第74話



公安特課機動捜査班のフロアには常時20名程度の人員が詰めている。部屋の中央には大きなセンターテーブルが置かれ、それを囲むように各捜査員のためのパーテーションで仕切られたスペースがある。
ここに戻ってきた紀伊は部屋の主である片倉の席の方を見た。そこはまだ空席だ。

「班長はまだ?」

紀伊は近くの捜査員に声をかけた。
彼は片倉の席をちらっと見て応える。

「ええ。ごらんのとおりです。今日は殆ど空けてますね班長。何かあったんですかね。」
「そうだな…。」
「主任ご存じないですか。」
「あぁ、何も聞いてない。」
「あの…それってどうなんですかね。」
「うん?」
「仕事柄秘密裏に動くのは仕方ないですけど、少しは部下の俺らにも言ってくれないと、正直不信感が募りますよ。」
「やめろ。そんなネガティブな事言うな。」

部下の愚痴を注意した紀伊は自分の席に移動した。

「主任の自己犠牲の精神は立派だ。部下の鏡だよ。けどね。人間、班長みたいな人間ばっかりじゃないんだよ。現に、君の部下から僕は片倉班長に関する苦情を聞いている。あぁご心配なく。君がいま思い浮かべている人物以外からも。」
「上司を思いすぎるために部下をないがしろにするのは良くないよ。紀伊主任。」
「いい?僕は困ってるの。片倉班長に。」
「だから君にヒントをあげたんだ。特高を頼むよ。」60

ーもしかして俺が思ってる以上に、特高内の不満は高まってるのか…。

椅子の背もたれに上着を掛け、紀伊はそこに座った。
そして大きく息をついた。

ー新宿事件のヒント…。

「石川。」
「石川?」
「うん。後は主任の方で考えてみて。」
「え?それだけ?って…自分でわかるんですか。そのヒントだけで。」
「さぁ。」
「そもそも石川って何のことですか。」
「班長の出身地さ。」
「あぁ石川県ってことで。」
「うん。」
「新宿のヤマと石川県が何らかの関連性があると?」60

ー新宿の無差別傷害事件。被疑者の記憶がおかしい事例を捜査一課はすでに把握しているはずと百目鬼理事官は確かに俺に言った。しかもそのヒントは石川県。敢えて班長の出身地である石川県と言ったところから、片倉班長自身が何らかの形で関わったことがあるという事を匂わせている。
ー「石川」「記憶がおかしい」で連想されるのは鍋島能力を使用した事件だろう。…百目鬼理事官は鍋島能力が今回の事件に関わっていることを既に掴んでいるってわけだ。
ーそれを掴みながら、俺と片倉班長の仲を裂き、あわよくば班長を引きずり落とそうとさえ思える言動…。どういうことだ…。まさか百目鬼理事官はこちら側の人間なのか…。

「あのさ言っとくけど、あくまでも私見だからね。この私見の裏取るのは主任の方でやってみて。で、ものになりそうだったら捜一にぶつけてみてよ。」60

ーここで俺が捜一に新宿の無差別傷害事件に鍋島能力が関わっているのではとぶつけてみたとする。にわかには信じられないオカルト話だから取り合ってくれないかもしれない。となれば捜一は俺を変な目で見るようになってしまうだろう。そうなりゃ今後の情報入手にマイナスとなる。
ー一方、もしも関心を示して警視庁の捜一と石川の捜一が連携するなんてことが起こると鍋島能力の源泉は光定公信の研究にあるとバレてしまう。そしてそこから芋づる式に天宮研究の実態も暴かれる可能性がある。
ーいずれにしてもこの鍋島能力ネタを捜一にぶつけるメリットは俺にはない。

紀伊はラップトップを開いた。
キーボードの音

ーそれにもしも理事官がこっち側の人間だったとして、あの能力の存在を今の段階で明るみにするのは何のトクもないはずだ。なんで俺に捜一にぶつけてみろって言ったんだ?…わからん。あの方といい、班長といい、正直わからん…。

バイブ音

携帯を取り出した紀伊は人目を忍んで画面を覗き込んだ。

ーなんだこれ…。

「曽我はどう?」と表示されるそれを見て彼は固まった。

ーどうって何言ってんだビショップのやつ…。

彼は辺りを見回した。自分の空間で銘々が仕事に没頭している中、センターテーブルには捜査員3名がパソコンを開いてキーボードを叩いている。

ーここじゃ無理だな…。

「ちょっと腹痛くなってきた。便所行くわ。」
「え?大丈夫ですか。」
「わかんね。しばらく頼むよ。」

そう言って紀伊は近くの便所に駆け込んだ。
個室に入った彼はそこでSIMカードを差し替えて携帯を操作しだした。

「何だあのメッセージは。」
「何だって曽我はどう処理されてるか確認でさ。」

ー処理ってどういうことだ…。

「待て…曽我に何があった。」
「お前知らないのか?」
「何だ?言ってることがよくわからん。」
「曽我を処理した件だよ。」
「処理?なんだそれ。」
「もう警察で回ってるだろ。」

ーサツの中で曽我の処理が回ってる?
ー…え…待てよ…。

「まさかお前、曽我を殺したのか?」
「ああ。」
「天宮が急に死んでしまったから、鍋島能力の研究を痕跡を残さないようにするため、曽我を殺した。」
「そうか。…確かにそれは必要なことだが、曽我が殺されたって話は俺のところに入ってない。」
「おかしいな…けっこう前だぜ。」
「あぁ…ちょっと後で確認しておく。」
「ってか大丈夫?ルーク。ちゃんと警察の中グリップしてる?」
「問題ない。」
「あのさ最近、警察の動きがおかしいんだわ。」
「どうおかしい。」
「その曽我を処理したときも実行部隊が一時警察らしき人間にマークされたらしい。だから警察は曽我の処理は知ってるはずだと思ったんだけどな。」
「サツが実行部隊をマーク?」
「あぁ。あくまでもらしき人間だけど。ヤドルチェンコはプロだって言ってた。」

ー俺の知らないところでそんな捜査が…。マルトクじゃないことは明らかだ。それにしても実行部隊をマークしてて曽我を殺されるってボロすぎないか?

「あと天宮の件なんだ。」
「なんだ天宮がどうした。」
「殺されたんだって?」
「は?」
「え?知らない?」
「ああ。」
「本当かよ…。」
「警察内では自殺で処理されてるが。」
「まじで?」
「待てビショップ。お前はそのネタどうやって手に入れた。」
「クイーンから。」
「クイーン?。」
「なんでも天宮の遺体は石大病院に搬送されて、その検死に当たる法医学の医師から他殺じゃないかってクイーンは直に聞いたそうだ。」
「なんだそりゃ…。」
「とにかくアイツ的には鍋島研究の痕跡を消すのが最重要ってことで、そのときは俺に曽我の処理を指示しただけだった。で、ここに来て天宮殺しの犯人は誰なんだってことでさ。」

ーなんで殺しが自殺で処理されてんだ。曽我の件にしろ天宮の件にしろ、捜査一課はなに隠してんだ…。

「とにかくサツの中はこっちで当たる。」
「頼む。」
「改めて連絡する。」

SIMカードを入れ替えた紀伊は便座に座り、大きくため息を付いた。

「え?ホシが死んだ?」

ー片倉班長?

「あぁガイシャものと思われる財布と一緒に発見されてさ。」
「どこで。」
「現場から2キロほど離れた公園の茂みで。首ぱっくりヤられてさ。おかげで早期解決。撤収に入ってる。」
「そうか…。」
「どうした?何かあった?」
「まぁ…ホシは直接的な関係はないけど、ちょっとな。」
「ちょっとって?」
「すまん…捜査の関係上言えない。ただ…そのコロシの件、実は通報からついさっきまでこっちに情報入ってこんかったんや。」
「なんだって?マルトクにか?」
「ああ。」
「無線でも?」
「うん。」

ーえ?まさか曽我の件のこと言ってる?…ホシは死んだ?

「それ…あれじゃないの。」
「なに。」
「ほらお前んところヘマ続きだろ。ハブられてんじゃないのかよ。」
「やっぱり…。」
「でもありえないんだけどな。」
「ありがとう。助かった。あとでホシの写真もらえる?」
「ああ、いつもの感じで渡すよ。」
「すまない。」

ーもしも曽我のこと言ってるとしたら…。

「紀伊?」

ーえ?俺のこと呼んだ?

「紀伊やろ。大丈夫か?」
「あ…は、はい…。」
「聞いたぞ腹の調子悪いんやろ。」
「ええ…。」
「あんまり無理すんな。今日は適当にもう上がれ。あとは俺でやるから。」
「あ、はい。」
「じゃあな。」

扉の向こう側の気配が消えるまで紀伊はそのから動くことができなかった。

ー班長、曽我のことマークしてる…。ってことは天宮も、あの研究も…。

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