第85話



ベッドに横になったまま空閑はスマホの画面に指を滑らしていた。

「あれ?」

ちゃんねるフリーダムのアーカイブ動画の一つをタップすると「諸般の事情で配信を一時的に停止します。再開の目処がたった段階で改めてお知らせします。」との表示が出た。

「なんだこれ…どうしたんだ。」

ベッドから身を起こした空閑は他の動画を確認した。
普通に再生されるものもあれば、今ほどのテキストが表示され、動画が再生されないものもある。

「メンテナンスでも入ったのか…。」

彼は歯噛みした。

「糞が…よりによってなんでこのタイミングで…。」

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車内の音

ーやっぱりだ…。

ルームミラーに目をやった椎名は心のなかでつぶやいた。

ー昨日から急に俺への監視が強化されてる。公安特課の連中、何を知った…。

ミラー越しに見えるのはどこにでもいるような白の商用車。
ワイシャツにネクタイときっちりとした格好の中年男性が、姿勢良く運転している。

ーこの監視体制。もうウチの会社とかちゃんフリの方まで聞き取り入ってるかもな。

ハンドルを切った椎名は通りに面した駐車場に車を滑り込ませた。

ーま、時間の問題か。

携帯のSIMを入れ替えた彼は鞄を担いで車から降りた。
瞬間、前方20m先に妙な気配を感じた。
さり気なくそちらの方に目をやると競技用のものと思われる自転車にまたがって信号待ちをしている外国人らしき男ふたりがいた。
ヘルメットにサングラスの彼らはワイシャツ姿だ。背中にはリュックを担いでいる。
どこかの企業に務める外国人だろう。
ふたりのうち、ひとりが信号待ちをしながら首を回した。
それを見た椎名は自分の左肩を右手で揉み、左腕を回す。
すると外国人もそれに呼応する形で左腕を回した。

ー準備完了か。

信号が青になり、外国人ふたりは走り去っていった。

ーとなれば、こっちは多少無理してもなんとかなりそうだな。

彼は目の前の金沢銀行野々市支店の中に入っていった。

自動ドアの音

「いらっしゃいませ。」

椎名はATMコーナーでチラシの補充をする男に声をかけられたため、それとなく会釈をした。
月末前の金沢銀行野々市支店の人の入りはまばらだった。

「大変申し訳なんですが、早めに私の口座に返金してください。」
「一応手数料引かずに。」84

ーってか手数料引かずにってあたりまえだろ…。逆に手数料引いての振り込みって何なんだよ。

「あの…。」

椎名はそこにいる男に声をかけた。

「どうしました?」
「あの…ちょっと振り込みのことで聞きたいんですけど。」
「はい。」
「手数料引かずに振り込みって一体どういう意味なんですか?」
「あぁそれですか。その手のことは商売上の習慣みたいなもんです。」
「商売上の習慣?」
「はい。例えば10万の請求があれば普通10万円をそのまま支払うでしょう。」
「はい。」
「でも振り込みだと手数料がかかります。」
「はい。」
「当行ですと当行宛は440円、他行宛は770円。つまり請求された10万円とは別にその手数料分もお客さんで負担してねってやつです。」
「あ…そうなんですか。」
「お客さんは手数料を引かずに振り込んでって言われたんですよね。」
「はい。」

男は椎名をATMまで誘導した。
そして椎名に操作の手ほどきをする。

「おいくらですか?支払金額は。」
「えっと…5万円です。」
「じゃあここに5万円と入力してください。」
「はい。」
「ほらそうすると振込金額5万円。当行あてだから別途手数料440円がかかってきます。これが手数料引いてもいいですよって支払いだったら振込金額は49,560円で手数料440円ってな感じになります。」
「あぁ、なるほど。」
「で、確認ボタン。」

操作音

「ありがとうございました。助かりました。」
「いえいえ。今どきの人は手数料引いての支払なんて普通知りませんから。」

すると男は一枚のチラシを椎名に手渡した。

「当行で簡単に口座管理できるスマホアプリありますんで、よかったらお手持ちの携帯に入れてみてください。」
「あ…はい…。」
「振り込みの手数料とかも、お客様の取引状態によってはお安くなりますので。」
「あ、そうなんですか。」
「はい。ぜひこの機会にご検討ください。」

自動ドアの音

ーアプリのほうが得になるなら先に言ってくれよ…。だったらそうするって…。

もらったチラシに印刷されていたQRコードを読み取ったときのことである。空閑からメッセージが届いた。
椎名は車に乗り込んでから、それを確認した。

「ちゃんフリにメンテナンス?」

即座に彼はちゃんねるフリーダムのページを見た。
確かに空閑が言うように、アーカイブの中の何点かの動画が見れなくなっている。
彼は空閑にレスポンスした。

「聞いていない。」
「マジか。」
「こんな大事なことは事前に俺のもとに報告があるはずだ。」
「じゃあ何なんだこれは。」
「俺の協力者には事前に知らせられなかった。だから報告がなかったそれだけだ。」
「なんとかならないのか。」

椎名はしばらく考えた。

「そろそろ潮時だぜ。」
「なんで?」
「報道のデスクが俺のことを怪しみだした。大川と俺が個人的にあってることも抑えてるみたいだ。」
「…。」
「もう時間の問題だ。」
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「難しい。」
「なぜ?」
「このメンテナンスについては協力者は部外者だ。となればこれに手を入れることは無理だ。」
「くそ…。」
「それよりも。」
「なんだ。」
「この事態を知った協力者が動揺して変な動きをしないかが心配になってきた。」
「どうするんだ。」
「様子を見よう。」
「おい。時間がないんだぞ。」
「わかってる。今日、例の特集一本目が配信される。これは予定通りのはず。濃厚なおクスリの影響をとりあえず見よう。」
「わかった…。」
「そちらはナイトとクイーンの面倒頼むよ。」

やり取りをここで強制的に終了した椎名はSIMを入れ替えた。

「時間がない…。確かにそうだが、それはビショップ。お前らサイドの話にすぎない。」

「私がこうやってちゃんフリって媒体で過去の事件をテロ目的の実験だって報道することを想定し、本来の目的から一定の人間の目を逸らそうとしている。」84

「んとに勘のいい女だよ。ここでそれに気がつくとはね。で、こちらも時間がない。その上とどめを刺す形になる。」

椎名は不敵な笑みを漏らした。

「盛り上がってきましたよっと…。」

電話を掛ける音。

「あ、お疲れさまです椎名です。いま終わりました。これから帰社します。え?…すいません。課長のご期待には添えそうもなさそうです。原稿の状態がイマイチでして…。はい…。来月20日までの納品って感じでは事は運ばなさそうです。はい残念ながら。」

電話を切った椎名は思わず舌打ちした。

「何が会社の状況が結構厳しいだ。だったら課長のお前が仕事とってこいよアホが。そもそもなんで制作の俺が営業やってんだ。ククク…どいつもこいつも必死になってきたな…。( ´,_ゝ`)クックック・・・( ´∀`)フハハハハ・・・(  ゚∀゚)ハァーハッハッハッハ!!」

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「副支店長。」

ロビー内の雑誌や広報物を整理する彼に後ろから声をかけるものが居た。

「うん?」
「今の客ですが。」
「いまの客?」
「はい。いま副支店長が対応しとった客です。」
「ああ、あれ。振り込みの。」
「ええ、椎名賢明(シイナマサアキ)。警察から取引照会来とるやつです。」
「え?そんなもん来てたっけ?」
「はい、ついさっき届いたんです。」

部下から書類を見せられた彼はそれをしげしげと読み込んだ。

「…本当だ。過去3年間の取引履歴を送れってか。」
「これが履歴です。」

部下は彼にA4のペラ紙を渡す。

「え?3年でこれ一枚?」
「はい。」

彼はプリントに目を落とす。

「…給与振り込みと現金引き出しだけか…。公共料金とか保険の類の引き落としもなし。」
「携帯料金も家賃、水道光熱費もなしです。まさか実家ぐらしですかね。」
「さぁ…。給与振込だけがウチで、別の銀行で引き落としになってるかも。」
「そうだとしても現金の引き出しはいつも小口です。月一回。」
「確かに…。うん?」
「気が付きました?」
「…ああ。現金での引き出ししかない口座に昨日カタクラキョウコから5万の振り込み入金。で、今日再びカタクラキョウコに5万の振り込み支払い。」
「何だろうな…。」
「あれですかね。マネロン的な。」
「警察のことはよくわからんよ。とにかくこいつをすぐに警察に送っておいてくれ。」
「はい。」
「カタクラ…キョウコ…。」

ふとマガジンラックの中の週刊誌に目が止まった。
注目の公判、その要点と見出しが彼の動きを止めさせた。
それを手にしてページをパラパラと捲ると5月8日金曜に控えた下間事件の公判の注目点について解説された記事があった。

「あれからもう6年も経つのか…。」
「佐竹副支店長。」

またも背後から声をかけられた彼はそちらに振り返った。

「なに?」
「小池田常務からお電話です。」
「常務が俺に?支店長じゃなくて?」
「ええ、佐竹副支店長にとの事です。何でも急ぎの用だとか。」

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