第57話



「あ、俺だよ。トシさん。」
「理事官ですか…。どうしたんですかこの番号。」
「いろいろ人間不信でね。これからは今までとは別の番号からそっちにかけることにする。」
「え…となると、こっちはいちいち見慣れん番号に警戒して電話に出んといかんことになるじゃないですか…。」
「そうだね。」
「わかりました別の機種を用意しましょう。」
「あ、頼める?」
「はい。」
「助かるよ。」
「…で、どうでした?」
「課長、知らなかったよ。池袋も新宿も。」
「え?」
「外からの情報は遮断されてるみたい。監視の目も厳しいから本当に簡単に課長に説明した。車が群衆に突っ込んだとか、ヤドルチェンコ警戒中に一般人がが刃物を持って暴れだしたとかって。…もちろんウ・ダバとかツヴァイスタンの影がちらちらしてるって敢えて言ったけどね。」
「で課長は。」
「俺の目を見てすぐに分かったみたい。適当に合わせてくれたよ。」
「流石。」
「東倉病院、池袋、新宿。こいつらがウ・ダバとツヴァイスタンの共同戦線ってのはどうも弱いんじゃないかって。」
「どうして。」
「具体的な理由は聞き出せていない。なにせ監視が厳しいからね。でも雰囲気的には俺らの見立てと同じじゃないかな。我が国と友好関係を築こうとしてるツヴァイスタンが、いまこの日本にテロまがいのことをしても何の得もない。ウ・ダバにしてもそのリーダー格であるヤドルチェンコを特高が常時監視中。今のところ変な動きは見せていない。この現状を知ってて一連の事件をウ・ダバのものやって決めつけたらちょっと頭おかしい人ってことになるからね。」
「しかし…その頭おかしい人の見立てがこの警察内で蔓延しつつあるのは理事官もご存知のはず。」
「ああ。特高でもその傾向が出てきてて俺はびっくりしてる。」
「え?特高でもですか?」
「うん。ツヴァイスタンとウ・ダバの現状を理解してアイツラの共犯はありえないことだって理屈では分かってんだけど、世の中がこの二者の共犯だって断定するもんだから、そう思い込んでしまうってさ。」
「え…本当にそんなこと言っとるんですか。」
「本当…だから弱ってる。」
「嘘も100回言えば本当になる的な話ですかねぇ。」
「まぁその嘘を触れ回っている奴が一番の曲者ってことであるのは間違いない。で、どう?」

百目鬼は運転手に500円玉をもう一枚渡した。彼はうなずいてそれを受け取った。

「例のサブリミナルの話ですが片倉に調査の指示を出しました。」
「そう…。でもあいつパンクするよ。このままだと。」
「ご心配なく、HAJABと繋げました。片倉は今後HAJABを別働隊にして動きます。」
「HAJABか…なるほど。」
「サブリミナルなどのIT分析関係の進捗はHAJABから直で理事官に報告が入ると思います。」
「わかった待ってる。」
「まだ報告があります。」
「なんだ。」
「石大病院の天宮が死亡しました。」
「なに…。」
「私が本人を聴取した直後の出来事です。自宅で水を張った洗面器に顔を突っ込んで死亡していたようです。」
「自力で溺死なんて無理だ。」
「はい。コロシです。」
「ホシは。」
「わかりません。ひょっとすると同居の奥方かも。現在手配中ですが未だ手がかりなし。天宮の件はすでに光定に張り付いている相馬に同時並行で調べるよう指示は出してあります。」
「ふぅ…ここであいつが死亡となると例の件がますます胡散臭さを強くさせるな。」
「はい。」
「鍋島能力か…。」
「なので片倉には東一の曽我をマークするよう依頼をしてあります。」

車の窓から見せる景色の遠くに警視庁の屋上にそびえ立つ電波塔が見える。

「トシさん。ちょっと片倉個人の力に頼りだな…。あいつがあまり特高を離席するようになると内部に不穏な空気が流れる。そうなると収集つかなくなるぞ。」
「理事官。それも想定の範囲です。」
「あ…。」
「きっと片倉のやつもそのあたりはわかっとるでしょう。」
「…そうだったね。」
「最後に…。」
「なに…まだ何かあるの?」
「件のウ・ダバのものと流布されとる声明についてですが、私なりに気になるところがありまして。」
「何?」
「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。これが中身です。」
「そうだね。」
「具体的なことには一切言及しとらん、どうとでも受け取れる声明。しかしこの【日本という国家の至らぬところを憂い】という部分がどうも引っかかりまして。」
「あ…確かに…。」
「ウ・ダバが発するメッセージとしては適当ではありませんよね。」
「…。」
「ウ・ダバはテロリストです。なんであいつらが他人の家を憂うんでしょうか。」
「…わからん。わからないけど、こういうことを聞いたことがある。」
「なんですか。」
「某宗教においては、異教徒に対して本気で憐憫の情を抱く傾向があると。」
「というと?」
「我らが信じる宗教以外のものを信じるとは何と不憫な。我らの教義の素晴らしさをどうにかして触れさせることはできないかと。」
「しかしウ・ダバは宗教を母体としたテロリストではありません。」
「破壊という名の宗教を信仰しているとも言えるのでは。」
「いや、そういうのではなくて私は素朴にこう思ったんです。日本を憂うということは、このメッセージは日本人によって作られたものではないかと。」
「日本人…。」
「ええ。映像からはウ・ダバしか連想させませんが、メッセージそのものだけを見れば我が国の憂国の士によるものとも考えることができるのではと。」
「…なるほど。」
「憂国の士といえば…理事官。」
「立憲自由クラブ。」
「殺害される直前、最上さんはこの立憲自由クラブについて言及しとったと聞き及んでおります。」
「右翼思想が先鋭化しているって件だね。」
「はい。」
「確か主催は大川尚道だっけ。」
「はい。ネットメディアでニュース解説をしとる論客です。」
「ちゃんフリとか言ってたよね。」
「はい。」
「ちゃんフリね…。」
「理事官、何か?」
「いや。」

百目鬼は腕時計に目を落とした。そして運転手に霞が関に向かうように依頼する。

「俺は一旦察庁に戻る。また逐一報告をくれ。」
「はい。」

電話を切った百目鬼はそれを運転手に返した。

「ありがと。」
「いえ。」
「いいんだろうな…家族って。」
「あ…え…どうしたんですか。」
「だめだよ。個人情報晒したら。待受がっつり家族写真じゃん。」
「あ…でも貸してくれって言ったのは…。」
「はぁ…もうちょっと個人情報の管理ってもんに気を使ったほうがいいよ。」
「す、すいません。」
「俺、その気になったらあんたの住所とか全部抑えられるんだから。」
「え…。」
「奥さんと娘さん二人。そうだね娘さんは大学生と高校生ってところか。」
「あの…。」
「ここで話した内容は記憶から消しておいてね。」
「あ…。」
「わかってるよね。」

車内には沈黙が流れた。

「なーんてね。」
「え。」
「そのまま警視庁まで行って正面で止めてくれるかな」
「は、あ、はい。」

百目鬼は今度は自分の携帯を手にして電話をかけた。

「あ、百目鬼だけど班長いる?」
「り、理事官ですか。班長は…。」
「あっそ。居ないんだ。どこで油売ってんのかね。あいつ。」
「すいません…わかりません…。」
「ちょっと寄らせてもらうよ。」
「え、理事官はいまどちらですか。」
「タクシー。」
「タクシー?」
「うん。あと10分程度でそこに着く。」
「あ…は、はい…かしこまりました。お迎えいたします。」
「うん。よろしくね。」

携帯を切る音

「ふふふ…。」

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