第13話



「お疲れ様でーす。」
昼、外から帰ってきた京子は担いでいたバッグパックを雑に床において、椅子に座った。
パソコンのスリープモードを解除したときのことである。
京子はちゃんフリ報道部の様子がいつもと違うことに気がついた。
「あれ?」
平日午前のフロア内にはキャップである三波ひとりを除いて誰もいなかった。
「キャップ。」
「うん?」
「どうしたんですか。みんな出払っとるみたいですけど。」
「あぁたまたまじゃないの?」
彼女は社内行事や各社員のスケジュールを一元管理するツール「プロツェス」にアクセスした。
今日は特別な行事や会議もない。
「片倉。」
「はい。」
「噂で聞いたぜ。」
「…え?」
「なんだか自腹で外注使ってネタあげようとしてるらしいじゃん。」
「…三波さんには関係のない話です。」
京子はキャップである三波につっけんどんな対応をした。
「あのさ…片倉…なに警戒してんの?別に俺、お前のネタいっちょ噛みさせてくれって言ってんじゃないよ…。」
「…じゃあ何なんですか。」
「お前がデスクからどんな話聞いてるのか知らないけど…あのときの俺と今の俺は違うの。」
「…。」
「北陸新聞テレビのポジション蹴って、こんな小さな所帯に来たんだぜ。」
「はい…。」
「それに俺の働き評価されてなかったら、キャップなんてポジションもらえないだろ。」
「…まぁ。」
はっきりとしない返事をする彼女は明らかに自分を信用していない。ネタであれ本気であれ。
そう判断した三波はこれ以上の弁明を諦めた。
「まぁいいや。デスクは知ってんだろ?お前のネタ。」
「私が自腹で外注使っとるのは知ってますが、その中身までは知りません。」
「じゃあこれでお願いしますって完成形を持っていくんだ。」
「はい。」
「おっとこまえー。」
「男?キャップ私おんなです。」
三波は京子を茶化したが、ため息をついてすぐに真顔に戻った。
「男前だよ片倉は。」
「え?」
「マジだよマジ。やっぱりあれなんだよ。」
「なんですかキャップ。…。」
「こんな事言いたくないんだけど、やっぱり違うんだ。」
「何が?」
「お前さんみたいに、ある意味死線をくぐっている人間とそうでない人間は。」
「どういうこと…です?」
三波は京子と自分以外誰もいない報道フロアを見回した。
「何ていうかさ、要領だけはいいんだわ。お前以外の連中。でもお前は覚悟が違う。」
「…。」
「結果が出るといいな。」
急に自分のことを褒めそやす三波に不審を抱きつつも、悪い気はしない。
困惑した表情を浮かべつつ、京子はパソコンを操作し始めた。
「俺、ぶっちゃけ団塊とかバブルとかゆとりとか嫌いなんだ。就職とか受験の競争で言うほど俺ら氷河期世代みたいに苦労してないから。」
「…三波さんの氷河期ってどんな感じだったんですか。よくネットとかで酷かったって書かれていますけど。」
「酷かったじゃなくて、今も酷いんだ。片倉。」
「え?」
「もちろん就職戦線自体も酷かった。俺も数え切れないほど面接に足を運んださ。でも帰ってくるのはお祈りばっかり。俺には就職先がなかった。今振り返ってみれば俺が卒業した2000年はどん底の雇用環境だった。この国の会社は新卒ばっかり採りたがる。だからここでつまずくと基本的にその先がない。俺は必死だった。」
「確かにいまネットで見てるんですけど、2000年の大卒の求人倍率は1倍を切っていますね。過去最低の数字です。」
「片倉、大卒の就職率ググってみて。就職率。2000年で。」
彼女は言われたとおりに検索をした。
「55.8%です。」
「それが実態。」
「え?求人倍率とぜんぜん違う。」
「求人倍率は求人数を求職者数で割った数字。就職率は就職決定者数を就職希望者で割った数字。中身についてはあとで自分で調べてほしいんだけど、まぁそんだけ厳しかったってわけ。って言っても実際はもっと酷かったんだけどね。」
京子は黙った。
「受けても受けても落とされて、俺は就職を諦めかけた。でもそこでコケるとそれ以降の人生もコケる。心配した親の方から北陸新聞テレビの重役である自分のコネを使ったらどうだと提案された。」
「親御さんから…。」
「自分が社会から全否定されて挙げ句親による救済。そんときの惨めさっていったらないぜ。自分の無力さっていうか社会的価値のなさを痛感したさ。いっそこのまま消えてしまいたいってすら思った。でも、そこで俺はふと気づいた。俺は恵まれている。なぜなら自分自身の劣等感さえ克服すれば職にありつけることができるのだから。しかもそこそこの会社の社員として。」
「運ですね。」
「そうなんだ。運なんだよ。俺はたまたまその運があった。ただラッキーだっただけ。けどそんな人間はごくわずか。かなりの人間がその運に見放されて非正規の道を歩むことになった。一度非正規の道を選べば正規雇用の道は基本的にない。なぜなら日本の社会が新卒至上主義だから。一説によると非正規と正規の間には年間300万ほどの給与格差があるとかって話だ。」
「え!?そんなに?」
「ああ、あくまでも一説だけど。」
「知らんかった…。」
「そりゃ片倉世代は就職にそんな苦労してないからよくわかんないだろうけど、社会保険とか手当とか福利厚生とかいろいろ考えたら、生涯換算でもっと格差が広がるんだわ。」
「そうですよね…。」
「確かに運も実力の内とかって言うけど、はっきり言ってそれだけで就職決まったら不公平だと思わない?」
「はい。」
「俺ら氷河期世代は実力そっちのけ、運だけで生涯設計のほとんどが決まってしまった世代でもあるんだ。」
「だから余計、問題意識とかあんまり持っていないように見える世代がムカつくんですね。」
「そいういうこと。」
「世代間格差か…。」
「格差って問題は深刻だよ。そのうちその格差は身分となって固定化して、身分間で対立がうまれる。」
「対立は社会不安の萌芽(ほうが)。」
「そう。」
「なるほど…。」
「悪い。なんか片倉に愚痴ってしまって。」
「いえ、また聞かせてください。」
「え?」
「世代間格差はいま私が追ってるネタのいち要素のような気がするので。」
「わかった。いつでも聞いてくれ。」
自分の思いに一定の共感を抱いているように見える片倉を前に、三波は満足そうな表情だった。
「あ。デスク帰ってきたぞ。」
何やら黒田の顔つきが険しい。
「え…どうしたんですかね、デスク。なんかピリピリしてません?」
「ホントだ…。」
黒田はこちらの方をちらりとも見ずに自席に着き、パソコンを見てそのまま何かの作業をし始めた。
その様子を見つめる京子の視線にようやく気がついたのか、彼はこちらを見た。
「なんだよ。」
「いえ…。」
「ったく…なんなんだよ…。」
そう言って黒田は再びパソコンの画面を見た。
携帯バイブの音
「あー怖い…。触らぬ神に祟りなしだわ。なぁかたく…ら…?」
机の上に置かれた携帯の画面を見る彼女の表情から笑顔が漏れていた。
「なんだよ…さっきまで俺につっけんどんだったのに携帯見てニヤニヤしてるし…。」
「え?なにか言いました?」
「…何も言ってないよ。」
「あ。キャップ。わたし明日は代休取りますんでよろしくです。」
「え!?」
「代休溜まっとるんでここらで消化せんと、労基入ったらアウトでしょ。」
「でも、おまえ今やってるそれ大丈夫なの?」
「大丈夫です。いまのところ週末のプレビュー待ちですから。」
「あ、そう。」
「ってことで明日は休みますね。」
「は、はい…。」
こう言うと京子はそそくさと机周りを片付け、カバンを担いでオフィスを後にした。
「くそ…なんだよ。やっぱりゆとりだ…容量いいわ…。」
「キャップー。」
パソコンを見たまま黒田は三波を呼んだ。
「はい?」
「ちょっとこっち来て。」
「なんですか。」
三波は黒田のそばに立った。
「キャップ。最近ヤスさんどう思う。」
「安井さんですか。」
「ああ。」
「なんか…変ですよ。最近仕事をより好みしてるような気がするんです。」
「具体的には?」
「デスクも知ってるんでしょうが、片倉のやつ安井さんに制作断られたらしいんです。」
「ああ聞いてる。」
「片倉が断られた後、俺もネタぶっこんだんですけど、それはあっさり受け入れてくれた。」
「あぁキャップはOKだったんだ。」
「え?って言うとデスクは?」
「NG。入らないって。」
「マジですか。」
黒田はうなずいた。
「さっきもヤスさんに掛け合ったんだけど無理だって。最低1週間は待てってさ。」
「何だそれ…。」
「なぁキャップ。ちょっと探ってみてくれない?」
「安井さんですか。」
「ああ。」
「いいですよ。」
「俺は俺で当たってみる。」
「お願いします。」

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昼食時間。光定公信はコーヒー片手に自分の車に乗り込んだ。
そしておもむろに財布を開く。
レシートのような紙類が束になって収められているそこから、今手にするコーヒースタンドのものを取り出した。
”合計330円(内消費税等30円) TD支払い330円”
それを裏返すと手書きでThank you!と書いてある。
なんとホスピタリティ溢れる所作だ。
しかしよく見ると小さくそれに続く文字が書かれている。
”& Good-bye”
これをみた光定はニヤリと笑った。
再びレシート類のところを探る。
するとメモ帳の切れ端のようなものが現れた。
それを見ながら光定は掲示板のあるスレッドに書き込み始めた。


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