第27話



「実験ですか…。」
「おう。」
「まぁ確かにそんなこと言ってますが、文脈から言って何ら不審な点はありませんけど…。それに実験って言葉はどこでも使用されますよ。」
「うん。」
「自分は曽我に対してはむしろ医師にしては珍しく正直で謙虚だって印象です。古田さんはちょっとその実験ってワードに神経質になっとるんじゃないですか。」

古田はタバコを咥えた。

「そうなんかもしれん。けどな。」
「けど?」
「そのどっか引っかかるっちゅう、妙な感覚がワシを動かせ、ひょんなもんにぶち当たることがある。」
「え…。」
「相馬。おまえ曽我のこと正直で謙虚っちゅうたな。」
「はい。」
「謙虚でもなんでもない。」
「はぁ。」
「曽我はなんにもわかっとらんがや。」
「何もわかっていない?」
「ああ。」

古田は1枚の写真を相馬に見せる。

「誰ですかこれ。」
「光定公信。」
「光定公信?」
「いま現在の山県の主治医。つい最近、山県の主治医が曽我からこの男に変わった。」
「この男がなにか。」
「結論から言うといままでの山県の対応は曽我ではなくこの光定が実質的にやっとったっちゅうことや。」
「え?」
「これ。」

そう言うと古田はさらに一枚の写真を見せた。

「これは?」
「天宮石川大学医学部名誉教授。曽我の上司であり光定の恩師。」
「この老人がどういった…。」
「天宮憲之(のりゆき)。東京第一大学出身の神経内科の専門。助教としてあの大学で永らく教鞭をとってきた。光定はその門下生や。いまから10年前、この天宮は東一においてこれ以上の出世が見込めないと判断。現在よりも高待遇で雇ってくれる病院を探す。なんだかんだで天下の東一。秀才であり中央官庁とのパイプもあるこの人材を放っておくわけがない。天宮は引く手あまた。再就職には苦労はせんかった。そんな天宮がなぜかこの縁もゆかりもない片田舎の石大を選んだ。」
「どうして。」
「同志。」
「はい?」

隣の部屋に移動した古田は相馬に手招きした。
そしてうず高く積まれた書類の中から過去の新聞のコピーを取り出してそれを相馬に見せた。

「全国236箇所で70年安保粉砕デモ…。」

マスクをしたりヘルメットを被った連中が旗や棒のようなものを持っている。
ぱっと見で個人の判別ができない。

「ほらこいつよう見てみ。」

古田はその中のひとりを指さした。

「あ…。」
「天宮や。」
「確かに似てますね。」

メガネを掛けた痩せ型の男が旗をもって、何かを叫んでいる。

「んでそいつの後ろに立って何かを吠えとる男。」

相馬は視線を移す。
前頭部が若干薄くなりかけている男が拳を振り上げている。

「あれ…。」
「気づいたけ。」
「まさか…。」
「下間芳夫。」
「え…本当に…。」
「ふたりとも東一の同級や。ほんで同じ活動に身を投じとったってわけ。」
「下間は石大で原子力工学の教鞭をとっとった…その流れで天宮が…。」
「まぁそんなところやな。」
「ってことは天宮も下間同様、ツヴァイスタンのあれですか。」
「さあ…わからん。今ん所はそういう証拠はない。それよりもや。」

古田は天宮と曽我の写真を並べた。

「この天宮の身の回りの世話をしたのが曽我。この時曽我はさして有名でもない一介の医師。どうやら東一出身の天宮に取り入ることで、ポイントを稼ごうとしたらしいわ。当時の曽我の様子をワシのエスが教えてくれた。」
「院内営業ですか。」
「おう。いろいろ気がつく曽我を天宮は気に入った。お互い専門は違えど何かと天宮は曽我に目をかける。天宮の存在を背景に曽我の病院内での評価は次第に上がっていった。ただここで問題が起こった。」
「なんですか。」
「実績や。」
「実績?」
「ああ。曽我には学術論文を執筆するなどのこれといった実績がなかったんや。厳密に言うと論文は何本かあったんやけど、あまり評価されんもんやったらしい。病院内で天宮をバックにした政治力をいくら持っとっても、誰もが認める実績を作らんことには、曽我の地位は盤石なものにならん。そこで登場するのが光定公信や。」

古田は曽我と天宮の間に光定の写真を置いた。

「天宮の門下生ってとこからわかるように、この光定も東一出身の医者や。東一卒業後、そのまま東一附属の病院で神経内科の医師として勤務。エリートやな。」
「住む世界が違いますね。」
「おう。でもこの秀才光定にも欠点があった。」
「欠点?」
「極度のコミュ障。」
「?」
「基本的に人と話せんがや。こいつ。別にどもるとかじゃないけどなんか口開いてもとろいんや。話すテンポ悪すぎで聞いとる側がキーってなるくらいなんやわ。ほやから基本ぼっち。」
「それって患者を相手する医師として致命的では。」
「そうねんて。ほやから光定は直接患者と接さんポジションで、あくまでもアシスタント的な立場で医療に携わるようになったんや。」
「随分と寛大な待遇ですね。」
「あぁ、それも光定のずば抜けた頭の良さと見立ての確かさにあった。病院は光定の医師としての分析能力を評価してそのまま使用することにしたってわけやな。」
「黒子(くろこ)の立場で医療に携わるんですね。」
「そう。表舞台から姿を消し、誰かのために影となって患者の見立てをし、その治療法を見出す。決して表舞台に出んが、コツコツと実績を積み重ねる。その健気な働きぶりは周囲の人間、特に看護師連中に評価された。だが…。」
「だが。」
「一部の医師の間からは、患者と向き合うことなく安全な立場から医療行為を行うろくでもない存在であると非難の声があがった。挫折というものを今まであまり味わったことのない連中が多い東一には、選民思想みたいなもんををもった連中もたくさんおる。選ばれし人間にはコミュ障の光定はそれから漏れてしまった人間に見えれんろ。奴は評価と非難の板挟みに耐えきれんくなって、休職することとなった。」
「それは気の毒な…。」
「そんな光定の状況を聞きつけた天宮は、自分が石大で目をかける曽我の補佐をしてはどうかと声を掛ける。それから光定は曽我と連絡を取り合って、彼の補佐をするようになった。」
「え、でもそれって個人的なあれでやりとりしていいことなんですか。」
「だめに決まっとる。でも今はその良し悪しはひとまず置いておこう。」
「はい。」
「相馬、ここで一つ気をつけてほしいことがある。」
「なんですか。」
「光定は神経内科の専攻やってとこや。」
「はい。」
「曽我は心療内科。」
「あの古田さん、自分そこのあたり違いがわからんのですけど。」
「ワシもよく変わらん。けど専門が違うってことだけはわかる。天宮の依頼を受けてから光定は、東一の図書館でやたら心療内科関係の書籍を借りた形跡があるようや。」

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「マッド・サイエンティスト?」
「はい。」

病院の一室で片倉は白衣姿の男性と向かい合って話していた。

「どうしてそんなあだ名が?」
「寝るのも惜しむように研究室にこもってるんです。なんか独り言をブツブツ言いながら。その様子が気味が悪くて狂ってるようにも見えたから、そんな風に影で呼ばれてました。」
「実際のところ彼の業績というか実績みたいなもんはどうだったんですか。」
「すごいです。これだけは認めないわけにいかない。いつの段階で身につけたのかわからないですが、専門の神経内科以外の心療内科的な見地も織り込むようになっていました。心療内科の専門医も光定先生のレポートを興味を持って読んでいましたね。ですからアシスタントとして持て余す感が否めない。」

手帳を閉じた片倉はため息を付いた。

「ちょっと今までの話を聞いて気になることがあるんですが。」
「なんでしょう。」
「自分は神経内科とか心療内科とかのなんたるかはよく知りませんが、その光定先生自身を患者として診察する。そんなことをこちらの病院で行うことはなかったんですか?」
「え?」
「あの、まぁその実際の生活で他人とのコミュニケーションを図るのが難しい状態でしょ。」
「随分なことを言うんですね。刑事さん。」

男は少しにやけていた。

「いや純粋にそう思ったんで。」
「無理ですよ。こちらが強制的に彼の診察をすることは出来ません。」
「いや強制的というか、ちょっと疲れてるのかもしれないから、診てあげるよ的な優しさみたいなもんです。」
「無理です。」
「なんで?」
「だってキモいじゃないですか。あの人。」
「優秀なんでしょ。光定先生。せっかくの頭脳ですからもっとうまい具合に利用したいじゃないですか。」
「だから無理なんだって。」
「あ、すいません。気分を悪くさせてしまったようで。」
「ったく…。」

男はムッとしていた。

「普通ならクビですよ。」
「はい?」
「光定ですよ。」
「え?どうして?」
「いくら研究者として飛び抜けて優秀でも、そんな生身の人間の相手もできない出来損ないは医療だけじゃなくてどの世界でも使い物にならない。適当な理由をつけて普通はクビです。」
「はぁ…。」
「刑事さんは知らないんですよ。あいつのこと。」
「どういうことでしょう。」
「目の写真が机の引き出しにごっそり仕舞われてるんですから。」
「は?」
「目ですよ目。目だけが写った写真ですよ。それも同じような目ばっかり…。」
「目…ですか?」

男は頷く。

「なんでまた。」
「わかりません…。ですがひとつ言えるのはその写真には妙な力があるんですよ。」
「妙な力?」
「はい。」
「どういう力ですか?」
「妙な気分になるんです。それを見てると。」
「…目の写真を見てるとですか。」
「はい。」
「どんな感じに妙な気分になるんですか。」
「なんていうか、興奮するというか胸が高鳴るというか…。」

男は目を瞑って眉間にシワを寄せ、苦悶の表情を見せた。

「あれ、大丈夫ですか。」
「ちょっと気分が…。」

男の息遣いが少し荒い。

「とにかくキモいんです。あいつは。特別な存在なんです。」
「え?」
「貴重な頭脳を東一は失いました。清々しますよ。残念です。」

支離滅裂な言葉を男が発しだしたため、片倉はこの場を切り上げた。

「これか…トシさん…。」


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