第75話【前編】



「ビショップ。お前曽我の実行部隊が殺されたことは知ってるか。」
「え?何だそれ。」
「現場の近くで遺体で発見されたらしい。」
「なんだって…。」
「俺の近くで死人が出るのは困るんだよ。」
「すまない…。」
「すぐにヤドルチェンコに確認とってくれ。」
「わかった。」

ホームに背をもたれた紀伊はため息を付いた。

ーなんだ…俺らの知らないところで何が起こっている…。

しばらくして電車がホームに入ってきた。それに乗り込んで車両の一番隅の席につくと同時に男が隣りに座ってきた。

「捜一は何をやってる。」
「何の事言ってるんだ。」
「曽我という男が殺されただろう。」
「ああ。あれか。」
「通報の無線も捜査の進捗も一切こっちに入ってきていない。」
「必要なしと認めたんだろう。」
「なに?」
「殺人事件は特高のシマじゃない。お前らはあくまでも政治警察だ。」
「そうだが…。」
「政権肝いりで創設された部署ってことでいろいろ配慮してるにも関わらず、目立った成果が得られないどころかここに来て失態続き。いい加減頭にきた感じなんだろう。」
「お前もそう思ってるのか。」

男は首を振る。

「犯罪を未然に防ぐのがお前らの仕事。目に見える成果なんか得られるわけもないだろう。上の理解が足りないだけさ。」
「上って?」
「さぁ…。誰だろう。」
「捜査一課の課長か。」
「上の方の考えてることは俺はわからんよ。その上かも知れん。」
「だな…。」
「と言うかそのあたりのモグラのあぶり出しはお前らの得意技だろ。」
「まぁ…。」
「ふぅ…それにも関わらずお前が俺に直で会って手がかりを見出す…。現状の特高の弱体化を物語っているか…。」
「…。」

二人の間にしばらく間が空いた。
膝の上にカバンを置き、それを衝立のようにして男はペラ紙を広げた。
紀伊はそれを覗き込んだ。

「こいつがガイシャだ。」

住田達也。40歳。男性。夜の店でバイトするフリーター。
曽我の部屋から発見された刃渡り9センチのナイフに住田の指紋があり、遺体で発見された住田の側にも曽我の財布があった。
そのため警察はこれを曽我殺害の犯人と目したが、犯行現場のマンションの監視カメラには住田の姿は写っておらず、彼がどうやって曽我の住居に侵入できたのか不明。
このような事が書かれた資料を男は紀伊に見せてくれた。

「こいつはおそらく巻き込まれた感じだな。」
「ホンボシがいるってわけだ。」
「そういうことだ。だがその手がかりはない。」
「プロか。」
「だろうな。」
「となるとビジネスの匂いがするな。」
「そうだ。そこでお前のところに手がかりはないかと思ってさ。」
「外事ネタをご所望なのか。」
「まぁそういうこと。」

紀伊はしばらく黙った。

「その手のビジネスを請け負う外国企業はあると聞いたことはある。」
「それは。」
「アルミヤプラボスディヤ。армия правосудия」
「ん?なんだそれ。」
「ロシア系の民間軍事会社。」
「軍事会社…そいつは厄介だな…。」
「ツヴァイスタンとも関連がある。」

書類を鞄をしまった彼は肩をすくめた。

「ウチで処理しきれなさそうだな。」
「かもな。」
「そもそもお前は曽我のこと知ってたんだ。特高マターってことか。」
「でも実際のところウチはハブられてる。」
「おたくの班長さんが問題なんだろう。」
「うちの?」
「ああ、石川のあいつ。」
「あぁ…。」

ー片倉班長、捜査一課にも嫌われてるのか…。

「いい?僕は困ってるの。片倉班長に。」
「…。」
「だから君にヒントをあげたんだ。特高を頼むよ。」60

「どうした。」
「あ、あぁ…。」
「ま、お前の話聞く限りだと、今回の奴はウチは手を引いたほうが良さそうだな。」
「そうだな。あんまり首は突っ込まないほうがいい。」
「わかった。」
「ところで新宿のヤマどうなった?」
「いまから現場に行く。」
「あれから何か進展したか。」
「駄目だ。ホシの河南の記憶は相変わらずぶっ飛んだまま。こいつも初動からヤバい空気が立ち込めてる。」
「その記憶の件なんだが。」
「ん?」
「あのさ、それって過去に似たような事件、なかったか?」
「似たような事件?」
「お前聞いたことないか?事件を起こした当の本人にその記憶がなかったってやつを。」
「具体的には。」
「それが思い出せないんだ…。」

男をおいて紀伊はひとり電車を降りた。

「もしもし俺だ。」
「おう。」
「実働部隊の中に住田という人物はいたか。」
「ああ、住田と渡辺だ。」
「二人か。」
「どっちもウ・ダバに入って日の浅い新人だ。」
「その住田ってやつだけが殺されたみたいだ。」
「じゃあ渡辺は。」
「その辺りをヤドルチェンコに確認とってくれ。あと今回のその曽我の件はこれで多分手打ちだ。捜一に適当にブラフかけておいた。だからそっちのほうでうまく処理するようにってあいつに言っておいてくれ。」
「わかった。」

電話を切った紀伊は足を止めた。
彼に目に通路の隅にうずくまって横になるホームレスの姿が飛び込んできた。

ー俺だ…。

「ばかやろう!急に止まるなよ!ぶつかるじゃねぇか!」

紀伊は背中に罵声を浴びせられた。
振り返るとそこには酒の匂いを漂わせる背広姿の男がいた。

「何だこいつ…。」

ーこれも俺だ…。

彼は周囲を見回した。
ガラスのようなものに自分の姿が映し出されていた。
黒フチメガネ、肌の色は白い。目はくっきりとした二重。薄い唇。一応背広らしきものを着ている。

ーいや…俺はこれだ…。

ここで彼は思いっきり深く息をついた。

「良かった…。俺はこれで…。」

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