第75話【後編】



「ヒェ~すげぇ雨…。なんなんだよ、昨日から全然止まないじゃん…。えっと…確か保険屋から粗品でタオルもらってたよな…。」

グローブボックスの中を弄るも、お目当てのものは見つからない。どうやら彼の思い違いのようだったようだ。エンジンをかけた三波はエアコンを付け、その風で自分の濡れた服と髪の毛を乾かすことにした。

「小早川干城(たてき)…か。」

三波の手の内には雨で濡れてしまったメモ用紙があった。彼はそれをエアコンの吹出口にあてがって乾かす。

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「あの…ちょっと初歩的なことを聞いていいですか。」
「なんです?」
「その、名誉教授って一体どんな役職なんです?」

石川大学病院の非常階段。
この踊り場で三波は看護師と落ち合った。
二人は人目を忍ぶようにそこで会話を続けた。

「名誉教授っていうのはうちの病院にとって功績があったと認められた人に与えられる称号です。名誉教授っていう役職があるわけじゃなくて、あくまでも飾り的なものです。」
「え?て言うと天宮先生は今はここで教鞭をとったりとかしていないってことですか。」
「はい。昨年の引退と同時に名誉教授の称号をもらったって感じです。」
「あぁ…そうなんですか。あ、でもやっぱり今回の事件については結構騒動になってるんでしょう、ここの病院。」
「はい。なにせ引退しても時々顔だしてましたからここに。」
「引退後も…ですか。」
「はい。」
「どれくらいの頻度で?」
「月に2、3回は顔出してました。」
「引退してもまだ影響力を及ぼそうとしたわけですね。」

看護師は頷いた。

「言い方悪いですが所謂老害。」
「遭ったこともない人に随分辛辣な言い方しますね。あなたは。」
「そういうあなたもまんざらでもない顔つきですね。」

看護師は苦笑いをする。

「天宮先生に眉をひそめる古参の先生たちもいるんです。」
「石川プロパーの先生たちですね。」
「はい。」
「御存知の通り、天宮先生は東一病院からここに降りてきた先生です。この石大病院は基本はプロパーの人員で回されていたんですが、天宮先生が来てからその様子は変わりました。東一出身者を毎年この病院に入れるようになったんです。」
「天下り先ってわけですか。」
「はい。医師だけじゃないんです。事務方もです。何らかの役職でウチは毎年受け入れています。」
「東一病院のってわけじゃなくて東一大学の天下りってことですね。」
「はい。なんで実はこの流れを作った張本人の天宮先生を面白く思っていない人たちにとっては、今回の事件は素直に残念ですと言い難い状況であるのも事実なんです。」
「なるほど。その派閥みたいなものが病院内にさらに混乱を巻き起こしてるわけですか。」
「そういうことです。」

看護師はどこからかメモ用紙を取り出して、そこにペンを走らせる。
そしてそれを三波に渡した。

「このどさくさに紛れて、この人がまたウチの病院に来るみたいです。」

メモを手にした三波はそれに目を落とす。

「小早川干城。」
「東京第一大学の医師です。天宮先生の一番弟子に当たるらしいです。」
「天宮先生の一番弟子?」
「はい。東一の准教授らしいんです。脳神経の方の。」
「へぇ…。でもなんでこのタイミングで…。」
「なんか東一閥の事務方のゴリ押しみたいなんです。」
「この緊急事態でも派閥ですか。」
「もううんざりなんです。私。毎日こっちは現場で大変なのに、男らは権力闘争ばっかり。」
「本当ですね。」
「そりゃ、もうなにもかもぶっ壊したくなりますよ。」
「…ですね。」

看護師は三波の手の甲をしなやかな指で軽くなぞる。

「ぶっ壊したいの…。」

こう言って彼女は厚ぼったい唇を自身の舌で軽くなぞった。
このセリフと仕草にはいろいろな意味が込められている。そんなことは瞬時に理解できる。
目の間にいる女性は年の頃30半ばといったところか。胸の大きさよりも腰のくびれと突き出たヒップラインが男を欲情させる。
三波は一瞬たぎるものを感じた。
が、自分が今ここでんなぜこんな取材をしているか、その理由を思い出し冷静を取り戻した。

「…んなことしたら、自分らも壊れますよ。本当に。」

携帯震える

「ちょっといいですか。」

彼女に断って三波は電話に出た。

「はい三波です。」
「キャップ。いまも石大?」
「あ、はい。」
「あのさ、天宮の件なんだけどさ。」
「ええ。」
「いま東京の方から、天宮の弟子筋にあたる曽我って医師がさっき殺されたってネタ入ってきたんだけど、ついでにそこんところも調べられる?」
「え!?」
「なんかさ、天宮と懇意にしててつい最近、東一の医者と交換でこっちから東一に行ったやつらしんだ。」
「曽我…ですか。」
「うん。」
「わかりました。すぐ当たります。」
「すまない。よろしく。」

電話を切ると看護師が声をかけた。

「曽我先生がなにか?」
「…殺されたらしい。」
「え!?」

彼女は思わず口を手で覆った。

「ご存知ですか。」

彼女はうなずく。

「はい。心療内科の光定先生と交換で東一に行った先生です。石大始まって以来の快挙なんで私も知ってます。ってか…その曽我先生が…。」
「いま入った情報なんで多分ここの病院の人たちにはまだ伝わっていないと思います。」
「うそでしょ…どうなってんの…これ…。」

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「ってことは天宮と曽我の両方に接点のある可能性が高い小早川に当たれば、手っ取り早く何か出てくるかもしれないね。」

三波は時計を見た。

「東京にでも行ってくるか。」

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