第59話



朝から振り続ける雨は、いつもよりも早い夕闇が訪れていた。
前照灯を灯した彼は携帯電話を操作し電話をかけた。Bluetoothヘッドホンを装着する彼はハンドルを握ったまま口を開く。

「三好。」
「なんや。」
「ちゃちゃ入ったわ。」
「え?もう?」
「岡田課長から椎名のマークを一旦やめろって。」
「課長から?」
「ああ。」
「どいや…ってか課長ねんろ。椎名つけろっていったんは。」
「おう。椎名の尾行バレたらワシか課長のどっちかがモグラの可能性があるって言っとった本人がやっぱやめろって。」
「その言いっぷり真に受けると、どっちがモグラか課長には分かったってことか。」
「…そうなるな。」
「なんやワケワカランな。」

Bluetoothヘッドホンを装着したまま富樫はそのまま車を運転する。

「まぁお前は一旦離脱してくれ。」
「わかった。」
「こっからはワシがやる。」
「頼む。」

さっきからずっと椎名の車のルームミラーに映っていた白いバンは、
ウィンカーを出し交差点を曲がって姿を消した。

「早い…。」

椎名は再び携帯を通話の状態にし、その受話器に指をあてがった。

「消えた。」
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「よし。」
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「早い対応助かる。」
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「礼には及ばん。」
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信号が赤になった。椎名の運転する車はゆっくりと止まった。

「しかし早すぎる。」
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「早いほうがいい。」
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「気にし過ぎか。」
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「しばらく出れない。後は頼む。」
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「了解。」
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電話を切り、手早く彼はそのSIMを入れ替えた。

ーあいつが手を回してすぐに消えるってことは、あの白いバンは確実に警察関係…
ー俺の警戒レベルがここに来て上がってるってことだから、どこかであいつら察知し始めたのかもしれない。
ープランCエスに切り替えるか。

信号が青になったので、椎名はアクセルをゆっくりと踏み込んだ。

前方の車が発信するのを確認し、富樫は一定の距離を置いてそれを追尾し始めた。

携帯の発信音

「いいんですかね課長。」
「いい。ばれんようにやるのが仕事や。」
「きっびしいですね…。」
「悪いね。…しかしこれでわかった。椎名のやつ、直で警察側の人間と連絡取れる手段持っとれんな。」
「方法はまだ判然としませんが。」
「そのうち分かる。とにかく警察にモグラがおるのは確定や。」
「誰ですかね。」
「まだ分からん。ま、モグラがおるって事実さえ分かれば十分や。あとはあっちに任せよう。マサさんはこのまま椎名を継続監視で。」
「了解。」
「椎名の奴、何企んでんだ…。」
「課長、ワシはあいつの様子を見てきました。」
「うん。」
「椎名という人間の面倒をみるように指示されてから、ワシの人生の大半をあいつに捧げてきました。月に一回あいつと直接面談し、妙な考えを持っとらんかを取り調べる。んで暇さえあればあいつの自宅での様子を監視カメラで観察して、変な動きを見せんか探る。単調で根気のいるしんどい時間をいままで過ごして来ました。椎名に関しては他の誰よりもワシが知っとる。」
「わかってる…。」
「しかし今回の件でそれが大きな勘違いやったってことに気付かされた…。」
「マサさん。もういいやろ。」
「課長…正直ショックなんですよ。随分と長い間、誰よりも椎名のことを見てきたはずなんに、あいつが警察の誰かと直でコンタクトを取っとったことに、今の今まで気づかんかったこと。」
「もうやめとけや。」
「ワシをすっ飛ばして頭越しに直でやり取りする警察の誰かさんもさることながら、身近で世話してきたワシに悟られんように特高とコンタクトとっとった椎名にもがっくり来ました。」
「…。」
「ははは…勝手に思い込んどったみたいですね。自分の仕事ぶりを評価して、椎名にも信頼されとるって。ワシ…。」
「…マサさん。仕方がない。人間やし。」
「はぁー。」
「ツヴァイスタンに拉致され、決死の思いでそこを脱出。なんとか母国に逃げおおせたと思ったら仁川征爾という人格は捨てよと言われる。そして椎名賢明という全く架空の人物になりすまして生きていくことを強いられる。しかも公安の厳重な監視のもとで。世界有数の監視社会であるツヴァイスタンから、その目をなんとかかいくぐって自由の国に返ってきたはずなのに、ここでも同様の監視体制。あまりにも気の毒すぎる男や。そいつを毎日監視しとったら情が移るのは仕方がない。情は目を曇らせる。そこを察知して担当を変えんかった俺にも責任の一端があるよ。」
「フォローの言葉ありがとうございます。」
「ま、モグラがその手で何か企んどるんやったら、こっちもこっちでやらせてもらう。ほんでいいがいや。」
「…しかし、何考えるとるんや…。」

富樫は大きく息を吐いた。

「本部から北署。」
「はいこちら北署。」
「小立野で発生した199事件について、マル被に関する情報はその後入っているかどうぞ。」

そして搭載されている無線の音量を上げる。

「えー同居の配偶者の行方がわかっていません。現場の様子をみる限り、マル害の配偶者の寝室が非常に整理された状態で、ついさっきまでその配偶者が家にいたような痕跡がありますが、本人は行方不明です。」
「マル害の配偶者。名前は。」
「天宮しのぶ。60才。」

「天宮!?」
「そう。」
「天宮って、さっき古田さん聴取したあの天宮ですか!?」
「そうねんて。」
「その天宮が殺された?」
「古田さんがPMに連れられてしばらくして別の人間が天宮の遺体発見。で捜査一課が乗り込んだ。ほんで俺らのシマで勝手なことすんなってウチに猛抗議。予算泥棒はでしゃばるなって。ほんでなんやら椎名あたりでもチョロチョロしとるみたいやってどっかからクレーム入って、それが特高へ。特高からケントクに下りてきたってのが、今回の椎名尾行の顛末ってことなんやわ。」
「椎名あたりでチョロチョロしとるってクレーム?誰が?」
「わからんのや…それが。」
「ほやけど、その今の課長のクレームの流れ聞く限りやと、えらい現在の警察の内部状況に通じとる感じですね。」
「ああ。予算関係、力関係、人間関係それらすべてを知って初めて椎名の尾行をはずさせる事ができる。」
「…気持ち悪い。」

富樫の目の前の車は100円パーキングに滑り込んだ。

「ま、そのためのデコイ。椎名はマサさんの尾行には気づいとらんはず。ちょっと上手いことやってみてくれ。」
「わわりました。」

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