第28話



週末になると金沢の市街地は急に人口密度が高くなる。
それも北陸新幹線の開通が劇的な観光客の増加をもたらしたためだ。
史跡名勝、文化施設には見たこともないほどの人たちが集う。
金沢の中心部にある現代美術館もそのひとつ。
開館当初からこの施設の客の入りは多かった。しかし新幹線開業を受けてその数はさらに多くなった。
週末となれば入場のために列を作るのはあたりまえだ。

椎名はこの観光客であふれかえる場所にある、ウサギの耳のような形をした椅子に腰を掛けていた。

「金沢に来る?」
「うん。」
「急にどうしたんだよ。」
「疲れてしまったんだ…。」
「あれかい…。」
「わかんない。なんだか頭痛がひどくってさ。ときどき割れるみたいに痛むんだ。」
「やっぱりじゃん。バイトの掛け持ちが祟ったんじゃないの。」
「そうかもしれない。」
「でも、こっちに来てどうすんのさ。」
「別にどうもしないさ。親父の実家のあたり見てみたくなっただけ。」
「え、おまえの親父って金沢の生まれだったの?」
「あれお前には言ってなかったっけ。」
「うん初耳。」
「一応親戚も金沢にいるんだけど、ほら俺フリーターじゃん。そんな身分でぶらっとそこ尋ねていくのも、ちょっと厳しいだろ。」
「あ…うん。」
「だからちょっとお前に頼ってみようかなってさ。」

ーまずいな…。都内の実働員がひとり欠ける…。

「なぁだめか。」
「…あ、いや、別に。」
「そっか。助かる。」

ー聞いてないぞ、この展開。ビショップのやつ制御できてないじゃん。それに何なんだよ。洗脳術ってやつもこうも頭痛の副作用が出るようだったら乱用するのも考えもんだぞ…。
ーいや…待て。この副作用が出るから、術をかけられた人間は消される運命にあるのか。

「キング?聞いてる?」
「あ、あぁ。」
「思い立ったが吉日って言うだろ。」
「って、まさか明日にでも来るのか?」
「今からでも行ける。」
「え…待ってくれよ…オレはオレでちょっと立て込んでてさ。」

電話の先は無言になった。

「あれ?…おい。」
「あぁそうだよな。お前は違うもんな。」
「何がだよ。」
「お前は俺に気をかけてくれるけど、お前と俺とじゃ身分が決定的に違うもんな。」
「は?」
「は?だって、はははは。」
「おい…。」
「40過ぎてフリーターやってる俺と、定職ついてるお前とはやっぱり違うさ。」
「おいおい…今それ言う?」
「プータローはプータローなりの役割演じてんだ…。少しくらい気分転換させてもらっていいだろ。」
「演じる…。」
「また変なもん見た。」
「変なもん?」
「ああ。病院の売店で俺、仕事してた。俺、あんなバイトしてない。」
「…。」
「気づいたら病室みたいなこところにいた。で、そこの患者らしきやつに…。」
「やめろ。」

ーまさか…こいつ記憶が復活…。

「ペットボトルみたいなもん渡した。」
「やめろ。」
「あの患者って…ひょっとして…。」
「うそだろ…そんなはずは…。」
「男?それとも女?」
「?」
「人間?」
「…。」
「名前と顔だけ思い出せないんだよ…。」
「…おい。」
「ってぇ…。」
「ナイト?おい。」
「キングすまない…ちょっと頭痛がひいどくって…。」
「あ、あぁ…大丈夫かよ…相当参ってるみたいだけど。」
「俺、本当に頭おかしくなっちまったのかな…。」
「来いよこっちに。」
「うん?」
「こっちに来て少し羽のばせよ。」
「でもお前、あれなんだろ。」
「お前の様子普通じゃないわ。心配だ。こっちに来いよ。うまいもん食っていい景色見て気分転換しろ。」
「キング…。」

電話を切った椎名はそれを手にしたまま立ち上がり、館内をぶらぶらと歩き出した。

手をつないでにこやかな表情を浮かべるカップル。
突然駆け出す子供の名前を呼んで、それを止めようとする親。
そのまま山に登りに行けそうな機動的な装いで作品を鑑賞する熟年夫婦。
さまざまな人間が往来する中で椎名はふとつぶやいた。

「大至急。」

近くにあったソファのようなベンチに腰を掛け、彼はまた携帯電話を触りだした。
五分ほど経っただろうか、彼の横にひとりの男性が座った。

「18時。」

こう言うと彼はメモを椎名に手渡した。
そこにはあるラーメン店の名前が書かれていた。

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