第56話



東京駅の新幹線のりば。その改札近くの柱に寄りかかって、ひとり佇む男がいた。
多くの人が行き交う場所で一箇所にじっと立つのは、何かの目的があってのこと。
大事な人の到着を待つであるとか、出発までの時間が妙にあるため、とりあえず足を止めて時間を調整しているかのどちらかの理由が考えられる状況だが、彼はどちらでもなかった。
彼は敢えてこの人混みの中にその身を置いていた。

「はい。」
「俺だ。」
「あっ情報官。」

雑踏の音が電話越しに聞こえる

「肩書はやめろ。他に聞こえる。」
「はい。すいません。」
「ったく…百目鬼…どこまでお前はうっかりさんなんだ…。よくそんなで理事になれたもんだ。」
「これだけ雑だから生き残ってるのかもしれませんね。」
「お前いまどこに居るんだ。」
「東京駅です。」
「なんでそんなところにいるんだ。」
「ちょっと野暮用がありまして。」
「あのなぁ…。」
「わかっています。目黒の件でしょ。」
「わかってんだったら、なんとかしろ…。」
「何とかって…人質事件は刑事部と機動隊のヤマです。え?陶さん。まさか目黒の人質、ウ・ダバとかと何か関係あるんですか?」
「いや…そんな話はこっちに入っていない。」
「だったら畑違いです。素人が首突っ込む話じゃありません。」
「ふぅ…。」

電話の向こう側からため息が聞こえた。

「あ、ありがとうございました。」
「いや別に。」
「おかげで松永課長と会えました。」
「良い方に動きそうか。」
「…わかりません。」
「そうか…。」
「ただ、いま世間で立て続けに起こってる事件についてお互いの認識を共有することができたので、自分としてはちょっと気が楽になりました。」
「なんだ…松永を一刻も早く解放させるんだったんじゃないのか?」
「課長の解放は私の結果の出し方如何でしょう。」
「まぁそうなんだが。」
「やりますよ。武士に二言はありません。」
「なるほど証拠を抑えたんだな。」
「気合ひとつ入れたところでそんなに直ぐに結果が出るんだったら、さっさと気合い入れてます。」
「なんだ…。だったら例の作戦とやらをさっさと使ってみたらどうなんだ。」

「理事官どうだろう…例の作戦は使っては。」
「あれを…ですか。」
「ああ。事ここに至ってはやむを得んだろう。」
「それは私で判断します。」
「そうだったな…。済まない。指揮権は君にあるんだった。」40

ーやはりすべて筒抜けか…。ここでこの発言…こいつ俺の出方を見てる…。

「自分、一応腹くくったんです。ここにきて上の方から指示されるのは実は結構ムカつくんです。だから松永課長にも出過ぎんなって言ってしまいました。ははは。なんかちょっと自分気が立ってるみたいっすね。」
「まぁ…立て続けだからな…。」
「陶さん。課長と俺の捜査のサポート今後ともお願いします。」
「あぁ何でも言ってくれ。できる限りのことはする。」
「ありがとうございます。」
「俺も察庁の人間だからさ。」
「はい。」
「武士に二言はないとの言葉。しかと胸に刻みこんだよ。百目鬼。」

電話を切った百目鬼はそれを胸元にしまった。
そして深呼吸をしながらゆっくりとあたりを見回した。
5名程度の外国人旅行者が地図を片手に円陣を書いている。その奥には大きなスーツケースを椅子代わりに腰を掛けてとりあえずの休息をとる者。土産物袋を地面において携帯電話で連絡を取るおばさんは百目鬼の10メートル先の大きな円柱に寄りかかっている。あちらこちらにさまざまな人が居る。そしてそれら静止する人たちを縫うように、これまた多くの人が行き交う。誠に忙しない空間だ。

「いち に …さん……さんか…。」

「俺に尾行なんて随分と暇人じゃないの。陶さん。」

こうつぶやくと百目鬼は動き出した。

ーもうちょっとうまく尾けるように指導したほうがいいな。すくなくともウチはここまで下手くそじゃない。

「結局法律とかじゃなくて、運用の問題なんだ。」

「くそっ。」無線1
「どうした。」無線2
「ロスト。そっちは。」無線1
「え?」無線2
「そっちはどうなんだ。対象は。」無線1
「あ…え…。」無線2
「ちっなんだよお前もかよ。」無線1
「こっちもロストした。」無線3
「巻かれた…。」無線1

車のドアを閉める音

「どこでもいいから適当に流してください。」
「流す?あのぅお客さん、そんなの困りますよ。それで後からクレームっていうのあるんですよ。」

後部座席を振り返ったタクシーの運転手はそこで言葉を飲み込んだ。
男が警察手帳を運転席に向けて見せていたためだ。

「…適当ですね。」
「はい。15分後には霞が関に到着するようにできるだけ遠くの方に流してください。」
「あいよ。」

運転手はアクセルを踏み込んだ。

「安全運転でお願いしますね。」
「は、はい…。」
「あ、電話していいですか。」
「どうぞ。」
「じゃあちょっと貸してください。」
「え?」
「ちょっと自分の調子悪くって。」
「えー自分の私物ですよこの携帯。」
「500円払いますから。どうです?」
「それならどうぞ。」
「助かります。」

百目鬼は500円玉と交換で運転手の携帯電話を受け取った。

操作音
呼び出し

「あ、俺だよ。トシさん。」

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