121 第110話



部屋から顔を覗かせたのは年老いた男だった。
まばらな白髪頭。老眼鏡なのか鼻メガネをかけている。
上目遣いでこちらの方を注意深い様子で見る。

「言っとったお客さん連れてきた。」

三好がこう言うと老人は目を細めて、彼の後ろに立つ岡田を見る。
頭から足の爪先までを舐めるように。

「入んな。」

人ひとりの出入りしか出来ないほど狭い玄関口。
三好と岡田が靴を脱ぐと、それだけでそこは埋まった。
上り框のところには灯油のポリタンクが二つ積み重ねられ、それが狭小さに拍車をかける。
二人は身を捩りながら奥に進んだ。
部屋に入ると壁の至る所にポスターが貼られている。
「憲法9条を殺すな」「原発反対」「男女平等共同参画」「日米安保反対」「消費税反対」といったものだ。
ポスターが貼られている他は、以外にも小綺麗に片付けられており、老人は部屋の畳によっこらしょっと言って座った。

「まさかポリ公をウチの中に入れることになるとはね。」
「ゲンさん。今日は本当にありがとう。」
「岡田と申します。この度は貴重な機会を頂戴しまして本当にありがとうございます。」

二人とも彼に頭を下げて改めて謝意を示した。

「警察に頭を下げられるようになるなんか思っとらんかったわw」
「玄蕃さん。私の頭は下げるためにあるようなもんです。頭を下げて何とかなるんでしたら、いくらでも下げます。」
「やめてくれ。ゲンさんでいい。」
「はい。」
「事情は三好から聞いとる。何でもまずい動きがあるらしいな。」
「はい。ご存知やと思いますけどここ最近の不審船漂着関連です。」
「あれな…。おたくらは把握しとらんがか。」
「恥ずかしながら上陸部隊の情報は全くと言っていいほど把握できていません。」
「わしらにとっては極秘の会合。それをどうやって聞きつけたんかわからんが、あんたらは先回りして必ずそこにおる、そう言う存在やった。わしらは肌でアンタらの凄さ知っとるから分かる。」
「…。」
「そんな日本の公安警察の情報網を掻い潜る。並の人間にできる芸当じゃない。しかも一度ならず何度も。組織的や。」
「はい。」
「厄介な相手やな。」
「ええ。」
「ワシらはワシらの革命の姿がある。この革命はワシらの手で成し遂げなならん。よその者がこっそりワシらのシマに入り込んで引っ掻き回されるのは御免や。」
「とにかく自国のことは自国で。そこのあたりは我々と社会改良党とでは組めるということですね。」

玄蕃は頷いた。

「ま、前置きはここまでとしてや。」

玄蕃は押し入れから大きな紙を引っ張り出してきてそれを二人の前に広げた。
それは何枚ものコピー用紙を張り合わせて作った、畳1畳程度の大きさの日本地図だった。

「これは?」
「見てピンとこんけ。」

岡田は地図を繁々と見る。
日本海沿岸部のところどころに赤丸シールが貼られていた。
そして福岡、島根、鳥取、兵庫、福井、石川、富山の県庁所在地に青丸シールが貼られ、各県の所々に黄色の丸シールが貼られている。

「この赤のマークは…。」
「そう最近立て続けに発生し話題の不審船漂着事件の現場や。過去3年分の漂着地点が網羅されとる。」
「3年分?」
「そうや。」
「え?そんな前から?」
「んなもん。昔、三好が絡んだ工作船漂着事件の頃から似たようなことあるやろういや。」
「あ…えぇ…。」
「岡田さん。俺とゲンさんはその時からの付き合いなんですよ。」

三好が間に入った。

「そんな昔から…。」
「ご覧の通りゲンさんは生粋の社会改良党員。下間悠里の上陸ん時にあいつが滞在した村の住人なんです。」
「え?あの時の。」

玄蕃はうなずく。

「あそこは社改党の党員が多い村でして、昔から噂があったんですよ。その連中がツヴァイスタンの工作員を手引きしとるんじゃないかって。」
「ワシの村の人間にそんなことをする人間はおらん。それだけは断言する。あの事件はわしらのそういった世間からの疑いの目を逆手にとって、下間らがやったことや。わしは奴らのやり方が憎たらしい。わしらはほんな汚いやり方で革命なんかせんわい。」
「そうでしたか。」
「あん時からわしら社改党は独自のネットワークで、その手の連中の監視をしとる。あんたら公安が役に立たんかったからな。ほら、赤丸ダントツで石川県トップやぞ。」
「面目ない。」

岡田は素直に詫びた。

「話戻すぞ。青は不審船が漂着した県の県庁所在地。んでこの黄色。これが今回あんたらに伝えなあかんやつや。」

黄色のシールは不審船が漂着していない県にも貼られている。福岡や兵庫には全くなく、富山県に比較的多く確認できる。その中でも飛び抜けて多く貼られているのが石川県だ。

「これアパート、マンションとかの賃貸物件なんや。」
「賃貸物件?」
「ああ。築30年以上経ったいわゆるボロ物件。最近このての物件、中国とか東南アジア、インド、中東系とかの連中が住み着いとるの知らんけ。」
「知っています。実際見たことあります。」
「治安がどうこう言うけど、言うほどそんなヤンチャな人間っておらんもんや。実際下手な日本人よりもちゃんとしとるって話も聞く。」
「そうなんですか。」
「需要と供給で商売は成り立つ。人口減少で不動産経営も厳しい、昔ながらの大家連中もそういう人間相手に商売せんことにはやってけんしな。で、最近この黄色のところで新しい顔が見かけられるようになったって情報が入った。」
「新顔?」
「ロシア系。」
「ロシア系?」
「そう。ロシア系の人間の出入りが確認されとる。あ、いや言い方が悪かった。確認はされとらん。けどそっち系の言葉が話されるのを聞いたって言うのを、この地図は網羅しとる。」
「え…こんなに。」
「赤マークに比例して、こいつも石川がダントツや。あ、でもなこれはのべなんや。今現在、こんだけの物件があるっちゅうもんじゃない。ほら。」

玄蕃が指さす黄色のシールの側に日付けのようなものが書かれている。

「これは対象物件の生活の気配が無くなった時期の日付け。仮に退去日としよう。」
「…金沢の中心部に徐々に集まってくるようにも見えますね。」
「その通り。遠くの方からこっちの方に徐々に。」
「あれ?」
「気づいたけ。」
「富山のほとんどが4月12日の日付けですね。」
「そうねんて。2週間前に忽然と姿を消しとるんや。」
「同時多発的な動き…。偶然とは思い難い。」

黄色丸シールで現在有効であると思われるものは6箇所ある。

「ゲンさん。この物件、物件名とか部屋番号の情報は。」
「あるに決まっとる。」
「それ貰えませんか。」
「やることはできるけど。何する。」
「ガサ入れます。」
「やめとけ。」
「なんで。」
「無理やそれは。」
「だから何で。」
「国際問題になる。」
「国際問題?」
「特定の民族をターゲットにしてガサ入れたなんて世間に知れると、人権派のメディアの格好の餌食になるぞ。」
「でも事が起こってはどうにもなりません。我々は犯罪を水際で防ぐのが仕事です。」
「岡田さんって言ったっけ?」
「はい。」
「あんたの言っとることは正しい。けどそれだけやと握りつぶされるぞ。」
「それはありません。」
「何でそう言い切れる。」
「そういった捜査妨害が入らないないように、我々の公安特課が設立されたんです。」
「だからわしが言っとるのはそう言った官僚サイドの話じゃないんや。」
「というと。」
「政治やって政治。」

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光定は相馬と一緒だった部屋にまだいた。

「随分と思い悩んでいらっしゃるみたいですね。クイーン。」
「…。」
「だったら継続したほうが良いんじゃないんですか。このままナイトとビショップを観察し、実験の結果を見守るって具合に。」107

坊山に届けられた携帯電話。
テーブルの上に置かれていたそれを手にとった彼は画面をタップした。
通知が何件も来ている。
ロックを解除するとビショップからのものであることがわかった。
SNSと電話どちらからも連絡が入っていた。何度も。

「今日はもういい。」

そう言って光定はそれをしまった。

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「何ですか。大川さん。」

鬱陶しそうに空閑は電話に出た。

「違うじゃないか。」
「はい?」
「三波の話だよ。」
「何が。」
「全然、自宅に引き篭もっていないじゃないか!三波の奴いま病院だぞ!」
「え?」
「今、ちゃんフリの中の人間から連絡があった。三波、救急車で搬送されたって。」
「救急車?」
「中の奴、カンカンだ。とうとう身内に手ェ出したなって。空閑!お前何やってくれたんだ!」
「え、待って。嘘だろう。」
「嘘なわけがないだろう!」
「待て。落ち着け。病院ってどこだ。」
「石大だ。」
「石大?」

ーえ…石大だったらクイーンからその情報入るはずだけど…。

「聞こえないのか石大だ!」
「待て待て。大声出すな落ち着け。大川さん。あんた三波が石大に本当に運び込まれたって確認したのか。」
「確認?んなもんするか!ってかそんな悠長なこと言ってる場合かよ。全部…バレるぞ…。」

ー何で…。催眠、効いてないのか…?

「おい。」

ーいや。実際クイーンには効いていた。三波も効いていた。なのに何で…。
ー待てよ…。クイーンの奴、俺からの電話に出ない。メッセージの既読もない。
ー三波は石大に搬送…。何で石大に?金沢には他にも阿保ほど病院あるぞ。
ー偶然?
ーまさか…俺が催眠をかけた人間二人が同じ場所に…集められた?

「おい空閑!」
「えっ。」
「え、じゃないだろう。どうするんだよ。」
「その中の奴、なんて言うんだ。」
「なんて言うって…。」
「名前だよ。」
「何でお前にそれを。」
「いいからすぐ言え。俺が何とかする。」
「安井…隆道…。」
「ちゃんねるフリーダムの安井隆道だな。」
「あぁ。」
「家は。」
「窪かそのあたりだったと思う。」
「窪ね。」
「待て、何をする。」
「おとなしくしてもらう。」
「お前、さっきもそんなこと言って、三波はそうなってなかったじゃないか。」
「うるさい。黙れ。次は違う。」
「何が違う。」
「今度は確実に仕留める。」
「仕留める…?」
「大川さん。あんたはそのまま動くな。あんたが動くと足がつく可能性がある。俺に任せろ。」
「…んなこと言うけど。」
「俺の言うことを聞け。そして俺とのやり取りの履歴を全て消せ。お前の身のためだ。」
「待て、空閑。お前何する気だ。」
「いいか。もう俺とは関わるな。お前はお前のケツを拭くことだけ考えておけ。」
「俺のケツ拭き?」
「それぐらい自分で考えろや。」

電話を切った空閑は即座に光定に電話をかけ直す。しかしそれに応答する気配はない。

「…俺らみたいなちっぽけな存在が何をできるって言うんだ。できっこないことを夢想して悦に浸っていても、現状はちっとも変わりやしないよ。」107

「クイーンの奴…。寝返ったな…。」

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切った電話を力なく床に落とした。

「お父さん。」

振り返ると息子の雄大がいた。

「あ、もう帰ってたのか。おかえり。食事は用意してある。レンジでチンして食べてくれ。」
「お父さん。空閑先生と何やっとらん…。」
「…。」
「ねえ。お父さん。」
「どこから聞いた。」
「…全部聞いた。」

この雄大の言葉を聞いて大川は彼に言い訳できない状況になっていることを悟った。

「いいか。もう俺とは関わるな。お前はお前のケツを拭くことだけ考えておけ。」110

さっきの空閑の言葉が頭をよぎったその時だった。
雄大が大川に抱きついた。

「お父さん。お願いやから無茶だけはせんといて…。」
「雄大…。」

大川の胸は雄大の涙によって濡れていた。

「あんな声で空閑先生怒鳴るなんかお父さんじゃないみたいや。なんか最近お父さんどんどん別人になって行っとる…。」

気づかれていた。

「しかし…親の苦労子知らずですかね。」18

「俺はなんて傲慢だったんだ…。」

大川は雄大をそっと抱きしめた。

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