第29話



カウンター席に置かれたメニューを開くと、この店のイチオシは自家製麺のつけ麺のようだった。
椎名はそれを指さしてオーダーした。

「大中小のサイズ選べますが。」
「え?」
「サイズの指定がなければ中になります。ちなみに中は二玉です。」
「え、そんなに。」
「どのサイズも同じ値段なんで、皆さん普通は大を選びます。」
「大ってどんだけあるんですか。」
「三玉です。」

ふと先客の様子を見るとこんもりと盛られたつけ麺を一心不乱に食べているではないか。あれが大サイズのつけ麺か。
はたして自分にあれと同じものが食べられるだろうか。

「どうされます?」
「じゃあ…大で。」
「大ですね。ありがとうございます。」

店員はつけ麺大を厨房に叫んだ。

ー普通は三玉って…どんだけ食えばこいつら気が済むんだよ…。

「すいません。」

横に座ってきた男がメニューも見ずに店員を呼んだ。

「つけ麺大で。」
「つけ麺大ですね。」
「はい。」

備え付けのグラスに水を注ぎ、彼は携帯を触りだした。

「ここ良く来るのか。」
「まあな。」
「三玉デフォってどういうことだよ。」
「こういうもんなんだよつけ麺って。」
「考えられない。」
「って言っておきながら、大頼んだんだろ。」
「…。」
「まぁこいつは食事っていうかドラッグみたいなもんだ。」
「ドラッグ…。」
「よく噛んで食べるとか忘れて、ひたすらのどごしを楽しむ。それがつけ麺の醍醐味だと思うよ俺は。」

間もなく椎名の前にオーダーの品が提供された。
湯気の出るつけダレと、自家製麺の麺だ。

「おい…これ…。」

想像以上の盛り付け量に椎名は絶句した。

「高さがあるぞ。この麺。」
「高さか…的確な表現だね。」
「食える自信がない。」
「まぁそんなこと言ってないで、食べろよ。覚めると美味しくなくなる。」

空閑に促された彼は箸で麺をすくい上げ、つけダレにちょんちょんとつけてそのまま一気にすすった。

「…うまい。」
「だろ。」
「のどごしって言うのわかる。」

途端に椎名の食事のペースが上がった。

「見たよ。いい仕上がりになってる。」
「うん。」
「Kは見たのか?」
「これから。」
「いつ配信されるんだ。」
「わからん。けどすぐだ。」
「すぐって?」
「週明け早めに多分出回るんじゃないか。」
「そうか。」

空閑にも同じものが給仕されたため、彼もそれを食べ始めた。

「で、どうした。」
「ナイトがおかしい。」
「今に始まったことじゃない。」
「違う。そういうのじゃない。」
「どういうの。」

いったん箸を置いて椎名は水を飲んだ。

「記憶が復活しつつある。」

麺をすすっていた空閑の動きが止まった。

「病院の売店にいたこと。病室に飲料を届けたこと。断片的だけど思い出してる。」
「マジか。」
「ああ。」
「まずいな…。」
「で、頭痛がひどいらしい。」
「頭痛。」
「どうもその記憶が復活するのと相まって、頭が痛むみたいだ。」
「もう…ボロボロなのかな。」
「わからん。とにかく手を打ってくれ。」
「わかった。早急に対応する。」
「大至急で。」
「わかってる。」
「明日にでもあいつこっちに来るよ。」
「何?」
「俺が呼んだ。こっちに。」
「なんだって?」
「金沢に来て気分転換したいって言ったから、来いって言った。」
「バカ野郎…なにやってんだよ…。そんなことしたら東京の実働員が欠けるだろうが。」
「その実働員のクオリティに一抹の不安があるんだ。緊急メンテナンスだよ。遠隔メンテするよりも直で手入れたほうが手っ取り早くて、効き目あるだろう。」
「まぁ…。」
「頼むよ。お前が仕切らなくて誰が仕切るんだ。」
「だけど、俺以外の人間との直接接触をお前は持つことになる。これはいいのか。」
「良くない。」
「…そうだな。」
「だからお前に仕切ってほしいんだ。」
「なんだよ…事前に相談もなしにやっちまうなんて、らしくないな。」
「だな…。」
「わかったよ。やつには適当に接してくれ。あとは俺の方でやる。」
「悪い。」

ひとくち食べた瞬間から、その量ゆえ完食に不安を感じていた椎名だった。しかし気がつくとぺろりとそれを平らげていた。

「いけるだろ。案外。」
「うん。すげぇうまかった。癖になりそうだ、これ。」
「気に入ったんだったら良かった。」
「ドラッグってお前が言ったのもわかる気がする。」

空閑は食事を続けた。

「ドラッグか…。クスリの切れ目は縁の切れ目…。」
「なんだそれ。」
「ナイトだよ。」
「…ナイトだけか。」
「なに?どういうこと?」
「俺もさ。おれもラリってなきゃやってられないさ、この世の中。キング。おまえはどうなんだよ。おまえもラリってるんだろ。」
「…ラリる…か。」
「じゃねぇと俺ら、こんなことやってらねぇよ。」

椎名は空閑のこの言葉に何の反応も示すことが出来なかった。

携帯が震える

食事を続ける空閑を横目に椎名は携帯を手にした。
片倉京子からのメッセージである。

「早速拝見しました。特に修正の必要はありません。流石ですね。このまま配信したいんですがよろしいですか。」
「いいですよ。いつの配信ですか。」
「火曜日です。」
「じゃあ月曜の夜の件は?」
「それはそれでお渡しします。」
「わかりました。よろしくおねがいします。」

「誰?」
「K。」
「なんて?」
「今度の火曜日に配信するって。」
「この間のか。」
「うん。」
「そうか…。」

合掌をした空閑は箸をおいて水を飲んだ。

「しかし…。」
「なんだ。」
「少しは効いてんのか。」
「いまさら疑うな。信じろ。」
「そうだな。」
「はじめるか。」
「ああ。」

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