたキリル文字が大きく配されている。 「Давай очистим…。掃除をしよう。」 相馬は苦笑いした。 「あれ?」 彼の視線はそのキリル文字の枠線に止まった。 キリル文字の枠線となる赤色を作り出している箇所は網点の集合体のようなもので色を作り出しているようだった。しかし、その網点の形状がどうも変だ。彼は顔を近づけてそこをよく見た。 「え…。」 日銀券の地模様がローマ字のNIPPON GINKOで構成されているように、この文字の赤の枠線もマイクロ文字で構成されているではないか。そこに書かれている文字が何なのかを知り、相馬は戦慄した。 「KILL JAP…。」 この無数の文字の集合体が掃除をしようという言葉の縁を型どっている。 動けなかった。 さっきまでコミカルにさえ見えたこのデザインの意味は180度変わってしまった。 「どういうことや…。まさか店の中に貼られとるやつも全部そうなんけ…。」 そう考えた瞬間、寒気立った。 彼は静かにボストークのトイレ…

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