第18話 前半



「大丈夫です。心配ありません。この調子なら雄大くんは石大ぐらいの国立は楽勝ですよ。」
「そうですか…先生がそう言われるなら...安心しました。」
「お父様は心配症ですね。」
「…よく言われます。」
「'`,、('∀`) '`,、 」

ここ空閑教室では我が子の入試対策の進捗ぶりを確認するために、保護者が講師である空閑と面談する機会が定期的に設けられている。今日も夜の9時という遅い時間にもかかわらず、保護者面談が行われていた。

「ところで雄大くんはお家ではどんな感じなんですか?」
「家では自分の部屋にこもっていて、基本的にそこから出てくることはありません。」
「…お父様との会話は?」
「学校関係とかここのとかの報告、連絡はしてくれます。ですが日常的な他愛もない話とかはほとんどすることはありません。」
「…そうですか。」
「雄大には学業に専念してもらうために、家事は私が全部やっています。あの子は学校とこの塾で勉強だけやればいい。そういう環境を整えているつもりです。ですが…やはり時々心を閉ざす傾向があるようです。」
「…。確かにお父様は頑張ってらっしゃる。奥様と離縁されてからも男でひとつで雄大くんをここまでにしたんだ。頭が下がります。」
「あぁありがとうございます。」
「正直な感想ですよ。」
「しかし…親の苦労子知らずですかね。」
「いけません。」
「ん?」
「いけませんよ。お父様。そんなことは思っていても口に出しちゃいけません。」
「あ…すいません。」
「ひょっとすると、あなたが子供の前で完璧であると立ち振る舞うから、雄大くんは心を閉ざす。なんてことも可能性としてあげられると思いますよ。」
「どう…いうこと…ですか?」
「圧ですよ圧。」
「圧…。」
「プレッシャーです。お前も俺と同様、一流の大学出て、一流の仕事をして、一流の影響力を行使する。家事もすべてこなすんだ。そんな完璧な男になれ。お前はできるはずだ。なぜならお前は俺の子供だから。俺はそのための環境を整えている。成功しないはずはない。…って。」
「そんなつもりは…。」
「そりゃあそうでしょう。プレッシャーなんか与えてうまい方に転ぶなんてことは、今日びまぁありませんよ。ガッツでどうにかなるなんて石器時代の発想です。」
「はい…。」
「ですがそんなもんなんですよ、プレッシャーって。知らず知らずのうちに相手に与えているんです。あなたが完璧だから雄大くんはあなたに意見が言えない。結果、必要最低限の報告と連絡だけをして、部屋に閉じこもるんじゃないですかね。ほら、会社でもいるじゃないですか。その手のつまんない上司って。」
「つまんない?」

男の顔色が変わった。

「あ、怒りましたね。」
「…。」
「それですよそれ。」
「なんだって?」
「自分は頑張ってる。だから自分ほど頑張っていないやつの意見なんか聞く耳もたないよ。自分が一番ひどい目みてんだ。他人に発言権なし。」
「黙って聞いてりゃ…。」

男は空閑の胸ぐらをつかんだ。

「俺の親父と一緒だよ。大川尚道さんよ。」

空閑は大川に凄んだ。

「結局コピーロボットがほしいんだよ。お前さんみたいな人種は。自分の思い通りになるコピーがさ。」
「なんだと…。」

大川の手は怒りで震えている。

「労働集約型のビジネススタイルが染み付いてる連中の典型的な思考なんだよな。それ。あんたらみたいな世代はほら、やったらやっただけ報われるって世代だったんだよね。いわゆるバブルってもんに乗っかって、普通にしてたら普通に儲かった。素直に言われた通りのことやってりゃ、それなりの結果も残せたって世代。数撃ちゃ当たる的な雑な世代。いわゆる脳筋世代。」

この煽り文句に大川は拳を振り上げた。しかしそれは空閑に掴まれ阻まれた。

「なんか知んないけど微妙に結果残してんだよな。こいつら。そしたら勘違いしだすんだ。自分は人より優秀だって。あんたみたいにね。」
「自分は頑張って結果出した。だから自分の部下も自分と同じようなことをしてりゃ同じ結果が出るはず、なんて思っていたのに言うほど結果でない。でもって自分の思い通りにならないからキレる。怒りで他人をねじ伏せて支配しようとする。それなんだよそれ。そうやって結局人の意見を聞き入れないってのがわかっているから、雄大はあんたに心開かないんだよ。」
「あんた、ほんとうに知恵絞って雄大と向き合ったか?どうして雄大が自分の方をちゃんと見てくれないのか、胸に手を当てて脳みそちぎれるくらい自問自答したことあるか?ないだろ?」
「…。」
「ムカつくんだよ。そういった基本的なこともやりもしないで偉そうにしやがって。そのくせ被害者ヅラだよ。ふざけんなって。表じゃ”ちゃんフリ”とかのネットメディアでさもバランス感覚が優れてるって感じのコメントしながら、裏で右寄りの持論を展開するサイトを運営するコウモリ野郎のくせに。」

振り上げた拳を大川は力なくおろした。

「もっと頭使え。自分にできることで何が最善か。息子ひとりと向き合えなくて、社会と向き合う評論家なんかできっこないぞ。しっかりしろ。」
「あ…ああ…。」

先程まで怒りの感情しか表に出せない状態だった大川の目は死んだ魚のような目になっていた。

「テレビで誰かが言ってたことを、さも自分も同じことを考えていたって体でものごとを知ったかで話す連中はよくいる。いわゆるバカ野郎だ。だがそんなバカ野郎とあんたは決定的に違う。あんたはコウモリ野郎かもしれないけど、自分で表の顔と裏の顔を使い分けて、何かの目的を達成しようとしている。行動を起こしてるんだ、自分の頭で考えてな。だからあんたはよくやってるよ。」
「…。」
「私はあなたの新自由主義を排斥する言論活動に共感しています。だから続けてほしんだ。あんたの活動。米国にいつまでも支配されているこの国は駄目だ。ちゃんフリなんて保守を語ってるがただの腰抜けメディア。あんたの持論を私は支持しますよ。」

相手を持ち上げたかと思えば、奈落の底まで落としまた引き上げる。そして今度は存在を認め敬意を払う。この巧みな言動により大川は自分の言葉を発することができなくなった。

「今日のちゃんフリでのコメントも的を射るものが多かった。あいかわらずセンスのある指摘ですね。」
「…。」
「予算を増やしてこのザマだと、確かに国民は警察に不信を抱きます。そもそも新設された公安特課っているのかって疑問も出てきます。」
「でも公安関係の予算充実を図っていたから、ここで食い止められたという側面もあります。今回私はそこには言及しませんでした。」
「どうして?」
「国民と公安機関との信頼関係をつくってしまうでしょ。」
「なるほど。そうなるとまずいですね。」
「ええ。そもそもあいつらは仕事らしい仕事ができていない。あれだけの拉致被害者を作り出して何が公安ですか。今回のテロ事件で我が国の公安はずいぶんとザルであることを露呈しました。もう彼らに期待はできません。いま我が国に必要なのは犯罪を水際で食い止める公安警察ではありません。実力を行使する軍です。」
「いいですね。それがあなたの本音の部分ってわけですね。」
「はい。」
「これからも楽しみにしてますよ。大川さん。」

そう言って空閑は大川に握手を求めた。

「…ありがとう。こちらも息子をお願いします。」

ゆっくりと手を差し出して大川は空閑に応えた。

「たしかに受け取りました。」
「今後共よろしくおねがいします。」


紙を破る音
パソコン操作

スペースキーの音


水道の蛇口をひねれば、いつでも安全な水が手に入るように、電車に乗れば希望の時間に目的地に到着することを約束されている。
1分の遅れも生じさせない日本の交通インフラ。私達はその極めて精緻なインフラを当たり前のように利用している。
だが忘れないでほしい。そのインフラを支えているのは生身の人間であることを。

このような冒頭部分のナレーションに続いて、先ごろの新幹線人糞事件の概要説明がはいる。
今回、この事件に気になる点が何箇所かあるとして、全3回のシリーズでこの事件の分析をしてみようと思うと続く。

今回は動機編。
動機を探り、犯人像に迫る回のようだ。

通しで20分ほどの番組を見終わった空閑は腕を組んで目をつむった。

「なるほど。」

パソコンのモニターを見ていた空閑はつぶやいた。

ー動機として考えられるのは、いたずら、怨恨、示威行動、サイコパス、実験か…。そのなかでも実験の意味合いが強いと踏んでいるのはさすがと言えるな。

彼は動画再生のツマミを移動する。

ーだがその全部だよ。俺らが意図するのは。

ツマミを離した場所に映る静止映像を彼は見る。
そこには人間の両目。画面の天地左右に「殺せ 破壊 混乱 滅ぼせ」などの言葉が書かれていた。

ー20分中に5回。そんなもんか…。

携帯を手にした空閑はメッセージを入力し、それを送信した。

「この映像を不特定多数の人間が見るとなると、ちょっとドキドキしてくるな。」

しばらくして返信があった。
それを見た彼はニヤリと笑った。

「ぐっちゃぐちゃにしてやるよ。」


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