第34話



「どうしたんだよ。こんな遅くに。しかも週末だぜ。」

カウンターの隣に男の気配を感じて安井はそれとなく話した。

「こっちはこっちで大変さ。東倉病院のやつとか池袋のやつとか…。もうシッチャカメッチャカだわ。」
「それ全部あなたが抱え込んでるんですか。」
「下に振ってるけど、結局最後は俺の方で確認しないといけない。」
「確認ね…。」


「安井さんは本業の方頑張ってください。」
「うん?」
「忙しくなりますよ。」
「え?なに?…もうすでに忙しいんだけど。」
「金にならない忙しさ。」  15


「ったく…本当に金にならねぇよ。あいつが言ったとおりだ。」
「まぁまぁ…その分こっちはあなたに支払ってますよ。」

隣の男はカウンターテーブルにカードを置いた。
安井はそれをさり気なくポケットにしまった。

「10万チャージしてあります。好きに使ってください。」
「助かるよ。大川さん。」
「金があれば人生の大半の問題は解決できます。」
「あぁ…。」
「でも問題の大半ですから。」
「…。」
「本当に金で解決しない問題もありますからね。」
「…わかってる。」

続いて大川は小さな封筒をテーブルに置いた。

「これは?」
「次はこいつを流し込んでください。」
「待てよ。この間から椎名からもらったデータ挟み込んでるが。」
「あれはあれ。」
「…どうすんだ。あんたら。」
「それは聞かないことになってるでしょ。」
「れっきとしたサブリミナルだぜ。バレたら大騒動は必至。この得体のしれない映像が一体何を意味するもんかはよくわかんねぇけどさ。あんたら一体何を刷り込もうとしてんだ。」
「それ以上詮索は無用だ。」

大川が凄んだため安井は言葉を飲んだ。

「いまこの国は目覚めようとしている。」
「は?」
「この国の国民性というか、腰が重いんだ。けど一旦火がつくともう止められない。突き進む。」
「おい待て。何のこと言ってんだ。」
「いま俺らはみんなの目を覚まそうと動いている。」
「椎名もなのか。」

大川はうなずいた。

「椎名だけじゃない。名前や顔すら知らない同志がネットを介してつながっている。決して系統だったグループじゃない。各人が各人の意志によってのみ行動している。」

大川は安井の目を覗き込む。

「動機はどうであれ、あんたもその中のひとり。そうだろ。だから俺の呼びかけに応じている。」

どこか吸い込まれそうな妙な力を持つ目だった。
安井は無言だった。

「このどうしようもない閉塞感。これをなんとかするのは俺ら自身の熱量さ。言うだけじゃなく行動だ。安井さん。あんたもだろ。あんたもこのままじゃ子供を救えない。そう思ったから行動を起こした。」
「俺は別に大川さんみたいな大層な志はないさ。息子に然るべき医療を受けさせるために金が要る。それだけさ。」
「でも行動を起こした。だからその対価として金を手に入れ、その医療を受けさせられている。」
「まぁな。」
「目指すところは違っていても熱量は俺らと一緒だ。俺はそんな日本人ひとりひとりに眠ったその潜在力を引き出す。その力の結集し、しいてはこの国の推進力となる。」
「大川さん…。なんかでかい話だな。」
「褒め言葉として受け止めるよ。」
「んで、これいつから流すんだ。」
「明日からでも頼みたい。」
「…わかった。」
「確認出来次第、また報酬を渡します。」
「助かるよ。」

そう言って大川は席を立ち、店を後にした。

「大川尚道が安井さんに一体何の用があって…。」

手にしていた英字新聞の横から顔をのぞかせた三波はこう呟くと席を立ち、彼もまた大川に続いて店を後にした。


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「おひとりさまのご利用ですね。」
「はい。」
「それでは210号室のご利用をお願いします。」

ネットカフェの受付を済ませた椎名は伝票を持って二階の個室に入った。

ドアを閉める音

パソコンの電源を入れ、デスクトップ上に表示される名称未設定フォルダを開く。
その中には動画ファイルが収められていた。
持っていたUSBメモリにその動画を保存した彼は、それをパソコンの中から跡形もなく消し去った。

ドアをノックする音

「失礼しまーす。」

受付の店員がピザを持って部屋に入ってきた。

「次回からそのファイルを使ってくれとのことです。」
「…わかった。」
「あとこの店はもう使わないほうがいいです。」
「なにかあった?」
「最近、新規客が急に増えました。ひょっとすると公安かも。」
「わかった。この部屋の中は大丈夫なの?」
「それは大丈夫です。確認済みです。」
「そのピザは?」
「これは私からいままでご利用ありがとうの意味をこめた、あなたへの気持ちです。」
「感謝されるようなことはやっていないけど。」
「何いってんですか。あなたらはわれわれ氷河期世代の閉塞感をぶっ壊す崇高な任務を行っているんです。」
「崇高…か…。」
「ネットでしかつながっていなかったメンバーとこうして直接会って実際の行動を起こす。そのきっかけをくれただけでも私はあなたらに感謝しないといけない。自分も就職活動には失敗した口です。いままで社会から歯車としていいようにこき使われてきました。でもあなたらは私を人として必要としてくれました。聞けばあなた達も私と同じ氷河期世代という。私は嬉しかった。同じ境遇で社会から虐げられてきた同僚に必要とされ、行動をともにする。いままさに私は価値を生み出している実感を得ています。」
「大げさだよ…。」
「もううんざりなんですこの世の中が。絆という上辺だけ取り繕った関係性を重視するこのクソみたいな世の中をはやくぶっ壊しましょう。キング。」
「うん。」


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