第21話



県庁19階。
ここは四方をガラス窓で囲われた展望室となっている。
夜の帳が下りたこの時間に金沢港を望むと、普段は暗闇しかないそこに煌々と輝くものがあった。
巨大なクルーズ船である。

「まるで一夜城。」

隣に座った男がつぶやいた。

「始めて見ました。こんなに大きいんですね。」
「何の建造物もない金沢港に突如として横に長い高層ビルのような建物が出現する。ぎょっとしますわ。」

金沢港から金沢市中心地には車で10分程度。
能登方面に行くためののと里山海道乗り口、富山、福井方面へ向かう北陸自動車道にも10分程度。
このような北陸の陸路のハブ的な立地をウリに、近年石川県は金沢港へのクルーズ船の誘致に力を入れている。

男は缶コーヒーを差し出した。

「班長から聞いとりますよ。無糖がお好みやって。」
「そんな微妙な情報を…。」
「信頼関係を築くには大事な情報ですよ。」
「まぁ…。」

相馬は謝意を示してそれを受け取った。

缶を開ける音

「ケントクにぶらり来られると、その時点であんたがマルトク関係者やって他の連中にばれるから場所はここにさせてもらいました。」
「そうですね。」
「身内の人間さえも疑ってかからなならんのがこの商売。ウチの課長の配慮です。」
「お心遣い感謝します。」

コーヒーを飲む音

「あれから6年。まさかあんたとこうやって今再び会うことになるとはね…。」
「その節はありがとうございました。」
「いや…。」
「あのときのことは班長から聞いています。古田さん、まだ痛みます?」
「あ?」
「下間悠里に撃たれた右肩です。」
「あぁ…ここか…。」

古田は肩をさすった。

「まぁ湿気の多いときとか、時々じくじく痛むことはある。」
「そうですか…。」
「痛むたんびに思い出すけどな…。あんときのこと。」

先程の夢に出てきた鍋島の姿が脳裏をよぎる。
相馬は無言になった。

「眼の前で人間の頭が撃ち抜かれる。ワシと命のやりとりをしとる最中の人間が、第三者の手でな。…あっけないもんやぞ。人間っちゅうモンは。」
「…資料映像とかでしか自分はその瞬間を見たことがありません。」
「見んでいい。見る必要はない。虚しさしか得るもんはない。」
「虚しさ…ですか。」
「ほうや。殺意を抱くほどの人間が目の前におる。でもひとたび頭を撃ち抜かれたらそいつは人間でなくなる。ただの肉の塊や。なんの反応もない人の形をした肉の塊を前にして、ワシの怒りとか憎しみは行き場をなくす。ただただ虚しさだけがワシを覆い尽くす。虚無感や。」

古田は立ち上がって眼下の金沢港を眺める。

「死というもんが、誰彼構わず突然襲ってくるもんやっちゅうことを肌で感じた瞬間やった。抗いようもない運命の理不尽さのようなもんに打ちのめされた。」
「…虚無感に覆い尽くされた人間はこんな仕事続けられません。その状況をどうやって克服したんですか。」
「克服?」
「はい。」

古田はため息をつく。

「克服なんかできんわい。これが現実やって受け入れるだけや。」
「受け入れる…。」
「人はいずれ死ぬ。どんな善行をしても悪行をしても平等にそれは訪れる。ほやから流れに身を任せて自分のやりたいように生きる。ある日突然ゲームオーバーってなっても後悔せんような日々をなるべく過ごそうってな。ほしたらずるずるサツカン続けとったってわけや。」
「なるほど…。」
「多分、最上元本部長も似たようなもんやったんじゃないか。」

相馬は口をつぐんだ。

「死ぬ間際まで松永と捜査のこととか話しとったんやって? 引退してからもなにかと特課の協力を買ってでとったからなあの人。この間のウ・ダバの犯行予告とか、不審船のこととかでややっこしい雰囲気ただようなかで命を落としたのは無念やろうけど、やりたいことをしとる中で息を引き取るってのは、言うちゃなんやけど本望やったんじゃねぇか。」
「まぁワシの勝手な見立てやけどな。」
「…。」
「そう。ワシの勝手な見立てや。」
「人の考えとか価値観なんてワシで測れるもんじゃない。その人それぞれの考え方がある。ほやからワシの価値観を他人に当てはめるのは危険な発想なんや。」

ひとり語りをする古田の言葉を相馬は黙って聞くことにした。

「いずれ訪れる人生の終幕。それと向き合って起こす行動は人それぞれ。悲観的になって自死する人間もおるし、有限な人生をもっと有意義に過ごそうと、明日への活力へ変換する人間もおる。それは死と向き合う人間を人より多く見てきたワシ自身がよく知っとるはずやったんや。」
「最上元本部長が何をどう思って息を引き取ったかはワシにはわからん。ただこれだけは言える。」
「何者かによってあの人は殺された。」
「はい。」
「しかも使用されたのはノビチョクなんか言う神経剤。そんじょそこらの個人やウ・ダバみたいなテロ組織が簡単に作ったりできるもんじゃない。」
「はい。以前イギリスで使用された際に背後にツヴァイスタンがあったとの情報があります。」
「じゃあやはり今回も。」
「いえ。そう考えるのは早計かと。」

相馬の顔を見た古田はボソリとつぶやいた。

「ツヴァイスタンの犯行認定は早計と…。」
「はい。」
「どうして?」
「自分なりにあの国のことを調べた結果です。」
「ほしたら今回の犯行は。」
「それが特定できてたら自分はここにはいないでしょう。」
「…そうやな。」
「でもあの国が無関係だとは思っていません。おそらく何かの形で今回の事件に関わっているでしょう。」
「可能性としては。」
「ノビチョクの出どころ。」
「それは相馬捜査官個人の意見か。」
「はい。」
「特高としてそれは共有しとるんか。」
「いえまだです。」
「賢明や。さすが片倉が遣わせるだけある。」

相馬は黙って古田を見る。

「場所変えよう。」
「ケントクですか。」
「いや。」
「じゃあ。」
「ワシのアジト。」

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「紗季…おまえ、金沢嫌か?」

朝戸慶太はベッドに横になり、携帯電話に映し出される写真に向かって独り言を言った。

「なんかお母さん、金沢の墓をこっちのほうに引っ越しさせたいらしい…。まぁお父さんがあんなだからこれからのことを考えると現実的な判断なのかもしれない。けど…なんかさ…これやっちまったら、せっかくの金沢との縁がそこで切れてしまう気がするんだ。それはそれで結構寂しいもんだと思わないか?」

朝戸はため息を付いた。

「金沢か…。行ってみるか…。」

突如頭部に電気が走るような痛みを覚えた。

「うぐっ…。」

朝戸は頭を抱えた。

「くそ…痛てぇ…アホみたいに痛てぇ…。」

歯を食いしばって痛みに悶える彼の脳裏に映像が流れた。

場所は東京中央駅の西口。
人混みの中を歩いていると、すれ違いざまに何者かに交通系のカードを手渡された。
そのまま歩きながらそれを見ると、そこには数字が書かれている。
やがてコインロッカーがずらりと並ぶ場所に出た。
カードに書かれた数字と同じロッカーを探し、なんの疑いもなくカードをリーダーにかざす。
解錠されたロッカーを開くと、そこにはミネラルウォーターのペットボトルが一本。
それをカバンの中に入れると眼の前が真っ暗になった。

「なんだ…これ…。」

しばらくして映像は病院の売店となった。
レジから店内の様子を見ている。

「え…俺がレジ打ち…?」

ひとりの入院患者らしき客が尋ねてきた。
ミネラルウォーターが欲しいのだが商品が陳列されていないという。
商品棚と在庫を確認すると欠品状態であることが判明した。
すぐに仕入れると客に応え、商品が入り次第病室へ届けると応えた。
ものの数時間で欠品状態は解消。
売店の店長らしきスタッフから言われてミネラルウォーターを病室まで届けた。
病室は循環器内科病棟511号室。
扉を開くと男がベッドの上に座って、パソコンを覗き込んでいた。
ミネラルウォーターをテーブルの上に置いて代金をもらうときに、ベッドに表示されている患者名に目が行った。

「思い出せない…。なんであの男の顔と名札にボカシかかってんだ…。」

頭に激痛が走る。
朝戸はうずくまった。

「ってかなんで俺が病院のレジ打ちなんかやってんだよ…。」
「どこだよ…あの病院…。」
「なんなんだ…この記憶…。」

彼は布団に潜り込んで悶え苦しんだ。



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