第58話



「おい聞いたけ。今度は目黒の大学で立てこもりやって。」
「マジけ。」
「こうも立て続けってどうかしとると思わんけ。」
「あれけ、ツヴァイスタンとかの…。」
「さぁ分からんけど、ほれやったら大事やぞ。」
「連続テロ事件みたいな?」

喫煙ルームから漏れ聞こえる会話を耳にしながら椎名は鞄を担いで会社を後にした。

「現在MHK第一放送では東京目黒区で起こった人質事件の中継を地上波テレビ放送と同じ音声でお届けしてます。」
「社会部の氏家さん。犯人はなにやら妙なことを口走っているとかと聞いていますが。」
「はい。人質をとって立てこもっている犯人は当初から【日本を壊せとか潰せ】と何度も叫んでいるようです。」
「え?それは我々に向かって言ってるんですか?」
「わかりません。警察では犯人が極度の興奮状態にあるため口走っている言葉ではないかと考えているようです。」
「…はい…えーたった今人質事件に動きがあったようです。事件現場の大学キャンパス付近からお伝えします。」
「はい。先程、犯人に人質の解放を呼びかけていた警官が建物の中に単身で乗り込みました。現在現場はその様子を見守っている状況です。あ!女性です!人質と思われる女性が開放された模様です!女性が走って外に出てきました!ひとまず人質は開放されたようです!」
「伏木(ふせぎ)さん。中には犯人と説得にあたっていた警察官が居たと思いますが、その二人はどうなんでしょうか。」
「はい。二人の姿はまだここからは確認できていません。おそらく警官が犯人に投降を呼びかけているものと思われます。あ!出てきました!警察官です!え…。」

ラジオの音声がしばらく無音になった。

「大変ショッキングな映像をお見せしたことをお詫び申し上げます。えーここからはスタジオからお伝えしたいと思います。スタジオには社会部デスクの氏家さんを呼んでいます。氏家さん。ひとまず事件は人質が開放されたわけですが…。」

椎名はラジオを切った。
そしてコンビニの駐車場に車を滑り込ませて、携帯を取り出してSNSを開く。
【目黒 人質】で検索をかけると無数のコメントが表示された。
その中のコメントの一つに動画が貼られている。椎名はそれをタップして表示させた。
建物の中から警察官が現れた。足取りは確かであるが何かがおかしい。彼は顔のあたりをしきりに腕で拭っている。
映像は警官の表情を抑えるためにズームをかける。
アップで映された警官の顔は小豆色の液体にまみれていた。
次の瞬間映像はブラックアウト。そこでSNSに貼られた動画は終了していた。

「こりゃ放送事故だわ。」

SNSをそのまま読み続けると警官が犯人を撃った際に浴びた返り血みたいなものが顔にかかっているのではと物議を醸しだしていた。

「んなわけねぇだろ。サツのしょぼい銃なんかであそこまでガッツリ返り血浴びないって。」
「それよく見みろよ。顔だけじゃないよ返り血。制服にもべっちょり付いてるじゃん。」
「こりゃ頸動脈あたりやったな。刃物で。」

こう言った瞬間、彼の携帯に通知が入った。ニュースサイトからのものである。「目黒区人質事件 人質は無事解放 犯人自殺した模様」とあった。

「自殺か…。サツが興奮して犯人の首をぱっくりやったってところまでいったら結構いいとこ行ってんだけどな…。」

続いて椎名はSNSのメッセージアプリに未読2件の表示があったため、それを確認する。
空閑からのものだった。

「ナイトの記憶が戻ってきてるって件は落ち着いた。けど記憶障害が顕著に出始めている。クイーンの存在自体があいつの頭から無くなっている。クイーン曰くもって2,3日だそうだ。」

「クイーンの存在自体が無くなった…だと。」

こうつぶやくと椎名はそれに返信をした。

「俺とお前は?」

しばらくしてそれは返ってきた。

「少なくとも俺があいつと会っていた時点ではその記憶に問題はなかった。」
「なんでクイーンだけ?」
「わからん。それよりも悪い知らせがある。天宮が死んだ。」
「え?」
「殺されたらしい。」
「なんで?まて、それニュースになってるか?」
「理由は分からん。ニュースにもなっていない。クイーンからの報告だ。あいつの病院に遺体が搬送されたらしい。」
「待て、となるとあの研究は。」
「だから予防的に曽我を消すことにした。すでに手を打ってある。」
「まて。それはお前の独断か。」
「いやクイーンからだ。」

ーナイトから記憶が消え、天宮が死亡し、曽我を消すよう指示を出す。まるで自分の痕跡を消すような動きしてるじゃないか…。クイーン…。

「とにかくこのメッセージのように痕跡はさっさと消しておいたほうがいい。」
「わかった。」
「天宮殺害は誰の仕業かこっちでも調べてみる。」
「頼む。で、ナイトはいまどうしてる?」
「多分宿で休んでると思う。それか回転寿司だ。」
「寿司?」
「金沢名物を食いたいとかで店、紹介した。よかったら連絡とってやれよ。会いたがってたぜ。」
「あ、あぁ…。」
「まぁそれよりもKの件か。」
「それはまた別の方法で報告する。」
「了解。」

メッセージのやり取りはここで終了した。空閑とやり取りをしたチャット形式のメッセージは時間を追って消え、10秒後にはすべてのメッセージが消えていた。
携帯上部に表示される時刻は17時半。外はまだ明るい。

「Kとの待ち合わせまであと一時間か…ちょっと早いけど先にボストークに行ってるか。」

車を出す
しばらく走らせる

「あれ?あの車…さっきも俺の後ろに居た気が…。」

ルームミラーには軽の白いバンが映っている。
その車は椎名の車と一定の距離を保って走行していた。

咄嗟に椎名はエンジンブレーキとフットブレーキを合わせて後続車との距離を詰めた。
ルームミラー越しに運転手の顔が確認できた。
齢60程度の日に焼けた老人だ。彼は前方の椎名の急な運転にも関わらず平静を保った様子だ。

「間違いない。あのジジイ、会社出てすぐの段階で俺の後ろに居た。」

椎名は会社を出てラジオを聞きながらしばらく車を走らせた。そしてニュースの詳報を知るためにコンビニにしばらく停車。それから再び移動を開始した。一度寄り道をしているにも関わらず、同じ人間が自分の後ろを走っていることに偶然という感情よりも不審を抱いた。

「急ブレーキしたのに落ち着き払ってる…。ただ年取って鈍くなってるだけか…。」

右左折しても後ろの白い軽のバンは付いてくる。時折あいだに別の車両が入り込むことがあるが、サイドミラーなどで白い軽は後方にいることが確認できる。

椎名はそっと携帯電話を取り出した。
そして外から見えないような角度でそのシムを抜き取り、別のものを差し込んだ。
そして電話帳を操作し電話を掛ける。
まもなくそれは応答された。

「はい。」
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「尾行。なんとかして。」
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「誰?。」
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「60老人。黒い。軽 白 バン。石川501 り 〇〇〇〇。」
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「了解。調査する。」
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「どれだけかかる。」
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「すぐに。」
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「了解。」
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携帯終了ボタン

「このタイミングで尾行始めたってことは…。まさか公安にバレ始めてるってことか?」

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