第14話



都内某病院。
病棟ナースセンターにひとりの男が姿を表した。
手元の用紙に面会先と自分の名前を記入した彼は、近くの看護師にそれを渡した。
ノック音
部屋から何の音も聞こえない。
彼はそっと扉を開いた。
医療機器の音
カーテンを開けると
ベッドの上でパソコンの画面を覗く患者がそこにいた。
「最上さん。」
ちらりと訪問者の方をみた彼はそのまま画面を見る。
「あぁ君か。」
「どうですか。」
「良くないね。」
「そうですか…。」
「非常に良くない。」
「そんなに…ですか…。」
「ああ。」
「先生はなんと…。」
「え?」
「え?」
「あ…。」
「あ…。」
最上はくすりと笑った。
「すまないね。心配懸けてしまって。体の方は別になんともない。」
「あぁ…そうですか。よかった。」
「ただ喉が渇くんだよ。最近。」
ベッドテーブルには500ミリリットルのミネラルウォーターが置いてあった。
「喉ですか…。」
「まぁ入院するくらいだから、どこかぶっ壊れてるさ。」
「ふっ…。」
「僕が良くないって言ったのはこっちのほうだ。」
そう言うと最上は手招きをした。
そばに寄った彼は最上が指すパソコンの画面を覗き込んだ。
「これは…。」
「例のSNSコミニュティ。」
「立憲自由クラブですか。」
「ここの論調が過激化してるね。」
「先日の国会前でも動員に相当の影響力を行使したと報告を受けています。」
「ここが呼びかけするだけで全国各地から10万の人間が集結。」
「危険ですね。」
「うん。」
「なるほど…防衛予算の拡充で防衛力を強化しても、米国に支配下にあるいま、勝手な行動はできない。米国が我が国をコントロールしているから拉致被害者の奪還ができないですか…。」
「一面的には正しいところが厄介だね。」
「はい。」
「…米軍に我が国から出て行けってやるのか?」
「沖縄だけの反基地運動が全国に飛び火させる。なんてことをやったら誰が得するか考えてみてくれって感じです。」
「まったくだ。」
「しかしここの動員力をみていると、このぶっ飛んだ論調も無視できませんしね。」
「やはり背後には…。」
「もちろん。」
「特高は?」
「動いています。ですがまだ決め手にかける。」
「せっかく法整備したってのにね。」
「動かぬ証拠があれば踏み込めるんですが…ただ。」
「ただ?」
「昔と違うんですよ。どうも。」
「昔と違う?」
「あ、いや。これ以上は最上さんでも話せません。」
最上は黙ってうなずいた。
「いいのかい。こんなところで油を売っていて。」
「ちょっと近くまで来たもんですから。」
「そうかい。しかしなんだな…。」
「なんですか?」
「どうも君は根っから警官だな。」
「そうですか?」
「こんな予備役警官のところまで、わざわざ足を運んで情報収集だ。」
「ははは、どうも私は管理の仕事だけっていうのは性に合わないようで。」
「なんだ?モグラかね?」
「…はい。」
「だろうな。」
「じゃないと私がこのポジションに祭り上げられることはない。」
「特定しているのかね。」
「それができていれば苦労しません。」
「それでは失礼します。」
男の姿をベッドの上から見送った最上はペットボトルを手にした。
ペットボトルを開けて飲む音
最上の部屋を出て誰もいない廊下をひとり静かに歩き、ナースセンターの前に来たときのことである。ナースコールが鳴った。
「511の最上さんやわ。」
ーなに…。
詰めていた看護師が慌ただしく最上の病室に向かう。
男は思わず看護師の後を追った。
「最上さーん。どうしましたー。」
こう言いながら看護師は部屋の中に入る。
「最上さーん。最上さん?最上さん!?」
声の音量は控えめだが、看護師の声色がおかしい。
部屋から看護師が血相を変えて出てきた。
とっさに男は物陰に身を隠した。
「先生呼んで。最上さんが…。」
ーまさか…。
スキを見て男は階段に移動し、落ちるようにそれを降りてその場から離れた。
「どうした。」
しばらくして若手の医師が病棟にやってきた。
「あ、先生。最上さんが…。」
医師は厳しい顔つきで最上の個室に入った。看護師もそれに続く。
カーテンを開ける音
ベッドには窓の方を見たまま横になる最上の姿があった。
「最上さん。最上さん。」
体を擦っても何の反応もない。
聴診器で彼は最上の胸の音を聞いた。心音も呼吸音も聞こえない。
ついでペンライトを目に当てる。
「瞳孔散大。対光反射喪失…。」
あまりにも突然の出来事に、周囲のものは皆言葉を失った。

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警視庁公安特課機動捜査班。
「ちょっと俺タバコ吸ってくるわ。」
そう言って片倉は部屋から出た。
携帯音
「どうしました?珍しいですね。」
「まずいことになった。」
「え?」
「とにかくまずいんだ。片倉。おまえいまどこだ?」
片倉は周囲を見回した。他の部署の人間が狭い廊下を行き来している。
「本店。」
「じゃあ聞きに徹しろ。決してそこで話すな。相づちだけにしろ。」
「…はい。」
「最上さんがおそらく死んだ。」
「え…。」
「偶然俺はそれに遭遇した。」
「…あ、はい。」
「すぐに一課が動くはずだ。どうだ様子は。出入り激しくなってるか。」
「いいえ。」
「…ということは、ひょっとすると二次被害が出ている可能性があるな。そのため通報が遅れているのかもしれない。」
「はい。」
「おそらくノビチョクだ。」
「…。」
「つい数分前まで普通に会話をしてた相手が、容態急変。看護師が医師を呼ぶような状態になった。最上さんのベッドテーブルには500ミリのミネラルウォーター。見た感じ未開封のもののようだったが、注射針か何かで予めノビチョクを混入させとけば、今回のようなことはできなくもない。」
「…はい。」
「あそこは密室だから、最上さんの容態を確認するために病室に入った医師連中も、ひょっとしたら残留物から発生するノビチョクのガスでやられている可能性もある。だからまだ一課は動いていない。」
「はい。」
「俺はこのまま察庁に戻る。おそらくすぐに重要参考人としてパクられるだろう。そうなれば俺はお前ら現場としばらく連絡が取れなくなる。」
「そうですね。」
「公安特課の指揮系統は寸断され、敵にとってやりたい放題の状況になる。よってこの電話以降、特高についてはお前に一任する。お前が自分の判断で特高を動かせ。って言ってもお前の権限は俺の上の奴に握られるわけだがな。」
「ええ。」
「そのあたりはうまく立ち回ってくれ。」
「はい。」
「まずは通報が入った体で化学防護隊を出せ。被害者が増える恐れがある。」
「ええ。」
「ついでノビチョクをペットボトルに混入させた人間をおさえろ。同時にその生成ルートも洗え。」
「はい。」
「任せたぞ。必ず俺は帰る。その間だけ片倉、踏ん張ってくれ。信じている。」
「はい…。」
電話を切った片倉は踵を返して、特高部屋に走った。
ドアを激しくあける音
「化学防護隊を今すぐ出動させろ。」
「は、班長…どうしたんですか。」
「場所は東倉(とうそう)病院。循環器内科病棟511号室や。」
「東倉病院…ですか?」
「はよせいま!」
「は、はい!」
「イギリスの情報機関と連携とれ。」
「英国ですか?」
「ノビチョクの可能性が高い。」
「ま…まさか…。」
特高室内は一気に慌ただしくなった。


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