第45話



「で、どのタイミングで…。はい。了解しました。あぁ椎名ですか…。あいつは相変わらず何の動きもないようです。…確かに油断は禁物ですね。で、例の件は…なるほどこちらにお任せいただけるんですね。」

電話を切った古田はポリポリと頭を掻いて帽子をかぶり直した。
その帽子には大手配送会社の会社ロゴが刺繍されている。

「さてと…。」

インターホンを押す音

「はい。」
「宅配便でーす。」

玄関ドアが開かれた。

「天宮憲行(のりゆき)さん?」
「はい。」
「警察です。」
「え?」

すかさず古田は自分のつま先を玄関ドアの開いたところにねじ込んだ。
まるで昭和の押し売りのような強引な振る舞いに天宮は言葉を失った
帽子を脱ぎ、胸ポケットから警察手帳を取り出した古田はそれを彼に見せた。


「光定公信さんについてお聞きしたいことがあります。ご協力いただけますか。」
「…ありえない。なんて乱暴な。」
「私は法を犯すようなことは一切行っていませんよ。」
「…取り込み中です。日を改めてくれませんか。」
「何を待ってたんですかね。」
「何のことですか…。」
「何か待ってたんでしょ。ほやから宅配便の受け取りにあんたが直接出た。」
「家には私しかいません。」
「あれ?奥様は。」
「もうここにはいません。」
「あぁ…そうですか。それはそれは…。」

玄関先で話し込む古田の様子を怪訝な様子で見る隣人の姿が、天宮の目に映った。

「こんなところではあれですから中に入ってください。」
「いいですか。すいません。」

ドアを閉める音

大学病院の名誉教授である天宮。
地位、名声、経済力など社会的な力の殆どを手に入れたはずの彼のマンションの中は書類のたぐいが散乱し、足の踏み場のない状態だった。

「散らかってるでしょ。妻がいなくなるとこんなもんだ。だから中に入れたくなかった。」
「ワシは全然気にしません。」
「適当なところにかけて下さい。」

古田は人ひとりがかろうじて座れるスペースがあるソファに腰を掛けた。
そういえば玄関の段階ですでに散らかっていたように思う。
その時、自分の横に積み重なっている専門書の山から埃が舞い上がった。

「げほげほ。」
「なんですか嫌味ですか。」
「そんな感じの悪いことをワシがしてなんの得があるんです?」
「…ありませんね。」

天宮は肘掛けの着いた革製の椅子に腰を掛けた。

「何を待ってたんですか。」
「じゃあワシが当てましょう。曽我遼平医師からの荷物です。」
「曽我?」
「ええ。東一の曽我医師からあなたは定期的に何らかのブツを受け取っていた。」
「東一の曽我?誰ですかそれは。」
「え?」
「私は曽我遼平などという医師は見たことも聞いたこともありません。」
「とぼけないで。あなたの宅配便の履歴をすべて調べました。」
「いや…本当にあなたは誰のこと言ってるんですか。」

嘘を言うときに目をそらすとか、普段は論理的に話すのにいざ本質を疲れると頬が赤くなるとか、心穏やかでないときにまばたきが早くなるなど、心理状態はその人の顔に出る。
今目の前の天宮の顔にはそれがなかった。
本当にこの男、曽我という人物を知らないのか。

「とぼけないでください。あなたは実際、曽我さんと石川大学病院で何度も接触しているじゃないですか。」
「石大で?本学にそんな医師はいません。」
「おいおい…待って下さい先生。曽我先生ですよ。心療内科の。確かにいまは曽我先生は石大には在籍していません。なぜなら光定先生と交換で東一に行ったんですから。」
「石大から東一?」
「ええ将来を嘱望されるお医者さんですよ。」
「…すいません刑事さん。あなたどうかしてるんじゃないですか。」
「何言ってるんですか。」

古田は呆れ顔になった。
そして持ってきた段ボール箱を開き、そこから一冊の雑誌を手にしてそれを天宮に見せる。

「メディツィナです。ほらここに曽我先生の顔写真と論文があるでしょ。」

天宮はそれを手にとって読んだ。

「確かに…石川大学病院ってありますね。ですが…知りませんな。」

どういうことだ。古田は天宮の認知症を疑った。

「天宮先生。すいません今日は何月何日でしたっけ。聴取に日にちを書かんといかんがでした。」
「今日は4月27日月曜日です。」
「いま何時ですか。」
「11時です。って刑事さん私を認知症扱いしてるでしょ。」
「あ…いえ。」
「失礼な。認知症なのは刑事さんの方ですよ。」
「ワシ?」
「ええ。さっきから妄想が過ぎます。存在しない人間を作り出して変テコなことばかり言っている。」

古田は言葉を失った。

「今日の日付は。」
「4月27日。」
「曜日は?」
「月曜。」
「お名前は。」
「藤木孝次(たかつぐ)」
「私の名前は。」
「天宮憲行。」
「ふうん…。」
「先生。ワシはまだボケていません。」
「変だな…。」

変なのはどっちだ。古田は狐につままれたような気分になった。

ー待て…。ひょっとして…。

「そうそうなんかどうでもいいことで時間を使ってしましましたね。ワシは曽我先生のことを聞くためにわざわざここに来たわけじゃない。光定先生のことを聞きに来たんです。」
「…。」

ーやっぱりや。光定についてはわかっとる。しっかしなんで曽我の記憶がないんやこいつ。

「彼がなにか。」
「いやね。天宮先生がどうして光定先生をを東一から招聘したのか。そこのところを聞きたくてですね。」
「素晴らしいですから彼。」
「そりゃあ天下の東一ですもの。」
「いや、そういう学歴的な話じゃないんです。」
「というと?」
「彼は人間的に素晴らしいんです。」
「は?」
「包容力が桁違いだ。常人と比べて。」

ー何や、こいつどうかしとるんか?様子が変やぞ。

天宮の表情が恍惚としたものになていることに古田は気がついた。

「藤木さんとか言いましたっけ。」
「はい…。」
「あなたは光定先生をどう見てるんですか。」
「えっと…。」
「どうせいっつも鼻をぐすぐすしてて、話し方もトロい。そう思ってらっしゃるんでしょ。」
「は、はぁ…。」
「まったく…表面的な事しか見ていないんですね。それでも刑事なんですか。あなた。」
「え、どういうことですか。」
「ちゃんと向き合わないといけませんよ。彼と。あなたはそれができていないんだ。だから彼のしょうもないところだけに目が行くんです。」

ーなんのこと言っとるんやこいつ。

「あぁすいません。どうやら私は光定先生の表面的な特徴しか捉えていなかったようです。」
「まったく。」
「で先生。その人間的にもすばらしい光定先生をどういった理由で石大へ招いたんですか。」
「彼の力が必要だったんです。」
「それはなにかあれですか、研究とかに必要とか。」
「いや彼の存在自体が我々に必要なんです。」
「具体的におねがいできませんか。」
「彼は救世主(メシア)です。」
「メシア?なんで?」
「全能ですから彼は。」

先程から要領を得ない天宮の返答に古田は天を仰ぐしかなかった。

「なんなんですか先生。先生は光定を神だとでも言うんですか。」
「神とは人智の及ばない存在。彼は人間です。だから私はメシアと呼んだ。」

ーなんや光定は教祖かいや…。

「そんな稀有な存在を東一は活かしきれていない。だから彼を私のもとに呼んだ。」
「あなたはそのメシアを使用する立場にある。なるほどあなたが神というわけですか。」
「違う。」
「ほう。」
「わたしと彼はあくまでも対等です。彼は彼の能力で我が大学をもりたてる。私は地位や金で彼の環境を整えて力を最大限にひきだす。お互いが良いところを伸ばして弱いところをを補う、極めて対等な相互補完関係です。」
「…対等な存在でありながら、なぜ光定先生だけがメシアに?その先生の考えに寄って立つなら、天宮先生。あなたもメシアに足るのでは?」
「言ったじゃないですか藤木さん。光定先生は包容力が桁違いなんです。あれは常人のものではない。」
「よくわかりませんな。」

古田は首をかしげた。

「彼に東一の水は合わない。合うはずがないんです。」
「といいますと?」
「この世界はほぼ徒弟制度です。」
「そのようですね。」
「東一はそれの総本山。」
「はい。」
「いくら能力が高くて人間的に素晴らしくても、師匠に気に入られなければ出世はできません。」
「はい。」
「彼は御存知の通り社会性という面で難を持っています。そんな彼があの世界で師匠に気に入られるようなことは考えられるでしょうか。」
「え、でも現に師匠であるあなたは光定先生をメシアと言うまでに買っています。このことだけをもって東一でも光定先生はうまくやっていけるのでは?」
「私はいまは石川大学病院の名誉教授。東一の人間ではありません。」
「と言うとなんですか。もしもあなたが今も東一に在籍しとるとしたら光定先生をメシアとして見ることはできんってことですか?」
「はい。」
「なんで?」
「身分の上下があるからです。師匠と弟子。これが一生つきまとう。ですがあそこから出てしまえば自由の身です。光定先生の能力は東一が独占するものじゃなくなる。東一が所有していた光定先生の能力は、先生自身のものになるんです。そこで光定先生と私は対等になるんです。」

わけがわからなく、掴みどころもない。
天宮の発言は肝心なところがどこかぼんやりとしているように感じる。
彼は話をはぐらかすために、わざと先程から要領を得ない発言をしているのだろうか。
いやひょっとしてこの天宮という男は精神疾患かなにかを患っていて、このような話しぶりなのだろうか。
古田は頭の中を引っ掻き回されるような感覚に陥った。

「兎に角、光定先生ははかりしれない。」
「まぁ変テコな目の写真を机の中にどっさりしまい込んどるくらいですからね。」
「…。」

ーなんや…知っとるんか…。

「天宮先生。あれは何なんですか。」
「何って…あなた見たんでしょ。」
「いや、私はまだ見ていません。」
「じゃあその目で見ればいい。見ればわかる。」
「残念ながらワシは見れません。」
「どうして?光定先生は石川大学病院の外来にいますよ。」
「見るとどうやら様子がおかしくなるようでしてね。その写真。」
「おかしくなる?」
「なにやらそれを見た人間を操るような力があるとか。」
「…。」
「先程から天宮先生。あなたの様子がどうもおかしい。ひょっとしてあなたもその写真を見ることで、何らかの影響を受けているんじゃないんですか。」
「馬鹿も休み休み言え。」

天宮の口調が変わった。

「そんな漫画みたいな力があるか。科学的じゃないんだよ、あんたの話はさっきから。」
「ですが私の下に報告が入っているんですよ。光定先生と東一で同僚だった医師の何名かが、その目の写真を見て気分が高揚することがあったと証言しているんです。」
「気分が高揚するだけでしょうが。」
「まぁ。」
「しかも東一。」
「はい。東一がなにか?」
「言ったでしょう。あそこには自由がない。自由がない場所では存在を感じないんだ。」
「は?」
「あんたあの写真になにか催眠術的なものがあると考えてるんだろう。」
「まぁ。」
「違う。あれは神だ。」

インターホンが鳴ったため、天宮はそれに出た。

「はい。」
「警察です。どうされましたか。」
「さっきからお宅の職員さんがうちに居座って困ってるんですよ。」

ーくそ…いつの間に…。

「ちょっとどうにかしてくれませんか。」
「あ、はい。申し訳ございません。すぐに対処します。」


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