第32話



「え?記憶が戻ってきている?」
「うん断片的に。」
「どの程度戻ってるの。」
「駅のコインロッカーとか、病院の売店とか、病室に届けたとかは思い出してる。」
「核心部分は思い出せていないってわけだね。」
「うん。」
「ちょっと待って。すぐに戻る。」

こう書いてクイーンと名乗る人物はチャットルームから退出した。

「ふぅ。」

ネットカフェの一室に空閑は居た。
1畳程度のスペースに安物の机と椅子が置かれ、そこにハイスペックのパソコンが設置されている。
調度品とパソコンのスペックのアンバランスさがなんとも言えない空間だが、実用性を追求すればこれもひとつの正解だろう。

紙コップに入った温かいコーヒーを口に含んで、空閑はブラウザのタブ機能を使って最新のニュースをチェックした。

トップは「高齢者運転車両事故はウ・ダバの犯行か?」との見出しだった。

「ウ・ダバとツヴァイスタンは密接な関係がある。東倉病院の事件と池袋の事件は同時多発テロの可能性もある…。」

空閑の口角が上がった。

ーふっ…。よくそんな憶測で記事になんかできるな。この国の人間はいつからこんなに阿呆になったんだ。

ニュース一覧の画面に戻り、彼はその他のニュースを流し読みした。

ーあ…。

ある記事を前に彼はその手を止めた。 

空閑はチャット画面に戻った。
クイーンからの書き込みがあった。

「ひょっとしたら術の耐性ができてきたのかもしれない。」
「改善できないの。」
「強度のある施術をすれば改善すると思うけど…。」
「けど?」
「今以上の副作用がナイトを襲う。」
「副作用…。」
「うん。」
「その副作用を軽くする方法ってないの?」
「これでも軽くしてるんだって。山県の写真送ってさ。」
「今以上の副作用か…それは不味いな。」
「うん。」
「でも記憶が戻ってしまうのも不味い。」
「そうだね。」
「なんとかならないかな。クイーン。」

しばし会話が止まった。

「実は明日、ナイトが金沢に来る。」
「え?」
「気分転換だってさ。」
「気分転換?」
「副作用の頭痛がひどくて、ちょっと気を紛らわすためにこっちに旅行に来るんだって。」
「意味ないよ…旅行なんかで気分転換しても症状は改善しない。」
「でもあいつはここに来る。」
「あ…。」
「どうした。」
「そうだ…。こういうのはどうだろう。」
「なに?」
「山県をその目で見てもらうんだ。」
「ナマの山県をか。」
「うん。写真でも動画でもない、ナマの山県久美子。死んだはずの妹の生き写しであるナマの山県を見る。ナマだから説得力があるかも。」
「それはいい考えだね。やってみよう。」
「なんだったら僕が直接ナイトに会ってやってみるよ。ほら施術もしなくちゃいけないから。」
「いや、それは駄目だ。」
「なんで。」
「君とナイトが直接会うのはリスクが有る。」
「…。」
「動画はないの?例の強度のあるやつ。」
「…ある。」
「送ってくれるかな。俺の方でやるよ。」

しばらくして動画ファイルが送られてきた。

「ナイトに会いたいのはわかるけど、いまはその時じゃない。ここは俺に任せてほしい。」

クイーンは「わかった」と言ってチャットルームから退出した。

「それはそれとして…。」

空閑はタブを切り替えた。

「GW明けの金曜日か…。」

そこには「下間事件の公判の行方」と題された、下間芳夫と悠里の顔写真付きの記事が掲載されていた。

「インチョウ…。」


「1,800円になります。」
「TDで。」
『ディンギ♪』
「レシートはご入用ですか?」
「はい。」

レシートを手渡される際に空閑はUSBメモリをレジに立つ男の手に忍ばせた。

「キングに。」

レジに立つ男は黙ってうなずいた。

「空閑です。大川さん。ブツ頼めますか。」

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