第52話 後半



おもわず空閑は車のブレーキを踏んでしまった。

「ツヴァイスタンって…社長…。」
「日本とは国交もない中央アジアの未開の国。ありえんだろ。」

ミラー越しに自分を見つめている仁川に気がついた。
後部座席から向けられる視線は圧倒的な殺気をまとっていた。
空閑は思わず身震いした。

「そのまま車を走らせるんだ。」

明らかに仁川の声色が違う。
空閑は言われた通りアクセルを踏んだ。

「妙な動きをした瞬間、君の脳みそがフロントガラスに飛び散るからね。」

撃鉄を引く音

「つ…着きました…。」

恐る恐るルームミラーで仁川の様子を伺うと、彼は窓の外を眺めていた。
空閑が運転する車は美川の小舞子海岸にあった。
外の雨は止む気配がない。
時刻は19時半。もちろん日は沈みきっており、あたりは漆黒の闇。波の音を遮るほどの雨の振り様だ。

「真っ暗だな。」
「は、はい。」
「これだけ雨降ってれば、誰にもバレずに上陸できたんだがな…。」
「な、何言ってるんですか?」
「あのときも僕のヘマで二人殺してしまった。」
「え?」

手にしていた拳銃のようなものを仁川は懐にしまった。

「しゃ、社長…いま、なんて?」
「殺した。二人。」
「こ、ころした?」
「ああ。」

ついさっきまで仁川は銃口をこちらに向けていた。
その行動が仁川の言葉の信憑性を補完した。

「僕は無益な殺生は好まない。妙な行動をしなければ俺は何もしない。空閑。君はどうする?」

どうすると言われても、何をどうすればいいのかわからない。第一空閑は自分の今の状況が全くつかめていない。突然自分の上司が銃口を突きつける事態。どう飲み込めというのか。

「どうもこうも…今の状況がわかりません。」
「僕は協力者を求めている。」
「協力者?」
「ああ。」
「協力って何のですか…。」
「何の詮索もせず、とにかく俺が言ったことを忠実に遂行する。そういう協力のことさ。」
「はぁ…。」

空閑は思わずため息を付いた。

「なるほどコミュはツヴァイスタンによる日本の浸透工作の一面。」
「…理解が早いね。」
「ありえないんですよ。赤の他人の悩みを聞くだけのサークル活動って。そんな事しても運営側は何も得しない。きっとその先に社長は別の何かを見てらっしゃるんだろうと思ってました。わたしはそれが知りたかった。ですがいま…やっとそれがわかった。まさか背後に外国勢力の存在があるとは…。」
「で。」
「仁川社長。あなたはツヴァイスタンの工作員。その工作員に協力をするということは私にこの国を売れということ。」
「僕は君が何を言ってるのか意味がわからん。返事がほしいだけだよ。」
「どうせこのままいっても氷河期世代の俺はのし上がることなんかできない。クソつまんねぇゴミどもにいいように使われてポイだ。そんなのはゴメンですよ。」

そう言うと空閑は両手を上げた。

「それに経済力と武力をもったあなたに、私のような雇われ丸腰男が勝てるわけがありません。降参です。社長の思う協力者になります。」
「随分と物わかりがいいんだな。」
「はい。損と得を天秤にかけました。」
「ならば僕に損を見出したとき、君は僕を損切りするわけだ。」
「そんなもんですよ。世の中は。事実俺は今までそうされてきた。社長、あなたもそうでしょう。あなたが私に損を見い出せば立ちどころに私を消す。その武器をつかって物理的に。」
「…。」
「社長。あなたが思い描く世の中のこと、俺にも少しだけでいいですから教えて下さい。」
「…教えることはできないんだ。」
「どうしてですか。」
「言ったろ。詮索はしないって。」
「あ…はい。」
「言えればどんだけ楽になるか…。」
「え?」
「あ、いや…。今まで通り僕のそばに居て察してくれ。」

雨音

朝戸を宿に送り届けた空閑はひとり車の中にあった。
8年前のあのときと同じく、外は雨だ。

通知音

携帯に目を落とした空閑は誰に言うわけでもなく呟いた。

「はじめます…。社長…。」

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