第22話



電気がつけられると畳敷きの部屋の様子が明らかになった。

「ここはワシの頭ん中。」
「頭の中…。」
「アナログやけど、ワシはパソコンとかよりもこのほうがしっくり来る。」

足の踏み場もないほど紙の資料がある。
かと言って散らかってはいるわけではない。資料が整然とうず高く積まれ、この六条間に天井に向かって何本かの柱が立っているようにも見えた。

「ここは大声ださんときゃ大丈夫。誰も聞き耳立てとらん。ここで話すことはワシとあんただけの秘密や。」
「でも…古田さん。いくら顧問捜査官っていっても捜査情報の外部持ち出しはコンプラ的にまずいですよ。」
「はっ…片倉のやつも昔おんなじこと言っとったわ。」
「いやまずいです。」
「あのなこれはワシの趣味。」
「趣味?」
「おう。ワシが個人的に興味があって調べたいろんなネタ。公文書でも何でもない。」
「でも警察という立場だからこそ知り得た情報でしょう。」
「まぁね。」

相馬は手近なところのペラ紙を手にした。
A4サイズのコピー用紙にびっしりとメモが書かれている。
目がチカチカするほどだ。

「ワシにしかどこにどんなネタが有るかわからんようになっとる。おまえさんが手にしたその紙は30年前のある背任事件に関するメモ。それだけ見てもなにがどうなっとるかわからんやろ。」
「…はい。」
「まぁその最近よく聞くコンプラとかってもんは放っておいて、本題に入ろうか。こうやって時間を過ごす間にまたなんかやばいことが起きるかもしれん。」

そう言って古田はキッチンに相馬を通した。
キッチンには書類の類はない。
テーブルの上には灰皿が置かれているだけ。
極めて殺風景な様子だ。

「タバコは?」
「いえ。吸いません。」
「吸っていい?」
「どうぞ。」
「どうも。」

タバコを吸う音

「ツヴァイスタンの仕業じゃない…と。」
「はい。」
「どういうことや。」
「イギリスの事件にツヴァイスタンのエージェントが関与していた実績だけです。今回もツヴァイスタンの仕業じゃないかって騒いでいる人たちの根拠っていうのは。単なる憶測ですそれは。根拠にならない。」
「そんなもんや、世論っちゅうモンは。」
「都内の病院でテロ。被害者も多数。犯人に憎しみしか抱きません我が国の国民は。そんな結果を得てツヴァイスタンになんの得があるっていうんです。」
「得…。」
「ええ。テロというものは政治的目的を完遂するための手段に過ぎない。あの国と我が国は最近は友好ムードが流れています。それもあの国が我が国の安全保障体制の強化を脅威に感じるようになり、反日よりも親日のほうが得るものが多そうだと判断し始めたからです。」
「ほうや。」
「せっかくその基礎工事が出来つつあるというのに、ここでそれを壊す利点があの国にどうしてあるのか。ちょっと考えればツヴァイスタン犯行説なんかとるに足らないものだとすぐわかるはず。」
「そんな正常な判断が我が国の国民ができんくなっとる。それを顕にしたのが今回の事件の本質ってか?」
「はい。」
「なるほど。」
「みんな肝心のことを忘れています。」
「なんや。」
「先日の犀川のテロデマ事件の犯行予告です。」
「ウ・ダバか。」
「はい。」
「ウ・ダバはあの声明で現在のツヴァイスタンを弱腰と断罪しています。なぜかと言えばツヴァイスタンが最近、我が国と接近しているからです。仮に今回のテロ事件がツヴァイスタンによるものならば、ウ・ダバはあの国と再びかつての共闘関係になり、今回の行動を称賛することでしょう。ですがウ・ダバはなんの反応も示していません。もちろんツヴァイスタンによる犯行声明がまだであるということも理由のひとつでしょうが、おそらく自身の関係者の犯行であるためだんまりを決め込んでいるんでしょう。」
「なぜ黙る。」
「ノビチョクという神経剤が使用されたということで、ツヴァイスタンに疑いの目が向けられているからです。ツヴァイスタンに監視の目が行き、仮にあそこに何らかの精細が課せられるとなれば、ウ・ダバとしてはざまぁみろってところでしょう。だから現在のところ様子見なんです。」
「ふーっ…公安特課機動捜査班。賢いのう。」
「いくら賢くても結果が出てなければアウトですよ…。」

古田はタバコの火を消した。

「レフツキー・ヤドルチェンコ。」
「ん?」
「ウ・ダバの協力者と思われるこの男が密かに東京に潜伏しています。これがウ・ダバ犯行の可能性のひとつです。」
「裏とったんか、特高は。」
「いえ…盗聴かけようとした矢先でした。今回の事件は…。」
「なんやと?」
「どう思います。古田さん。」
「くせぇな。」
「…ですよね。」
「モグラがおる。」

相馬は黙った。

「なるほど。そういうことか。」
「え?」
「おまえさんをワシと合流させたのはそういうことか。」
「どういうことです?」
「モグラの目が届かんところでやれってことや。」
「あの…何いってんですか。」
「んで、あいつは何となく気がつき始めとるってことねんな。」
「え…すいません古田さん意味わかりません。」

考えを自分なりに整理して勝手に納得する古田の様子を見て相馬は妙なものを見るような表情をした。

「まぁワシも全容とかさっぱりわからんけど、何が重要なネタなんかぐらいは経験でわかる。」
「あの…。」
「相馬。おもろいネタあんやとさん。代わりにこっちもおもろいネタおしえちゃる。」
「はい?」
「情報の共有化や。」

うず高く積まれた書類の中から古田は一冊のノートをとりだして見せた。

「これは?」
「山県久美子ノート。」
「山県久美子?」
「おう。」
「なんで山県久美子を古田さんが。」
「鍋島の特殊能力の分析。」
「あれですか目の力で瞬時に相手を意のままに操る事ができるとかって…。」
「おう。相馬、お前片倉から聞いたことないか。」
「なんですか。」
「お前がロシア留学しとる間に、その鍋島の特殊能力と同じ影響をうけたんじゃねぇかって思える事件が多発したの。」
「いえ。聞いてません。」
「じゃあそれは後で教える。話すと長くなる。」

古田は大きく深呼吸をした。

「…いいか。」
「はい。」
「この鍋島の特殊能力。どうも別の人間が別の方法で使っとる形跡がある。」
「え?」
「まるで何かの実験をするかのようにな。」
「実験?」
「ああ。さっきお前、ウ・ダバの犯行声明のことワシに話したな。」
「はい。」
「あそこにこういう言葉があったはずや。」
「なんです…。」
「我々は各方面で実験済み。」
「はい…。」
「各方面って言っとるやろ彼奴等は。」
「…ええ…でも…。」
「可能性のひとつとして考えてもいいじゃねぇか。まだはっきりしとらんけど。」
「なにか掴んだんですか。」
「いやまだグレーや。けどまぁ黒の可能性を秘めたグレーなんやけど。」
「微妙ですね…。」
「微妙でもなんでも可能性は可能性。」
「教えてくれますか。」
「もちろん。」


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