173.2 第162話【後編】



「なに?突入した!?」

朝戸班からの報告を受けた岡田は大きな声を出した。
普段大きな声を出さない彼がこのような反応を見せるのは珍しい。テロ対策本部の中のスタッフが一斉に彼を見た。
古田が朝戸が泊まる宿近くのアパート部屋を何件か当たったところ、屈強な男らがそこに合流。突如としてその中の一室に踏み込んだとの報告だった。

「それってまさかトシさんが?」
「いいえ。どうもそうじゃないようです。古田さんはその場に越し抜かすように座り込んでしまってました。」

岡田は片倉を見ると彼はそれにうなずいて応えた。

「トシさんは。」
「なんかぼーっとしてます。」
「保護しろ。」
「え?」
「保護してここまで連れてこい。事情を聞く。」
「わかりました。」
「朝戸は引き続き監視するんだ。」
「了解。」

電話を切った岡田が頭を振るのを見て、片倉は口を開いた。

「自衛隊か。」
「おそらく。」
「ってことはアルミヤプラボスディアがそこに。」

岡田は二度うなずいた。

「とうとう動いたか。」
「テロを明日に控え、いつ動いてもおかしくありませんから。」

百目鬼が険しい顔をした二人の元に戻ってきた。

「いま報告が入った。トシさん自衛隊と接触したらしい。」
「お耳が早いようで。」
「なんだお前らも知っていたのか。」
「こちらもいまその連絡が入ったところです。」
「ったく…何やってんだあの人。」
「わかりません。一旦保護してこちらまで連れてくよう現場に指示を出しました。」
「ああそうしてくれ。」
「自衛隊からクレームですか。」
「いや。クレームじゃない。」
「じゃあなんて?」

百目鬼はチラリと椎名の方を見る。目が合った。
三人だけで話がしたいと言って百目鬼は片倉と岡田を連れて別室に入った。

「自衛隊から連携を打診してきた。」
「連携…ですか?」
「ああ。」
「あっちはあっち、こっちはこっちって完全縦割りで行こうって話だったんじゃなかったですか。」
「そうだ。そのため三好を連絡役として先方に張り付かせた。」
「ですよね。」
「いいか。これから話すことはほかの誰にも漏らすな。俺ら三人だけの秘密にするんだ。」

片倉と岡田は頷いて応えた。

「結論から言うぞ。突入は失敗だった。」
「え!?」
「すでにもぬけの殻。どの部屋もだ。」

片倉と岡田はお互いの顔を見合った。

「自衛隊は以前から今回のアパートを独自でマークしていた。アルミヤプラボスディアが潜伏している可能性があるとしてな。」
「そうだったんですか。」
「その対象にトシさんが手当たり次第にアクション起こしたもんだから、あいつらが動いたってわけだ。」
「んで動いてみたら中は空っぽやった…ですか。」
「そうだ。つまり自衛隊は気づけなかった。あいつらが行方をくらましていることに。」
「でも常時監視やったんでしょう。」

百目鬼は頷く。

「ほんならどうやって…。」
「アパートの一室から立坑が見つかった。」
「立坑?」
「いまそこを調べているらしいが、おそらくそこが外への脱出路だろう。」
「理事官…それ…。」

片倉がなんとも言えない嫌な顔をした。
岡田のほうは手で顔を覆う。

「聞き覚えあるだろう。これ。」

この百目鬼の問いかけに二人は頷いた。

「そうだ。三好さんが下間悠里を見失ったっていう能登のアレだよ。」

片倉も岡田もやっぱりと言う。

「今回のアパートの件はトシさんが動かなかったら今もそこにアルミヤプラボスディアが居るもんだとして動かなかった。トシさんがどういった情報を得てそういうアクションをとったのか分からんが、自衛隊にとってはトシさんの動きはナイスプレーだったわけだ。」
「で、やっぱり協力して臨もうと。」
「そういうことだ。立坑の件も三好さんが以前関わって情報を持っている。やはりここは連携したほうが良いという結論になった。」」
「しかし図体がでかくなりすぎませんか。公安特課と自衛隊ですよ。あいつらの指揮系統はウチらの比にならん程ややっこしい。」
「その通り。だから現場サイドでの連携を密にするって形でいく。」
「現場サイドとは?」
「自衛隊情報部と公安特課の合同テロ対策本部だ。」
「自衛隊情報部?」
「ああ。すでに上層部で話はつけた。俺はこれから現在の捜査状況の説明に駐屯地まで行ってくる。」
「公安特課の捜査方針は今のままで良いんですか。」
「いい。変更が出たらお前に連絡を入れる。椎名の管理を頼む。」
「椎名にはこのことは?」

これには百目鬼は首を降る。

「絶対に言うな。」

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「自衛隊がアパートに突入したことについて何かありましたか。」

戻ってきた片倉と岡田に椎名は尋ねた。

「何もないわけないやろう。上から大目玉や。」
「大目玉?」
「自衛隊とウチは相互不干渉。この原則を破ってウチの人間が干渉した。お前らの管理は一体どうなとるんやってすげえ剣幕で叱られた。」
「百目鬼さんは。」
「別の場所で再度お叱りちお詫び。」
「なんか公安特課もそうですが、日本の会社ってお詫びばっかりしてますよね。」
「ほうや。うまくお詫びが出来る人間が出世できる。」
「片倉さんはお詫びができるひとなんですね。」
「少なくとも、この岡田よりはな。」

片倉は岡田の方をぽんと叩いた。
叩かれた方の彼は憮然とした表情を見せた。

「その古田って人はこちらの方に来るんですか。」
「ああ。」
「で、お詫びを。」
「絶対んなことせん。」
「詫びない?」

片倉と岡田は頷く。

「どうして?」
「んなことで詫びるような人じゃない。」
「それって組織の人間としてどうなんですか。」
「甘いか。」

椎名は頷く。

「お前の組織やったらどうなる?」
「組織の命令は絶対です。命令を無視したものはその場で処分です。」
「その場で処分…物騒やね。」
「なので普通は逆らうなんて変な気は起こしません。」
「だがお前さんは逆らった。」
「はい。」

片倉と椎名。二人の間に沈黙が流れた。この沈黙は何を意味するものなのか。
二人とも表情一つ変えずにお互いを見つめている。
この沈黙を破ったのは椎名だった。

「アルミヤプラボスディアが姿を消したんだったら、その行方を追うのは無駄です。」
「え?」
「ベネシュです。相手は。トゥマンですよ。」
「そんなになんか、精鋭部隊って。」
「はい。トゥマンとは霧のことです。部隊の出現、消失がまさに霧にようで予測不能なところから名前が付けられました。もちろん元はクラウゼヴィッツの言葉、戦場の霧からくるものです。トゥマンはまさにその不確定なことを作り出すプロフェッショナルです。」
「マジで無駄か。」
「はい無駄です。」

きっぱりと言い切る椎名を見て、片倉は話の方向性を変えた。

「じゃあどうすればトゥマンの悪さを抑え込める。」
「相手は民間軍事会社。警察では役不足です。」
「ほやから自衛隊が対応しとるんや。」
「自衛隊の実力は実際のところどうなんですか。」
「それは分からん。俺らは警察やから。ただこの日本において実力組織ってのは自衛隊しかない。」
「だったら公安特課は自衛隊と連携しましょう。相互不干渉なんて言わずに。でオフラーナとも結ぶ。これでトゥマンを封じ込める。」

いましがた決定された自衛隊と公安特課の連携を、椎名は既に考えていたことを知り、片倉は恐懼した。

「で、どうやってトゥマンを抑え込むんだ。行方を知ることはできなんだろう。」

岡田が片倉の代わりに椎名に尋ねる。

「行方知れずですが、いつごろどういった行動を起こすかは予想できます。なのでそれに備えることで抑え込める可能性が高まります。」
「それは?」
「トゥマンの出現は、オフラーナつまり私の日本における工作妨害が目的です。その為に私を含めたテロ実行班の殲滅を狙っていると私は言いました。」

岡田は頷く。

「アパートにトゥマンが複数人居たんですよね。」
「そのようだ。」
「その全員が姿を消した。ということは部隊ごとどこかに移動したということになる。この段階で散り散りに潜伏していることは考えにくい。なにせテロが予定されているのは明日です。時間がありません。おそらくどこかに集結していることでしょう。」
「集結?どこに?」
「それはわかりません。なので迎撃しませんか。」
「迎撃?」
「はい。」
「どういうことだ。」
「トゥマンは強い。正面衝突すれば被害は甚大です。だから奴等を必勝の地に引き込みます。」
「必勝の地?」
「はい。」

椎名は壁に貼られた地図を指した。

「金沢駅?」
「はい。」
「金沢駅は朝戸らが。」
「朝戸らを無事実行までエスコートできれば、トゥマンはそこで動く。なぜなら彼らの目標はオフラーナの顔を潰すことだから。」
「トゥマンが朝戸やヤドルチェンコを制圧すると?」

椎名は頷く。

「そうせざるを得ない状況を作れば良い。」
「どうやって。」
「テロの首謀者はこの私です。必ず奴らは私を消しに来ます。なのでこれを逆手にとりましょう。私を個室に隔離してください。そして私に接触できる人間を絞ってください。こうすることで私の殺害というミッションに物理的な障壁つくりましょう。」
「しかしあなたは本部の司令塔です。あなたが隔離されては本部の機能が崩れてしまいます。」
「ネットを使えばどうとでもできます。」

岡田は片倉を見る。
片倉はいいだろう。直ぐに部屋と環境を手配せよと岡田に命じた。

「なるほど椎名、お前を使った陽動か。」
「そうです。私に手を取られることで戦力を分散させます。そしてついでにモグラをあぶり出す。」
「モグラをあぶり出すとは?」
「私に接触を試みようとするはずです。トゥマンの実行者が。そこを抑えましょう。」
「わかった。やってみよう。」
「自衛隊との連携は?」
「やってみる。」
「できますか。」
「やってみんとわからんやろうが。」
「その通りです。」

片倉は椎名に背を向け早速調整をするといって部屋を後にした。
このとき彼の眉間に深い皺が刻み込まれていたのを気づいたものはいなかった。

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