第61話



時刻は17時半。外来診療は終了し東京第一大学附属病院の様子は昼間と打って変わって落ち着いた空気に包まれていた。
診療科ごとに設けられた受付窓口で、事務員がパソコンを操作し何かの入力作業をしていると思えば、その奥から時々談笑が漏れ聞こえる。
片倉はその中の一つの心療内科の前に立った。

「何か用ですか。」

受付の女性が片倉に声をかけた。

「あの曽我先生はいらっしゃいますか。」
「失礼ですが、どちら様ですか。」
「ドットメディカルと申します。」

そう言って片倉は名刺を彼女に渡した。

「ドットメディカル?」
「はい。」

女性は聞き覚えのない社名であるといった顔つきである。

「お約束か何かですか。」
「いえ。」
「先生はお忙しいので、約束のない方とお会いにはなりません。」
「約束はありませんがついこの間も先生とお話してまして。」
「でも今日はアポ無いんでしょ。」
「はい。」

女性は困ったような表情を見せて一旦席を外した。そして奥の方で誰かと何かを話して戻ってきた。

「先生は本日から3日間お休みを頂いています。」
「え?お休み?」
「はい。」
「あ。あぁ…そうですか…。」
「なので日を改めてください。」
「今日から3日ってことは、火、水、木…。金曜ですね。先生がいらっしゃるのは。」
「はい。」
「ご親切にありがとうございます。」

片倉は女性に向かって丁寧に頭を下げた。

携帯操作音

「先生。曽我先生お休みだって言われましたよ。」
「え?」
「ご存じなかったんですか。」
「おかしいですね…昼の時点では院内にいたんですが…。」
「すいません。確認できますか。」
「待ってください。折り返します。」

しばらくして着信が入った。

「はい。」
「体調不良だそうです。曽我先生。」
「体調不良?体調不良で急遽3日休むって結構重症ですよ。」
「そうですね…昼見たときはそんな感じに見えなかったんだけどな…。」

ー待て…嫌な予感がする。

「先生。」
「はい。」
「曽我先生の急な休みのことちょっと調べてもらえます?」
「調べるって…だから体調不良だって言ったじゃないですか。」
「あの、その体調不良の具体的な様子とそこまでの経緯を知りたいんですよ。つい数時間前までピンピンしてた人間が突然そんな長期の休みをとるほど体調を悪くしたなんて不自然じゃないですか。曽我先生の周りにきっと何かが起こったんですよ。」
「何かって…。」
「そこを知りたいんです。先生。曽我先生の部屋ん中とかちょっと入れませんか。」
「え…それは…。」
「先生…。自分、先生にはこの病院で活躍して欲しいんですよ。」

片倉はポケットから取り出したICレコーダーの再生ボタンを押下し、そのスピーカ部分に自身の携帯電話のマイク部分をあてがった。

「だってキモいじゃないですか。あの人。」
「だから無理なんだって。」
「ったく…。」
「光定ですよ。」27

「まぁ確かにへんてこな目の写真のコレクターって時点で光定先生はヤバいです。でもそれは心の中にとどめておくのが大人として正しい振る舞いだと思いませんか?」
「ちょ…何?これ。」
「何って先生がこの間、自分の目の前で喋った言葉です。」
「え…確かに俺言ったけど、ってかなんであんたのセリフ消えてるの?」
「さぁ…。機械の調子おかしかったんですかね…。」
「待って待って。これ捏造だろ。」
「捏造?」
「都合のいいところ切り取った捏造だよ!」
「何いってんですか。あなた今、俺が言った言葉だってご自分でおっしゃったじゃないですか。」
「あ…。」
「こいつムカつく。殴りたい。殺したい。ディスりたい。陥れたい。裏切りたい。何を考えてもそれを言葉にさえ出さなければ、その考えている事自体を罪に問われることはありません。でもこれが一旦口から出るとその発言には責任が付きまとう。どうもあなたはその辺りの認識が弱いようですね。」
「ちょ、ちょ…。」
「思ったことを簡単に口にしてしまうのは、その後のことをあなたは何も考えていないからです。つまりあなたはその場の感情に任せて発言する傾向がある。そういう人物は得てして言葉尻を取られて足元をすくわれるものです。敵にやすやすつけ入る隙を与える人物を重用する組織がどこにあるでしょうか。ねぇ。」
「…。」
「先生は曽我先生の部屋の鍵を開けておくだけでいいです。後は自分がやります。」
「…は、はい。」
「1時間後までになんとかできますか。」
「やります。」
「大丈夫ですか。本当にできます?」
「やってみせます。」
「助かります。」

携帯を切った片倉はそこに表示される時計を見る。18時5分前だ。
自販機の前に立った彼は缶コーヒーを買って、それを手にした。
古田は天宮に曽我について聴取した。そのとき天宮の記憶から曽我の存在はかき消えていた。そして今、曽我本人が暇乞いという形で、病院からその存在を消した。

「次なる手はまさか…曽我自身を消す…なんてことじゃねぇやろうな…。」

これが片倉の胸騒ぎの原因だった。
缶コーヒーを一口飲んだ片倉はまたも携帯で電話をかけた。

「俺や。」
「進捗確認早すぎです。」
「いや。別件で頼みがある。」
「なんですか。」
「曽我遼平という人物を追っかけてくれんか。」
「追っかけるって?」
「張り込みや。」
「張り込み…ですか。」
「ああ。ドラマみたいにそいつの自宅の周辺で動きを探る。」
「…ウチはインターネットの世界の監視はやってますが、アナログ世界はやったことありませんよ。」
「理屈は一緒や。」
「…わかりました。」
「おし。ほんじゃ後で送る住所の様子、おたくの信頼できる社員に調べさせてくれ。」
「了解しました。」
「どこにでもおるような、特徴のない奴を使ってくれ。」
「わかりました。手配します。ところでどれだけの期間ですか。張り込み。」
「長くて3日。ひょっとすると延長もあるかも。」
「10万でどうです?」
「さすが商売人。工期と予算の確認は大事やもんな。」
「はい。トラブルのもとですから。」
「いいよ。随分良心的な金額やな。」
「古田さんからも仕事回していただいてるんで。」
「へぇ…トシさんからも。」
「はい。」
「…HAJABさん。商売繁盛ですね。」
「公安特課さんのおかげでございます。ありがとうございます。」

空になった缶をゴミ箱に捨てた片倉は髪をかき分けた。

「で例の件は。」
「片倉さんにいわれたとおり、その怪しげな目の画像を読み込ませて、それに類似するカットがインサートされている動画を手当たりしだいに当たらせるプログラムを作り始めています。」
「いつできる?」
「そうですね。1週間もあれば。」
「もうちょっと早くできない?」
「うーん。」
「国の命運がかかっとるんやけど。」
「あの…そのセリフ反則です。」
「あ?そう?」
「そうですよ。そんな断れなくなるような事言われると無理しないといけないじゃないですか。」
「うん。無理してほしいんや。」
「はぁ…ブラックですね。」
「そ。ブラックよ。公安特課は。」
「やりますよ。やります。」
「で、いつできる?」
「3日で。」
「さすがやね。江國社長。」
「特急料金発生しますからね。」
「もちろんや。がんがん請求してくれま。」
「じゃ。」
「明後日楽しみにしとるよ。」
「え!?明後日?」
「じゃあな。」

電話を切ってものの数分も経たないうちに江國からメッセージが入った。
曽我の張り込みを行うHAJABの社員の顔写真付きの履歴書と連絡先が添付されている。
思わず片倉の口から驚嘆の声が漏れた。

「仕事早ぇ…。」

急かされるように彼は曽我の住所を江國に送信した。

「世代交代やな…。」

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