第39話



「は?消えていっとる?」
「はい…。」
「どういうことや。」

IT捜査官はパソコンの画面を片倉に見せた。

「これが我々が昨日見ていたSNS上のコメントです。『ウ・ダバ 池袋 犯行声明』でフィルタリングしています。ご覧の通り、例のツヴァイスタン語の映像はウ・ダバ犯行声明だってことで次から次へと拡散されています。ちなみに関連するコメント数は10万です。」
「うん。」
「…でこちらが現在のもの。先ほどと同じようにフィルタリングすると…。」
「…なんじゃこりゃ。該当する件数がぐんと減っとるがいや。」
「はい。わずか200件。つまりこの数時間内で出本のコメントはおろか、それを拡散した二次三次のコメントの存在も消え去っているってわけです。」
「こんなことって…。」
「あります。」
「え?」
「ロシアの方で当初普及した『消えるSNS』ってやつです。」
「消えるSNS?」
「はい。」
「消えるSNSってなにが良いんや。」
「SNSサーバー上の痕跡を消すので、秘匿性の高い情報をやり取りするには便利です。たとえばビジネスのやり取りをするとか、いかがわしいことをやりとりするとか…。とにかくSNS上の情報が一定の時間経過後忽然と姿を消すんですから、けっこう過激な内容があります。」
「ふうん。」
「今回のこの動画が拡散したSNSの問題は、その消える機能が実装されていないにもかかわらず、何らかの原因でコメントが消え去ったって点です。」
「そうやな。」
「しかもその消えた内容は例の映像を拡散するに至ったコメント。その他それに関係のないコメントは何の影響も受けていません。」
「なんでそんな事が起こった。」
「ウィルスです。何らかの形で動画にウィルスが組み込まれてて、それが再生されることがトリガーになって発症する。そんなところじゃないかと踏んでいます。」
「その手のウィルス。おまえは作ってばら撒けるんか。」
「理論上はできます。」
「それどういうこと?」
「時間をかければそういったウィルスは作ることはできます。ですがそんな暇も実際のところないし、配布したところで社会の混乱を巻き起こすだけですから、そんな馬鹿なことはしません。」
「なるほど。刃物と一緒やな。」
「はい。」
「ちなみにお前、このウィルスによるもんってところに行き着くまで、どんだけの時間がかかった。」
「消える症状が発症していることがSNS上で話題になっていましたから、すぐですよ。ものの30分程度ですか。」
「そんなに早く?」
「はい。でも症状が出ていない状況だったら当然原因の特定なんかできてないでしょう。」
「コメントが消える症状が発症するにはどれだけの時間がかかる設定になっとるんや。」
「現在は当初の爆発的拡散時から10時間以上経過していて、その殆どが消え失せています。したがってその10時間が候補です。」
「出元を追うにもその経路が絶たれているから、そもそも不可能ってわけか。」
「はい。残念ながら。」

片倉は歯噛みした。

「なので現段階でわたくしIT担当としては、今後新たな消えるSNSの兆候を察知した段階で、即座に出元を追う行動を取る。そういったことしかできそうもありません。」
「対症療法か。」
「はい。」
「頼めるか。」
「もちろん。」

片倉は彼の肩を叩いた。

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新幹線がホームに入ってくる
扉が開く

金沢駅コンコースを経て鼓門が眼前に現れる

「鼓門。」

背後から声が聞こえた。

「建設当初は金沢の街にそぐわないグロテスクなモニュメントだと思ったけど、ほら、みんな楽しそうに写真撮ってる。これが結果だよ。正解だったってことさ。」

声の方を振り向くと、そこにはガッシリとした体つきの背の高い男が立っていた。

「誰?」
「ビショップ。」
「ビショップ…。」
「初めてお目にかかるね。ナイト。」
「そうだね。」
「キングから聞いてる。」
「キングから?」
「ああ。あいつは今日は君と会えない。代わりに俺が金沢観光の案内をするよ。」
「観光で来たわけじゃないんだけど。」
「ルーツを探るんだっけ。」
「もう聞いてんのか。」
「まぁ金沢は小さな町だ。その気になればすぐ目的の場所に行ける。それにこっちの方に来るのはせいぜい法事とかで、観光らしい観光なんてもんは今までできてないんだろ。」
「よく知ってるな。」
「俺の親の実家も君と同じで県外にあるからなんとなくわかる。」
「そうか。」
「車用意してるから乗りな。」
「いいのか。」
「あたりまえさ。キングの仲間ってことは俺の仲間さ。」
「ありがとう。」

朝戸の目の前で観光客が記念撮影をしていた。

「それにしても想像以上だよ。」
「なにが?」
「観光客さ。聞いてはいたけど。こんなに人いたっけ金沢って。法事でむかしちょっとだけ来たことあるけど、こんな感じの街じゃなかったような…。」
「新幹線ができてから見違えるように観光客が増えたんだ。ここ金沢駅もそうだけど茶屋街の方とかは昔じゃ考えられないくらいの人がいる。」
「そうなんだ…。」

朝戸は駅前の駐車場に止められていた空閑の車に乗り込んだ。

「宿は決まってんの?」
「いや、まだ。」
「あては?」
「特には。」
「じゃあ俺の知ってるところ使ってよ。」
「俺…そんなに金あるわけじゃないからそこらの民泊で素泊まりでいいよ。」
「一泊4,500円 朝食付き。良心的だろ。」
「え?」
「金沢の下町風情が残る東山エリア。観光にはぴったりさ。それに…。」
「同志ってわけか。」
「そう。」

車発信した。
助手席の朝戸は窓から鼓門を見上げた。

「ビショップ。」
「うん?」
「さっきグロテスクで街にそぐわないって言ってたよね。この門。」
「…。」
「でも結果的に大衆に支持されてるみたいだから、これは正解なんだって。」
「ああ…。」
「正解かどうかは他人が決めることじゃない。自分が決めるんだと思うよ。ビショップがグロテスクだと思ったならそれはグロテスクなんだ。他人が評価しているから良いものだとは必ずしも言えない。」
「…。」
「別に金沢ディスるわけじゃないけど、ガラス張りのドームみたいなものと木造のへんてこな和風の門。正直微妙だと俺は思った。」
「そうか…。」
「俺は自分で判断したいんだ。誰に流されることもなく。」
「…俺もさ。同志よ。」

そう言って空閑はカーナビの画面を操作した。

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