第86話



「はい。間違いなく中村文也は石川大学病院部総務人事課の人間です。」
「わかった。スクリーンショットでいい。送ってくれ。」
「はい。」

紀伊は言われたとおり、画面に表示されるそれを送った。

「ところで百目鬼はどうだ。」
「班長をよく思っていない様子です。」
「そうか。」
「はい。自分に班長の代わりを担わせたい的なことをほのめかしてらっしゃいました。」
「それは良かったじゃないか。」
「…いえ。」
「どうした?あまりパッとしない様子だな。」
「…そこで相談したいことがありまして。」
「何だ。」
「あの…ここではちょっと…。」
「わかった。あれで。」
「了解。」

席を外した紀伊はトイレの個室に移動し、SNSを立ち上げた。

「何かと目障りな片倉班長を排斥する動きを見せる百目鬼理事官はこちら側の人間なんでしょうか?」
「わからん。」
「じゃあ…なんで…。」
「どうした。何があった。」
「理事官は新宿のマル被の記憶がおかしいことについて、捜一はすでに手がかりを掴んでいるはず。なのに捜査は一向に進展していないのはおかしいといっています。」
「なに?捜一はすでに手がかりを掴んでいるだと。」
「はい。」
「まさか奴はすでに鍋島能力のことを知っていると?」
「おそらくそうではないかと…。石川のやつとか言ってましたんで。」
「いつそれを…。」
「我々のような一部の人間しか未だ知らないはずのあれを理事官は知っている。となると百目鬼理事官は我々の知らない指揮系統でこちらの陣営に参画しているのではと思った次第です。」
「なるほど。確かにその線は捨てきれん。」
「ですが百目鬼理事官は鍋島能力の存在を捜一にぶつけてみろといいました。」
「なんだと?」
「それで捜一の出方を見てみろと。」
「何いってんだあいつ…。あそこに急にそんなことぶつけてもオカルトで一蹴されるだけだ。」
「確かにそうですが、もしもこれに万が一捜一が関心を示すとなれば、石川の捜一と連携するなんてことも考えられます。」
「…それはまずい。」
「はい。下手をすれば光定の研究が露見し、天宮研究と曽我の関係にまで捜査のメスが入る可能性もあります。」
「もしもお前が言うようにあいつがこちら側の人間だったとして、なぜこんなリスクをとるんだ。」
「そこが私に理解不能でして、専門官に相談した次第です。」
「まさか…あいつ、通常の捜査線上に鍋島脳能力の存在が浮上してきているなんてことはあるまいな。」
「だとすると、片倉班長を排斥する動きは理解できません。あの方は松永課長とは比較的うまくやっていた部類の人間。松永課長と片倉班長は硬い結束があります。」
「確かに。」
「いずれにせよ、私としては百目鬼理事官から捜一にぶつけてみろと言われた手前、それを実行しない訳に行きません。軽くぶつけてみました。」
「で、捜一の反応は?」
「いまのところ全然です。」
「いまのところ?」
「はい。それとなく匂わせておきましたので、後日食いつくかもしれませんし、そのままスルーかもしれません。」
「食いついたらどうするんだ。」
「そこで手を打っておきました。」
「どんな。」
「曽我殺しのホシが殺されたのは専門官はご存知でしょうか。」
「なに?」
「その反応…。」
「なんだそれは。初耳だぞ。」
「実は私も昨日の夜、人づてに聞いたんです。」
「まて、曽我が殺されたことも人づてに俺の耳に入ってきたんだぞ。」
「専門官。それは私もです。」
「おい。お前ちゃんと仕事しろ!」
「申し訳ございません。」
「それもヤドルチェンコの仕業なのか。」
「わかりません。ですが手がかりなしのプロの犯行であることは確かです。」
「プロ…。」
「捜一が私に外事関係でこのコロシに心当たりが無いか聞いてきたんで、アルミヤプラボスディアあたりならさもありなんと言ってブラフかけておきました。ロシアの民間軍事会社の犯行となれば捜一の手に余る。おそらく手を引くでしょう。」

メッセージの応酬が続いていたはずが、ここで向こう側からの返信が一旦止まった。

「どうしました?」
「アルミヤプラボスディアか。」
「なにか。」
「いや。よくやった。」
「ありがとうございます。また報告いたします。」

パーテーションで仕切られた空間でひとり携帯を操作していた彼はそれをそっとしまった。

「くっそがぁぁぁぁ!」

衝撃音と同時にこの空間に鳴り響くけたたましい大声。これに、周囲の者たちはざわついた。

「ノンキャリがわかったような事言うな!現場の管理もできない人間が捜一にブラフだと!?よくもまぁそんな自分のミスを棚に上げて手柄だけを吹聴するようなことが言えるもんだ!捜一だぞ捜一!俺のかつての古巣捜一!百目鬼といい紀伊といい捜一をアホ扱いしやがって!身分も年齢も俺より下だってのになんであの世代の連中はこうも上からなんだよ。自慢たらしい。こっちはオメェらの10は上、階級も上だぞクソが!」

周囲から視線を感じる。自分の事をヒソヒソと話している。
内閣情報調査室国際部門の参事官である人間が、昼間から奇声を発してるのだから異常な光景だ。
周りの反応はあたりまえだ。

「はぁはぁはぁはぁ…。」

突如として彼は自分の両頬を叩いた。

「よし。終わり。」

こう言うと彼は備え付けの電話に手をかけた。

プッシュ音 呼び出し音

「はい。」
「中村様のお電話でしょうか?」
「はい。」
「先程お越しになられたときにお忘れ物がありましたのでご連絡差し上げたんですが。」
「え?」
「あ…中村さんですよね。」
「はい。」
「えーっと…。」
「あの…何なんですか?自分、今日はまだ家から出てないんですけど…。」
「あぁ失礼しました。中村様違いだったようです。申し訳ございません。」

電話を切る音

「はい。やっぱりね。」

またも携帯電話を手にした彼はそれで電話をかけた。

「小早川先生。」
「あぁ陶さん。」
「先程の中村文也とかいう人物の件ですが、その人間が映った監視カメラのデータとかすぐに送ってくれませんか。」
「え?」
「ちょっと同志として適正があるかどうか調べたいので。」
「あぁ…ありがとうございます。すぐに送ります。」

しばらくしてそれは机の上のデスクトップパソコンに送られてきた。

マウスの音

「別人…。」

こう言うと彼はすぐ近くの事務員に声をかけた。

「おい。至急この画像の男の身元を割ってくれ。」
「はい。」
「2時間でできるか。」
「やります。」
「よし。ちょっと俺、トイレ。」

そう言うと陶は席を外した。

「著作のファン?んな自費出版みたいなオカルト本にそんなもん居るわけないだろうが…。」

呼び出し音

「お疲れさまです。」
「あぁ…俺だ。何度もすまん。」
「いえ…どうしました。」
「準備してくれ。」
「なんでしょう」
「小早川を抹消だ。」
「えっ。」
「理由は聞くな。直ちに手配してくれ。実行のタイミングは追ってこちらから指示する。」
「あ…はい…。」
「2時間で準備しろ。しくじるな。」
「了解。指示出します。」

携帯電話をしまった彼は大きく息をついた。

「中村文也…。次はお前だ。」

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