第40話



「着いたぞ。」

車を止めてエンジンを切り、助手席の方を見るもそこに座る朝戸は深い眠りに着いたままだった。

「ふぅ…。」

ため息を付いた空閑はシートベルトを外し、車の外に出た。
雨が降っていた。

ここはひがし茶屋街や主計町といった金沢の町家建築が立ち並ぶ観光エリア東山。
大通りから一本筋を入ったところに、昭和の薫りが立ち上る場所がある。
朝戸が泊まる宿はここにあった。

携帯操作音

「すまない。仕事中に。」
「な んだ 。」
「ちょっとだけ聞きたいんだけどさ。すっげー寝てるんだけど…。これ大丈夫?」
「…仕方 ないよ。」
「問題ないんだ。」
「う ん。」
「わかった。ありがとう。」
「あ。」
「うん?」
「早め に 見せて…。」
「あぁそうだね。」
「悪い影響が。」
「分かってる。すぐに連れて行くよ。」

携帯切る

死んだように眠る朝戸を空閑は見つめた。

「死んだはずの妹がそこで生活を営んでいる。そんなもん見たらむしろこいつの精神状態がおかしくなりやしないか…。」
「クイーンのやつもナイトのことになると正常な判断が鈍る傾向があるみたいだ。」
「あの人のように…。」

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ドアを開く音
足音コツコツ
椅子に座る

「すまんな。迷惑をかけている。」
「そうですね大迷惑です。」

百目鬼の目の前にガラス越しで座る松永の頬はこけ、目の下には隈ができていた。

「随分とやつれた表情ですね。」
「やつれもするさ…。」
「課長のその姿を見るに、身内の取り調べっていうのは随分苛烈なもんなんだってのがよくわかります。」

百目鬼は松永の側でやり取りを記録する記録官にはっきりと聞こえるように、滑舌良く話した。

「…よく俺に会えたな。」
「ちょっと工夫をこらしました。」
「そうか。」
「今日、ここに来たのは他でもないんですが。」
「なんだ。」
「特高の片倉のことです。」
「片倉…。」
「課長のお耳に入っているかどうかは知らないんですが、最近チョンボの連続でして。」
「チョンボ?」
「ええ。」
「何やったんだ。」
「ご存じないですか。」
「おう。」
「池袋の交差点に車が突っ込んだ件は。」
「知らん。」
「じゃあ新宿の無差別傷害事件は。」
「なんだそれは。」

百目鬼はため息をつく。

「本当になにもご存じないんですね。」
「おい。何があった。」
「そのふたつの事件の背後にツヴァイスタンとかウ・ダバの存在があるんです。」
「本当か…。」
「ええ。」

松永は肩を落とした。

「マルトクは散々です。東倉病院のノビチョクに始まって池袋、新宿と立て続けにツヴァイスタン絡みのテロを許しちまった。マルトクの精鋭である特高の指揮官、片倉肇。この男の力量不足がここで露呈してるんです。」
「そんなことになってんのか…。」
「石川の片田舎のデカ出身のノンキャリが、警視庁の新設部署の重要なポストに就いて、なんとも胡散臭い人事だと私は首を傾げていたんですよ。正直なところ。この人事を主導したのはほかでもない。松永課長あなたです。」
「…。」
「…なんだお前、俺に引導でも渡しに来たか。」

ここで百目鬼は記録官の目を盗むように目配せをした。

「松永課長は出頭する際に私に公安特課全体の面倒を見てくれとおっしゃいました。」
「そうだ。」
「しかし同時にあなたは片倉に特高の全権を委ねたとか。」
「そうだ。」
「そういった二重の命令はやめていただけますか。片倉は私の部下にあたります。そういった指揮をされると責任の所在がわからなくなる。部下の不始末は私の不始末。片倉の阿呆のチョンボは私の責任です。」
「百目鬼…。」
「おかげで私は言われましたよ。」
「何を。」
「早期にケリをつけろと。」
「ケリ?」
「めぼしいホシを上げろってことです。」
「待て、そんなにことは簡単じゃ…。」
「わかってて言ってきてるんです。」
「誰が。」
「言えません。」

再び百目鬼は目配せした。

「とにかく一連のヤマはツヴァイスタン関係であることは明白です。私には1ヶ月の猶予しかありません。その期間内になんとかやってみせますよ。」
「そうか…。」
「逆を言えばこれを成し遂げないと、私の首が危ない。」
「…すまない。」
「兎に角それまでは片倉には寝ずに働いてもらいます。」
「そうだな。」
「最後に一つだけいいですか。」
「なんだ。」
「ノビチョクの件ですが、課長はどこが出元だと考えますか。」
「ツヴァイスタンだろう。」
「内調もそういう見立てですか。」
「ああ。一応ツヴァイスタンの友好国の線も捨てきれないが、それらは一応大量破壊兵器の査察を受け入れている。ノビチョクを保有していると見られる国で唯一受け入れていないのがツヴァイスタン。過去のテロ行為を行い続けてきたあの国の歴史を踏まえると、出元はあそことしか考えられない。」
「なるほど。」
「ツヴァイスタンは何らかの反応を示したか。」
「いや、まだです。」
「否定もしていないのか。」
「はい。だんまりです。」
「ということは…。」
「なんです?」

松永は声に出さずに口を動かした。
その口の動きを見た百目鬼はうなずいた。

「やはり…。」
「…おそらく。」
「参考になりました課長。」

そう言うと百目鬼は席を立った。

「さっそく捜査に入ります。」
「理事官どうだろう…例の作戦は使っては。」

松永のこの提案に百目鬼の表情が曇った。

「あれを…ですか。」
「ああ。事ここに至ってはやむを得んだろう。」
「それは私で判断します。」
「そうだったな…。済まない。指揮権は君にあるんだった。」
「では、お体お大事に。」

ドアを閉める音

「さぁどう出るか…。」

ズボンのポケットに手を突っ込んだ百目鬼は警視庁を後にした。

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