第19話



駐車場に止めた車の中でテレビを見る者がいた。
彼が手にする携帯にはある掲示板のオカルトスレッドが表示されている。

そこでは東倉病院のテロに関して
ユダヤの陰謀、イルミナティの仕業、預言者のとおりだ
などの話題が噴出していた。

ー想像力たくましいのは結構ですけど。エビデンス抑えましょうよ。ね。

彼は別のスレッドを表示させた。
それが立てられたのは今日の朝。
激ウマコーヒーが飲める店を晒せというスレッドである。
店名とその所在地、そこで提供されるコーヒーの特徴が端的に書き込まれている。
彼はスレッドをスクロールさせ、39番の位置でそれを止めた。

東倉珈琲店
東京中央駅西口 コインロッカー側
多くの人を魅了する芳醇な香りが特徴
ひとたびそれを口に含むと天国への階段をのぼるような高揚感すら感じる味

ー抽象的すぎてたどり着けないだろうけど…。

携帯の上部に通知が入った。

「どうですか。はじめての直接的な接触は。」

鼻をすすった彼は器用な指付きでフリック操作をする。

「やはりライブは違いますね。」
「何か新しい発見はありましたか?」
「興奮が抑えきれなくて、冷静に観察できていません。来月の診察時にテストをしてみようと思います。」
「そうですか…。」
「どうしました?」
「いや…仕事が早い光定先生のことだから、早速成果を挙げたんじゃないかって勝手に思ってました。」
「…すいません。ちょっと舞い上がってしまいました。次回はちゃんとやります。」
「今回の人事は先生が石大で盤石な基盤を築く絶好のチャンスだっていうのは理解してるでしょう。」
「はい。」
「私も早くこっちでポジション固めたいんです。そのためには先生の一段の頑張りが必要なんです。」
「わかっています。」
「私と先生は一心同体。今後の人生も一蓮托生。」
「ご心配なく。来月にはきっと曽我先生の思うような成果が出ますよ。」
「…頼もしいですね。期待していますよ。」

「心配ないですよ…。もう実験済みです。結果も出てます。」

こう言うと光定は車のテレビをつけた。
東倉病院のテロ事件の番組がやっている。

「目だけじゃ効果はない…。意思と感情が必要なんだ…。」
「強烈な…ね。」
「もっとも、そんな事、そうやすやすと教えないけどね…。」
「だってこっちは体張ってんだし。大事な仲間を巻き込んで。」

再び携帯を手にした彼はその写真フォルダを開いた。
そこには無数の山県久美子の写真が収められていた。

「死んだはずの妹の姿が更新されていく。だからこんなに即効性があった。」

光定は一枚の画像を選択し、それを送信した。

「生き写しって本当にこの事だよなぁ…ナイト。」

入れ違いでメッセージが入った。
差出人はビショップのようだ。

「映像確認。20分の尺の中に5回。指示通り。」
「気分はどう?」
「若干興奮気味。」
「OK。進めて。」
「了解。」

やり取りを終えた彼は大きく息をついた。

「それにしてもノビチョクなんて…。僕には計り知れない随分と大掛かりなバックがあるんだね…。」

こう言った光定の顔はどこか浮かないもののように見えた。



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「なんでこのタイミングで電話かかってきたんや…。」

椎名は日本よりもツヴァイスタンで過ごした時間のほうが多い。
いくら自発的にあの国から逃げてきたと言っても、
彼にはあの国での洗脳とも言える教育の影響が残っている。
そのため椎名が我が国に派遣された工作員という可能性は排除できない。
可能性がある以上その行動は監視されてしかるべきであり、そのため公安特課では椎名の住まいに何個かの監視カメラと盗聴器を設置した。
富樫は椎名の行動をつぶさに監視し、彼に疑わしい点がないかどうかを見張る役目を負っていた。

金沢での生活を始めた椎名を富樫はずっと見てきた。
椎名の自宅での行動はすべてルーティンだった。
毎日ほぼ決まった時間に起き、シャワーを浴びて出勤。帰宅するのもほぼ同じ時間。食事を摂り、就寝する。
彼の行動で変わったことといえば、週に3回は必ずパソコンを操作して何かをしていることぐらい。
決まって耳にイヤホンをして画面を見ていることから動画かなにかを見ているのだろうか。
いや、指先が頻繁に動いているのでなにかの作業をしながら音楽でも聞いているのか。それともゲームか。
この時点で富樫は椎名がパソコンで何をやっているのかは特定できていなかった。

なぜなら彼はいつも壁を背にしてそれを触っており、その画面は常に監視カメラの死角となるためだ。
彼の留守中に何度かカメラの位置を補正したが、どうしても彼のパソコンを触るポジションが死角となる。
富樫は椎名のパソコンをネットワーク経由でハッキングし、そこのファイル情報を調べた。
これといって不審なファイルはない。
ゲームに関係するファイルも見当たらないし、ネットの履歴を確認するも通販とか動画サイトとかなどのものばかりだ。

富樫はこれに引っかかるものがあった。
かつて生活をしたツヴァイスタンに関する情報を入手することを試みた形跡がない。
いくら自分の意志に反して生活することを強いられた憎むべき存在である国家であるとは言え、関心そのものを見せないということは一体どういうことだろうか。
人間はそんなに簡単に過去と決別ができるものだろうか。

観察開始から約5年。
彼のルーティンに変化が見え始めた。
ある日富樫は消灯後の椎名の寝室に仄かに光が漏れていることがあることに気がついた。
毎日ではない。ランダムだ。
部屋の中にはルーティンしか存在しない。しかしこの光の発生はランダムだ。
よくよく観察するとその光源は椎名のベッドの中のようだ。
どうやら彼は布団を頭からかぶり、その中で携帯を触っているようだった。

これに不審を抱いた富樫は自身の直属の上司である県警の公安特課課長に報告。
監視設備バージョンアップを申請。即座にそれは認可され、本日椎名の留守中に部屋に侵入。
暗視機能を備えたものに機材をアップデートし、ついでにマイクも最新鋭のものに更新したのである。

ーたしかに申請したけど更新完了の報告はまだや…。ほんなんになんでこのタイミングで察庁から様子を見る電話が来るんや…。

妙な不安を感じた富樫は動けない。

「ちょっと揺さぶってみようと思っとるんです。」
「なに?」
「こっちから蜂の巣を引っ掻き回してやろうかと。」
「あいつは本当の監視社会を知っとる。」
「ええ。」
「気を付けれや。」

顔はそのままモニターに向け、視線だけを動かして部屋の様子を探る。
不審な箇所はない。

「あっ!」

コーヒーをこぼしてしまった。
富樫は慌てて床にこぼれたそれをティッシュペーパーで拭く。

「あー奥の方まで行ってしまった…。」

そう言いながらデスク周りを入念に調べる。
しかし盗聴器のたぐいもなにもない。

床を拭き終わった富樫は再びモニターを見た。
暗闇の中で眠る椎名が写っている。

ー気のせいか…。



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