第23話




土曜あさ。
ベッドから身を起こした椎名はいつものようにシャワーを浴びていた。

ー今日は京子と接触。
ーナイトのフォローもしないと…。
ーそれにしてもどうしたもんか…。公安のやつ俺の部屋になにをした…。
ー迂闊に動けないぞ…。
ールーク。早くしろ…。

シャワーを終えて体を拭き、彼は携帯を手にした。
画面には1件のメッセージ表示があった。
壁を背にした相馬はそれを開いた。

「けゆれへえうそておくか
めおさへとおせおくぬよぬをわ
みらでへかごさね」

ー暗号…。

冷蔵庫の中を一旦確認する動きをして、彼はそのままジャージ姿で部屋を出た。
時刻は午前6時。
4月早朝の空気は体を引き締める。
彼は身をかがめながら歩みを進める。
徒歩で5分のところにコンビニエンスストアがある。
その中のトイレに入ると椎名は携帯を取り出した。
先程の暗号文に続いて写真が送られてきていた。
メモ用のような紙に数字で「3」とだけ書かれていた。

ーシーザーか…。

椎名は先程のひらがな文字を携帯のメモ帳に貼り付ける。
続いてその文字の下に五十音の3つ前の文字を考えながら打ち始めた。

けゆれへえうそておくか
かめらはあんしたいおう

めおさへとおせおくぬよぬをわ
まいくはちいさいおともとれる

みらでへかごさね
へやではうごくな

「カメラは暗視対応。マイクは小さい音も録れる。部屋では動くな。」

彼は即座にその文章を消しトイレから出た。
いつものことのように牛乳とパンを買った彼はそのまま店を後にした。

ーこれじゃあ部屋の中じゃ何もできない。
ーとはいえ急に何もしなくなるとかえって相手方に不信感を抱かせる。
ーでもこの流れだといずれことは発覚する。
ー逆手に取ってみるか…。

部屋に戻ってくる音

牛乳をグラスに注ぎパンを食べながら、キッチンテーブルの上に置かれた携帯電話の画面を左指でなぞる。
そこには「立憲自由クラブ」という掲示板のようなウェブサイトが表示されていた。
そのトップを飾るのは「安全保障予算を実効性のあるものに」というものだった。

数年前。ロンドン郊外の公園でひとりの男性が突然意識を失った。
その様子を警察に通報した人間もその場で倒れ、駆けつけた警官も2名病院に搬送された。
現場には飲みかけのペットボトル。
その中からVXガスの5倍以上の毒性を持つとされるノビチョクという神経剤の成分が検出された。
このノビチョクはかつてソ連によって開発されたとされる化学兵器であることから、
当初のこの事件にはロシアの関与が取り沙汰された。
しかし市内の防犯カメラの分析から、ノビチョクが入ったペットボトルはツヴァイスタンのエージェントとされる人間から被害者に手渡されたものだと判明。
イギリスはこのツヴァイスタンのエージェントを手配したが、その男は姿をくらました。

これに英国はツヴァイスタンに捜査に関する協力を申し出たが、
あの国は無関係であるとそれを拒否。
これに対して英国は公式に抗議をした。
しかしツヴァイスタンはこれを黙殺。英国はツヴァイスタン政府の幹部や財界首脳の資産凍結を表明し実行した。
だが英国一国による経済的制裁の効果は限定的で、あの国にはさほど大きな影響を与えることはできなかった。
このときの政府の対応に英国国民からは弱腰外交であると非難の声が上がった。
現在の英国政権のレームダック化を招くことになったのはご承知のとおりだ。

今般発生した東倉病院でのノビチョク事件は、現在のところ犯人の特定に至っていないが
過去の実績からツヴァイスタンが何らかの形で関わっている可能性が高いのではないか。
 
英国と我が国ではツヴァイスタンとの関係の悪さは段違いに違う。
日頃からツヴァイスタンは我が国を敵視し、
実際に公安調査庁の要職にある人間を取り込むような実行的な工作活動もおこなわれた実績がある。
これに対して抗議をするといった形式的なものではなく、実行的な対応策が必要だということで
我が国は大幅な予算措置をおこなった。
海保、公安、自衛隊といった安全保障に関連する部署の大幅な予算拡充だ。
これが功を奏したのか、最近はツヴァイスタンが我が国を名指しで非難することはなくなった。
むしろ国交を回復したいと外交ルートで表明する動きも出てきた。
その中で今回、この事件が起きてしまった。

事件を受けてわかったことが2つある。
ひとつは公安機能の強化として鳴り物入りで新設された公安特課の実力の無さが露呈してしまったことだ。
公安警察は犯罪を未然に防ぐのが指名。
公安調査庁の幹部がツヴァイスタンに取り込まれるという失態を6年前に起こしてしまったが、現実問題としてそれは組織内で処理され、具体的な破壊工作は未然に防がれた。
しかし今回は予算措置も十分にされているにもかかわらず、あろうことかその破壊活動を許してしまった。
公安はこの失態をどう弁明するのだろうか。

そしてもうひとつは自衛隊の実力の凄さが際立っていたということだ。
こちらは事件発生から1時間も経たずに現場の原状回復に着手。
神経剤による影響を取り除くことに成功した。
また一時心肺停止に陥った被害者の一命を取り留めることにも成功した。
この点だけでも評価できるのに、あの実力組織は 
原状回復時に周辺に混乱ももたらすことなく秩序を保っていた。
警察官には被害者はなく、民間人だけが被害に遭ってしまった
先程の公安特課のグダグダな対応とは対称的だ。 

選択と集中という言葉がある。
この言葉の通りに安全保障戦略を考えれば、我が国においては公安よりもやはり自衛隊の充実に力を入れるべきではないだろうか。

テロ行為の先には政治的目的の達成がある。
実行犯は一体何を目的にこのテロ行為に及んだのか。
犯行声明の発表をもってそれは明らかになることだろうが、
日本海側に最近続々と漂着をする不審船、金沢でのテロデマ騒ぎなどを見るに、今回のテロ事件はあくまでも序章に過ぎないものではないかと思ってしまう。
今後の警備体制には万全を帰さなければならないわけだが、
その当局である公安特課に不安がある状態。
この不安は即刻取り除かなければならない。

そのためにもやはり一刻も早い自衛隊の軍昇格が必要なのではないだろうか。
軍憲兵による治安維持を公安と一緒に行ったほうが実効性があるのではないだろうか。

予算編成だけで対応が無理ならば増税も一つの選択だろう。
我々はなによりも安全を望む。安全あっての経済活動であるから。
我々国民も身を削る国難に身を削ることを求められるならば、それに答える必要があるだろう。

この記事にはコメント形式で多くの意見が寄せられていた。

殆どがこの記事に同調し警察の失態を糾弾するものだった。
「警察はいつも偉そう。公安はゴミだ。」という感情的なものが多く、ポリゴミという造語もさっそくその中で流布され始めていた。
かたや自衛隊には称賛の声しかない。
いまこそ大日本帝国軍の復活と勇ましい声を上げる旭日旗のデザインを利用したアイコンたち。
八紘一宇、乾坤一擲といった言葉が飛び交う。
テロ事件の犯人は特定されていないとされているが、ツヴァイスタンによるものは明白。
あの国と外交問題にすると政権にダメージがあるからそれを秘匿しているとか、
このテロ事件は自衛隊の軍昇格を意図した一部の心ある人間による策謀ではないかという陰謀論も渦巻いていた。
今すぐツヴァイスタンを排撃せよ。
疑わしきは滅ぼせと過激な意見も散見された。

ー議論がないんだ…ここには…。
ー声が大きいオピニオンにだた同調して拳を振り上げるだけだ…。
ー過激というか、もはや馬鹿だな…。
ーここの連中はツヴァイスタンの犯行って決めてかかってる…。
ーいいぞ。この調子だ。

「ふざけんな…。」

椎名はボソリとつぶやいた。

「いい加減ガキみたいなことやめろよ…くそ国家が…。」

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ドアが閉まる音

「戻ってきたか。」

富樫はパンを齧りながらモニターを覗き込んだ。
キッチンを俯瞰でおさえる画面に椎名が戻ってきた。

コンビニ袋から牛乳を取り出してグラスにそれを注ぐ。

「またパソコンでも見ながらブレークファーストですかね。」

牛乳は冷蔵庫にしまい、いつものように壁を背にして椅子に座りパンを食べ始めた。

「あれ?」

おもむろに椎名は携帯をとりだしてそれをテーブルの上においた。
そしてそれを左手でなぞりながら何かを見出した。

「おいおい…なんや、どうしたんや…。」

パンをコーヒーで胃に流し込んだ富樫はヘッドフォンを耳に装着してモニターを食い入る様に見る。

「これなら何見とるかわかる。」

彼はパソコンを操作しズームインした。

「なんちゅうタイムリーなんや。」

暗視対応機能は空振りだったが、ここで高精細解像度の威力を発揮できそうだ。
彼は鼻息荒く画面を見つめた。

「…立憲自由クラブ?」

いくら高精細といっても携帯画面の小さな文字まで拾うことはできない。
富樫は手元のPCで立憲自由クラブのウェブサイトを開いた。
最も勢いがある話題がトップにあった。

「なになに…。」

富樫は椎名が読む記事と同じ「安全保障予算を実効性のあるものに」を読んだ。

「ふざけんな…。」

「うん?」

富樫はモニターに視線を移した。

「いい加減ガキみたいなことやめろよ…クソ国家が…。」

「クソ国家…。」

彼は再び立憲自由クラブのサイトを見た。
ツヴァイスタン排撃のコメントが目についた。

「やっとツヴァイスタンに反応したか…。」

「絶対に許さねぇ…。」

「ほうやわな。許せんわい。」

コメントを読み進める富樫の目にはポリゴミと言う言葉と旭日旗のアイコンが写っていた。

「クソ…国家……。」

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