第8話

ArtWork


ネットカフェの個室で漫画をまとめ読みしていた椎名の携帯が震えた。
いくら個室と言っても薄いパーテーションで仕切られた空間。
ひとたび携帯電話で話そうものなら、周辺の部屋から壁ドンの抗議が舞い込んできそうだ。
彼はトイレの方に移動してそれに出た。
「はい。」
「あっ。椎名賢明さんのお電話ですか。」
「はい。」
「わたくし、ネットメディアのちゃんねるフリーダム記者の片倉京子と申します。弊社カメラマンの安井の紹介でお電話いたしました。」
「ちゃん…フリですか?」
「ええ。」
「あ…はぁ…。」
「突然お電話して申し訳ございません。実は椎名さんに折り入ってお願いがあってお電話したんです。」
「え?」
「実はとある情報を今度ちゃんフリの番組内で放送しようと思ってるんですが、なにぶん弊社の制作技術者がいっぱいいっぱいで、外部に委託する必要性が出てきたんです。ついては椎名さんにご協力いただけないかと思いまして。」
「え?協力ですか?」
「はい。」
「協力って、具体的にどういった…。」
「安井からは椎名さんは映像の編集に優れた能力をお持ちだと聞かされています。」
「…。」
「え?椎名さん?どうしました?なんだか電話が遠いようですが。」
「あ。す、すいません。急なお電話でしたのでちょっと動揺してしまいました。っていうか…安井さんってちゃんフリの人だったんですか。」
「あ、ご存じなかったんですか。」
「はい。」
「あのーどうしょうか椎名さん。」
「え?」
「えーご協力いただけますでしょうか。」
「うーん…そうですねぇ。」
「あの…電話だとどんなお願いか説明しにくいので、一度どこかでお会いできませんか。ちゃんと会って説明させていただきます。」
今は仕事帰りで疲れている、だから後日の約束にしようと彼女に言った。
しかし彼女は時間的に余裕が無いのかできれば今すぐにでも会えないかと言ってきた。
どうやら情報は鮮度が重要らしい。一分一秒を争うのがメディアという業界だそうだ。
別に今日はこのまま家に帰って床につくだけ。翌朝にはまたいつものように出勤だ。
公安監視下の毎度のルーティン。
片倉の申し出をとりあえず受け入れた椎名は、ネットカフェを後にすることとした。
個室内に忘れ物がないか入念にチェックし、受付カウンターに会計伝票を提出する。
「ディンギ♪」
TDでの決済を終えたとき、店員がカードのようなものを渡してきた。
「次回使えるサービス券です。有効期限は3ヶ月。詳しくは裏面を御覧ください。」
「どうも…。」
「ありがとうございました。またのご利用お待ち申し上げます。」
車に乗り込んだ彼はサービス券を手にした。次回1時間無料券だ。
店員に言われたとおり、その裏面を見ると手書きで「BOCTOK(ボストーク)」と書かれていた。
携帯電話を触る音
「ああもしもし椎名です。場所なんですけどこちらで指定してもいいですか。」
「あ、はい。どうぞ。」
「別院通りのボストークで。」

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2015年の北陸新幹線の開業は石川にとって明らかに良い影響をもたらした。
新幹線開業前は県外からの石川県観光者数は1,200万人だったのに対して、開業後は300万人増の1,500万人。
海外からの石川県観光者数も約1.8倍の56万人になったというデータも有る。
開業後1年間の経済効果はざっと678億円。当初予想は125億円であり嬉しい誤算が石川経済を潤していた。
その中でこれらのビジネスチャンスを逃すまいと、今まで空き家が目立っていた古くからの商店街に若者が飲食店を開業したりするなどの動きもでてきていた。
別院通りとは開発目覚ましい金沢駅から安江町へと抜ける古くからの商店街通り。
ここに築60年の建造物をリノベーションした今どきのコーヒースタンドのような外観の店があった。
それが「BOCTOK」だ。
ロシア語で東を意味するこの店には、ところどころにロシア・アヴァンギャルドを彷彿させるグラフィックデザインのポスターが貼られていた。
その配置と選択が実に絶妙でダウンライト照明で演出された店内はモダンな雰囲気を醸し出し、
その姿がフォトジェニックであるとしてSNSで話題となり、県外からの観光客にも話題となる店となっていた。
店の扉を開く音が聞こえた。
アウトドアブランドのロゴが入ったアウターを着た女性だ。
カウンターに居るスタッフに何やら声を掛けると、彼女はこちらの方を見た。
「すいませんこちらからお会いしたいってたのにお待たせして。」
「いえいえ。」
「改めまして。」
そういうと彼女は名刺を差し出した。
「ちゃんねるフリーダムの記者、片倉京子と申します。」
「あ…すいません。僕は個人の名刺持ってないんですが…。」
「あぁ安井さんから聞いています。椎名さんは印刷会社さんでDTPをやってらっしゃるとか。」
「はい。会社の名刺は流石にまずいので、申し訳ないですが…。」
「いえいえ。こちらが無理言ってるんです。お気になさらずに。」
「で、私に何ができるのでしょうか。」
注文していたバーガーが出されたタイミングで椎名が切り出した。
「あの、椎名さんはご存知ですか?」
「なんです?」
「この間、新幹線で起こったあれ。」
「あれ?」
「ええ。」
「あれって…あれですか。」
「はい。」
「あの…ネットで話題になった、ここでちょっと言うのも憚られる…。」
「ええそれです。」
椎名は両手でバーガーを掴んでそれを口に運んだ。
「…すいません。お食事中に。」
「いいんです。僕全然気にしません。その手のことは。」
「実はこの事件のことを追っかけてるんです。私。」
「…どうぞ。片倉さんの思っていることを話してください。」
椎名はそのままバーガーを食べ続けた。
「椎名さんもご存知だと思うんですが、ほら最近なんだか物騒じゃないですか。」
「…。」
「ついこの間も犀川大橋の近くでガス爆発事故あったでしょ。」
「はい。」
「単なる事故なのに、SNSでは自爆テロだってデマが流れて騒がれた。なんでそんなデマが拡散したかというと、その状況を抑えた動画が拡散したからです。」
「…たしかにそういう事がありましたね。」
「ええ。その動画は精巧に作られた嘘の動画でした。あたかも本当に現場で自爆テロをしたかのように作られたね。」
「…。」
「予め用意したニセの動画をタイミングよくSNSの空間に流布するなんて、私はなにかの意図を感じるんです。」
「それ、いたずらかなんかじゃないんですか。」
「違います。」
「え?なんでそう言い切れるんですか。」
「私の勘とだけ言っておきます。」
「勘…。」
「私にはこのニセの動画をアップした犯人は、そうすることでなにかの反応を見ているんじゃないかと思っています。」
「何かの反応?」
「ええ。」
片倉はコーヒーに口をつけた。
「新幹線の事件もそうです。いたずらじゃない。」
「なにかの意図を持った実験のようなもの?」
「はい。」
「それも勘ですか?」
「はい。そんな感じです。」
食事を終えた椎名はくすりと笑った。
「なんですか。」
「陰謀論ですか。片倉さん。」
「違います。」
「私はあなたの陰謀論につきあうほど暇じゃありませんよ。」
「だから違うんです。」
「じゃあ何なんですか。」
ここで京子は深呼吸をした。
「椎名さん。」
「はい。」
「椎名さんはちゃんねるフリーダムがどういうメディアかご存知ですか。」
「…え?」
改まった表情で自分をみつめる彼女の眼差しは真剣そのものだった。
「…新興の保守系ネットメディアでしょ。金沢発信の。偏った報道が多い中、ちゃんフリはバランスが取れた番組が多いんで、僕もよく見ています。」
「…。」
「ですがそんなバランスの取れたメディアがいま片倉さんが言ったような陰謀論的な話を番組にしていいんですか。」
「…今私が話したことがその胡散臭い陰謀論ではないと立証できるとしたらどうですか。」
「…え?」
「おっしゃる通り、ちゃんフリは左右どちらに与することのない保守メディアを看板にしています。偏った番組作りは厳禁となっています。」
「まさか…片倉さん。あなたなりのなにか証拠を掴んでいると…。」
京子はこの言葉に首を縦にふることなく、無言で椎名を見つめるだけだった。
「はぁ~。じゃあなんで勘なんて言ったんですか。」
「私はまだあなたに仕事を依頼するとは決めていません。」
「なるほど…私の出方を見て、それを依頼するに足る人物かどうかを探ろうと。」
「はい。」
「安井さんもとんだ記者さんを紹介してくれたもんですね。」
椎名は呆れ顔だ。
「で、どうします?片倉さん。」
「椎名さんだったらどうしますか。」
「え?」
「椎名さんだったら、この陰謀論をどうやって信憑性をもたせて組み立てますか。」
初めて会ったというのに、この30にも満たない女性記者は自分の懐にガツガツ入り込んでくる。
安井が紹介するだけあって、なかなかの人物のようだ。
「そうですね…。」
腕を組んで椎名はしばらく考えた。
彼が考える間、京子はただ黙ってコーヒーに口をつけるだけだった。
「こういうのはどうでしょう。なんでも突飛な結論から入ると胡散臭さばかり目立ちます。ですから事実を積み重ねるような構成で、その端々に陰謀の根源を匂わせ、最後はこういう考え方も排除できないって感じで行くのは。」
京子は黙って椎名を見る。
目立った反応はない。
「具体的に言います。」
「お願いします。」
「片倉さんは『ほんまごと』ってブログをご存知ですか。」
「ほんまごと…ですか。」
「ええ。」
京子はうなずいた。
「だったら話は早い。僕はあのやり方がいいと思うんです。あの膨大な情報が帰納的に集約していく感じが。」
彼女は額に手を当てた。
「ほんまごとか〜。」
「え?どうしました?」
「椎名さん。私もそのスタイルがいいと思っていたんです。」
「え?」
「さすが安井さんの紹介ですね。椎名さん私と組んでくれませんか。」
京子は右手を椎名の前に差し出して握手を求めた。
「僕にもあなたと組むかどうかを選択する権利がある。」
牽制の意を含んだこの椎名の言葉を、彼女は微動だにもせずに手を差し出している。
呆れた表情を見せた椎名は彼女の手を握った。
「やってみましょう。」
「よろしくお願いします。」

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自宅に帰ってパソコンの電源をつけメールソフトを起動すると、早速片倉京子からメールが届いていた。
タイトルは「北陸新幹線/人糞事件を考える」
先程まで顔を合わせていた可愛らしい顔つきの女性が書いたものとは正直思えない、ずいぶんとストレートな題名だ。
椎名はそこに添付されている原稿を開いた。
「誰かが何かの意図を持って行った実験のようなもの…。」
原稿を読み込んだ椎名はこう言うと彼の表情は硬いものになった。



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