第15話 前半




内線電話の音

「はい。あぁそう。通して。そのまま部屋に入ってきてって言って。」

電話を切る音

ノック音 ドアが開く

「お久しぶりです安井さん。」
「久しぶりだね椎名くん。」

編集機材の数々が並ぶこの部屋の様子を椎名はまじまじと見た。

「あ、はじめて?こういうの。」
「ええ。」
「あ、そう。いろんな機材あるけど、君がやってることと基本的に一緒だよ。ここでやってることは。」
「いえ、自分は専門的な勉強をしてないので、いわゆるその波形の味方とか知らないし、音響の関係については本当に素人です。」
「いいんだよそれで。見るに耐えるクオリティのものさえできればそれで良いんだ。」
「そうですか?」
「変に凝りすぎても、その凝ったところが視聴者に伝わらないとただの自己満足だからね。」
「そうともいいますね。」
「まぁかけて。」

安いは自分の隣のオフィスチェアに座るよう促した。

「俺は君にこの編集機材を使わせてくれって言われてる。」
「僕には専門的すぎて使えません。」
「え…。」

椎名は安井に向かって微笑んだ。

「じゃあ…。」
「これ。」

おもむろに椎名は一枚の牛丼チェーン店の食券の切れ端をとりだして、それを安井に手渡した。

「なに…これ。」
「食券です。390円の。」
「…見りゃわかるさ。」
「こいつを大川さんに渡してください。」
「大川さんに?」
「はい。」

食券を受け取った安井はそれをまじまじと見た。
よく見ると二枚の食券が貼り合わされている。
貼り合わされたそこに何かが埋め込まれているのか、その中心部が少し盛り上がっていた。

「今日の夕方収録あるでしょ。」
「ああ。」
「お願いします。」
「…わかった。」

安井は食券をポケットにしまった。

「どうだい。片倉の案件。」
「あぁ…。」
「進捗具合はどうなの。」
「今週末には彼女にプレビュー出せますよ。」
「おっ。いよいよ君もちゃんフリデビューか。」
「ははっ…。」
「何?顔ひきつってるよ。」
「正直緊張してるんですよ…。プロの依頼ですから。」
「まぁねぇ…。」
「多くの人が僕の仕事を見てくれるのは嬉しいんですけど、反面それがすごい怖い。」
「…。大丈夫だよ。片倉のチェック入ってるから。あいつはそのあたり妥協しない。あいつのチェックを通ったら、世間一般では通用するクオリティのものになるさ。」
「厳しそうですよ、彼女。」

安井はニヤリと笑った。

「そのドS片倉は明日休みだ。」
「へぇ。」
「ってか今日も直帰、んでそのまま明日は休み。ここのオフィスには週末まで顔出さない。」
「…そうですか。」
「何なら本当にここの機材教えてもいいんだぜ。」
「いや、結構です。僕が触ったりしたらきっと壊します。」
「そんなちょっとやそっとで壊れないよ。」
「安井さんは本業の方頑張ってください。」
「うん?」
「忙しくなりますよ。」
「え?なに?…もうすでに忙しいんだけど。」
「金にならない忙しさ。」

椎名のこの言葉に安井は口をつぐんだ。

「じゃ、肝心の仕事の話ですけど。」
「…あぁそうだったな。」
「仕事もらってきますって中抜けして、まさか手ぶらで帰るわけにも行きませんから。」
「わかってる。」




6年前の鍋島事件は残留孤児問題という歴史的問題が生み出した悲劇の連鎖の帰結だった。
相馬は事件解決に関わった。
一色貴紀が生前したためた遺書のようなものの言葉を信じて、
京子と力を合わせて下間麗をこちら側に引っ張り出すことをやってのけた。
事件解決に重要な役割を果たした彼だったが、どこか当事者意識が欠けていた。
事件から一ヶ月後、父、卓の告白を受けるまでは。

「え…俺が残留孤児3世…。」
「ああ。」
「え…まじで…。」
「…うん。」
「…。」
「お前、熨子山連続殺人事件に異様に関心を持っとったらしいな。」
「え…なんでそんな事知っとらん。」
「それって、多分おまえのDNAレベルで他人事じゃないって判断した結果やと思う。」
「ちょ…なんねんて…嘘やろ。」
「嘘じゃない。」
「嘘や!」

熨子山事件も鍋島事件も、多くの被害者を出す凄惨な事件だった。
容疑者は鍋島惇。残留孤児3世。
自分もその鍋島と同じ境遇だったというのか。
その場に沈黙が流れた。

「なんけ…俺…ひょっとして中国人なんけ。」
「違う。」
「どいや…お父さんもお母さんも中国人なんけ…。」
「違う。違うぞ周。」
「違わんわ!」
「周っ!」

卓は周の頬を引っ叩いた。

「何するんや!」

すかさず卓は周を抱き寄せた。

「周。お母さんは残留孤児でも何でもない。もちろん俺もお前も生粋の日本人や。」
「どいや…3世ねんろ…。」
「確かに3世や。けどそれは残留孤児の3世ってだけや。国籍は別モンや。俺らはれっきとした日本人や。ただ戦争っていうもんが俺らをややっこしい立場にしただけの話や。」
「戦争…。」
「周、自分の出自を恨むな。俺はお前に何不自由なく生活させてきたつもりや。お前は今までどおり相馬周でいいんや。」
「ほやかてなんで、いまさらそんなこと…。」

卓は改まって周に頭を下げた。

「すまんかった。」
「ちょ…。」
「このことを言ったところでお前に混乱をもたらすだけ。ほやからいっそ黙っておこうと思ったよ。けどどこかのタイミングでお前は自分の戸籍を見ることになる。そうすればそこで自分の出自がわかる。そんなくらいやったら俺自身がお前にちゃんと説明したほうがいい。いつかは言わんなんと思っとったんや。でもなかなかタイミングが見つからんかった。」
「…。」
「でも今回の事件があって、きっとこれはいまお前に告白しろってことに違いないって思ったんや。」
「…。」

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