第47話



何の応答もない。

ー留守か…。

手をかけて扉を引くと、それはすんなりと開いた。

ーえっどういうこと…。

「天宮さーん。すいませーん。」

返事がない。

「こんにちはー。天宮さーん。郵便でーす。」

確認のため再度呼びかけるも反応はなかった。

扉の隙間から見える玄関の様子は古田が言っていたとおりの散らかり様だ。
老年の男がひとりで生活を営んでるとは到底思えないほど種々雑多な履物類が散乱している。
男物の草履のようなものがあると思えば、若年層が履きそうなスニーカー類もある。
はたまた女性もののパンプスがあったり、ブーツのようなものもあった。

ーどれもいうほど埃をかぶっていないな…。それにしてもなんでこんなにいろんな靴があるんや。こんだけの人間がいっつもこの家に出入りしとるとも思えんし…。

とにかく鍵をかけずに留守というのは不用心極まりない。
だからといって無断で住居に入って、留守番をするなんてこともできない。

ー困ったな…。

相馬はその場で電話をかけた。

「あ、古田さん。」
「おうどうした。」
「いま天宮の自宅の前にいるんですが、留守なんです。」
「あ?もうどっか行ったか。」
「まぁたぶんそうなんでしょうけど、鍵空いとるんです。」
「え?」
「玄関扉に鍵かかっとらんのです。んで呼びかけても何の返事もないんです。どうします?」
「不用心な…。部屋の散らかり様もそうやけど、そこんところまでズボラなんかいや…。んならほうやな…。わかった相馬。お前が派手に立ち振る舞うとちょっといろいろ面倒おこる可能性があっから、ワシからそのマンションの管理会社にちょっと言ってみるわ。」
「そうですね。」
「おう。それまでお前ちょっとどっか目立たんようにそこら辺におってくれ。管理会社の人間来たら、なんかうまいことして様子見てくれ。」
「はい。」

10分ほどしてこのマンションの管理会社の人間がやってきた。

「お電話くださった方ですか。」
「はい。昔、先生にお世話になった者です。改めてお礼を言いに。そしたらこんなでした。」
「お約束か何か。」
「はい。」
「それはおかしいですね。」

男は天宮邸の玄関に立ってインターホンを押した。
やはり反応はない。玄関扉に手をかけて開いたその隙間から天宮の名前を呼んだ。

「天宮さーん。ピコピコ不動産です。ちょっと中に入りますね。」

散らかる履物を目の当たりにした彼はそれに戸惑いながらも中に入った。

「あれ?」
「どうしました。」
「ほら、ちょっと耳を澄ませてください。」

こう言われた相馬は玄関の外で耳を澄ませる。

「ほら…なんか聞こえません?」
「…これ…なんか水が出っぱなしになっとるような音にも聞こえますね。」
「やばいな…ちょっと中見てきますわ。天宮さーん。」

男はこう言って靴を脱いで中に入っていった。

「うわあぁぁぁ!!」

相馬は即座に靴を脱いで部屋の中に入った。

「どうしました!」
「あ…あ…あれ…。」

隣人が指す方を見た瞬間、相馬は言葉を失った。

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「溺死?」
「ええ。」
「なに、風呂場かなんかでか。」
「いえ台所で。」
「はあ?」
「水を張ったたらいみたいなもんに頭突っ込んで溺れ死んどりました。」
「なんやって…。」
「自分の力で溺れ死ぬなんてできっこない。誰かに無理やりたらいに顔を沈められた。」
「誰や。」
「古田さんを通報した奴じゃないですか。」
「家ん中には天宮以外には誰もおらんがか。」
「これから調べます。」
「そうか。」
「捜一が来るまでに。」
「捜一はほうやな…。無線聞く限りじゃ後10分はかかる。」
「十分です。」
「くれぐれも捜一の機嫌を損なわんようあまり派手なことはせんようにな。」
「それは警視庁でも同じです。わかっています。」

電話を切った相馬は側にいた管理会社の男に声をかけた。

「すいません。ちょっと中見てきます。」
「え…ちょ、ちょっと…。警察来るまで待ちましょうよ…。」

腰を抜かした彼は力のない声を出した。

「大丈夫。もうすぐきます。それまでここでじっとしとるほうが何か嫌でしょ。」
「は、はい…。」

手袋をとりだしてそれを装着した相馬は他の部屋をひととおり見てみることにした。
どの部屋も先程の部屋同様、見事な散らかり様だった。

ドアを開く音

「あれ?」

この部屋だけは今までのものと対象的に、整理された状態だった。

ーシングルベッドと化粧台。床には物ひとつ置かれとらん。なんや…奥さんおるがいや…。

相馬は化粧台の引き出しを開けた。何も変わった様子はない。
続いて部屋奥のウォーキングクローゼットの方へ移動した。そこにはずらりと女性ものの洋服が掛けられていた。

ーここの床にも埃みたいなもんが付いとらん…。綺麗にされとる。日常的にここ使っとる証拠やな…。

クローゼットを背にした瞬間、相馬は背後に視線を感じた。

ーなんやこの気味悪い感覚…。

恐る恐る振り返ってみるもそこにはずらりと並んだ洋服類だけ。
ふと視線を上の方にやるや否や、相馬はそこから目をそらした。
ウォーキングクローゼットの上部の壁に、B6サイズほどの写真が貼られていたのである。
相馬は薄っすらと目を開く形でそれを確認した。
それはただひたすらにこちらの方をじっと見つめている目の写真だった。

「こりゃまるで宗教や…。」

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