第16話



「おい。あの空飛び回っとるハエどうにかせいま。」
「はい。」

片倉は化学防護隊の出動と同時に自らも現場にいた。

「片倉班長。」

背広姿の男が片倉に声をかけた。

「これは百目鬼(どうめき)理事官。わざわざ現場までご足労おつかれさまです。」
「どういうこと?これ。」
「見てのとおりです。」
「見ての通りって…他人事みたいに言うね。」
「申し訳ございません。そんなつもりはなかったんですが。」

ヘリコプターの音

「理事官。あの上でうるさいあいつ、なんとかできませんかね。」
「いまやってる。」
「さすが。」

百目鬼は片倉に自分の車に乗るよう合図した。

ドアを閉める音

「松永課長は警視庁だわ。」
「重要参考人ってわけですか。」
「うん。」

百目鬼はタバコを咥えてそれに火をつけた。

「自分もいいですか。」
「うん。どうぞ」
「失礼します。」

煙草を吸う音

"警視庁から各局、本日15時25分ごろ1方面管内、東倉病院において化学物質を使用した
ゲリラ事件が発生した。本件につき15時57分、6キロ圏配備を発令中である。
全警戒員は速やかに立ち上がり、G配備(ゲリラ配備)に定められた所定の警戒を実施されたい。
ただし、実施署は23区内とする。動員体制は全署甲号(キロ圏配備の動員数は各署動員可能な最大限の人員を意味)とする。
各署リモコン担当者(無線担当者)は G配備に定められた警戒方法の指示徹底を図るとともに
関連重要施設、警察施設等の一斉点検を行い不審物件等の発見に努められたい 以上 警視庁"

「これで終わってくれるかな。」
「わかりません。犯行声明次第です。」
「まずいなぁ。」
「…。」
「予兆は捉えられなかった?」
「いえ。」
「え?」
「ヤドルチェンコ。」
「あ、レフツキー・ヤドルチェンコね。」
「はい。」
「奴がどうしたの。」
「つい昨日のことです。都内のマンションに出入りしています。」
「え?日本にいるの?あいつ。」
「はい。その出入りしたマンションの相手方は、奴の表向きの稼業である雑貨商の取引先なんですが、タイミングがタイミングなんで丁度、盗聴かけようと思っとったんです。」
「タイミングね…。」
「ええ。日本海側の不審船漂着、新幹線の人糞騒ぎ、金沢の爆発デマ。それにとどめを刺すウ・ダバの犯行予告。」
「フラグ立ちまくってたからね…。」
「ほしたらこっちが動く前にまんまとやられた。」
「クソが…。」

百目鬼は煙草の吸殻を灰皿に押し付けた。
ここまで緊迫感漂う現場は二人にとって初めての経験だった。
それも緊急車両の中にオリーブドラブ色の車両が混ざっているからだ。
そう自衛隊車両だ。

「どうすんの。」
「原状回復は自衛隊にお願いして、我々は思い当たる節をとりあえず一斉にパクります。」
「え…まずいよそれ。完全に戦前特高じゃん。」
「…ですよね。」
「なんだ、わかってんじゃん。」
「そもそも今はそんな無茶は裁判所で止められる。」
「そう。」

東倉病院の前には複数のテントが張られている。
防護服を来た者、迷彩柄の制服を来た者、背広姿の者、白衣を纏った者、警帽をかぶった者。
さまざまな出で立ちの人間がそこにいる。

「自衛隊はすごいよ。もともとすごかったけど、安全保障関連の予算倍増してからさらに動きが良くなった。」
「そうですね。」
「でもあすこが目立つ世の中って、ヤバい状態だからね。」
「…はい。」
「そうならないように、ウチらが水際で食い止めるんだけどね。本来。」
「申し訳ございません。」
「それは俺に言うんじゃなくて、あそこでひどい思いしてる人に言うんだ。」

百目鬼は窓の外を見つめた。

「…。」
「で、どうする?」
「ヤドルチェンコやウ・ダバの直接的関与を立証するには決め手にかけているのが現状です。」
「知ってる。」
「ですが今回使用されたのは松永課長がおっしゃったノビチョクの可能性が高い。」
「そうだったね。課長、ノビチョクだって言ってたね。」
「はい。理事官もご存知の通りノビチョクはそんじょそこらの民間企業が作れるシロもんじゃありません。背後には国家の存在があります。」
「ツヴァイスタンか…。」
「そうかも知れませんし、その友好国かもしれません。とにかくノビチョクがどうやってこの国に入って誰によって使用されたか。その特定が急務と存じます。特定によって手がかりがつかめるものと判断します。」
「どうやって特定する。」
「そこなんですよ。我々はノビチョクの存在自体は知っていますが、はっきり言ってその具体的な特性や生成法等は知りません。そこで課長はおっしゃっていました。英国の情報機関の協力をあおげと。」
「イギリスか…内調と連携しないとな。」
「課長がすでに内調に一報を入れとるとすればおそらくあそこはすでに動いているでしょう。」
「わかった。ウチと内調の連携は俺がやる。」
「ありがとうざいます。」
「他は。」
「実は気になる情報が上がっとるんです。」
「なに。」
「先日の金沢のテロデマ事件なんですが、理事官はあの精巧に作られた動画ご覧になりました?」
「見たよ。ホームレスがふらふら歩いてドンっ。」
「そうです。」

そう言って片倉はスマートフォンを取り出して、その動画を表示させた。

「すいません。ここの部分だけでいいんで見てください。」

片倉は再生ボタンを押した。

ホームレスの男がふらつきながら犀川河川敷を歩く。
彼の腰のあたりに閃光が走る。

「ここです。」

そこで動画を止めて彼はコマ送りの操作をした。
何コマか進めたところで、片倉は手を止めた。

「なに…これ。」
「ご覧のとおりです。」

画面を見る百目鬼の表情が険しくなった。
そこにはこちらを見つめる誰のものかわからない両目の映像。
そして画面の天地にfuckin jap destroy japと表示されている。

「何だか不安になるよこれ。」
「はい。気味が悪いです。」
「消して。」
「はい。」

片倉はスマホをスリープにした。

「サブリミナルってやつか。」
「おそらく…。ウチの若いもんが何か引っかかるってことで、調べたらこんなもんが出てきたんです。効果の程はわかりませんが、気持ちいいもんじゃありませんよ。」
「待て…。」

どこか飄々とした感じの百目鬼だったがここで目つきが鋭くなった。

「これってネット動画だよね。」
「はい。」
「電波の方はサブリミナル自主規制してっけど、ネットってまだだよねその手の規制。」
「はい。」
「それってヤバくない?」
「そうなんです。」
「ちなみにこの動画って今も流通してるんだよね。」
「はい。事件当時の閲覧者数は50万。今現在130万です。」
「まずいよ。」
「実はこの件の分析が上がってきて、ちょっとタバコでも吸って頭ん中整理しようと思った時やったんですわ。課長から電話あったんは。」
「…タイミング良すぎない?」
「はい。」
「モグラがいる。」
「はい。」
「なにかにつけてタイミングが良すぎるよ。」
「筒抜けのようです。」
「誰だ。」
「少なくとも一人じゃありません。課長の動きを把握し、こちら現場の情報も把握。それができるのは…。」
「課長に近い人間と現場サイドの人間。すくなくともその2名が関与している。」
「はい。」
「ふっ…。」
「なんですか。」
「いいこと教えてやろうか。」
「はい。」
「その情報把握がひとりでできるポジションがある。」
「…。」
「片倉班長。あんたのポジションだよ。」
「…理事官、あなたもです。」

恐ろしい目つきで百目鬼は片倉を睨んだ。



「はい。そうです。あ、いいんですか?...すいません。じゃあ直帰させてもらいます。はい。ええ。お疲れ様でした。」

電話を切った彼は、スマホを操作してSNSのライブ動画表示させた。
自衛隊車両と一緒に防護服を着た連中が映し出されている。
車のダッシュボードに表示される時計の時刻は16時12分だった。

ー事件発生が15時25分。約40分後には自衛隊の治安出動。安全保障予算の拡充ってのも伊達じゃないな。
ー…でもこれがこっちの話だったらどうだろう。

再び車は信号によって止まる。
彼の目には金沢の玄関口にそびえ立つ鼓門の姿が映っていた。

ー無理だな。



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