第42話



雨が降っていたため、外気は肌寒い。
車から降りた彼は後部座席においていたジャンプジャケットを羽織った。

「大学病院…。」

かけていたサングラスを少し傾けてそこから見える建造物を見た三波は
時折物陰に身を隠しながら、男の後を追った。

週明け午前中の石川大学病院の外来は混雑していた。
彼が付ける男は週明け午前の混雑する外来には目もくれずに、そのまま病棟の方へと向かった。

ー病棟って、誰かの見舞いか…。

病棟にある3機のエレベータ。そのうちのひとつに男はひとり乗り込んだ。
それが5階で止まるのを確認して三波もまた、そこに向かった。

エレベータの中の音

ー5階って何だ。

彼はエレベータの中に表示されている各階病棟の診療科を見た。

ー血液内科…。

エレベータを降りるとすぐそこにナースセンターがあった。
初めて来る場所であるため、三波の挙動がおかしい。
そのため彼はそこにいた看護師に声をかけられた。

「お見舞いか何かですか。」
「あ…はい。」
「面会は基本的に午後からですよ。」

そう言って彼女は立てかけられているPOPのようなものを指差した。
そこには『特段の事情がない限りの午前の面会はお断りします』と書かれていた。

「どちらさまですか。」
「え…。あの…。」
「用がないんでしたら出直してください。」
「すいません。」

三波は名刺を彼女に見せた。

「ちゃんねるフリーダム…?」
「はい。ネットのニュース番組やっています。」
「知ってます。」
「実はちょっと調べていることがありまして。」
「あのーその手の取材関係は担当の部署通して…。」
「しっ!」

三波は大胆にも彼女の口を自分の手で封じた。

「二三聞きたいことがあるだけです。」
「個人情報ですので。」
「弊社社員のことです。」
「え?」
「兎に角本人に見つかるといけませんから、場所変えましょう。」

彼女の腰に手を回して人気のない方へ誘導するようにしたが、それは激しく振り払われた。

「あ…すいません。」
「なんなんですか…馴れ馴れしい…。」

拒絶をするも満更でもない様子を掴んだのか、三波は階段の方へ彼女をいざなった。

鋼鉄扉の音

病室の前で立ち尽くす男がいた。

「何しに来た。」

背後から声をかけられたたため、彼は振り向いた。

「気になって…。」
「ふん。」

そこには浅黒い肌の老人が立っていた。彼は男に近寄って顔のあたりの匂いを嗅いだ。

「ふん…本当にやめたらしいな。」
「まぁ…ね。」
「だったらさっさとそうしてくれればワシもこんなところに駆り出されることなんかなかったのに。」
「すまない…。」
「いまさら謝られてもね。」

病室の前には安井良樹と書かれたネームプレートが貼り出されていた。

「良樹(よしき)どう?」
「いまは寝てる。」
「容態は?」
「良くはなってない。でも極端に悪くなってるわけでもない。」
「そうか…。」
「顔見ていかないのか。」
「あ…いや…。やめとくよ。」
「ふん。」

まぁ座れと言われ、彼は老人とともに病室前のベンチに腰を掛けた。

「さっきまでさやかさんが来てた。」
「さやかが…。」
「さやかさんは立派な人だよ。仕事しながら良樹の様子を毎日見に来てさ。で何かと無理をするなってワシにも気を使ってくれる。」
「…。」
「それに比べてお前はたまに顔を出す程度。仕事がどんだけ忙しいのか知らんが、仕事なんて息子をほったらかしでやるほどのことじゃないだろ。それにちょっと非番になったら酒、酒、酒…。」
「…。」
「そりゃさやかさんも愛想つかすわ。」
「…。」
「本当にワシはさやかさんには頭が上がらん。こんなバカ息子と結婚したばっかりにあの人に苦労させてしまってる…。」
「ごめん…。」
「ワシに謝ってなんになる。」
「親父に迷惑をかけてしまって…。」
「馬鹿野郎。お前が謝るのはさやかさんだろうが。」
「…あいつには謝っても謝りきれない。良樹にも。」
「ふん…。」

安井は懐から一枚のカードを取り出してそれを父親に渡した。

「10万チャージしてある。これさやかに渡してやってくれないか。」
「その手のことはお前があの人と直接やりとりしろ。」
「いや、親父にお願いしたいんだ。」
「馬鹿野郎。」
「頼む。」

頭を下げた息子の姿を前に彼は渋々それを受け取った。

「もう少しなんだ。」
「あん?」
「もう少しで良樹を救えそうなんだ。」
「なに?」
「だからもう少しの間だけ、俺を自由にさせてくれ。」
「おいお前何言ってんだ。」
「すまん親父。そろそろ俺行くよ。」

そう言って安井はその場を後にした。


「急性骨髄性白血病…。」
「そう。」
「安井さんの息子さんが…。」
「あの、おたくにお勤めなのはお父さんの隆道さんですよね。」
「はい。」
「会社で隆道さんに会ったときにでも言っておいてくれませんか。」
「どうしたんですか。」
「良樹くんが逆にお父さんの心配してるって。」
「え…。」
「まだ一回もお見舞いに来たことがない、ちょっと信じられない感覚の父親のことを病床にある息子さんが心配してるんです。」
「え?」
「聞きましたよ…良樹くんから。お父さんお家じゃお酒ばっかり飲んでるみたいですね。」
「そうなんですか…。」
「あ、知りませんでした?」
「まぁ酒が好きな人なのは知ってましたけど、始終飲んでるような人だとは。」
「そうみたいですよ。」
「あ、でも今言ってましたよね。」
「はい?」
「ほら見舞いに来たことがないって。その良樹くんの父親が。」
「はい。」
「そんなことはない。だって自分はその本人を付けて今ここまで来たんです。」
「え…本当ですか…。」
「はい。」
「そうだったんですか…。なにぶんまだ一回も見たことないんで、わたしらナースも良樹くんのお父さんがどんな人か知らないんです。」
「あ、あぁ…そうですよね。」
「え、じゃあちょっと、どの人が良樹くんの父親なのか教えてくれませんか。」
「あ、でも…自分見つかるとまずいんで…。」
「あ…そうだった…。」


「はい…そうなんです。そこでロストしてしまいました。ええ。そうですかデスクも聞いたことありませんか。うーん…総務の方にもそういった情報いってないんですかね…。ええ、念の為確認してくれませんか。はい…わかりました。また連絡します。」

三波は電話を切った。
自販機の音

「急性骨髄性白血病か…。」

スマートフォンで検索し、その病気のことを調べようとしたその時、彼の目にひとりの人物の姿が飛び込んだ。

「相馬…?」


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