第5話

ArtWork



2015年8月。
鍋島事件から1年後の都内某所。
通報を受けて現場である路地裏に駆けつけた交番勤務の警官二人は、そこから天を仰ぎ見た。
「おい…何だあれ…。」
視線の先にあるマンション屋上から張り出した鉄骨の先。そこからロープのようなもので何かが吊るされている。
「おい。あの吊られてるあれ…。」
「はい…。」
「あれって…あれだよな…。」
「た、多分…。」
こう答えた警官は思わずその場で嘔吐しだした。
「何だよ…あんなの…見たことねぇぞ…。」
「どうした。何が見える。」
無線から所轄署の音声が聞こえた。
「首…。」
「え?」
「生首がマンションの屋上から吊るされてる…。」
「なに…。」
「しかも…。」
「しかも?」
「顔の形が判別できないくらいに痛めつけられている…。」
「…。」

「なに?顔がぐちゃぐちゃやって?」
片倉肇は、部下からもたらされた事件の概要を聞いて思わず声を上げてしまった。
「はい。」
「またか…。」
「ええ…またです。」
「んなら、あれか。」
「はい。ホシは出頭済み。いまは留置所です。」
「…今度は大丈夫ねんろ。」
「わかりません。念には念を入れた対応をしているそうですが…。」
電話が鳴る音
「はい。マルトク。はい。…ええ…はい。…そうですか。」
元気のない声で受け答えすると、男は電話を切った。
「死にました。」
この報告に片倉は口をつぐんだ。
「留置所から取調室へ移動する際に突然奇声を発し、周囲の警備の連中を振り切って所轄署の窓から飛び降りたそうです。」
「…今度は飛び降りかよ。」
「…はい。」
片倉はため息を付いた。
彼は鍋島事件の後、県警から警察庁へ出向となった。
いち地方のノンキャリア警官としては異例中の異例の抜擢人事だ。
公安特課はすでに元警察官僚だった波多野の中で構想されていた組織であり、
鍋島事件や朝倉事件を麾下として、政府は公安の組織改革に着手。
わずか半年で公安特課を創設した。
警察庁初代公安特課課長は松永秀夫。
片倉は彼のもとで公安特課の中心メンバーとして関わることとなったのである。
警察庁に入った片倉はすぐさま警視庁への出向を命ぜられる。
そこで彼は新設の公安特課の中で、もっとも秘匿性が高い機動捜査班を統率する役割を担うこととなった。
公安特課機動捜査班。
近頃国会で成立したスパイ防止法が求める、他国によるスパイ工作や国家の安寧を脅かす活動を取り締まるための精鋭部隊とも言える。
その存在が戦前日本の特高警察とだぶる部分があるため、公安特課、特に片倉の班は警察内では特高と呼ばれている。
「顔をぐちゃぐちゃにされた状態の遺体発見。その後24時間以内に犯人が自ら出頭。しかしその犯人もまた出頭から48時間以内に全員自殺。これで8件目ですよ。」
「そうやな。」
「班長が金沢で対応した、鍋島のあれと似ていますね。今回も。」
「ああ。」
「鍋島惇は瞬間的に人を意のままに操る能力を持っていた。そしてその術を受けたものはほぼ全員が自殺もしくは死亡した。」
「一つの例外を除いてな。」
「山県久美子ですね。」
「ああ。久美子は石川大学病院の専門の医師によって分析されとるが、残念ながらそのメカニズムは未だ解明されとらん。」
「その道ではかなり優秀だと聞いていますよ。石大の曽我教授。」
「石大プロバーやけど脳神経外科の国際学会でも名を馳せる凄腕医師。そいつを持ってしても久美子の症状については何一つ手がかりなし。念のために心療内科とか精神科の専門家にも分析してもらうも、何のヒントもない。」
「何で久美子だけが死亡という結末に至ってないんでしょうかね。」
「わからんから顧問捜査官にべったりマークさせとるんやがいや。」
「それにしても、何かの手がかりがないと止まりませんよ。この手の事件。」
「しゃあない。コロシについては俺らマルトクの直接の管轄じゃない。捜査一課の所管。あいつらの頑張りに賭けるしかない。」
「俺らは…。」
「鍋島っちゅうツヴァイスタンの元工作員が持っとった妙な特殊能力と似たものが、何者かによって使用されとる可能性がある以上、俺らはその元を探る。それだけや。」
「鍋島能力を持つ人間がどこかに居る…。」
「おそらくな…そうでないとこの8件のコロシは説明がつかん。」
鍋島の特殊能力に似たものの影響が色濃く残る事件。
警察は被疑者につながる情報を一切手に入れることはできなかった。
事件は断続的に発生した。
人が死んでは犯人が自首。また人が死んでは犯人が自首。
まるで警察の無能さを嘲笑うように。
捜査は暗礁に乗り上げ、解決の糸口は見つけられず、
ただ闇雲に時間と被害者が出続ける。そう危惧されていた中、
この8件目の事件を境に同様の事件はぱったりと起こらなくなった。
警察無能論が沸騰するのを避けたかった上層部は、
これには胸を撫で下ろした。
やがて世論は沈静化。
それから5年の歳月を経てこの妙な力による連続殺人事件については
誰も語らなくなっていた。

連続殺人事件及び被疑者死亡事件から5年後…
「班長。」
「なんや。」
「ウ・ダバの犯行声明のようです。」
「見せろ。」
部下のパソコンを覗き込むと、そこには国際テロ組織ウ・ダバの広報担当と称する人間が
顔を布で覆い、目だけを出した状態でこちらに向かって座っていた。
「Японцы. Белый страх.」
「あん?何言っとっるんやこいつ。」
「ちょっと待ってください。この動画、字幕に対応してるみたいです。」
部下は一旦動画を止めて、字幕モードをオンにした。
するとそれは英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、日本語を選択できるようになっていた。
「今回はご丁寧に全世界対応型の犯行声明ですよ。」
「そうみたいやな。」
再び動画は再生された。
「Японцы. Белый страх. 」
(日本人よ。恐れよ。)
「Мы были готовы.」
(我々は準備ができた。)
「Взрыв в Канадзаве произошел благодаря нашим товарищам.」
(金沢での爆発騒動は我々の同志によるものだ。)
「今回の音声は機械のやつか。」
「ええどうもそのようです。映像と音声をうまく併せたみたいです。」
「ふーん…。」
「Мы уже экспериментировали в каждом направлении.」
(私達は各方面で既に実験済み。)
「Просто запустите его позже.」
(後は実行するだけ。)
「Мы не отвечаем на переговоры вообще.」
(我々は交渉には一切応じない。)
「Не объединяйте нас со слабыми губами Звайстана.」
(我々をツヴァイスタンの弱腰連中と一緒にするな。)
「Мы действуем только для нас.Представь себе результат и жди.」
(我々は我々のためだけに行動する。その結果を想像して待て。)
「Японцы.」
(日本人よ。)
動画の再生が終わった特高の部屋に沈黙が流れた。
「やばいな…。」
「…はい。」
「ただの犯行声明じゃねぇ。」
「…。」
「犯行予告や。」



【公式サイト】
http://yamitofuna.org
【Twitter】
https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

すべてのご意見に目を通させていただきます。

場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

この記事へのコメント