第48話



金沢市内某スーパーマーケット。昼時のここの惣菜コーナーにはスーツや制服姿の者たちが目立った。
その中に溶け込むように弁当類を物色する三波の姿があった。

「いらっしゃいませ。」

妙齢の女性が三波のレジをしてくれた。

バーコードを読み取る音

「298円です。」
「TDで。」
「TD支払いですね。そこのリーダーでお願いします。」
「ディンギ♪」

ふと彼女の胸元にかかる名札に目をやると、そこには安井と書かれていた。

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スーパーの搬入口からタバコを手にして出てくる制服姿の女性を見つけた。

「安井さん。」

自分の名前を呼ばれた彼女は立ち止まってこちらを見た。
傘をさした男がひとり立っていた。

「私ちゃんねるフリーダムの三波と申します。休憩時間にすいません。」
「ちゃんねるフリーダム…。」
「ちょっとご主人について聞きたいことがありまして、3分ほどお時間頂戴できませんか。」
「あの人が何か?」
「ここじゃ何ですから、ちょっと隣の公園でお話できませんか。」
「いいですよ。」

二人はスーパーの隣りにある公園の四阿(あずまや)に腰を掛けた。

タバコの火を付ける音

「安井さやかさんですね。」
「はい。」
「改めまして私、ちゃんねるフリーダム報道部の記者、三波と申します。ご主人の隆道さんとは仕事でよく一緒に組んでまして、大変お世話になってます。」
「そうですか…。」
「そのご主人なんですが、最近社内での様子がちょっと変でして、そのことで奥さんにお話を聞きに来た次第なんです。」
「何やったんですかあの人。」
「いや何かの不祥事を起こしたとかじゃないんです。」

三波のこの言葉にさやかはわずかに安堵の表情を見せ、ため息をつきながらタバコの煙を吐き出した。

「…酒のトラブルじゃないんですね。」
「え…酒って…どういうことですか。」
「ご存じないんですね会社の人は。」
「いや…まぁご主人が無類の酒好きなのは社内でも知らない奴はいませんが、それがトラブルの元になったことは一度も。」
「本当に外面だけはいいんですよあの人。」
「と言うとなんですか。まさか。」

彼女はうなずいた。

「別にDVとかじゃないんですけど、酔い方がひどいんです。で、家のことは何もしない。私はパート掛け持ちしてクタクタになって帰ってきて、御飯作って、洗濯してって休む間もない。それなのに主人といえば会社から帰ってきて、疲れたって言って、そのままソファでゴロリ。おもむろに晩酌初めて気がついたら酩酊。ときどきトイレにも行かずにその場で吐いたりとかもあります。」
「そんな酷いんですか。」
「酒量も尋常じゃない。放っておけば日本酒なら1升いっちゃいますよ。冗談抜きで。おとなしく飲んでくれればまだなんとか耐えられますが、おっきな声でああでもないこうでもないって持論を展開するんです。で酔っ払ってるから何かと散らかす。もううんざりなんです。」
「そんなに…。」
「酒を控えるとかやめてとかこっちが言うもんなら、誰の稼ぎで食っていけてると思ってんだ的な感じでパワハラまがいの言動ですよ。ボロボロになります。」
「あの、それは昔からそうだったんですか。」

彼女は首を振る。

「もともと酒は飲む方でしたが、私に被害が及ぶようになったのはここ1年くらいからです。」
「1年前…。1年前に何かあったんですか。」

さやかは目を伏せた。

「実はわたし、ついさっきまで石大病院にいたんです。」
「え?」
「そこで聞きました。息子さんの良樹くんのこと。」
「良樹のことですか…。」
「気の毒です。急性骨髄性白血病らしいですね。」
「はい。」
「良樹くんにその診断が出たのが1年前です。」
「そうです。」
「なるほどそのあたりからご主人は様子がおかしくなったんですね。」
「良樹の病気は私らが協力して看る。そうすることで私ら二人の負担を軽くして、良樹にも心配をかけなくできる。そう話し合ったはずだったんです。」
「話し合った?」
「ええ。ですがあの人は勝手にひとりで背負い込んでしまったいたみたい…。良樹の病気の責任は自分にあるって。だから良樹が回復するまではあの子と顔を合わせることはできないって酒に逃げ出したみたいです。」

ーいちどは話し合いを持ってお互いが合意を得たはずなのに、返す刀で息子との面会拒否。変だ。

「その…ご主人がひとりで背負い込んでしまった理由に心当たりはありませんか。」
「わかってれば何か対応できます。」
「そうですね…。」
「良樹は頑張ってるんです。だからわたしらも頑張らないと…。それなのにあの人は逃げ続ける。あげく私にパワハラです。だから私はあの人と物理的に距離をおきました。」
「別居…ですか。」
「はい。家に帰って平穏な時間が流れる。このことがどれだけ貴重なことか身にしみます。あの人のことはもう聞かないでください。」

彼女は時計を見た。三波が申し出た3分は過ぎている。

「とにかく今の私はあの人とは関係ありません。御社であの人が変だと言うなら御社の方で対応お願いいたします。」
「わかりました。隆道さんのことは弊社の方で対応致します。ご迷惑をおかけしました。」
「いえ…こちらこそお力になれなくて…。」
「あ、最後にひとつだけいいですか。」
「なんですか。」
「さやかさん。隆道さんのあなたに対する態度、そして息子さんである良樹くんに対する態度。そのどれも人として最悪です。同じ職場の同僚として、自分は申し訳なく思います。」

そう言うと三波はその場で膝をついた。
そして額を地面にこすりつけるようにその場で土下座をした。

「申し訳ございませんでした。」
「あの…ちょっと…なんで三波さんが…。」

突然の三波の行動に彼女は困惑した。

「ただ…その最悪のクソ野郎である隆道のことを案じる人もいるんです。」

さやかの表情が曇った。

「お義父さんですか…。」

面を上げた三波は彼女の目を直視して言った。

「いえ。良樹くんです。」
「良樹…?」
「はい。」
「良樹がなんで…。」
「わかりません。ですが良樹くんは入院してから一度も顔を見せない父親である隆道さんの身を案じているようです。」
「そんな…。」

彼女は両手で顔を覆ってしまった。

「どうでしょう、さやかさん。ご主人の件はこちらの方で色々やってみようと思います。ですからそれが首尾よく行った際は、おふたりで良樹くんのところに一緒に行ってあげてくれませんか。」
「…もちろんです…。」

その場で泣き崩れるさやかを背に雨がしとしとと降っていた。

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