第31話



金沢市郊外のとあるスーパーマーケット。
惣菜コーナーでは割引のシールが貼られ出し、どこからともなく客が吸い寄せられていた。

ーお、こいつはいい。

嬉々とした表情で3割引きのシールが貼られた握り寿司の詰め合わせに手を伸ばした。
しかしそれはタッチの差で30前後の金髪頭の女性にかすめ取られた。

ーたまの贅沢やと思ったんやけどなぁ…。

軽く息をついて彼は周囲を見回す。

ー揚げもんばっか…。見とるだけで胃がムカムカしてくる。

彼の目に「焼き鮭弁当」の文字が飛び込んできた。

ーまたこれか…。

店を出て車に乗り込むと、彼はタブレットのスリープを解除した。
画面には立憲自由クラブに関する話題のタイムラインが表示されている。
リアルタイムにSNSでの発言がそこに流れていた。
彼はそのタブレットを車載ホルダーに装着し、そのまま車を発進させた。

「いい加減ガキみたいなことやめろよ…クソ国家が…。」
「絶対に許さねぇ…。」

ホルダーに固定されているタブレットには、ツヴァイスタン排撃のコメントが充満していた。

「あれ…結構ボルテージ上がっとるがいや。」

ひとたび火がつけば、その拡散のスピードたるや想像を絶するものだが、反面冷めやすいのがSNSの特徴。
東倉病院の事件については犯行声明がまだ出されていない。
ネット上ではツヴァイスタンの犯行だとの意見が大半を占めているが、それは憶測の域を脱しない。
治安当局は捜査中としか声明を出していないためだ。

誰を叩けばよいかわからない話題は次第に大衆に見切りをつけられる。
このまま犯行声明が出ず、被疑者も公表されることがなければ、センセーショナルな事件とは言え、この東倉病院の事件についてもこのまま世の中から忘れ去られていくことになるのだろうと踏んでいた。

しかし、SNSでの状況はその逆。むしろツヴァイスタンに対する反感が高まっている。
信号で停まった富樫は、SNSのタイムラインをツヴァイスタンに関するものでフィルタリングした。

「信号待ちの群衆に車が突っ込む…。」
「ウ・ダバの犯行声明?」

富樫は貼られているリンクをタップした。

Было смелое поведение.
Он действовал над концом нации Японии.
Это будет продолжаться в будущем.
Мы только действуем.
Позвольте мне дать ему его мужество.

「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。」

「これが犯行声明…か。」

車をコンビニの駐車場に止めて、彼はタブレットを手にしてSNSの発言の前後関係を確認した。

「うん?」

手を止めた富樫はもう一度ウ・ダバの犯行声明を再生した。

「待て待て…なんでこれが池袋の事件の犯行声明ねんて。…このビデオの中でこいつ池袋とか、車が突っ込んだとか具体的なことに一切触れとらん。」

再び富樫はSNSのタイムラインを確認する。
東倉病院の犯行はノビチョクという神経剤が使用されたという点から、ツヴァイスタンによるものである可能性がある。
一方池袋の事件はウ・ダバによるもの。
ウ・ダバはツヴァイスタンと密接な関係を持っている。
したがって池袋の事件と東倉病院の事件はウ・ダバとツヴァイスタンが連動しておこした同時多発テロの可能性があるという見立てがSNSで盛り上がっていた。

「この声明が発表されたタイミングが池袋の事件の後ってだけやぞ。ほんねんにそれだけで、ウ・ダバによる犯行認定かいや…。この映像、池袋の犯行声明って言ったの誰じゃいや。」

タイムラインを遡れど、その特定は困難のようである。

「ちょい待て…まさかこれ…意図的にツヴァイスタンとかウ・ダバの仕業的なデマ流しとるとかじゃねぇやろうな。」

富樫の額に冷たいものが流れた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おつかれさん。なにか変わったことなかったか。」

特高部屋に戻ってきた片倉はスタッフに声をかけた。

「池袋の犯行についてウ・ダバが声明を出しました。」
「ウ・ダバが?」
「はい。」
「見せろ。」

パソコンの動画共有サイトにアップされた映像を見た彼は怪訝な顔をした。

「…これが池袋の犯行声明やと?」
「ええ。」
「アホか。」

スタッフは固まった。

「具体的なことは一切言っとらんぞ。」
「ですがタイミングがタイミングです。」
「あのな…おまえらどんだけこの仕事しとれんて。こんなもん当たり障りない声明やがいや。」
「しかし。」
「じゃあ聞くぞ。なんでこれが池袋のことを指しとるんや?東倉病院のこと指しとるって受け止めても別に問題ないんじゃね?」
「は、はぁ…。」
「その理屈やとそこらへんで盗みを働いたのもこいつら一味。盗んだバイクで夜な夜な公道を爆走するのもこいつら一味の犯行や。」

片倉と向き合っていたスタッフは黙ってしまった。

「誰やこれが池袋の犯行声明やって判断したんは。」

彼は呆れ顔で室内を見回した。
誰も目を合わせようとしない。

「班長。」
「なんや紀伊。」
「同じことを百目鬼理事官がおっしゃっていました。」
「百目鬼理事官?」
「はい。」
「なんや理事官、ここに来てったんか。」
「ええ。」
「何しに?」
「わかりませんが、班長と同じくウ・ダバの犯行声明を見せろと。」
「で。」
「お見せすると、班長が今おっしゃられたのと同じ指摘を我々にしました。」
「おいおい。理事官にすでに指摘されとるっちゅうげんになんで判断を改めんがや。」
「われわれは班長の下で仕事をしています。」
「…。」

片倉は言葉を飲んだ。

「確かに理事官と班長のおっしゃるように、このウ・ダバの声明は何にでも使用できる汎用的な声明です。ですが御覧ください。」

紀伊はパソコンの画面に表示されるSNSのタイムラインを指さした。

「世の中が、この声明を池袋の犯行声明と受け止めています。」

片倉はしばらく黙ってその画面を見た。

「…誰や。この声明にそんな意味をもたせて拡散したんは。」
「タイムラインを追っても、出処は特定できません。」
「消したんか。」
「わかりません。」
「クセェ。」
「と言いますと。」
「この手の声明で大事なこと。それは紀伊、おまえよくわかっとるな。」
「何を言ったかではなく、何を言っていないか。」
「そう。んでもうひとつある。」
「もうひとつ?」
「ああ。どんな人間がこの声明を発したか。」
「どんなって…班長、これはウ・ダバによるもの。合成映像ですからこの個人を特定して分析するのは…。」
「本当にウ・ダバか、これ。」
「はい?」
「ウ・ダバによるものという証拠は。」
「証拠…ですか。そう言われると…。」
「映像の人間がウ・ダバを名乗っとるとか、背景にウ・ダバのマークの旗があるとか、映像の右上にロゴが入っとるとか、ツヴァイスタン語しゃべっとるとかってだけやがいや。こいつをウ・ダバのもんやって決めるもんは。面が割れとる人間が俺がやったって言っとるわけじゃないやろ。」
「…はい。」
「ほやけどその確認をとるまえに世の中に拡散されとる…。」
「今からでも遅くありません。出処を特定してみます。」
「できるか。」
「もちろん。」
「よし。ほしたらちょっくら俺また外出てくるわ。」
「またですか。」
「ああ。この部屋の連中の休憩、交代とか頼むわ。」
「自分がですか。」
「おう。ちょっと立て込んどってな。」
「大丈夫ですか班長。こんな状況でアイキンもつけずに外回りって不用心です。」
「いい。いい。紀伊、お前も適当に休んでおけ。」
「でも事態が事態です。」
「適度な休息がないと人間パンクする。そのあたりうまいこと調整せい。」
「はい。」
「俺はこのまま帰るかもしれん。俺の居所を探るような奴がおったら適当にあしらっておいてくれ。」
「理事官にはどう言えば。」
「もしこのまま帰っても明日また来るから、そん時まで待てって言っとけ。」
「かしこまりました。」
「じゃ。」

特高部屋を後にした片倉はそのまま警視庁を出た。
警察庁を右手に見て、携帯電話を耳に当ててそのまま地下鉄霞ヶ関駅に向かった。

「光定はシロってあれ、やっぱりクセェ。」
「そうか。」
「捜一のチョンボかも。」
「チョンボね…。」
「ああ、それか。」
「そこにもモグラがおる…。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【公式サイト】
http://yamitofuna.org
【Twitter】
https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

すべてのご意見に目を通させていただきます。

場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

この記事へのコメント