第20話



相馬周は金沢駅近くのビジネスホテルにいた。
自分が帰郷していることは両親には告げていない。
両親にはやりたい仕事にめぐりあうまで、しばらくバイトを掛け持ちすると告げてある。
思う仕事に就くまで実家には帰らないとも言っている。
これらの事情は京子も知っている。

「そうですか…。」
「あぁ。ここでお前がこっちの方にとんぼ返りしても、やることなんかない。当初の予定通りヤドルチェンコの令状待ちや。ほやから当初の予定通りお前はそっちで過ごせ。」
「でも…。」
「相馬。過ごすんや。予定通りに。」
「過ごす?」
「わりぃけど休暇ってのは無しや。」
「…。」
「これからケントクと合流してくれ。」
「ケントク…ですか。」
「おう。あそこの課長には俺から話通しておく。」
「わかりました。」

片倉との電話を切った相馬は携帯のメッセージを確認した。
2時間前に「ごめんなさい 今日は無理になっちゃった 本当にごめん」
というメッセージがあってから何の連絡もない。

ーバタバタしとれんろうな…。

そう言うと相馬は「おやすみ無理しないで また明日」とだけ送った。

ベッドに横たわる音

急に睡魔が彼を襲ってきた。
このまま10分だけ仮眠をとろう、県警と合流するのはそれからだ。
相馬は目を瞑った。

金沢駅近くのビジネスホテルにチェックインした鍋島はシャワーを浴びていた。
備え付けのボディソープを手で泡立て、彼は全身にそれを塗りたぐった。そしてそのまま両手を頭に持って行き、髪の毛ひとつない頭にもそれを塗って手早く流水で流した。
ものの5分程度で全身を浄めおわった彼はバスタオルで全身を拭きあげ、鏡に写る自分の姿を見た。
「相変わらず汚ねぇ身体だな。」
何で負ったものかは分からないが、彼の上半身のそこかしこに大小無数の傷跡があった。鍋島はその中でも腕にある傷跡に目を落とし、それをゆっくりと指でなぞった。
「久美子…。感じるよ、お前を…。」
そう言うと彼は恍惚とした表情になった。
彼は覗きこむように鏡に映る自分の顔を見た。
「あのころの俺とは似ても似つかぬ顔だ。そして髪の毛もない。いまの俺を見てあいつは俺を思い出すかな。」
鍋島は耳から顎にかけてを指でなぞる。
「俺には顔の感覚さえないんだよ。俺でさえこの鏡に映る人間が誰だか分からない時がある。」
「相馬周だっけ?お前。お前はどうだ。お前は誰だ?」

「はぁっ!はぁはぁはぁはぁ…。何だ…いまの…。あれ…すげぇ汗…。」

相馬は洗面所に向かった。

「なんで俺の夢なんかに鍋島が…。」

洗顔をする音

「あれ…。」

顔を拭いて鏡に映る自身の姿を見た相馬の動きが止まった。

「夢と同じ場所や…。」


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都内駅ホームの音

「これからケントクと合流してくれ。」
「ケントク…ですか。」
「おう。あそこの課長には俺から話通しておく。」
「わかりました。」

電話を切りそれをたたむ音

「ケントクって石川?」

背後から声をかけられたため片倉は振り返った。

「理事官…。」

呆れ顔の百目鬼がそこにいた。

「だめだよ。こんなところで指示なんか出しちゃ…。どこで聞き耳立ててるかわかんないのに。」

片倉の真横に百目鬼は立った。

「なんでこんなところに…。」
「だめ?」
「いえ…。」
「…いますぐ電車乗んないとだめ?」
「え?」
「ちょっと班長に話があるんだ。」

片倉は周囲を見る。
多くの人間が往来している。

「場所変えますか。」
「うん。ちょっと歩こうか。」

二人は歩き出した。

「どうも分が悪い。」
「なにがですか。」
「近いうちに何らかの形でノビチョクが実戦で使用される可能性があるって話は、国際的に話題になってた。課長はそれをちゃんと頭に入れてて、最上さんの状況から瞬時にノビチョク使用の判断をした。んで結果として使用されたのはノビチョクで間違いなかったってわけだ。」
「はい。そうです。見事です。」
「けどその場から逃げちゃったじゃん。松永課長。」
「仕方ありません。正体を現した時点で我々公安特課の存在価値はなくなります。ウチの人間ならやむを得ません。」
「そうなんだけどさ…。」
「なんだけど?」
「目の前に倒れている人間がいるのに、救命活動もせずに現場立ち去るのはサツカンとしてあるまじき行為だって鼻息荒くしてるお方がいるんだわ。」
「…。」
「松永課長はのうのうと警察庁に戻ってきて、現場のほうじゃ最上さんだけじゃなくて駆けつけた看護師とか医師が被害にあってる。サツカンは無事で民間人は被害。そりゃあ面白くないわな。」
「…理事官。面白いとかの情緒の話じゃありません。我々は先程も言ったように、公の場に出てしまった時点でその役目を終えます。筋論はたしかに救護優先なんでしょうが、我々の存在をよくよく考えれば課長のとった行動は非難されるものではないかと。」
「班長。あんた課長の肝いりだったよな。」
「…自分はそう思ったことは一度もありません。」
「あんたにもそのうち疑いが向けられるよ。」
「…自分にですか?」
「ああ。」

片倉はため息を付いた。

「ま、せいぜい首洗っときな。」
「もう洗ってあります。」
「…ほう。」
「でないとこの仕事できませんよ。」
「ふふっ。いつでもクビにしろってか。随分と開き直ったもんだね。」
「モグラと疑われてるくらいですから、それぐらいの心づもりはしておかんと。」
「…いちいち気に障る事言うね班長は。」

この百目鬼という男、相変わらず掴み所がない。
気配を消して片倉に近づき松永の近況を教えてくれたかと思えば、片倉を牽制する言動を挟んでくる。

「今からどこに向かうんだ。アイキンはどうした。」
「どこにも向かいません。ちょっと一人で考えたくて…。」
「考え事なら警視庁でやれ。特高キャップの長期離席は好ましくない。」
「ってか理事官はなぜここに?」
「うん?」
「えって…理事官は察庁で内調と連携を図るんじゃなかったんですか。」
「あ、あぁ…そうだね。」
「理事官たるもの今回のG事案を受け各方面の調整にお忙しいはず。それがピンでノンキャリの自分にこんな平場で接触。自分は別にいいですけど上は面白くないでしょうね。」
「そうだろうね。」
「ふっ…よくわからないお方です。貴方は。」
「なら良い。」
「まぁ課長については自分は心配していません。あの方はきっとうまいことやってくれる。」
「どうしてそんなことが言えるんだ。」
「信頼ですよ信頼。」

百目鬼は片倉から視線をそらす。

「…信頼ね。」

二人の間に沈黙が流れた。

「石川で何をする。」
「警戒監視です。」
「なにか掴んだのか。」
「いえ。」
「じゃあなんで。」
「可能性は限りなく排除する。業務の一環です。」
「いまひとつ班長の目論見が見えない。」
「理事官。」

片倉はあらたまって百目鬼と向かい合った。

「自分は課長にこう言われました。課長が調べられとる間の捜査権限は自分に委任すると。」
「俺も課長本人から聞いてる。」
「じゃあすこしの間は黙っていただけませんか。」
「だから俺はあんたに報告入れてんだよ。」

電車が通り過ぎる音

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扉を閉める音
足音
メモ用紙をポケットから取り出す音

へやにはいられた
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たいおうもとむ
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メモ用紙に書かれた文字を読んだ彼はそれをシュレッダーにかけた。
部屋の中には自分の他に誰もいない。

「意外と使えるな。これ。」

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えいがみたい

彼は指で自分のズボンの継ぎ目をなぞったり叩いたりした。

「ふふふ…。」




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