第35話



「ムツ番から指揮所。」
「はい指揮所。」
「取り押さえた男が妙なことを口走っています。」
「指揮所からムツ番。妙なこととは具体的にどういうことか どうぞ。」
「えーファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと言っています。」  33

「ふぅ…。」

咥えていたタバコを備え付けの灰皿に押し付けて、その火を消した。

「誰のものかわからないこちらを見つめる両目の映像。画面の天地にfuckin jap destroy jap。金沢の犀川河川敷のテロデマ騒ぎの映像の内容を思い起こさせるね。これ。」

百目鬼は大型スーパーの立体駐車場に止めた車の中で、アイドリングをしたままイヤホンから流れてくる音声を聞いていた。

「いまさらあのテロデマ映像の影響で犯行が…?いや…そんな馬鹿なことがあるもんか…。」

金沢犀川のテロデマ事件が発生して、ずいぶんと日が経っている。もうすでにあの事件自体、過去のこととなりつつあるのに、いまさらあのサブリミナル映像の影響が出たとは考えにくい。

「あり得ん。」

「可能性は限りなく排除する。業務の一環です。」20

「可能性は限りなく排除…。」

そうつぶやいた彼は目を瞑った。

「もしも…もしもだ。あのサブリミナル映像が、いまの刃物振り回し野郎を作り出したとしたら、あの映像を、あの金沢の映像を何度も何度も見て、メッセージを刷り込まれ、犯行に及んだ…。」
「…あり得ん。あれはそんなに惹きつけられる映像でもなんでもない。何度も見るシロもんじゃない。」
「となると…。」

「電波の方はサブリミナル自主規制してっけど、ネットってまだだよねその手の規制。」
「はい。」
「それってヤバくない?」
「そうなんです。」
「ちなみにこの動画って今も流通してるんだよね。」
「はい。事件当時の閲覧者数は50万。今現在130万です。」16

「ネット動画は拡散こそは爆発的だが、何度も見る動画はそうもない。何度もリピートされるものは有名アーティストのものとか、定番おもしろ動画、猫動画…待て…。」
「人気コンテンツである必要はない…。そう…いろんな動画にサブリミナルを忍ばせれば、視聴者はそのメッセージを受け取る可能性が高くなる…。」
「反日破壊工作的メッセージを含む映像が俺らの知らないところで、大量に流通しているとしたら…。」

百目鬼は携帯を取り出した。そしてある人物の電話帳を呼び出し、そこに電話をかけようとした。

「実はこの件の分析が上がってきて、ちょっとタバコでも吸って頭ん中整理しようと思った時やったんですわ。課長から電話あったんは。」
「…タイミング良すぎない?」
「はい。」
「モグラがいる。」
「はい。」
「なにかにつけてタイミングが良すぎるよ。」
「筒抜けのようです。」16

発信ボタンを押下する寸前で、彼の指は止まった。

「どうしたもんか…。」

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「あ?ヤドルチェンコを追っとったら、刃物を振り回す事件に遭遇?」
「はい。」
「で。」
「ヤドルチェンコはロスト。刃物男は取り押さえましたが、負傷者多数。」

片倉は思わず頭を抱えた。

「ただ刃物男が気になることを言っていまして。」
「気になること?」
「はい。ファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと。」
「ファッキンジャップをぶっ壊せ…。」
「はい。」
「どこかで聞いたような。」
「はい。例の金沢犀川のテロデマ事件の映像の中に仕掛けられたサブリミナルです。あれにはファッキンジャップ、デストロイジャップと書かれていました。」
「え…まさかそのサブリミナル映像が今回の犯行を?」
「わかりません。」
「刃物男の身元や、そいつの周辺情報は。」
「現在は我々マルトクの手を離れて捜一で捜査中です。」
「捜一…。」

片倉の表情は苦いものになった。

「紀伊。」
「はい。」
「ヤドルチェンコに関してめぼしいネタ引っ張れんかったのはしゃあない。ほやけどマルトクがおったから、事件の被害が少なくて済んだ。お前らのおかげや。助かった。」
「いえ…。」
「ありがとう。」
「…そんな。」

思いがけない片倉の感謝の言葉に紀伊は言葉に詰まった。

「あ、ほうや、ところであれはどうや。」
「あれとは?」
「ほら池袋の車突っ込んだんはウ・ダバの仕業やってSNSで触れ回った出本の正体。」
「すいません。まだ着手していません。」
「あ、そうか。」
「はい。すいません。ヤドルチェンコに気を取られていました。申し訳ありません。」
「至急頼めるか。」
「至急って…班長なにか。」
「いや、別にこれといったもんはないんやけど、なんか気になれんて。」
「しかしIT専門の人間は先程家に返しました。」
「じゃあ呼び戻してくれ。」
「え?」
「俺は今から警視庁に戻る。そのIT担当官と話がしたい。今すぐ呼び戻してくれ。」
「は、はい。」

片倉に命ぜられるまま紀伊は電話をかける。

「可能性は限りなく排除する。」

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