108 第96話
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スリッパを引きずるような音が聞こえたため、楠冨はそちらの方を見た。
力なくスツールに腰を掛ける検査着姿の光定がそこにあった。
「先生…。」
うつむいたまま反応を示さない光定を見て彼女はそっと湯呑を差し出した。。
「ささ、熱いお茶でもお召し上がってください。体が温まりますよ。」
「うん…。」
茶をすする音
静寂の中、ただ光定の茶を啜る音だけがこの空間に響く。
二人の間に無言の時間がどれだけ流れただろうか。
このいつまで続くかわからない沈黙を破ったのは光定だった。
「何も聞かないんですね。」
「何のことですか。」
「僕が急にいなくなったこと。」
ーなんだ…随分流暢に話すじゃないの。
「私が聞いてどうなるんですか。」
「何言ってんですか。病院長から僕の様子を見てこいって言われたんでしょ。」
「様子を見るだけです。先生がどこに行っていたとか、何をしていたとかを探ってこいと言われていませんので。」
「で、本当に僕の様子を見ているだけ…。」
「はい。」
「マジですか…。」
光定は呆れ顔だ。
「まるでロボットですね。君は。」
「私がここにいるのは仕事の一環です。仕事に私情を挟み込むほうがむしろ良くないことだと思いますが。」
「訂正。軍人みたいだ。」
「それは褒めてらっしゃるので?」
「そう受け止めてもらって結構です。」
「普通の人は絶対にそう受け止めませんよ先生。」
クスリと笑った楠冨を見て…