第53話



昼食を終え、裏口から病院内に入ろうとしたとき、寝袋のようなものに包まれたものがストレッチャーに乗せられて運ばれている事に気がついた。

ー検死…。

「痛っ…。」

結構な勢いで肩がぶつかったため、光定はよろけた。

「あ!すいません。」

彼は咄嗟によろめく光定の体を受け止めた。

「おっとっと…すいません。ちょっと急いでて…。」
「い…え…。」

お互いが胸につけているネームプレートを見る。
光定に体当たりをしてきたのは法医学の助教だった。

「あ、光定先生ですか。」
「あ…はい…。」

彼は改めて光定と正対した。

「残念です…。」
「え?」
「そうですか…先生は…まだご存じないんですね。」
「なん…のこ…と?」
「天宮先生です。」
「え…?」
「いま運ばれていったの天宮先生のですよ。」
「え…ちょっとまって…。どういうこと?」
「わかりません。いまから自分が検死しますんで。」

光定はとっさに彼の手を掴んだ。

「ちょ…先生。本当に自分今すぐ行かないと。」
「なんで先生が?」
「だからわからないんです。まぁ警察からの話ですと自宅で洗面器に顔を突っ込んで死んでたそうです。」
「え…それって自分で?」
「普通に考えたらそんな死に方できません。」
「…まさか。」
「だからそれを調べるんですよ。」

光定の手を振り払った彼は、駆け足でその場から立ち去った。

ー天宮先生が…殺された…だって…。
ーまずい…不測の事態だ…。
ーちょっとまって…ってことはあれとか管理どうなってんだろう…。

ポケットから携帯を取り出した彼は、メッセージアプリを起動した。

「訃報 天宮先生が亡くなりました。ウチの病院でこれから検死に入ります。」

送信音

しばらくして返信が来た。

「うそでしょ?」
「いいえ。本当です。」
「検死って…。どうして?」
「自宅で遺体が発見されたんです。どうも殺された疑いがあるようです。」
「殺された?」
「はい。」
「なんてことだ…。」
「曽我先生は天宮先生のあれに関する資料の管理ってご存知ですか。」
「人が亡くなったというときに、あなたは資料の管理に関心があるというのですか。」
「先生の死と資料の件は別です。」
「…あれは先生が個人で管理されてるはずです。」
「個人ということは自宅ですか。」
「そこまで把握してません。」
「…。」
「それを今でも天宮先生の方で保管されているかどうかも。」

「光定先生?」
「はっ!?」

自分の名前を突然呼ばれたため、光定は大きな声で反応してしまった。

「あ…ち…ぐさ…くん…。」
「大丈夫ですか先生。こんなところで…。」
「きみ…こそ…こん…なところ…で…。」
「さっき偉いさんがぞろぞろこっちの方に来てこっそり追いかけてきたら…。」
「そう…。」
「やっぱり天宮先生なんですか。」
「なんだ…千種くん…も知って…るのか…。」
「はい。」

光定はため息をついた。

「天宮先生は光定先生の恩師。残念です。」
「…。」

この千草の言葉に光定はうつむいたままで反応しなかった。

「先生?」
「…。」
「先生。大丈夫ですか。」
「うるさい。黙れ。」
「え?」
「恩師なもんか。あんなもん死んで当然なんだ、ざまぁ見晒せ。色ボケじじい。」
「せ、先生どうしたんですか…。」

突然の暴言。それに言葉にひっかかるところもなく、鼻をすする様子もない。
普段では考えられないの光定の様子を目の当たりにして千草は彼のことが心配になった。

「どうもこうも。自分の気持ちに素直になっただけさ。」
「先生…。」
「千草君。」
「は、はい。」
「君、天宮先生のところに行ってちょっと調べ物してきてくれないか。」
「え?」
「君、あのジジイの情婦だろ。」
「え…なに言ってるんですか先生。」
「嘘つかなくてもいいよ。知ってるよ。学生の時から上に取り入るなんてなかなかの政治力だよ。」

光定はそう言うとポケットから一枚の写真を取り出した。
そして千草を羽交い締めにしてそれを見せつける。

「ちょ…なんですか先生。」
「残念だよな…。」
「え…待ってください。」
「せっかく取り入ったってのに、勝手に死にやがって…。いままで下の世話散々やってきたってのにぽっくり行きやがってさ…。まったく…研究に関しては中途半端なくせに、下のことに関してだけは探究心が半端ないジジイだったな。」

抵抗を示していた千草の様子がおとなしくなった。彼の目はうっとりとしている。

「…はい。」
「でもこんなところで足がつくのは困るんだ。完璧にしなておかないと。」
「…そうですね。」
「この間、君空閑のところに資料届けてきてくれただろう。」
「はい。」
「あれは天宮から入手した写しだ。原本があいつの自宅かどこかにあるはず。」
「わかりました。自分が探して来ましょう。」
「流石だね。千草くん。物わかりが良い。」

羽交い締めにしていた腕をほどいた光定は千草を向かい合った。

「千草くん。君は天宮の愛人だ。そのあたり間違わないように振る舞ってくれ。」
「わかっています。」
「首尾よく行けばご褒美をあげるよ。」

千草は軽く頭を垂れてその場を後にした。

「となれば曽我は早めに消さないと…。曽我が消えるとなると僕のところにも自ずと捜査の手は伸びる。なるほど時間がないってことか。」

光定はその場で電話をかけた。

「ビショップ。僕だ。」
「だからあれだけ直接電話をかけてくるなって…。」
「頼みがある。」
「…なんだ。ナイトの件なら…。」
「違う。それはもういい。」
「おい…どうしたお前。話し方がずいぶんあれじゃないか。」
「曽我を消せ。」
「え?」
「悪いことは言わない。すぐにアイツを消すんだ。」
「なんで。」
「天宮が死んだ。話は後だ。あれのことが曽我から漏れるとまずい。こっちは天宮周辺の証拠隠滅の手を打った。」
「わかった。すぐに取り掛かる。」
「早急に。」
「まかせろ。」

ため息

電話を切った光定は力なくそこに跪いてしまった。
その瞬間とっさに物陰に隠れる者がいた。

「なんで…うそでしょ…。」

看護師の木下だった。

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