第69話



天宮憲之の住まいの前には黄色の規制線が張り巡らされ、あたりは騒然としていた。
鑑識と思われる警官がマンションの通路に這いつくばって、事件の手がかりを探しているかと思えば、無線でなにかのやりとりをしている私服警官もいる。
同じマンションの住人たちが心配そうな顔でその様子を遠巻きに見つめていた。
その住人の一団を割って男が現れた。
彼は張り巡らされていてる規制線を潜り、その中に入ろうとした。

「こら!何だ君は。」

警官がとっさに彼を止めた。しかし彼は警官を振り払って先に進もうとする。

「おい!待て!」
「離して…。」

彼の声には力がない。
しかしそれとは裏腹に警官の静止を振り切ろうとする力は凄まじい。

「離して…。天宮先生はどこ?」
「待て…君は天宮先生の何なんや…。」
「いわゆる愛人ですよ。」
「え?」

羽交い締めにしていた警官の力が緩んだスキを突いて、それをすり抜けた彼は扉の中に入った。
下足類が散乱する玄関に立つとそこにいた私服警官と目があった。

「何だ君。」
「千種です。天宮先生に用事があってきました。」
「千種?用事?家族でもない人間が何の用や。部外者は立入禁止や。とっとと出てって。しっしっ。」
「部外者じゃありません。」
「は?」
「先生とは特別な関係です。」

靴を脱いだ千種は部屋に上がろうとしたところを、再び静止された。

「おい待て。いまは立入禁止や。」
「離せって。」
「おいお前、特別な関係って何ねんて…お前天宮先生の何ねん…。」
「何遍も言わせないで。愛人だって愛人。」
「は?」
「だから離せって。お前らに荒らされたくないんだって。」
「いやいや、待て待て待て…。家族じゃない人間を現場に入れるわけにいかんよ。ってか愛人って君男やろ…。」
「男やから何やって言うんですか?んで家族?何いってんの。先生に家族なんていないって。」
「どいや。奥さんもおるがいや。」
「奥さん?そんなもんとうの昔に逃げってったでしょ。」

ーこいつ天宮の家族関係のこと知っとるんや…。」

「はいはいどいてどいて。」
「待て待て。」

私服警官は千種を引き止める。

「ちょっと離してよ。僕が一番家族らしい家族なんだって。息子さんらもずっと疎遠やし。先生と。」

ーなんや…こいつえらい詳しいな。まさかほんまもんの天宮の愛人なんけ…。

「おい何ねん。誰と話とれんて。」

キッチンの方から強面の中年男性が顔を出した。

「あ、警部。なんやらガイシャの愛人っていうのが入ってきて。」
「愛人?」

警部と言われる男があたりを見回した。

「どいや。どこにおれんて。」

警官は千種を指差した。

「は?こいつが?」
「ええ。」

警部は千種の顔をじっと見た。

「つまみ出しますか。警部。」
「いや。待て。」
「え?」
「あんた名前は?」
「千種といいます。」
「千種…。」

警部は千種の頭から爪先までをなめるように見つめる。

「入ってください。」
「え?警部、本気ですか。」
「お前は黙っとれ。」

ドアを閉める音

「千種…練(れん)さんですか。」
「はい。」
「話は聞いています。」

この警部の言葉を聞いた千種は不敵な笑みを浮かべた。

「私が適当に他の捜査員の気を惹きつけます。その間にあなたは任務を遂行してください。」
「わかりました。」
「捜査が一段落するまでは現状保存が原則です。もしも何かを持ち帰るとしても決してばれんようにしてください。」

千種はうなずいた。

「どちらに用が?」
「書斎に。」
「わかりました。こちらです。」

警部のあとに千種は続いた。

「警部。その人は?」

書斎に向かう際に別の捜査員に声をかけられた。

「あぁこちらはあれや。」
「あれ?」
「ほら…さっきの…。」

警部がそう言うと捜査員の表情はなんとも気まずい感じになった。

「あ…あぁ…。」
「そういうことやから、すこしだけええか。」
「はい…。」
「じゃ、千種さんどうぞ。」

書斎の扉を締める音

書斎も他の部屋同様随分な散らかり様だ。
書籍や資料のようなものが机の上、本棚、床の上に散乱し、足の踏み場もない状態だ。
千種はとりあえず大きく深呼吸をして部屋の全体を眺めた。
見渡す限りごみの山。
この中から何かを探そうにもここまで散らかった部屋を目の当たりすると、やる気は見事に削がれてしまう。特に部屋の隅のうず高く積み重なった書類の山は、中に何のものかわからないシミがついていたり、虫の死骸が転がっていたりして触れることさえも憚られる有様だ。

「多分ここだ。」

こう言うと千種はその書類の山をかき分けた。
そこに何があったのかわからないが、彼が書類の山を崩すと同時に小蝿のような羽虫が何匹も飛び立った。
その様子を距離を保って見ていた警部は露骨に嫌な表情を見せた。

「千種さん。あんまり荒さんといてくださいよ。」
「大丈夫ですよ。ありました。」

千種の手にはマチ付きの封筒があった。

「よくこんな散らかっとる中から、お目当てのもんをすぐに引き当てますね。」
「一応、心理的な部分を教わってますから。」
「心理的?」
「はい。」
「あぁ…なるほど。天宮先生の心理を読み解いて、大事なもんの在り処に目星をつけたんですね。」
「はい。」
「凄いもんですね。」

警部は感嘆した。

「ところで、さっきのあれってなんですか?」
「え?あれ?」
「ええ。さっき捜査員の方があなたに私のことを聞いて、あなたがあれやって言うだけで、あの人引き下がったでしょ。」
「あぁ…あれはあれなんです。」
「だからあれってなんですか?」

警部は困惑しながらもゆっくりと口を開いた。

「あなたが先生に愛人として随分と可愛がられとった証拠がありましてね。それをさっき見つけてしまいまして。」
「証拠?」
「はい。」
「それはなんですか?」
「写真ですよ。」
「写真?どんな?」

この問いかけに警部は困るしかなかった。

「どうして困るんですか?いうなればその写真ってのは僕と先生の思い出なんでしょう。」
「ま…まぁ…そうとも言いますが…。」
「くれとは言いません。見せてもらえますか?」
「いいんですか?」
「何が?」
「ほんとうに見ていいんですか。」
「何で自分らの思い出を見て悪い気するんですか?見せてください。」

プリントされたそれをポケットからおそるおそる取り出した警部はそれを千種に渡した。
写真に目を落とした千種は一瞬動きを止め、しばらくして恍惚とした表情となった。
その様子を見た警部は呆れ声で口を開いた。

「ガチで催眠にかかっとるわ…こいつ…。」

千種の手には男と男が交わる姿の写真があった。その男二人の顔は千種と天宮の顔がコラージュされたものだった。

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「曽我が殺された?」
「はい。そのようです。申し訳ございません…。」

片倉は天を仰いだ。

「あの…その反応。片倉さんの下にはまだ情報が?」
「あぁ…いま初めて聞いた。」
「じゃあ警察は。」
「無線でまだ事件のこと流れとらんから、いま110番で受理しとる段階なんかもな。」
「それはおかしいですよ。」
「何で?」
「だってもう110番してますもん。神谷が。」
「え?」
「曽我が家の中で死んでるって適当に通報したんです。誰かが死んでるってことになったら流石に警察も動かないといけないでしょう。」
「待て、それいつの話や。」
「そうですね10分ほど前です。」
「10分か…。聞いとらんなそんな無線…。」
「本当ですか。」
「あぁ。PBから現場に向かわせればもうじき現着や。」
「ウチのモンが言うには多分これプロですよ。」
「実はもうひとりのスタッフが危ないところだったんですよ。」
「危ない?なにそれ。」
「襲われるところだったんです。」
「え?なんで?」
「曽我のマンション付近で不審な人間を見かけて尾けてたらロスト。直後襲われそうに。」
「マジか…。」
「はい。神谷のとっさの指示で難を逃れたって感じです。相棒が神谷じゃなかったら多分今頃ウチの社員に怪我人か死人が出てましたよ。」
「すまん…。」
「いえ。こっちが舐めた仕事していたのが原因です。気を引き締めてかかります。」
「おい待て。気を引き締めるって…対象の曽我は死んじまったんやろ。んで尾行の仕事は終わりや。」
「まだあるじゃないですか。」
「ん?」
「明日までにやってみせますよ。例のプログラム。神谷も雨澤もかなりやる気ですから。」
「雨澤っていうんだ。その尾けた奴。」
「はい。」
「社長。あんたのところいい人材が揃っとるね。」
「当たり前ですよ。」
「報告ありがとう。またいつでも連絡くれ。」
「はい。」

片倉は電話を切った。

「曽我の死亡を俺に伝えたくないやつがおるってことや。警察の中に。…誰や。」

電話の音

「トシさん俺や。」
「今度は何や。」
「曽我が死んだみたいや。」
「え?」
「確認は取れとらんがやけど監視役の見立てで、十中八九死亡の線や。」
「どいや。警察は現場に入っとらんがか?」
「おう。それがけったいなことになっとれんわ。」
「けったいな?」
「110番通報はされとる。けどそっからの無線が俺んとこに入っとらんがや。」
「無線が入らん…。」
「そ。曽我の事件について俺への情報は意図的に遮断されとるってこと。」
「ホントかいや…。」
「あぁホント。」
「こいつは結構奥に入り込んどるな…。」
「かなりヤバい状況やぞ…。」

ことの重大さを感じ取った二人の口から言葉が消えてしまった。

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