第36話



月曜早朝。
報道フロアにはデスクに突っ伏して仮眠を取るスタッフたちの姿があった。
週末に起こった東京の東倉病院での化学テロ、池袋での車両暴走、都内繁華街での無差別傷害事件、ウ・ダバによるものと思われる池袋事件の犯行声明。どれもが社会的に大きな影響を与える事件であるため、東京の話題でありながらも石川のネットメディアであるちゃんねるフリーダムも特番を組んでそれを伝えた。

自由かつ明敏な分析の上に、過激な発言も厭わない論客が、当意即妙の発言を展開する。
これがちゃんフリの魅力でもある。
魅力的な発言をする論客は得てして個性的であり、その手綱さばきには相応の負担を強いられる。
時として単なるワガママとしてしか受け止められない無理な要求を番組に求めてくることもある。
彼らはその対応翻弄されながらも、立て続けに舞い込んでくる重大ニュースの交通整理に心血を注いで当たった。

ニュースの波がひとまず収まったちゃんフリの報道フロアは、戦場におとずれた束の間の休息といった空気が漂っていた。

コーヒーを啜る音

「あ、デスク。おはようございます。」
「あーおはよ。」

三波がフロア内に静かに入ってきた。

「随分早いじゃん。キャップ。」
「まぁ、一応現場が気になって。」
「…見ての通りさ、みんな死んだように寝てる。」
「帰る気力もないって感じですか。」
「そうだね。」
「デスクもですか。」
「まぁね。」
「まさか完徹…。」
「流石にそんな事できないよ、この歳で。時々意識が飛んだくらいさ。」
「それはそれでかなりしんどいですね。」
「うん…正直しんどい。」
「しんどいところすいませんが…。」

紙カップを持つ黒田の手が止まった。

自販機の音

「ヤスさんが大川と?」
「ええ。」
「ブツのやり取りしてました。」
「ブツ?」
「中身はわかりませんけど。安井さんが大川からなにか受け取っていました。」
「大川からヤスさんか…。」
「なんでしょうね。」
「それ探って。」
「はい。」
「ちなみにその喫茶店ってよく使われてんの?そのふたりに。」
「わかりません。。なにせ回転の早いコーヒーチェーン店です。客も入れ代わり立ち代わりです。一応店長にも聞いたんです。ですがやっぱりよほどの常連でない限り客の顔は覚えていないって言ってました。」
「キャップはどうやってヤスさんと大川の接触を目撃したんだい。」
「古典的ですよ。付けたんです安井さんを。」
「付けた…。」
「はい。」
「大丈夫?バレてない?」
「大丈夫でしょう。だから俺の目の前でブツのやり取りをしたんだと思います。」
「確かに。」
「あの二人が何の関係があって、ブツのやり取りをしているのかは知りませんが、ちゃんフリのカメラデスクと番組コメンテーターが個人的に繋がりがあるってのはわかりました。」
「そうだね。」
「とにかくもう少し安井さんを追っかけてみようと思います。」
「わかった。じゃあ俺は大川を洗う。」
「安井さんの胡散臭い言動の原因をさっさと突き止めないと。なんだかモヤモヤしちゃって…。」
「そうだな。」

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「デマ?」
「ええ。」

かけていた老眼鏡を外して、富樫にタブレットを返した古田はその目をこすった。

「まぁどう見てもそうやわな。」
「古田さんもそう思いますか。」
「そう思いますかって…あったりめぇやがいや。この映像の出どころわからんげんろ。ほんなもんだけ見てウ・ダバの仕業確定なんて言っとんのはただの素人や。」

富樫は言葉に詰まった。

「…え?あんなもん鵜呑みにしとるダラ、マサさんの身近におるんけ?」

富樫は古田から目をそらした。

「え…まさかケントクにそんな阿呆おるんけ。」
「はい…。」
「誰ぃや。」
「結構な人数。」
「は?」

古田は言葉を失った。

「…からかうなまマサさん。」
「からかってどうするんですか。」
「嘘やろ。公安特課やぞ。」
「はい。」
「言うちゃなんやけどサツカンの中じゃ優秀っちゅう部類の人間が集まる公安特課やぞ。」
「マジなんですよ。結構な割合で居るんです。そういう素直すぎる奴が。」
「なんで。」
「なんでって、聞きたいですか。」
「おう。」
「世の中が池袋の事件はウ・ダバの犯行と思って動いとる。だから警察もその前提で動いたほうが国民が納得する。」
「え…。」

古田は再び言葉を失った。

「あ、いまマジでそんなこと言っとらんけって顔しましたね。」
「あ、ああ…。」
「マジですよ。」
「なんでぃや…。」
「結果がほしいんですって。」
「結果?」
「ほらウチらマルトクは目に見える結果って出んでしょ。そりゃそうや。犯罪を水際で防ぐのがウチらの仕事やし。平和が保たれとるから目に見える結果が出ん。でもそれやとウンって言わん人間もおるんです。」
「そりゃ昔っからそんないわれはあった。公安なんてもんは予算泥棒やって。けどそれはごく一部の市民の声や。」
「それが最近はサツの内部からその声があるんです。」
「内部から?」
「はい。マルトクは新設の部署。安全保障関連の予算増額で結構ガッツリもらってます。その分削られた部署もある。そこからの圧がかなりのもんなんです。」
「言うても予算削られる部署なんやから発言力も大したことないやろ。そんなもんいちいち気にしてどうすれんて。」
「察庁上層部が気にしとるらしいんです。」
「察庁が?」
「はい。」
「まさか松永の一件で他省庁に負い目を感じるとか。」
「いえ。」
「じゃあなんや。」
「大蔵省です。」
「大蔵省?」
「はい。多発する公安関係の事件にマルトクの予算執行が不適切なのではないかと、大蔵省が目をつけ始めたといわれています。」

古田は頭を抱えた。

「不要な予算をマルトクに付けとる。なんて大蔵省が評価したら、せっかく充実させた安全保障関連の予算も見直しが必要とか言って、あいつら至るところにメスを入れかねん。」
「もしもそうなると安全保障予算を引っ張ってきた族議員は、その顔を潰されることになり、ひいては関係業者、団体の期待を裏切ることとなって、票を失うなんて心配もせんといかんくなる。」
「政治家と大蔵省の睨みがきつくなった警察は、世論という勢力を味方につけるため、彼らが最も納得する対応をする。それがツヴァイスタンやウ・ダバをとにかく取り締まれというもの。ここに乗っかって政治家と大蔵省からのプレッシャーを切り抜けようと考えた。」
「なんねんてそれ…。そもそもマルトクはそういう他からの干渉をなくして治安維持活動に専念できるようにって目的で設立された部署やぞ。」
「でも金がなくなればウチらは干上がります。」
「目に見える成果…か。」
「はい。」
「…しかもはよせんといかん訳やな。」
「おそらく。」

二人はそのまましばらく黙って部屋の電灯を見つめた。

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